二酸化炭素(CO2)を排出しない電力の環境価値を取引する非化石証書に、新たに「非FIT非化石証書」が2020年度から加わる。電力を利用する企業にとって自然エネルギーの調達手段が増える一方で、発電事業者や小売電気事業者の事業に与える影響は小さくない。現在までに確定している証書の発行・取引形態をもとに、種類別の特性、取引価格の見通し、発行量と事業者間の公平性など、非化石証書に対する期待と課題を洗い出してみる。
発電設備の属性情報を付与してダブルカウント防止
非化石証書は2018年5月に「FIT非化石証書」から始まった。今後は2種類の「非FIT非化石証書」が加わって合計で3種類になる(図1)。非FIT非化石証書の対象になる電源は、大型水力、原子力、FIT(固定価格買取制度)の適用を受けていない自然エネルギーの発電設備である。FITの買取期間を終了した「卒FIT電源」も対象に入る。3種類ある非化石証書の中で、原子力は自然エネルギーの環境価値を伴わない「指定無し」に分類される。需要家である企業にとって、指定無しの非化石証書は国などに報告するCO2排出量の削減に利用できるだけである。原子力は発電に伴って使用済み核燃料を生み出すなど、CO2以外の環境負荷が大きい。需要家に誤解を招かないためにも、「原子力証書」として別の区分を設けるべきだ。
非FIT非化石証書は卒FIT電源の場合を除いて、発電事業者が発行する(卒FIT電源は小売電気事業者も発行可能)。国が指定する認定機関から設備認定を取得したうえで、発電電力量の認定を受けて発行する流れだ(図2)。認定機関にはIT(情報技術)サービス大手の日本ユニシスが指定されている。発電事業者は認定を受けた電力量に応じて非化石証書を発行して、日本卸電力取引所(JEPX)の「非化石証書管理口座」に証書を登録する仕組みである。
この口座では従来のFIT非化石証書も含めて、すべての非化石証書の情報を集約する。同じ電力の環境価値が二重に使われる「ダブルカウント」を防止するためである。JEPXの口座に登録した非化石証書は市場で取引する方法のほかに、発電事業者から小売電気事業者へ相対取引で売却することもできる。非FIT非化石証書はFIT非化石証書と比べて取引の自由度が高い。
ただし環境価値のダブルカウントを厳密に排除するためには、発電設備の所在地などの属性情報を証書に付与して、トラッキング(追跡)できることが望ましい。欧米の先進国やアジアの主要国では、属性情報の付いた自然エネルギーの証書を取引できるシステムが整備されている。日本でも証書のトラッキングシステムを整備することが急務である。
現在のところFIT非化石証書は全量を国の指定機関(GIO:低炭素投資促進機構)が発行しているためダブルカウントは発生せず、属性情報のない状態で取引されている。しかし需要家が属性情報のない非化石証書と電力を小売電気事業者から購入した場合、環境価値の元になる発電設備を特定できず、発電に伴う環境負荷を確認できない。大手の企業が自然エネルギーの電力を100%使用することを推進する国際イニシアティブの「RE100」では、属性情報を伴わない非化石証書を自然エネルギーの電力とみなさない方針をとっている。
このため非化石証書の制度設計を担当する資源エネルギー庁は、2019年2月に実施したFIT非化石証書の取引から、一部の証書を対象に属性情報を付与する実証実験を開始した。トラッキングできる属性情報として、発電設備の区分(電源種別)や所在地などを証明書に記載して小売電気事業者に通知する方法だ(図3)。2月の入札時には40社の小売電気事業者が実証実験に参加して、合計で856万kWh(キロワット時)のFIT非化石証書を属性情報の付いた状態で購入した。これは2月の入札で取引された証書の全量と一致する。証書に属性情報を付与することの重要性がわかる。
資源エネルギー庁は実証実験を続けながら、新たに発行する非FIT非化石証書と合わせて一元的にトラッキングできるシステムを整備する方針だ。全国の発電事業者が大型水力を含めて小売電気事業者に供給する電力の100%を非化石証書で発行すれば、FITによる買取分と合わせて、国内で販売する自然エネルギーの電力のほぼ全量をトラッキングできるようになる。需要家は非化石証書の属性情報をもとに、環境負荷の低い電力を選択することが可能になる。
取引価格は1円/kWh以下になる見通し
非FIT非化石証書のうち最初に発行するのは、卒FITを迎える住宅用の太陽光発電である。FITの買取期間が終了する2019年11月以降に発電した電力(自家消費後の余剰分)に対して、2020年2月までに認定の手続きを開始する予定だ。卒FITの電力は小売電気事業者が買い取って、非化石証書の認定を受けたうえで需要家に販売する方法が一般的になる。証書だけを市場で取引することは想定していない。
