経済産業省は、電力・ガス基本政策小委員会を通して電力システム改革の検証を進め、2025年1月27日に「検証結果案」という報告書を提示した。電力システム改革は、2011年の東京電力福島第一原発事故後の原発の運転停止や電力の需給ひっ迫を受けて開始され、2013年の電力システム改革専門委員会の「報告書」を経て、2016年の小売全面自由化や2020年の送配電事業の法的分離などを実施してきたが、様々な問題が表面化している。この「検証結果案」をどう評価すればよいか、今後策定される制度改革案も見据えて考察したい。
電力システム改革の検証の問題意識
「検証結果案」において、これまでの電力システム改革については、全体的に「一定の進捗」や「成果が確認できる」一方で、「供給力の維持・確保や国際燃料価格の急騰への対応等については課題が残った」としている。今回の検証は、①安定供給の確保、②電気料金の最大限の抑制、③需要家の選択肢や事業者の事業機会の拡大、の主として3つの観点から行われてきたが、①安定供給の確保に最大の問題意識があるということだろう。その具体的な問題点として、「必要な供給力を確保するための電源投資の確保」、特に「火力発電が担っていた安定供給を支える調整力・慣性力」が強調されている。
このような認識の下、「これからの電力システムが目指すべき方向性」として、第1に「安定的な電力供給」、第2に「脱炭素化」、第3に「安定的な価格水準」と3つの観点が挙げられている。その上で、これら3つのうち第1点、すなわち安定供給が強調されている。例えば、「安定供給確保を大前提とした、電源の脱炭素化」、「安定供給確保を大前提とした非効率石炭火力のフェードアウト」などと繰り返されている。脱炭素よりも安定供給が優先されるのであり、そのため(不安定な)再エネ以外の電源も不可欠と示唆しているのだろう。
その具体策として、「電源投資の回収予見性が高まっているとは言い難く、容量市場、長期脱炭素電源オークション等への評価も踏まえつつ、電力の安定供給に必要な供給力の維持・確保を進めていくことが必要」と続けている。「大型電源については投資額が巨額となり、総事業期間も長期間となるため、収入と費用の変動リスクが大きく、電力自由化を始めとする現在の事業環境の下では、将来的な電力収入の不確実性が大きい」。だから、「電力の脱炭素化と安定供給を実現するため、事業期間中の市場環境の変化等に伴う収入・費用の変動に対応できるような制度措置」を行うとしている。これは、原子力発電に対するイギリスのRABモデルのような支援策を指すものと思われる。
電力の安定供給をどのようにして確保するか
電力システムにおいて安定供給が極めて重要なことは言うまでもないが、上記のような問題の整理には違和感がある。確かに変動性再エネの統合は安定供給上の挑戦となるが、欧州で実践されている通り、その鍵は電力システムの「柔軟性」にある。原子力などの供給力や火力などの調整力も有効であるが、それは多面的な手段の一部に過ぎず、その他に送電網を使った広域融通、揚水、ネガティブプライスを含む市場メカニズムの活用、デマンドレスポンス、蓄電池やVPPなど、様々な手段が存在する。これら手段を合理的に組み合わせることが重要であり、火力が主要な手段で絶対に残さなければならないと考える必要がないことは、南オーストラリア州の事例が証明している(コラム:2024年9月25日)。
大規模電源への投資が進まないのは、不確実性が高いだけでなくそもそもコストが高いからであろう。脱炭素とエネルギー安全保障の両立が求められる中で、今後の発電所の多くは均等化発電単価が低くリードタイムが短い変動性再エネになるというのが、欧州の基本的な考え方である。そこで無理に原子力や脱炭素火力を増やそうとすると、RABモデルのように裁量的な政府介入が必要になる。換言すれば、市場のプレーヤーが多様な手段から合理的に選択できる市場制度が求められており、それこそが電力システム改革の本質と言うべきである。
そもそも2013年の電力システム改革専門委員会の「報告書」でも、安定供給の重要性は強調されていた。当時は、「原子力発電所の事故やその後の電力需給のひっ迫を契機に、これまでと同様の電力システムを維持したのでは、将来、低廉で安定的な電力供給を確保できなくなる可能性がある」ことが、改革の出発点となっていた。具体的には、「大規模電源による供給力確保を行うという従来の仕組みに内在するリスク、すなわち価格による需給調整が柔軟に働かないことを露呈した」ため、「デマンドレスポンスなど需要側の工夫や分散型電源が、需給を均衡させるための手段としてより期待されるように」なり、また広域系統によって「全国大で需給調整を行う機能」の発揮が求められるようになった。そのため、「小売参入が規制され、卸電力市場での電力取引の流動性が低く、送配電網へのアクセスの中立性確保に疑義がある」といった「要因を取り除き、競争環境を整備することにより、競争によるメリットを最大限引き出していく」としていたのである。
