「長期脱炭素電源オークション」は、洋上風力などの大規模自然エネルギー電源、またその大量導入に欠かせない柔軟性を提供していく制度として発展していくことができるのか。あるいは技術として不確実性やリスクの高い火力発電(二酸化炭素回収貯留(CCS)、新設LNG、アンモニア・水素混焼)支援に偏り、結果としてフェーズアウトなき従来火力の延命策となり、更には原子力を中心とした大型電源への長期支援制度になるのか。その方向性が問われている。
2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画は、2040年度に発電電力量の3~4割(3,100~4,900億kWh)を火力発電で供給する見通しを示した。一方、地球温暖化対策計画・排出削減目標において、電力部門で2040年度に2013年度比81~91%削減が目安とされている。つまり日本では、大量の火力を残したまま電力部門の排出を9割近く削減するという世界的に見ても特異な目標が掲げられた1。
本コラムでは火力発電への補助金制度の全体像を俯瞰しつつ、特に火力発電に焦点をあてて長期脱炭素電源オークション制度の結果とそこから見える課題を整理する。電力部門の脱炭素化に向けて本来必要とされる制度の在り方を今一度問い直したい。
1. 削減目標と火力発電をめぐる支援制度の矛盾
容量市場・予備電源・長期脱炭素電源オークションによる火力支援の構造
日本政府は2040年に電力部門の9割近い削減目標を掲げながら、多くの国が脱炭素に向けて検討する石炭火力削減政策について、政府が「高効率」と分類する大型の石炭火力は維持し、「非効率」とする石炭火力の「フェードアウト」だけを2030年までに進めるとしている。また非効率石炭火力のフェードアウト目標を掲げつつも、電力市場の制度設計の中では安定供給という名目で様々な支援策が組み込まれてきた(表1)2。問題は、このような安定供給のためとされる火力維持の支援制度と削減目標の整合性が全体としてどのようにとられるのかが見えない点である。
表1.火力支援の観点から見た制度比較
出典:各制度資料より作成
このように「供給力の確保」を理由に、火力設備を維持する制度的支援が重層的に存在し、火力を制度的に下支えし続ける構造が形成されている。本来市場で選ばれるはずのコスト効率の高い電源ではなく、エネルギー基本計画で想定した火力発電による3-4割の供給を可能にするため、公的支援を集中させていく方向で議論が進んでいる。一方、「火力を温存したまま9割排出削減」がどのように達成されるのかが見えてこない。
非効率石炭火力の退出ではなく、稼働制限しながら維持する方向へ
非効率石炭火力のみは2030年までにフェードアウトする目標が掲げられ、各電力会社がその計画書を出してとりまとめられていることになっている。しかし、これまで容量市場では非効率石炭火力でさえ応札・落札可能となっている上、7割以上は化石燃料発電が応札された(図1)。
図1:容量市場メインオークション 発電方式別の応札容量(万kW)と割合(第1~5回の合計)
出典:電力広域的運営推進機関「容量市場メインオークション約定結果」(第1~5回分)を基に作成
政府ではフェードアウト方針と整合的であるように、2025年度以降、設計効率42%未満の非効率石炭火力については、「年間設備利用率を50%以下」に制限する措置を導入し、これにより徐々に市場から退出を促すとしている。しかし実際には、稼働時間(kWh)のみ制限して設備能力(KW)を維持し続けるものであり、退出をどこまで促すかは不明である。
図2 容量市場での非効率石炭火力の応札容量の推移
2. 長期脱炭素電源オークションの結果と機能不全
火力電源の応札が集まらない結果
現在までに2023年・2024年と2回実施され、第3回に向けた準備が進んでいる長期脱炭素電源オークション制度だが、火力電源の応札結果については制度が機能していない現実が浮き彫りになっている。初回のオークションでは、火力分野に限ってみると、LNG火力や水素・アンモニア対応の既設火力改修では、いずれも応札量が募集量を下回った3。水素・アンモニア混焼火力については、既設改修向けに最大100万kWの上限が設けられていたが、応札は82.5万kWにとどまった。また、水素混焼のリプレース6.8 万kWは不落札だった。第2回でも、LNG火力については224万kWの募集に対し、応札量は131.5万kWと58.7%の応札率にとどまったが、こちらは全量が落札されている。水素・アンモニア混焼のための既設火力改修の落札容量は9.5万kWと募集量の約10分の1に満たなかった4。
表2 長期脱炭素電源オークションにおける火力分野の応札実績(第1回・第2回)
形式的な「脱炭素ロードマップ」:実態はLNG専焼火力支援に
LNG専焼火力であっても、水素・アンモニアを導入する「脱炭素化ロードマップ」を提出すれば、支援対象として認められる。しかしこのロードマップは発電事業者の自己申告計画に過ぎず、多くは2040年に脱炭素化する長期見通しにとどまっている。守れない場合には「合理的な理由なく改訂していない」などの例外を除けば契約解除されないとされている5(次回コラムに詳細)。
このように名目上「脱炭素化」をうたう本制度だが、実態はLNG専焼火力の新設支援に偏っている。実際に結果を見ると、水素・アンモニア混焼への転換などを想定した落札は合計92万kWにとどまった。一方、LNG専焼火力による落札が合計707万kWに達した。これは、将来的に水素やアンモニアなどによる脱炭素化を「名目」として掲げているものの、現時点ではコスト・技術両面で見通しが立たず、実際には当面脱炭素にならないLNG火力の新設が主に支援されていることを意味する。
