電力自由化と自然エネルギー電気の小売り
2016年4月1日からの電力の小売り全面自由化を控え、料金を中心とした宣伝合戦が盛り上がる中で、自然エネルギーの電気を選べないという不満の声が上がっている。そもそも日本の小売り全面自由化の直接の背景は、福島第1原発事故であった。消費者として自然エネという電源を支援したい、過酷事故を起こさない電力会社を選択したいという声が高まり、これまで大口に限定されていた自由化市場を拡大する一因となった。その頃から消費者団体や市民グループには、「多少高くても自然エネルギー100%の電気を選びたい」という根強い期待があり、それに応えるために自然エネ小売り事業を始めようというベンチャー企業や生協もあった。それが実現しないとすれば、期待が失望に変わってもやむを得ないかもしれない。その背景にはいくつかの技術的・制度的な理由がある。
自然エネ小売りが難しい技術的前提
第1の理由というか、そもそもの前提として、電力システムでは全ての電気が混ざってしまうという物理的な制約がある。自然エネの電気も原子力や石炭火力による電気も、送電システムに入れば全てが均質に整えられ、区別不可能になる。とある地方の風力で作られた電気を、そのまま特定の家庭に運んで消費することは、専用線で引き込まない限りは不可能なのである。従って、電源を選ぶという行為は、無農薬野菜や特定産地の産品を選ぶ行為とは本質的に異なる。これはやむを得ない前提として認識しておく必要がある。
第2の理由は、日本ではそもそも自然エネの電気が少ないということだ。伝統的な水力(9%)を除けば、風力や太陽光、バイオマスなどによる電力の割合は、2014年度において3.5%に過ぎない。水力の多くは電力会社が所有しており、自然エネを強調した売り方をしないようであるため、この3.5%に自然エネ小売りの新電力が殺到することになる。この中には大手電力会社に売られている部分も少なくない。売り物が十分にない以上は、大々的に販売できるはずがない。
第3の理由は、同時同量の原則である。電力システムでは瞬時に需要と供給を一致させることが要求される。この需給バランスの最終的な責任は電力会社(系統運用者)が担ってくれるものの、小売り会社も自らの販売量と供給量を30分単位で(少なくとも計画値で)一致させなければならない。需要は奔放に変動するため、これに合わせて発電電力量を調整するのは容易ではない。卸電力市場なども使ってこれを行うわけだが、風力や太陽光の出力は自然条件に応じて変動するため、これらの割合が高くなると需給バランスの維持が難しくなる。かといって、出力調整が容易な水力の電気は、新電力の手には中々入らない。その結果、そもそも「自然エネ100%」といったことは実現困難なのである。
自然エネ小売りを巡る制度的障壁
第4の理由は、固定価格買取(FiT)という支援制度にある。この制度下では、発電事業者が確実に売電できるように、小売り事業者に自然エネの電気の買取義務が課されてきた。小売り事業者は、市場価格よりも高い買取部分を消費者の賦課金によって補填されるため、原理的には損失を被ることはない。一方で、自然エネとしての環境価値などは消費者が負担していると考えるため、小売り事業者は「グリーン」や「クリーン」といった形で、積極的に宣伝できないルールになっている。FiTは自然エネの発電事業を直接支援する制度であるため、結果的に小売り事業をやりにくくしているのである。これは制度上やむを得ず、ドイツなどでも同様のルールだが、自然エネ小売り事業者から見れば、「FiT電気60%」といった“電源表示”に限定され、当初の理想からはかけ離れた状態に止まり、消費者の選択権という観点からも不満が残る結果になっている。
