2026年1月29日、自然エネルギー財団はGX-ETSの制度設計案に対するパブリックコメントを政府へ提出しました。今回の意見提出は、2026年度から義務化される日本政府の排出量取引制度について、排出枠割当の「実施方針」を中心に5つの論点から考察・提案を行うものです。各論点の「意見」と「理由」を以下に抜粋します。
<参考> e-GOV 「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律施行規則及び脱炭素成長型経済構造移行推進機構の財務及び会計に関する省令の一部を改正する省令(案)等に対する意見公募」
1. 割当総量(キャップ)と国の削減目標との関係性について
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【意見】GX-ETSには排出枠の割当総量(キャップ)が定められていないが、この制度がNDCに定める日本の排出削減目標の達成に貢献するものとなるよう、排出枠割当の当初の段階から、割当総量と削減目標の整合性を明らかにすべきである。 |
【理由】
諸外国で導入されている一般的な排出量取引制度とは異なり、GX-ETSは政府が排出枠の割当総量(キャップ)を定める制度ではない。また、本制度下での排出削減量の見通しや目標も明示されていないため、現在の案では割当総量と国の削減目標(NDC)達成の関係が不明確なままである。
一方、割当申請に先立ち事業者が政府へ提出を義務付けられる「移行計画」には、2026~2030年度の排出量見込み(目標)、毎年度の排出実績、設備投資計画と実績、その他カーボンニュートラルの実現に向けた自社の公表戦略等を記載することとなっている(排出量取引制度小委員会のとりまとめ資料による。「出典・参考」の項を参照)。2025年2月に閣議決定された政府の戦略文書「GX2040ビジョン」では、下表の記述があるが(P.41)、本制度下での具体的な削減目標やキャップの設定がなく、割当量とNDCとの関係が政府から示されないままでは、対象事業者がどこまでの削減を行えばNDC達成に貢献できるのかが不明確であり、事業者の積極性を活かすことが困難である。
表 「GX2040ビジョン」の記述
<出典・参考>
- 経済産業省 産業構造審議会 イノベーション・環境分科会 排出量取引制度小委員会「脱炭素成長型投資事業者排出枠の割当ての実施に関する指針に関する意見」(2025年12月19日)別添P.8, 108
- 自然エネルギー財団「排出量割当/発電部門のベンチマークについて」(2025年11月20日)
2. 発電部門のベンチマークについて
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【意見】本来は、2026年度から全電源を対象としたベンチマーク(BM)とすることが適切であり、少なくとも火力発電全体を対象としたBMとすべきである。また、本制度導入による発電部門の排出削減の効果について、NDC及びエネルギー基本計画との整合性を検証するプロセスが必要である。 |
【理由】
2028年度まで「燃料種別」のみのベンチマークが提案されているが、石炭火力のフェーズアウトを含め、エネルギー基本計画のシナリオが示した2040年度までの電力部門のほぼ完全な脱炭素化(電力排出係数0.00~0.04kg-CO2/kWh)と整合するものとは言えない。
また、日本はETSの導入自体が主要国・地域に比べ10~20年の遅れを取っており、NDCの目標年である2035/2040年、そして2050年カーボンニュートラルまでに残された期間も短い。さらに、本制度は基本的に無償で排出枠を割当てる想定であり、発電部門限定の有償オークションも2033年度以降、徐々に導入される予定となっている。このような時間軸を踏まえ、制度導入当初の激変緩和措置については、その期間と強度を適切に設定すべきである。石炭火力も温存するなど、火力発電に過剰な配慮を施せばETS本来の効果が十分に発揮されず、発電部門の脱炭素化(火力の退出・燃料転換)がスムーズに進まない恐れがある。加えて、発電ベンチマーク検討ワーキング(第3回・下記出典参照)でも議論されたように、海外から日本への投資意欲が削がれることにもつながりかねない。
<出典・参考>
- 自然エネルギー財団「排出量割当/発電部門のベンチマークについて」(2025年11月20日)ならびに「脱炭素成長型経済構造への転換は進むのか」(2025年12月26日)
