物価の裏にあるエネルギーの構造
物価の上昇が長引き、私たちの暮らしに大きな負担を与えています。その主な原因のひとつが、エネルギー価格の高騰です。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、天然ガスなどの化石燃料が世界的に値上がりしました。その影響で、日本でも電気代やガソリン代が急激に上昇しました。日本はエネルギーの約9割を海外に依存しています。そのため、輸入する燃料の価格が上がると、それを使って生産されるあらゆる商品の値段も押し上げます。昨今の円安もそれに拍車をかけています。
一方、ヨーロッパではこの危機を機に、太陽光や風力といった「国産エネルギー」への転換を加速させています1。
燃料を必要とせず、戦争や為替の影響を受けにくい自然エネルギーは、いまや最も安く、安心できる電源になりつつあります。
「安いはずの自然エネルギー電気」が高く見えるわけ
太陽光や風力で発電した電気は、今では世界の多くの国で、石炭や天然ガスよりも安くなっています(図 1)。
図 1 電源別に見た全世界の発電コスト(新設、2024年)
それでも日本では、自然エネルギー電力を選ぶと高く見えることが多いのはなぜでしょうか。理由は主に3つあります。
ひとつ目の理由は、日本での太陽光や風力の発電コストが、世界よりも高いことです。世界と日本の太陽光や風力の発電コストを比べてみました(図 2)。データの出典が異なるため、厳密な比較はできませんが、太陽光はおよそ1.5倍、風力は約2.4倍と、日本の方が大きく高いことがわかります。
図 2 世界と日本の太陽光・陸上風力の発電コスト比較(円/kWh)
なぜ日本ではこんなに高いのでしょうか?国際再生可能エネルギー機関(IRENA)のデータを見ると、日本では「接続コスト」が他の国に比べて特に高いことがわかります (図 3)。ヨーロッパでは、送電網の整備を社会全体のインフラとして進める仕組みが整っていて、発電事業者が負担するのは一部に限られています。一方、日本では発電事業者がその多くを負担しなければならないのが現状です。
図 3 主要諸国における太陽光設置コストの内訳、2024年
二つ目の理由は、化石燃料を使う発電所が、さまざまな形で補助金などに支えられていることです2。補助金だけでも、年間でおよそ1兆円規模にのぼります3。さらに、電力市場の「容量市場」や「脱炭素電源オークション」などの仕組みを通じて、毎年平均1.2兆円のうち約71%、おおよそ0.85兆円4が化石燃料関連の発電に流れていると推計することができます5。
そして3つ目の理由は、カーボンプライス(炭素価格)制度が日本にはほとんどないことです6。一方、ヨーロッパでは「排出量取引制度(キャップ・アンド・トレード)」や炭素税により、1トンのCO₂に1万円を超える価格が設定されています。この仕組みがあることで、企業は脱炭素への投資を行いやすくなります。また、化石燃料の発電コストが相対的に高くなるため、自然エネルギーの方がより経済的に有利になります。このカーボンプライスを、日本の化石燃料発電コストに当てはめると、約4-9円/kWh分の“上乗せ効果”がある計算になります7。
カーボンプライスというと“新しい負担”のように感じるかもしれませんが、国民負担の総額を増やす必要はなく、負担のかけ方を変えるだけでもいいのです8。
つまり、日本では次の3つの理由から、自然エネルギーのコストが高く見えてしまっています。
- 制度や仕組みの整備が遅れており、自然エネルギーの発電コストが下がりにくいこと。
- 化石燃料に対する “見えない支援”があること。
- カーボンプライス(炭素に価格をつける制度)が導入されていないこと。
この結果、「日本だけ再エネが高い」と感じられる状況を生み出しているのではないでしょうか。
1番目の要因は、図2・図3に示したとおりですが、2番目・3番目の要因をkWhあたりの要因に直してみると、化石燃料補助金分は0.4円/kWh9、容量市場・脱炭素電源オークション分は0.9円/kWh10、カーボンプライス不在分は4-9円/kWh11と概算できます。日本の自然エネルギーの実際のコストが高いにとに加えて、合計で、5.3-10.3円/kWh分の“コスト高見え要因”があるのです。
