企業の気候変動情報開示の新国際基準発表バリューチェーン全体の排出量開示・オフセットを含む目標はオフセット前も開示が明記

高瀬 香絵 自然エネルギー財団 シニアコーディネーター

2023年7月3日

 企業の収益などの財務情報と同じように、気候関連情報も株主等の投資判断のために活用されるための環境がやっと整った。そのための国際基準では、企業の排出量として、バリューチェーン全体(スコープ1・2・3)の開示が必須項目として示されている。また、カーボンオフセットに対しては、オフセット後だけではなく、オフセット前の排出量も明記が必須とされていることも注目に値する。以下、この分野には馴染みのない方にも分かるよう、かいつまんで要点を説明しつつ、今回発表された基準が日本においてもつ意味を解説する。

TCFDからISSBへ

 多くの日本の方は、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の名前の方が馴染みが深いだろう。G20の要請を受け、金融安定理事会(FSB)によって設立され、日本政府は毎年「TCFDサミット」を開催するほど力を入れている。TCFDをわかりやすく一言でいうならば、「気候変動は金融リスクだから、有価証券報告書等にて気候関連情報を企業が開示すべきなので、その開示の原則や項目を決めた」というものだ。TCFDはパリ協定のサイドイベントでローンチされ、2年後の2017年9月に最終報告を出している。

 TCFDは原理原則であったが、それが具体的な開示基準に昇格したのが、今回(2023年6月26日)発表された国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の「IFRS S1」(一般サステナビリティ開示事項)と「IFRS S2」(気候関連開示事項)である1 2。TCFDより随分詳しくなっていて、実際の開示に際する様々な疑念に答えている。ISSBには日本人の理事もいて、ISSBアジア・オセアニアオフィスは日本政府が誘致し、東京に位置している。この流れは日本企業にも今後深く関係するものである。

新基準の論点

 「IFRS S2」(気候関連開示事項)について、筆者がこれまで企業の情報開示を見てきた経験から注目しているのは、1)スコープ33が実質必須開示となったこと(金融機関投融資先企業のスコープ3も含む)、2)目標においてクレジットによるオフセットをする場合は総量での(オフセット前の)目標も開示すること、が明記されたこと、である。

 スコープ3までが開示対象となることで、企業はバリューチェーン全体に実質的に責任を持つことになる。石炭等化石燃料から作り、かつCCSがない、または不十分なアンモニア・水素を使った企業(発電の場合は電力会社、そして電力を消費している会社)は、スコープ3カテゴリ3が大きく増加するが、これが企業の財務情報と同列に開示され、投資家が見て投資判断に活用するということだ。また、金融機関が投融資先排出量を開示する際には、投融資先企業のスコープ3も含めることになっている。銀行や投資家の責任範囲に、投融資先のスコープ3排出量までが入ってくるということだ。

 また、排出量を減らす努力をあまりせずにオフセットクレジットにて「カーボンニュートラル」を目指すとする場合も、必ずオフセット前の実際の排出量での目標も開示しなくてはならない。どれだけ自らで削減しようとしているのかを隠すことはできないことになる。 以下、少し詳細に両方のトピックを解説する。

スコープ3

 スコープ3については、必須開示となった。2024年1月から本基準は適用され、1年目は緩和措置としてスコープ3は特に開示をしないこともできるものの、スコープ1・2と並べて必須開示となった(29(a)(i))意義は大きい。スコープ3をどう算定・開示すべきかの詳細について、付属B38〜63にわたって考え方が示されている。基本的には、「企業が最も自社のスコープ3排出を代表すると考える方法にて、かつ膨大なコストを避ける」というのが原則だ。その上で、入力データとして優先すべき4つの特徴をあげている。

(a) 直接測定に基づくデータ
(b) 組織のバリューチェーン内に特定した活動から得られたデータ
(c) バリューチェーン活動の管轄区域、使用技術、及びその温室効果ガス排出量を忠実に表すタイムリーなデータ
(d) 検証されたデータ

 ただし、これら4項目はトレードオフである場合もあり、その際には経営層が判断すべきとも明記されている(B42)。例えば、新しいデータと、技術や場所をよく代表するが更新頻度があまり頻繁ではないデータが両方存在する場合などは、いずれが適当かについては判断する必要があるとしている。

 数年前まで、日本では産業連関表等の固定係数を使った計算が主流であった。しかし、固定係数では、実際にサプライヤー等バリューチェーンでの削減努力が数値に反映されず、一次データを使った算定が重要であることが最近になって認知されてきた。しかし、サプライヤーから得られたデータは同じ報告年のスコープ3算定に使うには、間に合わないことが多い。こういったケースは、(a)と(c)のトレードオフということになる。1年前のものでも一次データを使うべき場合もあれば、データのタイムリーさを優先すべきという場合もあるかもしれない。どれを優先すべきかは、経営層が決めるべきである、ということが書かれている。

 また、金融機関の投融資先については、そのスコープ3も開示に含めるべき(shall4)となっている。金融機関の投融資先排出量の算定の際に、投融資先のスコープ1・2だけでなく、スコープ3も算定することが必須となった。もちろん、各スコープ分けて算定ということであるが、これが必須となったことの意義は大きい。再度の事例となるが、化石燃料から作った(CCSがない、または不十分な)アンモニア・水素による発電を行う、ないしは電力を利用する企業は、スコープ3カテゴリ3にその分が計上され、それはその発電企業・消費企業に投融資した金融機関のスコープ3カテゴリ15(投融資先排出量)にも計上されることになる。

 なお、規制当局や取引所がGHGプロトコルスコープ3基準以外を使うよう指示している場合でも、GHGプロトコルにおけるスコープ3算定方法を優先すべきと明記されている(B41)点も興味深い。

目標については必ずグロスも開示

 ISSB S2は開示基準であることから、目標のあり方については規定していない。しかし、オフセットをしたネット(純)排出量にて目標を設定する場合でも、オフセット前のグロス排出量についても開示することが必須となっている(36(c))。自らの排出量を下げるのではなく、オフセットだけで削減を行おうとする場合は、それが明らかになるということだ。ISSBは開示基準を策定していることから、目標がこうあるべきということについては踏み込んでいない。一方で、透明性の観点から、グロス排出量も開示を必須としたということだ。

サステナビリティ基準委員会(SSBJ)への期待

 ISSBが設定する国際基準は「基盤」であり、各国・地域において、実務的な基準をその基盤の「上に」構築することが期待されている。日本においても、財務会計基準機構(FASF)の元、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が設立され、日本における国内基準の開発を行うこととしている。G7メンバー国として、ISSBの基盤を崩すことなく、インテグリティ(尊厳)を持った国内基準が整備されることを期待する。
 

  • 1審議会の名称(サステナビリティ)からも分かる通り、気候変動だけでなく、他のサステナビリティ分野についても対象とすることになっている。
  • 2IFRS Sustainability Standards Navigator
  • 3スコープ1・2以外のバリューチェーン全体の排出量。総量にて表現する。スコープ1は企業の範囲内からの直接排出量、スコープ2は企業が購入した電力・蒸気等の二次エネルギーの生成の際の直接排出量。
  • 4shallを使った場合は、必須を意味する。推奨の場合はshouldを使う。required、mustもshallと同等を意味する。
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外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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