2025年の梅雨入りは全国的に遅かったが、梅雨明けは西日本でかなり早く1、猛暑の時期が長引くと予想される。近年、毎年のように感じる異常な暑さは、気候変動と無関係ではない。体調管理には空調が欠かせず、電力需要も高くなるだろう。
電力の安定的かつ持続可能な供給のためには、需要に必要十分な供給力を確保しながら、発電による二酸化炭素の排出を早急に低減しなければならない。自然エネルギーの導入加速化と二酸化炭素排出削減に向けた火力発電の早期退出は、日本の電力部門の喫緊の課題である。
東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故という過酷な経験を踏まえ、日本は電力システム改革を進めてきた。国はその成果を検証し、2025年3月に公表した検証報告書2の中で、「安定供給確保を大前提とした、電源の脱炭素化の推進」を第1の課題と位置づけ、さらなる改革に取り組むとしている。しかしその中には、「大規模な電源の脱炭素化に向けた事業環境整備」「安定供給を大前提とした非効率石炭火力のフェードアウトや火力脱炭素化の推進」との見出しが並んでいる。そのことは、第7次エネルギー基本計画が示す2040年のエネルギーミックス(電源ミックス)―自然エネルギー4-5割程度、原子力2割程度、火力3-4割程度―に表れているとおりである。
「電源の脱炭素化」のための仕組みの一つとされるのが、「長期脱炭素電源オークション」3だ。これまでに入札が2回実施され、現在、第3回入札に向けた新しいガイドライン案が公表されている。太陽光や風力などの自然エネルギーのほか、自然エネルギーの大量導入に欠かせない「柔軟性」を提供する蓄電池もオークションの対象となり、脱炭素電源をのばしていく上で期待できる側面もある一方、「火力の脱炭素化」支援の内実は大規模火力電源によるCO2排出の多くの部分を放置し、原子力発電の支援もあいまって高コストなシステムをもたらすことが危惧される。
自然エネルギー財団は、同制度の問題点を提示し、議論の素材を提供するコラムをシリーズで公表していく。第1回(本コラム)は、この制度の概要や結果をまとめる。第2回以降では、対象発電方式に着目して制度の課題を検討する。
長期脱炭素電源オークションの概要
長期脱炭素電源オークションは、「中長期的な供給力の確保」を目的として2023年から開始された。「供給力の確保」のための仕組みには、ほかに「容量市場」「予備電源制度」などさまざまな制度がある(表1)。
表1:供給力を確保するための仕組み
LNG火力:6年(2023年度)または8年(2024年度)、蓄電池:4年
(LNG火力・蓄電池を除き、環境アセス済の場合短縮される)
出典:資源エネルギー庁「供給力の確保について」p3を基に自然エネルギー財団作成
「容量市場」は、今般の電力システム改革で導入された制度で、将来の電力供給を約束する電源に対し、約束した供給力(kW)への対価を支払う。4年後の供給に対して毎年入札が行われ、対価の価格は入札により決定される(シングルプライスオークション)。対価の原資となる「容量拠出金」は、小売電気事業者と一般送配電事業者が供給する電力量に応じて支払い、最終的には電力の需要家・消費者が負担する。
入札の上限価格はガス火力の新設に必要な費用を基に算出され、制度上は供給力不足になれば電源の新設を促すものとして構想されていた。しかしながら、これに対しては2020年の市場開設前から批判があった。入札が1年ごとで価格も変動するため長期的な収入の見通しが得られない、というものである4。そこで、新規の電源への投資に必要な長期的な予見可能性を与える仕組みとして始まったのが、長期脱炭素電源オークションである。固定費全体の回収の予見可能性が向上するよう、1度の落札で長期間対価が得られるものとして設計された。
| 長期脱炭素電源オークションの趣旨(2022年のとりまとめ文書より) |