再エネ賦課金は、化石燃料も支えていては下がりにくい
再エネ賦課金の負担額が大きくなってきています。再エネ賦課金というのは、再エネの導入を“普及”させることで、コストを下げることを目的の一つとしています。コンピュータなども最初はとても高かったですが、普及すると安くなりましたよね。再エネ賦課金は、再エネコストが下がることで早期に下がり、なくなります。
ところが今の日本では、せっかく再エネ賦課金でみんなが負担して支えているのに、その一方で化石燃料への補助金も続けられています。これでは、せっかくの賦課金が再エネの普及に十分につながらず、再エネのコストを下げるという効果が薄れてしまいます。
“もったいない太陽光”から“使いこなす太陽光”へ
春の晴れた日には、太陽光発電が大きく増え、九州や東北などでは電力が余ってしまうことがあります。図 4は、今年5月1日から1週間の電力需給と電力の卸売価格を示したものです。この期間のうち、5月1日・3日・5日には太陽光の出力が需要よりも多く、抑制(黄色の斜線部分)が発生しました。その間の電力卸市場の価格は1kWhあたりわずか0.01円の下限に張り付いています。
図 4 東北エリアの2025年5月1日から5月7日の電力需給とJEPXエリアプライス
つまり、電力市場では晴れた日中には価格がほぼゼロになり、実質的に“タダ同然の電気”が生まれています。それにもかかわらず、私たちが支払う電気料金は、昼も夜もほとんど変わりません。その結果、太陽光で発電された電気の一部が使われずに、行き場を失ってしまっています。
2024年度だけでも、およそ100億円分の電力が無駄になったと推計されています12。
もし昼間の電気代を安くし、使う時間を自由に調整できる仕組みがあれば、この「もったいない電気」をもっと有効に活かすことができます。電気代をかけたくない企業は、その時間に操業すればいいのです。そうなれば、太陽光発電をさらに増やしても、無駄なく利用できるようになります。電気代を下げる近道は、こうした制度の“もったいない仕組み”を見直すことにあるかもしれません。
しかも、価格が低い時間帯の電気の多くは太陽光によるもので、CO₂の排出係数はほぼゼロです13。
日本にある、たくさんの「国産エネルギー」
日本は「資源が少ない国」と思われがちです。しかし実際には、屋根の上や田畑の上、そして海の上に、まだ大きな可能性が広がっています。
メガソーラー(大規模太陽光発電)を除いても、日本には年間の電力需要の1.5倍から2.3倍に相当する太陽光発電の導入ポテンシャルがあります(図 5)。
図 5メガソーラー(地上設置)抜きの太陽光発電導入ポテンシャルと日本の年間電力需要目安の比較(TWh)
営農型太陽光(ソーラーシェアリング)など、発電の収入を活かして耕作放棄地を再び農地として再生する取り組みが広がっています。こうした地域では、若い人が移住し、やりがいのある仕事が生まれています。たとえば、栃木県芳賀町に本社を置くグリーンシステムコーポレーションでは、若い世代を中心に100人以上のスタッフが栃木や福島で働いています(図 6)。
図 6 ソーラーシェアリング(栃木県グリーンシステムコーポレーション)
日本は海に囲まれた国で、洋上風力発電の可能性が非常に大きいとされています(図 7)。洋上風力は、基地港を中心に多くの雇用を生み出すことが知られており、安定した電力の供給源としても大きな期待が寄せられています。
図 7 風力発電導入ポテンシャルと日本の年間電力需要目安の比較(TWh)
地域で電気をつくり、その電気が地域を元気にする。そんな仕組みが広がれば、地方の活性化にもつながります。これまでの一部のプロジェクトのように地域の自然を損なうのではなく、地域の人たち自身が、自然を資源として活かす仕組みを進めていくことが大切です14。そのための制度づくりを進めることが、政府の重要な役割として期待されます。
結論:太陽と風が、未来を支える
原発の再稼働が一部で進んでいますが、たとえ順調に進んだとしても、2040年にまかなえる電力は全体の7〜8%にとどまります15。それ以上を補うには、新たに原発を建設する必要がありますが、そのコストは非常に高くなります(前出の図2参照)。
