南オーストラリア州:蓄電所を活用した自然エネルギー主力電源化

高橋 洋 法政大学 社会学部 教授

2024年9月25日

 近年、自然エネルギーに関連して注目を集めているのが、南オーストラリア州である。オーストラリアは世界有数の化石燃料輸出国として知られており、石炭火力が電源構成の約半分を占め、気候変動対策の観点から批判されることが多かった。そのような国の1つの州が、ここ10年強の間に、自然エネの主力電源化に成功している。その鍵は、系統側に設置した大規模蓄電所にあるという。筆者は、南オーストラリア州に2024年9月初めに訪問し、事業者や州政府の関係者から話を聞く機会を得た。本コラムでは、世界的に見ても最先端の南オーストラリア州の事例を紹介し1、日本への示唆を考える。

自然エネルギー74%への道程

 南オーストラリア州が自然エネに大きく舵を切ったのは、2002年にマイク・ランが州首相に就いてからとされる。乾燥地帯で土地が平坦な南オーストラリア州には、水力発電がほとんどなく、一方で風力や太陽光といった自然エネは大量に賦存していたが、未だ発電設備が高コストだったため、当時の自然エネの電源構成はほぼゼロであった。それに対して南オーストラリア州政府は、2014年までに20%という当時にしては野心的な導入目標を掲げ、2008年に太陽光への固定価格買取制度を開始し、2009年には新築及び大規模改修の政府施設への太陽光パネルの設置を義務化するなど、政策的支援を進めた。その結果、2010年前後から自然エネの電源構成は右肩上がりで増え続け(図)、2015年には導入目標を2025年までに50%と高めた。

図:南オーストラリア州の発電電力量の推移
出所:Australian Energy Statistics, Department of Climate Change, Energy, the Environment and Water.

 その南オーストラリア州を襲った危機が、2016年9月の州内全域に及ぶブラックアウトであった。その主因は、50年に一度という規模の暴風による送電網の寸断だったが、4ヶ月前に全ての石炭火力発電が運転停止した2直後だったこともあり、連邦政府を含めた南オーストラリア州の取り組みに懐疑的だった勢力から、自然エネに偏り過ぎて安定供給を疎かにした結果だと批判が高まった。

 確かに南オーストラリア州は、人口が180万人で面積は日本の2.5倍と人口密度が極端に低く、送電網は十分に整備されていなかった。電力市場は他の4州・1地域と統合されているものの、地域間連系線はヴィクトリア州としか繋がっていない3。そういう中で調整力としての火力を減らし、変動性自然エネ(VRE)を40%まで増やしたため、自業自得だと言うのである。

 それに対して南オーストラリア州政府は、自然エネを増加させる方針を撤回せず、同時に安定供給を確保する方策を検討した。その結果選ばれたのが、系統に接続する米テスラ製のリチウムイオン蓄電池から構成される大規模蓄電所だったのである。その100MWという当時世界最大規模のホーンズデイル蓄電所(Hornsdale Power Reserve)の導入に当たっては、テスラのイーロン・マスクCEOが、契約から100日以内に運開できなければタダで構わないとツイートするなどし、注目を集めた。実際には60日に当たる、2017年12月から運開したのである4

 その後も南オーストラリア州では、2022年11月に豪雨と落雷によって他州との連系が切り離されて一部に停電が起きるなど、何も問題がないというわけではない。それでも蓄電所を活用して安定供給を維持する中で、自然エネは増え続け、2023年に74%(図)に達した。南オーストラリア州政府は導入目標をさらに前倒しし、2027年までに実質100%を目指している5

大規模蓄電所の多面的な役割

 大規模蓄電所は、電力システムにおいてどのような役割を果たすのだろうか。VREが増えると、日時によって電力の過不足が大きくなり、需給バランスの維持が難しくなる。蓄電所は、晴れた日の日中などに生じる余剰電力を貯蔵し、夕方以降の供給不足時に系統に供給してくれる。さらに、蓄電池の起動は迅速であるため、周波数調整サービス(FCAS:Frequency Control Ancillary Service)も提供できる。

 これまでは、蓄電所が柔軟に周波数調整などを行えるか技術的に不確実な部分があった上に、そもそも蓄電池のコストが高過ぎた。自然エネ導入で先行した欧州は、国際連系線や揚水といった従来の手段によって、電力システムの「柔軟性:フレキシビリティ」を高めて対応してきたのであり、割高な蓄電所は活用してこなかった。しかし、ホーンズデイル蓄電所がこの常識を覆したのである。

 特筆すべきは、蓄電所に経済合理性があることである。ホーンズデイル蓄電所の建設費はA$9,000万(約80億円)だったとされている。これに対し、2018年第一四半期における鞘取り6と周波数調整サービスからの(費用を差し引いた)利益は、約A$250万であったという7。これを単純に通年化すると約A$1,000万の年間利益になる。これは、100MWの蓄電容量のうち30MWを活用したものだが、残りの70MWは州政府との緊急時バックアップ契約の対象となっており、金額は特定されていないが、大きな収入源になっているという。これを併せて年間利益をA$2,000万と仮定すれば、5年間で建設費用を賄える計算となる。蓄電池自体の故障は極めて少ないといい、燃料費もかからないため、蓄電所は魅力的なビジネスなのである。

 経済合理性は、周波数調整サービスの費用を払う州政府にとっても当てはまる。ホーンズデイル蓄電所のお陰で、周波数調整サービスにかかる費用が2019年には例年から90%以上激減し、南オーストラリア州の電力消費者にとってA$1.16億の節約になったという8。前述のA$9,000万の建設費に対して、州政府がA$200万、連邦再生可能エネルギー庁がA$800万の補助金を提供したとのことだが、十分に元が取れていると言えよう。だからこそ、ホーンズデイル蓄電所は2020年に100MW から150MWへ増強された。