第5の理由は、この電源表示の制度にある。欧州各国では欧州指令に基づいて、原子力30%、自然エネ20%といった形で、調達した電源の種別の表示が義務付けられている。消費者に対する情報開示という観点から、電源構成のみならず二酸化炭素排出量や放射性廃棄物の排出量まで表示しなければならない。しかし日本では、電源構成について「推奨」とはなったが、「義務」とはならなかった。表示に事務コストがかかること、表示しない供給者を消費者が選択しない自由があることなどが理由とされているが、電源表示に価値を見出したくない供給側の論理も働いているようだ。結果的に現在(2016年3月)の小売り競争においても、小売り事業者が電源表示を競うといった構図にはなっていない。
自然エネ小売りの意義と可能性
それでは、どうすればよいのか?自然エネ電気という選択権は行使できないのか?筆者はそうは思わない。少なくとも中長期的には、自然エネ小売りには大きな可能性があると考える。
第1に、そもそも電気は混ざるのだから「電源選択」には意味がないといった指摘がある。確かに、無農薬野菜が特定の個人の口に入ることと比べれば、消費者にとって電源は選択し甲斐が低いかもしれない。しかし、原子力や石炭をゼロにして、自然エネの割合をできる限り増やしたいという消費者は少なくない。実際にそうなれば、過酷事故の危険や地球温暖化という問題の軽減、エネルギー自給といった価値の実現が、全ての消費者に共通にもたらされる。だからこそ、ドイツのシェーナウでも普通の主婦が立ち上がったのではなかったか。だとすれば、それを支持する行為として、そのような「野菜」を優先的に提供する事業者を応援することには意義がある。それに意義があると評価する消費者が多いのであれば、事業者はその声に耳を傾けるべきであろう。
第2に、現時点で自然エネ電気が少ないことは厳然たる事実であり、中長期的に増やすしかない。そのためにはFiTが有効であり、当面の間は維持すべきと考える。一方で早くFiTから卒業することが、真の意味で自然エネ小売りを盛り上げる近道であることに留意する必要がある。非FiTの電気は大手を振って環境価値を宣伝できる、意識の高い消費者が真に望んでいる商品だからである。非FiTの電気を増やすには、自然エネの発電コストが下がり、固定買取価格が市場価格に近づく必要がある。ドイツでもこれに10年以上の期間が必要だったわけだが、FiTとはそもそもコスト低減を加速させるための制度であり、後発の日本としては今後3年程度でこれを実現させたい。このためには、太陽光パネルメーカーや発電事業者の努力が必要であるとともに、系統接続や出力抑制、立地規制といった発電コストを高めている制度やルールの改善も不可欠である。
非FiT公営水力の開放を
とはいえ、やはり発電コストは大きな壁であり、短期間でFiTが不必要なほどに低減が進まないかもしれない。そこで第3に提案したいのが、公営水力やゴミ発電の活用である。公営水力は自治体が運営してきた発電所であり、日本全国に230万kW存在するが、長期相対契約で大手電力会社に安値で売電されてきた。古いため非FiT電気に該当するものが多いところがポイントである。これらが新電力に開放されれば、自然エネや地域性に特化した小売りが可能になる。
例えばドイツの自然エネ小売り事業者であるグリーンピースエナジーは、非FiTの自然エネ100%を売りにして顧客を拡大してきた。これは、電源の90%をオーストリアからの水力の(非FiT)電気の輸入という手法によって実現しているのであるが、日本でも類似したことが全く不可能なわけではない。そのためには、自治体に公営水力事業について意識を変えてもらうとともに、独占時代に形成・維持されてきた長期売電契約を適切に破棄するルールを整備する必要がある。
いずれにしても、自然エネ小売りは消費者が価値を見出し、それを求めて初めて実現する形態である。小売り事業は基本的に自由競争の世界であり、事業者は、自然エネ以外の点も含めて、消費者に価値を見出してもらえるような努力を続ける必要がある。と同時に政府には、公営水力の契約破棄のルール化や電源表示の義務化など、そのための環境条件を整備することが求められる。小売り自由化の本質は消費者による選択権の行使であり、消費者が電気に関心を持ち、市場を通して要求して初めて成功につながるのである。