そのほかの大型水力や原子力などの非FIT非化石証書は、2020年4月以降に発電した電力が対象になる。市場を通じた取引(オークション)の初回は2020年11月から実施する予定で、FIT非化石証書と合わせて3カ月に1回の頻度で取引が可能になる(図4)。
これまでのところFIT非化石証書は、価格が高いために入札量が伸び悩んでいる。年間で779億kWh(2018年1~12月に買い取ったFIT電気)に相当する証書の発行量に対して、実際の入札量は約3500万kWhにとどまり、わずか0.04%しか買われていない。入札の最低価格を1.3円/kWhに設定しているため、企業が購入する電気料金の単価(全国平均14円/kWh程度)を1割ほど引き上げてしまう。FIT非化石証書の販売収入は国民が負担するFITの賦課金の低減にあてることになっていて、資源エネルギー庁は最低価格の引き下げに慎重だ。とはいえ証書の販売量が増えなければ、賦課金の低減につながらない。売れ残ったFIT非化石証書の環境価値は電力の販売量に応じて小売電気事業者に分配されて、事業者のCO2排出量の削減に使われるだけになる。
一方で非FIT非化石証書の入札には最低価格を設けない。通常の電力取引と同様に、売り入札と買い入札をもとに単一の価格を決める「シングルプライスオークション方式」を採用する。非FIT非化石証書の価格は現行のFIT非化石証書の価格よりも低くなる見通しだ。証書を購入する小売電気事業者にとって、FIT非化石証書よりも価格が高い非FIT非化石証書を選ぶ理由はない。
非FIT非化石証書は当初から1円/kWhを下回る価格で取引される可能性が大きい。そうなると価格の高いFIT非化石証書はますます売れなくなってしまう。FIT非化石証書の最低価格が引き下げられるのは時間の問題だろう。平均的な電気料金の水準を考えると、0.5円/kWh以下に設定することが妥当である。その結果、非FIT非化石証書の取引価格も下がり、企業が自然エネルギーの電力を調達する手段としてFITあるいは非FITの非化石証書を利用しやすくなる。
例外的に自然エネルギーとしての環境価値を伴わない指定無しの非FIT非化石証書は、かなり低い価格になることが確実である。そもそも指定無しの対象になる原子力は全国各地の発電所が安定して稼働できる見込みがなく、どの程度の証書を発行できるかが問題だ。当面は市場で活発に取引される状況を想定しにくい。
非FIT非化石証書は大型水力を含めて、発行量の確保が大きな課題として残る。大型水力の多くは、沖縄電力を除く9つの電力会社(旧・一般電気事業者)と電源開発が供給している。この10社が非FIT非化石証書を発行しなければ、発行量は限られてしまう。東京電力グループや関西電力は水力100%のメニューを販売している。非FIT非化石証書の取引が始まって以降は、大型水力で発電した電力の全量に相当する証書を発行したうえで、市場で証書を購入して水力100%メニューとして需要家に提供することが望ましい。ほかの小売電気事業者も適正な取引価格で大型水力の証書を購入できるようにすべきである。
小売電気事業者は非化石証書を購入することによって、CO2排出量ゼロの電力を需要家に販売できるほか、「エネルギー供給構造高度化法」(略称:高度化法)で定められた非化石電源の比率(2030年度までに44%以上)の目標達成に利用できる。資源エネルギー庁は小売電気事業者ごとに非化石電源の比率を中間評価する方針で、2020年度から2022年度の3年間を最初の評価期間に設定する方針だ。非化石電源の比率が低い小売電気事業者は、新たに電源を増やすか、証書を購入するか、どちらかの方法で比率を高める必要がある。しかし電力会社や電源開発が十分な量の非化石証書を発行しなければ、多くの小売電気事業者は目標の達成がむずかしくなる。
このほかに電力会社が非化石証書の売却によって得た収入の使途を制限することも重要だ。非化石証書が目的とする気候変動の緩和のためには、証書の収入が新たな非化石電源の開発に使われることが適切である。発電事業による非化石証書の収入が同じ電力会社の小売事業に使われることは厳しく制限しなくてはならない。発電事業者と小売電気事業者の公平な競争を促進するために、非FIT非化石証書の発行・利用状況を国が厳正に監視する必要がある。
<関連リンク>
提言(2018年10月3日)
非化石証書の改善策:自然エネルギーを推進する企業が利用しやすく
連載コラム(2018年12月19日)
非化石証書が条件付きでRE100に認定、国際的な基準へ課題は残る