一方で、日本には、掘らなくても得られるエネルギー――太陽と風――があります。輸入に頼るしかなかったこれまでのあり方から、自分たちの手でエネルギーを生み出す社会へと転換する道があるのです。それは、地球にも家計にもやさしく、物価高にも強い社会への一歩です16。
自らの手でエネルギーを生み出すこと――それこそが、日本経済を安定させ、未来への安心を築く力となるでしょう。
|
補論1:「統合コスト」は“コスト曲線の傾き”であり本当のコストは「全体コスト」である |
「太陽光や風力の発電コストは低いが、“統合コスト”は高い」といった議論を耳にすることがあります17。
この“統合コスト”とは、いわばコスト曲線の傾きにあたるもので、太陽光発電を1単位増やしたときにシステム全体のコストがどの程度増えるかを示す指標です。したがって、この値は電力システムにどれだけ柔軟性(調整力)を持たせるかによって大きく変わります。
一方で、実際に私たちの生活に関わってくるのは、この「傾き(統合コスト)」ではなく、発電システム全体の総コストです。統合コストは、ある特定の年の電源構成をモデル化し、太陽光や風力といった特定の電源を横軸にとったときのコスト曲線の傾きを示したものにすぎません(図 8参照)。
つまり、統合コストが高いという主張だけを取り上げて「自然エネルギーは高コストだ」と結論づけるのは誤解を招きやすく、政策議論において重要なのはさまざまなシナリオにおけるシステム全体のコストを正しく評価することです。
図 8 統合コストのイメージ図
|
補論2:自然エネルギーが多いほど、電力システム全体のコストは下がる |
システム全体で見た場合、自然エネルギーの割合が多いほど、電力コストはむしろ低くなります。
自然エネルギー財団では、2040年の1年間を1時間ごとにシミュレーションし、自然エネルギー比率90%の電力システムでも安定供給が可能であることを示しました18。
図 9では、2つのケースで2040年の発電コストを比較しています。1つは、第七次エネルギー基本計画の参考シナリオ(自然エネルギー比率40〜50%)、もう1つは、自然エネルギー財団による90%自然エネルギーシナリオです。
左側の青い5本のバーが政府シナリオの結果、右側の緑のバーが自然エネルギー財団のシナリオの結果を示しています。連系線のコスト(オレンジ部分)や蓄電池のコスト(緑の中に含まれる)を加えても、自然エネルギー90%シナリオのほうが総コストは低い傾向にあることが明らかになりました。
図 9 2040年発電コスト比較(左の青のバー:政府シナリオ、右の緑のバー:自然エネルギー財団シナリオ)
- ドラギ・レポートでは、天然ガス価格の高騰が電力価格の上昇を招き、その結果、低コストの自然エネルギーの恩恵が消費者に十分届いていないことが問題だと指摘しています。その対応策として、自然エネルギーの導入を一層加速させるための規制の合理化、電力価格の決定メカニズムの見直し、そして自然エネルギーをより効果的に活用するための送電網の強化などを提案しています。
- 補助金については、化石燃料の価格を下げるのではなく、地域に根差した国産の自然エネルギーを支援することに振り分けることが重要です。加えて、これまで経済に貢献してきた石炭火力について、早期撤退による二酸化炭素排出の削減を評価するなどの方法にて経済的補填や支援を行う「公正な移行(Just Transition)」に振り分ける視点も重要です。
- Oil Change International, “Japan’s fossil finance threatens to derail the energy transition in Asia and globally” (2023)では、2020-2022年の平均として年1.0兆円、IMF(国際通貨基金), “IMF Fossil Fuel Subsidies Data: 2023 Update”(2023)では2022年の直接的補助金として5.1兆円、間接的補助金として41兆円、IEEFA, “Japan’s persistent fossil fuel subsidies threaten industry competitiveness and decarbonization goals” (2024)では電気・ガス・ガソリンの補助として2年間で11兆円、NDRC, “Japan Spent $9.5 Billion in Fossil Fuel Subsidies in 2021” (2023)では2021年の主要な公的機関からの化石燃料へのファイナンスとして0.9兆円が示されています。(1米ドル=150円として計算)
