ドイツの気候保護法、若者たちの訴えで温室効果ガス排出削減目標見直しの法改正へ

一柳 絵美 自然エネルギー財団 特別研究員

2021年5月18日


 ドイツ連邦憲法裁判所は、4月29日、現行の連邦気候保護法は2031年以降の削減策が不十分で、将来世代の自由の権利を侵害しているとの理由から、ドイツの基本法に基づいて一部違憲の判断をした。2022年末までに、2030年後の期間の温室効果ガス削減目標改善を具体化する立法措置を求めたものだ1。きっかけは、ドイツの若者らによる連邦憲法裁判所での訴えであり、それがドイツ政府の温室効果ガス排出削減目標の早急な見直しに至った。判決後の2週間に起きた歴史的な動きと法律の内容を整理してみたい。

ドイツ政府の反応:憲法裁判所判決から2週間足らずで気候保護法改正の閣議決定へ

 判決から約一週間後の5月5日、ドイツ政府は、温室効果ガス排出を実質ゼロとする気候中立達成目標を2050年から45年へ5年間前倒す方針を発表した。2030年までの排出量削減目標は、1990年比65%削減で、現行の連邦気候保護法による目標値から10%引き上げる。加えて、2040年までに88%減の排出削減目標を新設する。メルケル首相は目標の見直しに関し、「政府内で、憲法裁判所の判決をいかに迅速に実施するかについて議論した」と述べ、2045年までの気候中立達成のためには、「追加的措置を講じて実行する必要がある」との立場を表明した2。そして、5月12日には、環境省の提案を基に、連邦気候保護法の改正案が閣議決定された3 。判決から2週間足らずで法改正の閣議決定というかなり迅速な対応である。

現在の連邦気候保護法と2031年以降の新目標を定める改正案

 さて、今回争点となった連邦気候保護法は、2019年に策定され、2030年までに1990年比少なくとも55%の温室効果ガス削減目標を定めてきた(連邦気候保護法第3条)。この目標達成のため、エネルギー産業、産業・工業、建築、交通、農業、廃棄物管理等の6つの部門別に2020年から2030年までの年間許容排出量が示されている。現行法では、2030年までの部門別の年間許容排出量は、具体的数値の内訳の記載があるが(連邦気候保護法第4条・附表2)、2031年以降の削減に関する具体策は不明瞭であった。
 
表1 連邦気候保護法の温室効果ガス排出削減目標(1990年比)
出典:連邦気候保護法(第3条)と連邦気候保護法改正案(第3条・附表3)を基に筆者作成4

 ここで、5月12日公開の連邦気候保護法改正案と現行法を比べてみる(表1参照)。改正案では、2031年~2040年までの年間温室効果ガス削減目標が新しく設定されている(連邦気候保護法改正案附表3)。2031年の67%削減から2040年まで毎年、2~3%ずつ削減目標が強化されているのが分かる。また、改正案の第3条には、現行法で規定のなかった2040年までに1990年比で少なくとも88%温室効果ガス排出削減、そして、2045年までに実質温室効果ガス排出中立を達成するところまで削減、2050年以降にはマイナス温室効果ガス排出を達成すべきという文言が追加されているのが確認できた。

 2020~2030年の部門別年間許容排出量も厳格化される見通しだ。たとえば、現行法では、2030年時点でのエネルギー産業部門の年間許容排出量は1億7500万トンであるが、改正法案では1億800万トンとなっている(図1参照)。
 
図1 連邦気候保護法改正案による2020年~2030年の部門別年間許容排出量(CO2換算/百万トン
 
出典:連邦気候保護法改正案 (附表2)を基に筆者作成

ドイツの若者たちによる憲法訴願と基本法第20条a項

 では、連邦憲法裁判所の判決を振り返ってみよう。発端は、2020年2月、15才から32才までのドイツの9人の若者たちが、環境団体の支援の下、連邦憲法裁判所に憲法訴願を提出したことだ5。ドイツでは、公権力によって個人の基本権が侵害された場合、連邦憲法裁判所に異議申し立てを行うことができる(基本法第93条4a項)6。そして、4月末、連邦憲法裁判所は、基本法第20条a項に言及したうえで、現在の連邦気候保護法を一部違憲と判断した。

 申立人の一人で、ドイツのペルヴォルム島の農園に住むゾフィー・バックゼンさん(22才)は、今回の憲法裁判所の判決を喜び、「私たち若者にとって今回の判決は大きな成功だ。気候保護法の一部が、私たちの基本法に相反することが明らかになった。手遅れになる10年後ではなく、今すぐに効果的な気候保護に取り組んで実行する必要がある」と話している7。ペルヴォルム島は、自然エネルギー活用に長年積極的に取り組む島として有名だが、海抜が低く、2017年には島全体の3分の1が水没した。ゾフィーさんは、海抜上昇によっていつか島の堤防が決壊するのではないかと不安を抱いている。
基本法20条a項とは

ドイツには憲法は存在せず、旧西ドイツ時代からの基本法が数多くの改正を経て日本の憲法に相当するものとして存続している。東西ドイツ統一後、1994年の改正時に追加された基本法第20条a項には、「国は、将来世代に対する責任を果たすためにも…自然的生活基盤および動物を保護する」と定められている8。保護の対象となる「自然的生活基盤」とは、土、水、空気、気候、景観、動物、植物といった環境媒体やそれらの間の繋がり・相互作用を指す。また、「将来世代に対する責任」への言及によって、持続可能な発展の概念の環境的側面を基本法に取りこんでいる。基本法第20条a項の法的性質は、国家目標規定で、法的な強行規定である。基本法20条a項の環境保護の国家目標によって、国家は自然的生活基盤を保護する義務を負う9


 今回の連邦憲法裁判所の判決要旨をみて、筆者が理解できた限り、将来世代への言及をまとめてみる10。まず、基本法第20条a項は、国家に気候保護を義務付けており、これは気候中立の実現も目指しているとの見解だ(判決要旨2)。また、環境関連の因果関係に科学的な不確実性がある場合は、立法府は20条a項によって特別な注意義務を負い、将来世代のためにも、深刻で不可逆的な悪影響の可能性の信頼できる兆候を考慮することとしている(判決要旨2b)。基本法は、一定の条件で、基本的権利によって守られる自由を長期的に守り、自由の機会を世代間で均等に配分することを義務付けている。そして、温室効果ガス削減負担の一方的な将来への転嫁がないように自由の権利を守る。基本法20条a項の保護義務は、将来世代が大きな代償を背負うことがないよう、自然的生活基盤を大切に扱い、後世でもその状態を維持する必要性を述べている。その上で、未来の自由を守るため、気候中立への移行を適切な時期に開始する必要性を訴えた(判決要旨4)。

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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