要するに12年前には、市場機能の活用が安定供給を確保する合理的な手段と評価され、それを最大限発揮させるための分散型の改革を目指した。だからこそ、発送電分離を含む競争促進策が大きな論点となり、「新規制組織への移行」も盛り込まれた。それが今回の検証では、原子力や脱炭素火力といった大規模電源への投資が進まないことを問題視し、政府介入によってそれらの建設を支援するという集中型のシステムへの回帰と解釈できる。電力システム改革の方針を大きく変えようというのだ。下図は筆者が頻繁に使う座標軸だが、2013年には第1象限の欧州流と米国流の重なる辺りを目指していたはずが、中央辺りの「混合型システム」に戻ったのである。
図 電力システム改革の類型

市場機能を活用しないのか
2013年の電力システム改革専門委員会の「報告書」では、「市場機能の活用」が強調されていた。それ以前が「一般電気事業者による事実上の独占」であり、「競争は不十分」だったからこその改革方針だったわけだが、この12年間に市場機能が十分に活用され、弊害が大きかったから方針を見直すというのだろうか。
そうでないことは、筆者が繰り返し指摘してきた(コラム:2023年4月12日、2024年12月5日)。最近数年間に、多数の一般送配電事業者による情報漏洩、関西電力などによるカルテル、JERAによる市場操縦などの競争阻害行為が、立て続けに明らかになった。日本では公正な競争環境が整備されておらず、市場機能は健全な形で活用されていないのである。したがって、市場機能が活用されていない弊害こそあれ、活用された弊害は見当たらず、前者こそ今回の検証において議論が尽くされるべきであった。
しかし今回の「検証結果案」は、そもそもカルテルや相場操縦に言及していない。情報漏洩については、「大手電力の不適切事案」として触れているが、深く議論することなく「少なくとも現時点で制度的に所有権分離を求める必要はない」と結論づけている。市場機能への関心は、12年の月日を経て大いに下がったと感じざるを得ない。
市場機能を活用しない電力システムは、最早欧米先進国ではほぼ存在せず、コスト高なものになる上、安定供給上も問題がある。それは、12年前の「報告書」の通り、我々は身をもって体験したはずだ。この間、脱炭素の要求が高まり、エネルギー危機も経験したが、それらは低コストで純国産の再エネの必要性を高めこそすれ、その限界を示唆するものではない。再エネを中心として必要な送電網が整備された分散型のシステムで、蓄電池や需要側の合理的な行動にも期待し、したがって市場機能をフル活用することが、安定供給にも脱炭素にも近道なのである。
今後の電力システムの展望
本コラムで議論してきた通り、日本の電力システムは市場機能を十分に活用しない、福島原発事故以前の状況へ戻ろうとしている。それは、これまでにも筆者が指摘してきた政策の変容だが、いよいよ明確な方針として打ち出された。第7次エネルギー基本計画は、福島原発事故以降の政策の大転換となったが、福島原発事故を受けて推進されてきた電力システム改革も、それに整合する形で方針転換しようとしている。
日本の電力システムなのだから、欧米先進国と異なっても、「混合型」(図)でも構わないという意見もあるかもしれない。しかし、先日海外の方から指摘されたところだが、発送電分離すら満足にできていない電力市場に、欧米のエネルギー企業は参入しないだろう。そこで供給される電力は、割高な上に再エネ由来は限られるため、欧米のユーザー企業も日本に投資しないかもしれない。その結果として守られる電力システムや日本の産業とはどのようなものなのか、考えてみる必要があるのではないだろうか。
一方で、法定独占に戻るわけでもない。不十分にせよ、一度開いた自由化という扉が閉まるわけではない。この12年間の変化で評価できるのは、広域運用が一定程度進んだことと、近年の蓄電池事業の盛り上がりである。広域運用については、系統マスタープランが策定され、今後実際に長距離送電線が建設される予定だが、これの加速が求められる。系統用蓄電池については、補助金のお陰もあって急速に導入が進んでおり、これが需給調整に寄与することが期待される。これらは柔軟性の手段であり、市場機能の活用にも合致する。多少の裁量的な支援や政府介入があっても、大規模電源の建設は容易ではないだろう。市場機能の活用こそ、脱炭素と安定供給への近道であることを肝に銘ずるべきである。