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オークションは電力広域的運営推進機関(OCCTO)が実施する。事業者は、応札電源ごとに固定費等を基に入札価格を設定する。価格の安いものから募集量を満たすまで落札され、入札価格がそのまま落札価格となる(マルチプライスオークション)。入札上限価格は、電源の発電方式ごとに、国のエネルギー基本計画で参照される発電コストの諸元をもとに決定される。落札した電源は、固定費水準の収入を原則20年間受領できるが、他の市場等で得られた収益の9割をOCCTOに還付しなければならない。
図1:長期脱炭素電源オークションの制度イメージ
これまでの運用結果から見える問題点
これまで、2回のオークションが実施され、結果を踏まえて制度の見直しが行われてきた。以下では、入札結果と制度変更について概観するが、この制度には次のような課題が見える。
まず、電力の脱炭素化への有効性である。オークションの対象は、「脱炭素電源」の新設・リプレースを基本に構想されたが、将来「脱炭素」を目指す既存・新設の化石燃料発電の入札枠も設けられた。また、2022年に東日本で発生した需給ひっ迫の背景に火力発電所の休廃止の増加があるとし、短期的な対応として、早期運転開始が可能なLNG専焼火力(新設)が別枠で募集されることになった。化石燃料火力には「脱炭素化ロードマップ」の提出が義務付けられる5が、多くの電源の「脱炭素化」は2040年代であり、それまでは炭素の排出が続いてしまう。
次に、新規電源投資の促進への有効性である。蓄電池を除き参加が低調で、募集量に満たない枠も多い。事業者から見れば、収益の9割の還付を求められることで投資リスクと収益が見合わず、ビジネスとして参加する魅力が感じられないことが一因と思われる。他方、既存設備を支援する考え方が原子力発電にも拡張され、後述のとおり第2回では落札部分の多くを占めるなど、新規電源投資の促進という目的からずれた結果になっている。
加えて、システムのコスト高をもたらす可能性も高まっている。そもそもコストの高い発電技術への支援である上に、入札は低調で競争による価格低下が働きにくい状況にある。将来の入札で、投資促進を図るためとして上限価格の引き上げも提案されている。
オークションの結果概要
「脱炭素電源」は、第1回(2023年度)で400万kW、第2回(2024年度)で500万kW募集された(図2)6。どちらの回も蓄電池の参加が活発で、募集上限量の数倍の入札があったが、他の電源では募集上限を下回るものも多い(図3)。第2回から既設原発の安全対策投資が対象となり、既設発電所に対する支援が募集量・落札量の半分以上を占めている。自然エネルギー電源では、20万kWのバイオマス専焼と5.2万kWの一般水力が応札したのみである。
別枠募集の「LNG専焼火力」も、応札量が募集量を下回った。第1回に600万kW、第2回では200万kW超が募集対象となったが、応札量はそれぞれ575.6万kW、131.5万kWだった。
図2:「脱炭素電源」「LNG火力」募集量と落札量(2023年度、2024年度)
図3:発電方式別の応札容量・落札容量(2023年度、2024年度)
出典:OCCTO「容量市場 長期脱炭素電源オークション約定結果(応札年度:2023年度)」、「同(応札年度:2024年度)」を基に自然エネルギー財団作成
落札した電源の容量収入には、主として小売電気事業者が供出する容量拠出金が充てられる。第1回、第2回の長期脱炭素電源オークションの約定総額はそれぞれ4000億円/年程度7である。OCCTOの試算によると、長期脱炭素電源オークション分の容量拠出金の金額は、他市場収益(卸取引や非化石価値取引などの収益)の還付額を考慮すると2027年度分で339.4億円、2028年度分で692.9億円8となるが、還付額はその年の市場状況によるため、容量拠出金の額も上下に変動する。また、加重平均約定単価は、2023年度で脱炭素電源5.8万円/kW/年、LNG火力3.0万円/kW/年、2024年度は脱炭素電源6.8万円/kW/年、LNG火力3.4万円/kW/年であった9。
対象電源や条件の変更
オークションの内容は、入札結果等を踏まえて毎年変更されている。脱炭素電源については、競争が活発な蓄電池は募集対象が狭まり、既設電源への支援が追加されている。将来「脱炭素化」を目指す火力電源への支援は年々手厚くなっている。
