福島原発事故10年:日本の原子力・エネルギー政策をどうするか

大島 堅一 龍谷大学政策学部 教授

2021年2月26日

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 2021年3月11日に東京電力福島第一原子力発電所事故(福島原発事故)から10年を迎える。福島原発事故後の問題は全く解決していない。被害回復は十分ではなく、ALPS処理水、除去土壌の処分、さらには1F事故処理等、多くの課題を残している。とはいえ、エネルギー利用に目を転じれば、事故以前には考えられなかった大きな転換が訪れている。

 原子力発電についてみると、福島原発事故前の2010年度には、54基の原発が稼働し、日本の総発電電力量の25%が原発から生み出されていた。この状況は事故後一変し、廃炉決定した原発は24基、再稼働を果たした原子力発電所は関西電力、九州電力、四国電力の9基にとどまっている。その結果、発電電力量に占める原子力の割合は6%程度に落ち込んだ。

 2019年度の原子力による発電電力量は1970年代半ばと同水準である。もはや、日本全体で考えた場合、原子力発電は、基幹電源や基幹エネルギーどころか「ベースロード電源」たる役割も果たせなくなった。原子力発電は大きく後退し、かろうじて生きているという状況である。原子炉等規制法により運転期間は40年、最大限延長したとしても60年に限られるので、原発はいずれ消えゆく運命にある。

 一方、エネルギー政策についてみると、2020年12月に政府が発表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、原子力発電について「可能な限り依存度を低減しつつも、安全向上を図り、引き続き最大限活用」という未来図を描いている。原子力発電の現実とは真逆の方針である。

 政府が原子力発電を「最大限利用」する理由の一つに、原子力発電が安価であるとする考え方がある。実際、新しい「エネルギー基本計画」に向けて開催された総合資源エネルギー調査会基本政策分科会における資料でも、「運転コストが低廉」と書かれている。

 そこで、2011年以降、再稼働に向けて安全対策投資に踏み切った既設の原発について、ごく簡単に発電コストの推計を試みる。推計にあたっては、次のように楽観的な想定を置く。すなわち、発電所毎に考慮する費用は追加的的安全対策費とし、維持費、燃料費等は2015年の政府の発電コスト検証ワーキンググループの想定を使用する。初期投資(建設費)はゼロとする。発電電力量は、再稼働原発については実際の運転期間を考慮する。また2022年度以降、未稼働原発を含め全機再稼働、その後設備利用率70%を維持する。事故費用は、2016年の東京電力改革1F問題委員会で示された21.5兆円を用いる。発電所所毎のデータは得られないので正確とはいえないまでも、既設原発について残された運転期間の平均発電コストを大まかに把握できるだろう。

 結果は表のようになった。楽観的な想定を置いても、ほとんどの原発で平均発電コストは高い。理由は2つある。
 


 第1の理由は、追加的安全対策費の増加である。個別の原子炉の追加的安全対策費は発電所毎に(つまり数基まとめたかたちで)公表されている。全国の発電所の追加的安全対策費は、原発1基あたり平均約2200億円になっている。これは、2015年の発電コスト検証ワーキンググループの想定(601億円)とは大きく異なる点である。

 第2の理由は、発電電力量の減少である。つまり、福島原発事故後、多くの原発は停止したままである。再稼働原発であっても安全対策のために長期間停止した。訴訟やトラブルで停止した期間もある。他方で、認可されている運転期間は通常40年、延長できたとしても20年に限られるから、発電できる電力量には限りがある。こうして、停止期間が増えると、その分運転期間が短くなり、結果として発電電力量が減る。

 発電コストは、発電にかかる費用を発電電力量で割って求められる。発電にかかる費用の増加し、発電電力量が減少しているのだから、発電コストは相乗的に上昇する。今後、追加的安全対策費は増加しこそすれ、減少することはない。運転期間のほうは増えることはないから発電電力量も増えない。したがって発電コストは今後下がることはない。

 再稼働原発ですら発電コストが高い上に、未稼働原発はさらに高い。例えば東京電力柏崎刈羽原発は40年運転で発電コストが1kWhあたり23〜24円台、60年運転でも16〜17円台である。ごく簡単な試算結果からも、日本の既設原発は、経済的にみれば何のために再稼働するのか、理解できない状況に陥っている。再稼働に踏み切ったのは、大手電力会社(旧一般電気事業者+日本原電)の経営判断の失敗といってもよい。発電コストが安いから原発を再稼働するというよりは、むしろ、いったん投資してしまったため引くにひけない状況になってしまっているのではなかろうか。あるいは、政府が旗を降ろさないため、電力会社が、原子力発電をやめられなくなっているのかもしれない。

 既設ではなく、新設原発の発電コストのほうも高いことははっきりしている。IEA(国際エネルギー機関)が2019年にだしたNuclear Power in a Clean Energy Systemという報告書がある。ここでは、原子力発電のコストは高く、再生可能エネルギーが増えれば増えるほど原子力発電が利用できる余地は少なくなり、競争的環境では生き残りが難しいと述べられている。同報告書の主張は、原子力発電にも長所があるから、政府による支援が必要であるというものである。この主張は首肯しがたいとはいえ、原発の経済性について事実を率直に認めている点では正しい。

 日本政府は、エネルギー政策策定にあたって、原発が高いことを前提にすべきである。そうでなければ、原子力発電の行く末を見誤ってしまう。結果として、消えゆく原発に、貴重な政策資源がいつまでも投じられかねない。そうなれば、「エネルギー基本計画」も「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」も、はじめから失敗を含んだものになってしまうだろう。

 原子力発電を維持することに積極的に賛成する国民世論はほとんどない。原子力発電に見切りをつけ原発ゼロ社会に早期に移行すること、自然エネルギー100%のエネルギーシステムへと転換させることが、最も望ましい政策である。

[特設ページ] 福島第一原子力発電所事故から10年とこれから

外部リンク

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