 ホーンズデイル蓄電所の成功を受けて、州内や他州にも大規模蓄電所の設置が相次いでいる。発電・小売事業者のAGLも9、250MWの容量のトレンス島蓄電所をA$1.8億(約160億円)で建設し、2023年8月に運開した10。これは、運転停止したガス火力発電所の跡地に建設したとのことで、ミリ秒単位の応答速度によって、周波数調整サービスだけでなく合成慣性(synthetic inertia)も提供している。

写真:AGLの蓄電所。筆者撮影

 更に、南オーストラリア州ではVPP(Virtual Power Plant:仮想発電所)も積極的に活用されている。VPPは多数の自家発電や太陽光発電、蓄電池などの分散型エネルギー源を束ねて運用することで、大規模蓄電所あるいは調整可能な発電所と同様に需給調整の役割を担い、周波数調整にも貢献する。South Australia VPPは、テスラや小売事業者Energy Localsによって2018年に事業化され、運用されている11。既に5,500世帯以上がこのプログラムに参加しており、太陽光パネルや蓄電池を無料で設置した上で運用を委ねる代わりに、最低料金でグリーン電力の消費が可能な上、停電時には蓄電池から供給される。前述の2022年11月の停電時にも、SA VPPが周波数安定化に寄与したという。

 もっとも、電力システムの柔軟性を高めるために、蓄電所やVPPだけでは十分でないことは、南オーストラリア州政府も認識している。2017年時点では建設期間が短い大規模蓄電所を選択したわけだが、長距離送電線も組み合わせることで柔軟性が高まることは言うまでも無い。そこで南オーストラリア州は、ニューサウスウェールズ州との間に800MWの地域間連系線を建設中であり、2027年までに運開する予定である。これにより、南オーストラリア州の自然エネ電力はさらに他州に輸出されるようになり、他州の脱炭素にも貢献することになる。

日本への示唆

 南オーストラリア州の事例から、オーストラリアと同様に2050年カーボンニュートラルを目指す日本は、様々な示唆を得られる。

 第1に、自然エネ主力電源時代の安定供給のために、旧来のベースロード電源は必要条件ではないということだ。原子力も石炭火力も大規模水力もない南オーストラリア州は、VREとガス火力に大規模蓄電所を組み合わせることによって安定供給を維持している。日本では、安定供給のために今後も原子力と火力が不可欠という意見が根強いが、それは必ずしも正しくない。

 第2に、国際連系線による広域運用も絶対条件ではないということだ。多数の国々が接している欧州では、国際間を含む広域運用の経済合理性が高く、これに変動対策を頼る傾向が強い。そのため日本で自然エネを批判する際に、国際連系線がないから欧州のように行かないとの指摘がよく聞かれる。しかし、オーストラリアにも国際連系線はない。地域間・国際間の連系線が太いに越したことはないが、蓄電所でも一定の代替が可能なのである。

 第3に、蓄電所の魅力は充放電による需給バランスだけでなく、その応答速度や建設期間の短さ、立地の容易さなど多岐にわたるということだ。近年、蓄電池のコストが下がったため、柔軟性の手段として費用対効果が高いと言えよう。日本では、自然エネ発電所側に設置が要求されるなど、蓄電池は非合理的な利用のされ方もしてきたが、近年、出力抑制対策の側面からも、系統用蓄電池ビジネスへの注目が集まっている。その際には、合理的な運営ができるよう公正な市場環境が整備されるべきである。

 それでも、南オーストラリア州は特殊事例で参考にならないとの反論が考えられるだろう。第1に、人口180万人という小規模だから可能であり、日本の規模では無理だというものだ。これは、デンマークなどとの比較でも以前からよく聞かれる話だが、では日本では、自然エネの適地である北海道だけでも自然エネ100%に向けて取り組めばと思うが、そのような動きはない。対照的にオーストラリアでは、異端だった南オーストラリア州の成功事例を全国へ拡大する動きになっており、連邦政府は2030年に82%(日本は36〜38%)という自然エネ導入目標を掲げている。

 第2に、南オーストラリア州では発電設備を置く土地が無尽蔵にあるため、風力や太陽光の導入が速く進むというものである。確かにこれは大きな強みであり、全体としての発電コストが低くなり、蓄電所のコストの吸収に有利かもしれない。とはいえ、日本には洋上に無尽蔵の設置場所があり、揚水は世界最大規模といったことを考えれば、全く比較にならないわけでもないだろう。

 要するに、自然エネの主力電源化は技術的に不可能な話ではなく、様々な柔軟性の手段がある中でいかにやるかという話なのである。ホーンズデイル蓄電所も当初は国内で疑問視されていたが、実績でこれを払拭した。地域に応じて有利不利はあるが、全てに不利だから無理という話ではなく、新しい技術が不利を解決することが期待される。それが新しい産業を生み出すことにもつながる。

 南オーストラリア州では、今後さらに自然エネ電力が増える結果、余剰電力が拡大する。それは、蓄電所や他州への輸出では吸収しきれないだろうから、電気分解による水素変換を計画している。要するに、グリーン水素を製造して日本などへ輸出するのである。グリーン水素だけでなく鉄鉱石もあるのだから、国内でグリーン製鉄をして、鉄を輸出する構想もある。それらが、現在の巨額の化石燃料の輸出を代替できるかは、筆者にはわからない。まだまだ石炭を輸出したい、ブルー(グレー)水素を製造したいという事業者もいるだろう。それでも政府の一定の方向性の下で、最終的には市場が決めるのが最も合理的であり、オーストラリアはそのような健全な方向へ進むだろう。

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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