気候変動の抑制に重要なGHG(温室効果ガス、Greenhouse Gas)の排出量を算定する基準として、世界各国で標準的に使われている「GHGプロトコル」の改定作業が2022年から進められている。GHGプロトコルは排出源によってスコープ1~3に分けて排出量を算定する(図1)。このうち購入した電力や熱の消費に伴う間接排出量(スコープ2)の改定に関する主な論点の最終とりまとめが2023年11月に公表された(末尾の参考資料)。エネルギーを使用する企業にとって、スコープ2の規約がどのように改定されるかは、今後の電力の調達に大きな影響を与える。最終とりまとめの内容をもとに、改定の方向性を探ってみる。目指すべき方向は、短期と中長期の双方の観点から、気候変動の抑制にもたらす効果を可能な限り高めることである。
図1.「GHGプロトコル」で排出量を算定する対象
マーケット基準は継続へ、要件を厳格化する見通し
GHGプロトコルは複数の文書に分けて要件を規定している。これらの文書の改定に向けて、GHGプロトコルの事務局が4種類の文書・分野を対象に調査を実施した。(1)コーポレート・スタンダード(Corporate Standard)、(2)スコープ2ガイダンス(Scope 2 Guidance)、(3)スコープ3スタンダード(Scope 3 Standard)、(4)マーケット基準の算定(Market-based accounting)。今後は専門家で構成する委員会の議論や主要な関係者との協議を経て、2024年内に改定を実施する見通しだ。注目のスコープ2ガイダンスに関連する主な検討項目を表1にまとめた。
表1.「スコープ2ガイダンス」に関連する主な検討項目
検討項目の中で最も多くの議論を呼んでいるのは、ロケーション基準とマーケット基準の2種類の方法論を今後も併用するかどうかである。ロケーション基準では、企業が使用する電力の間接的な排出量を地域(ロケーション)全体の平均排出係数(電力1メガワット時あたりの排出量)をもとに算定する。一方のマーケット基準では、使用した電力の種別ごとの排出係数を適用する。自然エネルギーの電力や証書を使用した場合には、排出係数ゼロで算定できる。このマーケット基準に対して問題点を指摘する声が上がっていて、廃止あるいは要件の厳格化を求める意見が調査で浮き彫りになった。
マーケット基準に関する主な批判は以下のような点である。
- 電力の消費に伴う排出量を正確に反映していない。
- 自然エネルギー電力の調達方法の中には継続的に排出量を削減しないものがある(調達方法によって削減効果に違いがある)。
- 排出量の算定に関する要件が柔軟すぎる(時間や場所に関する要件など)。
とはいえ自然エネルギーの電力が世界各国で十分に普及していない状況の中で、マーケット基準を廃止することは気候変動の抑制に逆行しかねない。企業が自主的に自然エネルギーの電力や証書を採用しても、ロケーション基準では排出量の算定に反映できない。コーポレートPPA(電力購入契約)のように新規の自然エネルギー発電設備を拡大する取り組みの成果を企業が享受できなくなってしまう。当面は気候変動を抑制する点でマーケット基準は有効であり、少なくとも短期的には継続することが不可欠だ。事務局による最終とりまとめの内容を見ても、そのような方向性が感じられる。いきなりマーケット基準を廃止することはないだろう。
気候変動の抑制にインパクトのある電力の調達を重視
世界各国に自然エネルギーの電力が普及する将来においては、ロケーション基準に統一して、各国・地域の電力を自然エネルギー100%に近づけることは重要だ。継続的にマーケット基準の要件を厳格化しながら、企業などの自主的な取り組みを生かしつつ新規の自然エネルギーの拡大を推進していくべきである。要件を厳格化するにあたって、排出削減に対する効果(インパクト)を重視する考え方がある。コーポレートPPAのように自然エネルギーの発電設備の拡大につながる調達方法はインパクトが大きいとみなす。最終とりまとめの中でも、インパクトを評価する要件をマーケット基準に加えるべきとの意見が紹介されている。
自然エネルギーの電力100%の調達を推進する国際イニシアティブのRE100では、インパクトのある電力の調達を重視して、加盟企業に求める技術要件を2022年10月に改定している。加盟企業が2024年1月以降に調達する電力の要件として、発電設備の運転開始から15年以内に制限することを新たに規定した(末尾の関連コラムを参照)。それに伴って気候変動に関する企業などの取り組みを評価するCDPでも、2022年の調査からインパクトのある調達方法を評価する質問を設けた。気候変動に関連する国際イニシアティブと共通性を持たせて効果を最大限に発揮するためには、GHGプロトコルにも同様の要件を盛り込むことが望ましい。短期と中長期の排出削減目標を設定するSBTイニシアティブにおいてもGHGプロトコルとの連携を重視している。
このほかにもマーケット基準の要件を厳格化する案が出ている。従来のGHGプロトコルでは、排出量の算定を年単位で実施することが基本である。年間の電力使用量と同量の自然エネルギーの電力を同じ年内に調達した場合には、月・日・時間単位で使用量と調達量を一致させる必要はない。典型的な例は太陽光発電の電力を調達する場合である。太陽光で発電できない夜間の時間帯を含めて、太陽光で発電した電力や証書を適用することが可能だ。実際には化石燃料などで発電した電力を使っているわけで、電力の脱炭素化を阻害するとの批判がある。
この問題を改善する対策として、電力や証書に時間の情報を加えて、時間単位で自然エネルギーの電力の使用と調達を一致させる方法を提案する企業や研究機関が増えてきた。さらには発電設備と需要地点を同じ電力系統内に限定すべきとの声もあり、時間と場所の要件を厳格化することが次の課題になる。ただし考慮すべきは、先進的な企業だけではなく中小の企業でも受け入れられるような要件を設定することである。地域全体の電力を脱炭素化するうえで、幅広い企業の取り組みが重要になる。
これまでGHGプロトコルは定期的な改定を実施してこなかった。スコープ2ガイダンスは2015年1月に公表した内容のままになっている。今後は他の文書も合わせて改定のプロセスと体制を確立したうえで、定期的に改定を実施していく方針だ。それを前提にすれば、今回の改定では現行の規約をドラスティックに変える必要はない。将来の方向性を示したうえで、段階的に改定していくアプローチをとることが現実的である。
一方で日本国内のGHG排出量を報告する温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)の算定方法においては、GHGプロトコルのようなスコープの概念がない。企業が排出量を報告する場合には、国が定めた算定方法を適用する必要がある。証書やクレジットの利用条件もGHGプロトコルと違いがある。温対法で認められる排出削減手段がGHGプロトコルでは認められない場合があり、国内と海外で統一した排出削減手段をとることができない。今後は日本の企業が海外に製品やサービスを輸出する場合に、GHGの大半を占めるCO2(二酸化炭素)の排出量に基づく炭素税などが課せられる。企業の脱炭素に向けた取り組みを加速させるために、温対法の算定方法をGHGプロトコルに合わせることが急務だ。
[参考資料]
・Greenhouse Gas Protocol Detailed Summary of Responses from Scope 2 Guidance Stakeholder Survey November 2023
・GHG Protocol Scope 2 Guidance January 2015
[関連コラム]
・自然エネルギーの電力は新設か運転開始15年以内に:RE100が技術要件を改定 2022年10月26日