このように、「脱炭素」を掲げながら、実態としては従来型火力の延命支援となっている構造は、制度の本来目的と乖離しており、政策の整合性が問われる状況にある。
支援拡大の方向性と制度の本質的課題
第2回までの結果を受け、第3回オークションに向けた制度の見直しが行われた。特に、応札を増やすために価格面での見直しが必要ということで、水素・アンモニア・CCSなどについては上限価格の引き上げに加え、燃料費・CO2回収費等の可変費の算入や、インフレや金利変動に応じた補正が可能となる制度となる見込みである6。
現行制度の最大の問題は実効性の定かでない将来技術と、それに基づく「約束手形」―将来的に実現すると期待される技術による排出削減の見込み―によって、現実には排出増を伴う火力が「脱炭素」の名の下に正当化されている点である。今回の支援拡大の方向性も実効的な脱炭素化への逆行となるのではないだろうか。
3. 火力のフェーズアウト戦略を位置付ける―制度の再構築
この制度で本来に必要なのは、自然エネルギーを中心とした電力部門の脱炭素化を促進する枠組みへの転換と、火力については排出削減と「段階的な削減(フェーズアウト)」を見据えた制度設計への転換である。
そのためには制度そのものをいったん立ち止まって見直し、①どのような供給力が本当に必要か、②既存火力も含めてどのように排出管理していくか、③必要最小限の火力をどのような条件で支援すべきか――といった視点から全体を再設計していくことが求められる。
以下に示す3つの制度改善策は、まずは現行制度の透明性と実効性を高める目的と同時に、制度の根本的見直し(特に火力の位置づけの再検討)に向けて機能することを意図している。
表3 削減効果に基づく支援制度への提案
こうした制度改善は、LNG火力を含む既存火力からの段階的排出削減を管理していくうえで、必要不可欠な透明性と実効性の土台となる。しかし最終的に求められるのは、電源構成全体の中で火力の役割を再定義し、「火力の出口戦略を制度に明示した脱炭素ロードマップ」に基づく制度の再設計である。
おわりに
長期脱炭素電源オークションは、「脱炭素」を名乗りながら、実態としては排出源である火力発電に対して長期的な財政支援を行う制度として設計されている。現状では「期待先行」「排出温存」といったリスクが高く、制度の目的と現実との間に大きな乖離が生じている。
「市場で劣位となる技術を救済する制度」では、公平な市場設計を損ない、エネルギー転換の加速という本質的な政策目標にも逆行する。その結果として、高い電力に依存した国際的な競争力の低下や、国民負担の増大といった影響が懸念される。
太陽光発電、風力発電という変動型自然エネルギーが電力供給の大半を占めても、需要側の柔軟なマネジメント(DR)、送電網、蓄電池などの活用で、安定供給が可能であることは、すでに世界各地の実例で示されてきている。日本で自然エネルギーを拡大していく上で火力発電の新設は必要ではない。
今問われているのは、「自然エネルギーを主軸とした場合に本当に必要な制度は何か」、そして「火力からの排出を早期かつ抜本的に削減するにはどうするか」という、政策の根本的な設計思想である。
今後は長期脱炭素電源オークション制度の再設計と、火力政策のフェーズアウト戦略とを統合的に再構築し、より効果的な脱炭素体制を築いていくことが求められる。
- 1自然エネルギー財団「政府のエネルギー基本計画案に関する自然エネルギー財団コメント 脱炭素の失敗、高コスト化で日本の競争力を損なう危うい選択」(2024年12月20日)
- 2これに加えて発電部門に限定されない「バリューチェーン全体」の支援策も用意されている。水素・アンモニアについては水素社会推進法(通称)で、上流~中流側を支援する値差支援制度も整備されており、長期脱炭素電源オークション+可変費補助との併用が可能である(次回コラム参照)。CCSについてもセクターを問わず、分離回収~輸送~貯留と全プロセスをカバーする支援策として、CCS導入コストと炭素価格(GX-ETS)との値差支援が計画されており、2025年6月に中間整理が行われた(国内パイプライン案件のみ、船舶輸送案件は今後議論予定)。参照する炭素価格は排出量取引制度(GX-ETS)の何らかのベンチマークを用いるとされている。なお、「長期脱炭素電源オークション(可変費補助を含む)」との関係性(支援の重複回避)については、中間整理概要資料に次の記載がある。「長期脱炭素電源オークションにおけるCCS付火力の支援範囲は、分離回収・輸送・貯留の全体について、固定費及び可変費(CCSを行うことで追加的に発生する部分に限り、発電所の設備利用率4割分まで)となっている。支援の重複を防ぐため、長期脱炭素電源オークションの対象となる電力分野に対しては、CCSコスト差支援措置での支援対象及び基準価格には、長期脱炭素電源オークションの支援範囲の費用を含めないこととする。」
- 3電力広域的運営推進機関(以下、OCCTO)「長期脱炭素電源オークション約定結果(応札年度:2023年度)」(2024年4月26日)
- 4OCCTO「長期脱炭素電源オークション約定結果(応札年度:2024年度)」(2025年4月28日)
- 5OCCTO「長期脱炭素電源オークションの制度詳細について(応札年度:2024年度)」(2024年9月)
- 6経済産業省_電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会 制度検討作業部会「第二十二次中間とりまとめ(案)」(2025年6月25日)
シリーズ「長期脱炭素電源オークションの課題」
第1回 総論:長期脱炭素電源オークションの有効性を問う(2025年7月16日)
第2回 「脱炭素」を名乗る火力維持支援:フェーズアウト無き9割削減の行方(2025年7月18日)