- 2024-2028年の容量拠出金の平均は1.2兆円でした。容量市場のうち安定電源・変動電源(単独)の応札率に占める割合は、2024-2028年の5年平均で74%でした。落札率については、安定電源・変動電源の公開されている数値に基づく単純平均は97%であったことから、容量拠出金のうち71%の比率を概算しました。
- 容量の確保が重要である一方で、太陽光は平均10分の1、風力は平均4分の1に容量割り引かれるなど、より新しい電力システム運用の手法を反映した評価が重要です。脱炭素電源オークション、容量市場については、工藤美香、「総論:長期脱炭素電源オークションの有効性を問う」、大久保ゆり、「「脱炭素」を名乗る火力維持支援 フェーズアウト無き9割削減の行方」をご参照ください。
- 現行の炭素税は約300円/t-CO2の水準です。2026年度から年間10万トン以上排出している企業に対するGX-ETSがスタートしますが、価格水準や上限についてはまだ明示されていません。
- 石炭火力の排出係数を0.9kg-CO2/kWh、ガス火力の排出係数を0.4kg-CO2/kWhとした場合。
- カナダのブリティッシュコロンビア州で2008年に導入された炭素税は、税収中立(revenue-neutral)の原則のもと導入されたものとして有名です。完全な中立を示すことは難しいものの、多くの国で所得税の還付などに活用されています。(参考文献:環境省、「諸外国におけるカーボンプライシングの導入状況等」(2024年)
- 化石燃料への補助金を1兆円とし、化石燃料のうち発電分に回る割合が40%とし(2024年実績相当)、発電電力量を実績より少し多めの1000TWhと想定した場合の概算
- 容量拠出金のうち、化石燃料に流れた71%相当(0.85兆円)を1000TWhにて割った値。
- 二酸化炭素排出量トンあたり1万円の場合の概算。ガスの場合は約4円/kWh、石炭の場合は約9円/kWhと概算した。
- 自然エネルギー財団による電力需給チャートより、2024年度の出力抑制量は太陽光と風力を合わせて9.6億kWhであると計算された。家庭の電力価格は30-40円/kWhであるが仮に産業用価格水準である10円/kWhを採用した場合、年間に捨てている電力の価値は96億円と計算できる。
- 企業の温室効果ガス排出量算定のルールを決めているGHGプロトコルの改定プロセスでは、1時間ごとの排出量を使うことがルール化される案が公表されています。詳細についてはコラム「GHGプロトコルスコープ2改定案の方向性(公開情報をもとに)」やGHGプロトコルウェブサイトを参照ください。
- ローカルグッド創成支援機構は、自治体、地域エネルギー会社、まちづくり会社を中心に約100団体の会員が所属し、地域経済循環や地域脱炭素を目指す地域新電力(地域エネルギー会社)の設立・運営支援を行っています。
- ロマン・ジスラー、” 原子力発電の2030/2040年度の見通し、シナリオ別に見る現実性” (2025年3月)
- 地熱、小水力、バイオマスについても重要な自然エネルギー源ですが、開発規模、時間、コスト、持続可能性の課題について対処する必要があります。
- 発電コスト検証ワーキンググループ、「発電コスト検証に関するとりまとめ」(2025年2月)によると、LNG火力など他の電源による調整、揚水や系統用蓄電池による蓄電・放電ロス、再エネの出力制御等に関するコストが含まれています。
- 高瀬香絵、木村誠一郎、西田裕子、斉藤哲夫、分山達也、「効率化と自然エネルギーを中心としたエネルギーシナリオ:2040年までにエネルギー自給率75%を達成する」エネルギー・資源 Vol. 46 No. 3(2025)




