真の電力システム改革の最後のチャンスカルテル、情報漏洩・不正閲覧を受けて

高橋 洋 法政大学 社会学部 教授

2023年4月12日

in English

 

カルテル、情報漏洩・不正閲覧の衝撃

 結局、大手電力会社は、地域独占・発送電一貫体制に基づく電力システムを変えるつもりはないのだろう。そう思わざるを得ない、カルテル、情報漏洩・不正閲覧といった違法行為が、相次いで表面化している。筆者は、大手電力に厳しいことを言うことが多いが、それでもその総合力や安定供給に対する姿勢には一定の信頼を置いてきた。しかし、このようなことが起きるとは残念である。

 第1にカルテルは、お互いの営業地域を尊重しようという大手電力同士の談合であり、市場競争の否定である。旧独占企業として自由化に反対してきたことは止むを得ないが、日本を代表する大企業が、しかも小売の営業現場の一部社員でなく経営幹部が、独占禁止法違反の行為を主導したというのだから、理解に苦しむ。携帯電話キャリアのトップが取引制限の約束をすることは、想像できないだろう。

 第2に情報漏洩・不正閲覧は、これからも独占が認められている送配電事業が中立化されていなかったことを示している。2013年に大手電力は発送電(法的)分離を受け入れたはずだったが、実際には競合他社の顧客情報を自社内で共有しても構わないと、多くの社員が思っていたのだろう。その情報を営業目的で使うのは論外だが、「顧客対応」のためであったとしても、新電力には同じことはできず、公平ではない。とある航空会社が、航空管制官が持っている競合他社の運行情報を見られないのは、当然だろう。

 大手電力の方々の話を伺っていると、本音は次のようなところかと思われる。そもそも電力という財は市場競争に馴染まない。自由化すれば価格は下がるかもしれないが、安定供給が脅かされる。新電力の多くは発電所を持たず、いつ市場から退出するかわからない。自然エネルギーは不安定であり、そのような電源を自社の送配電網に接続したくない。災害時なども含めて安定供給に責任を持つのは、発送電一貫の大手電力のみであり、全てを我々に任せてもらいたい。そうすると、地域別の独占体制以外の選択肢はあり得ず、これまでの電力システムは変えられないことになる。

電力システム改革のメリットとデメリット

 しかしながら、このような電力システムに対する認識は、欧州などと比べて時代遅れであり、エネルギー転換を進める時代には正しくない。最先端の欧州では、以下の2つの理由で電力システム改革が進められてきた。

 第1に、市場競争は価格を下げるためだけでなく、安定供給に寄与する。市場メカニズムこそ、経済取引において最も合理的な需給調整の方法である。価格が上がれば、止まっている発電所を動かしたり、節電をしたりする誘因が働く。地域を超えた電力取引も盛んになり、全国大で多様な発電所や需要側のリソースを有効活用できる。電力は需給調整が決定的に重要だからこそ、大手電力の長年の勘でなく、市場メカニズムに委ねるべきなのである。これは、北欧のノルドプールなど欧州では常識である。換言すれば、地域独占は安定供給に脆弱である。

 第2に、市場メカニズムを発揮するには、送配電網は開放されなければならない。高速バス会社が対等に競争する前提として、高速道路が誰でも自由に使えることは、当たり前だろう。その手段が発送電分離であるが、法的分離では不十分だったことが証明されたのだから、あとは所有権分離しかない。資本上も別会社にしなければ、送配電事業は中立化されない。欧州の多くの国は所有権分離を実施し、安定供給は維持されている。災害時に小売会社の応援を受けてもいない。むしろ、日本の何倍もの割合で変動性自然エネルギーが接続されており、そのシステム統合に力を尽くしているのが、独立した送電会社(TSO)である。

 電力システム改革にもデメリットはある。100%だった地域内市場シェアは減る一方である。競争には慣れておらず、サービスの向上や多様化も思うように進まず、利益を上げるのは難しい。所有権分離をすれば、会社規模が小さくなり、託送料による安定収入を期待できなくなる。地域を代表する大企業の一員という、社員のアイデンティティーが崩れる。これだけのデメリットがあるのだから、大手電力が電力システム改革に反対するのは心情的には理解できる。

 一方で、大手電力にとってのメリットもある。新しい市場環境に適応できれば、やり甲斐のある企業として成長できる。ガラパゴス市場に閉じこもるのでなく、グローバル企業として国際展開できる。デンマークのオーステッドのように、自然エネルギーに特化した脱炭素を牽引する先進企業に変身することも夢でない。特に送配電部門は、独立すれば企業価値が高まるだろう。大きな投資が見込まれる成長産業であり、総括原価主義による安定した収益が約束されている。欧州では送電会社が優良な投資先になっている。

エネルギー転換のためには真の電力システム改革が不可欠

 今回のカルテルや情報漏洩は、競争政策上の問題であった。と同時に、電力システム改革はエネルギー転換にも不可決である。今人類には、気候変動問題とエネルギー危機の2つに対応するために、自然エネルギーを柱としたエネルギー転換が求められている。そのためには、大手電力を含む多様な事業者による、多様な自然エネルギー発電所の建設と活用が必要である。欧州諸国は、そのためにも市場競争を導入し、送電事業を中立化してきた。

 日本はこのような動きに大きな遅れを取ってきた。市場競争が機能せず、送配電事業が中立化されていない状況は、欧州では20〜30年前のことである。電力システム改革が進まないから、日本では自然エネルギーの導入も進まず、未だに電源の75%を火力に頼っているのである。その挙句、電力価格の高騰の末に、今回の不祥事となった。電力システム改革は、これまでも不十分だったが、完全に行き詰まっている。

 それでも日本は、エネルギー転換を放棄できない。日本政府も、2050年のカーボン・ニュートラルを国際公約した。原子力やCCSに期待する声も根強いが、世界のエネルギー転換の最右翼は自然エネルギーである。筆者はこれまで何度も真の電力システム改革の必要性を指摘してきたが、その声は政府に届かなかった。今回が、電力システムを抜本改革する本当に最後のチャンスである。所有権分離を実現し、市場メカニズムを機能させなければ、日本の未来は無いとまで断言したい。

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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