表2:長期脱炭素電源オークションの募集条件の変化(例)
なお、第3回のオークションでは、「脱炭素電源」を500万kW募集することとし、それぞれ「脱炭素火力」50万kW(既設・新設の区別なし)、「蓄電池・揚水・LDES」80万kW、「既設原発の安全対策投資」150万kWの募集上限を設定することが提案されている。
第4回以降の制度についても議論が始まった。これまでの「固定費相当額は確実に回収できるが収益の9割を還付する」制度ではビジネスとしての魅力がなく、「事業者がより創意工夫しながら収益の確保を模索できる仕組み」の導入が検討される。国の提案では、落札事業者は一定の負担金を支払う代わりに、大幅な費用・収入の変動が生じた場合に制度から支援を受けられる、保険類似の制度である。これまでの制度との併用となるのか、どのような電源が対象となるかなどの具体的制度設計は未だ見通せない。
おわりに
供給力の確保と電力部門の脱炭素化は、送電線をはじめとする系統インフラの整備と柔軟性の向上を進め、自然エネルギーの大量導入を加速化することにより実現できる。しかしながら、長期脱炭素電源オークションの現状は、「電源の新陳代謝と脱炭素化の促進」からはずれ、既存電源を温存し脱炭素化を阻害する結果をもたらしかねない。「柔軟性」を提供する蓄電池は、オークションに活発に参加してきたが、その募集は縮減傾向にある。この制度が脱炭素に向けた取り組みの足を引っ張らないか、その結果何がもたらされるか、ここで立ち止まり、見直すことが求められる。
第2回以降では、火力とCCS、そして水素・アンモニアについて詳しくみていく。
- 1気象庁「令和7年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」(2025年7月10日アクセス)
- 2資源エネルギー庁「電力システム改革の検証結果と 今後の方向性 ~安定供給と脱炭素を両立する 持続可能な電力システムの構築に向けて~」(2025年3月)
- 3電力広域的運営推進機関(OCCTO)「容量市場かいせつスペシャルサイト 長期脱炭素電源オークションを知ろう!」(2025年7月7日アクセス)
- 4「総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 持続可能な電力システム構築小委員会 中間取りまとめ」(2020年2月)
- 5OCCTO「脱炭素化ロードマップ」に各電源のロードマップが掲載されている。
- 6「仮に約1.2億kWの化石電源のすべてを脱炭素電源に置き換えていくとすると、年平均で約600万kW程度の導入が必要」だが、自然エネルギーの導入量(期待容量ベースで年150万kW程度)の増加や今後のイノベーションの可能性等を勘案し、初期段階ではスモールスタートを基本とするものとして設定された。前掲「第8次中間とりまとめ」p.16、「電力・ガス基本政策小委員会 制度検討作業部会 第十一次中間とりまとめ~長期脱炭素電源オークションの詳細設計について~」(2023年6月)p.19。
- 7OCCTO「容量市場 長期脱炭素電源オークション約定結果 (応札年度:2023年度)」(2024年4月26日)p.10、同「容量市場 長期脱炭素電源オークション約定結果 (応札年度:2024年度)」(2025年4月28日)p.10参照。
- 8前掲注vii「約定結果(応札年度2024年度)」p19,20参照。
- 9資源エネルギー庁「長期脱炭素電源オークションについて」(2024年5月10日)p.6、同「長期脱炭素電源オークション」(2025年5月28日)p.10参照。
経済産業省 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会 制度検討作業部会
第8次中間とりまとめ(2022年10月)
第11次中間とりまとめ(2023年6月)
第18次中間とりまとめ(2024年8月)
第22次中間とりまとめ(案)(2025年6月)
シリーズ「長期脱炭素電源オークションの課題」
第1回 総論:長期脱炭素電源オークションの有効性を問う(2025年7月16日)