- 経済産業省「排出量取引制度小委員会 発電ベンチマーク検討ワーキンググループ(第3回)議事録」(2025年10月10日)P.14-15
3. クレジットの利用について
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【意見】GX-ETSにおけるクレジット利用のあり方は、量・質の両面で改善が図られるべきである。 |
【理由】
- 2023年度のCO2排出量(9億8,900 万t)から概算すると、制度全体で年間最大約6,000万t-CO2相当のクレジットが利用可能となる。しかし、経済産業省等の公表資料・データベースによるとJ-クレジットの創出量は過去3年間で約100~150万t-CO2/年程度、JCMは2013年以降最多の2023年でも約60万t-CO2/年であり、多くても計200万t-CO2/年に届くか否かのボリュームに留まっており「10%上限」との乖離が著しい。
- パリ協定6条の国際炭素市場運用ルール整備やボランタリー市場の国際標準化の議論の中で、近年とくにクレジットの品質が重視されている。J-クレジットは国際航空機関(ICAO)が設立したクレジットスキーム(CORSIA)への認定を申請したが、現状では利用が認められていない。2023年の申請時に「一部不整合」となった領域は永続性、追加性、正味での無害性(Do no net harm)、現実的で信頼性のあるベースライン等多岐にわたっており、制度の品質向上に改善余地が残ることを示している。
<出典・参考>
- 自然エネルギー財団「排出量取引制度におけるクレジットの役割とは」(2025年12月12日)
4. ベンチマーク水準強化について
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【意見】ベンチマーク(BM)水準強化のテンポを速めるべきである。 |
【理由】
BM水準強化のテンポ(5年間で上位50%から上位32.5%に引き上げ)は、省エネ法に基づく過去10年の改善ペースを参照している(下記の排出量取引制度小委員会とりまとめ資料参照)。これはエネルギー効率の改善が過去10年と同様に進む前提である。しかし、COP28では世界の再生可能エネルギー設備容量の3倍化とともに、エネルギー効率の改善率2倍化が採択され日本も合意している。さらに、GX-ETSのBMは排出量を対象としているため、BM水準強化はエネルギー効率改善だけではなく、自然エネルギー導入拡大といった別の対策でも実現できる。こうした現状に照らせば、原案のBM水準設定は不十分である。
<出典・参考>
- 経経済産業省 産業構造審議会 イノベーション・環境分科会 排出量取引制度小委員会「脱炭素成長型投資事業者排出枠の割当ての実施に関する指針に関する意見」(2025年12月19日)別添P.65
- 自然エネルギー財団「脱炭素成長型経済構造への転換は進むのか」(2025年12月26日)
5. 上限価格の設定について
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【意見】排出係数の高い石炭火力からガス火力への燃料転換など、排出削減が進むように、制度開始後速やかに上限価格の引き上げを図るべきである。 |
【理由】
- 制度開始当初における上限価格は4,300円/t-CO2とされたが、これは非効率石炭火力から高効率LNG火力への燃料転換を想定した炭素価格であると説明されている。排出量取引制度小委員会(第7回)の事務局資料によると、上限価格の根拠となる燃料転換コストは「直近10年間の値として、2016年以降の時系列データの中央値」を参照している(図1)。ここに含まれる2022年・2023年は石炭価格に対しガス価格が著しく下落した期間であり「中央値」の引き下げに寄与している。また2016年以前の燃料転換コストは相当程度高い。これら期間を除外した結果として、燃料転換コストは4,300円/t-CO2に留まっている。
図1 2026年度の上限価格
出典)経済産業省 「排出量取引制度における上下限価格の水準(案)」(2025年12月19日)排出量取引制度小委員会(第7回)資料3より抜粋
過去10年間の実績ではなく将来の石炭・ガス調達コストを前提にすると、燃料転換コストの様相は変わってくる。今後5年間の燃料コスト予測に基づくBloombergNEFのデータによると、日本の発電部門において石炭火力からガス火力への燃料転換を実現するためには、2026年時点で少なくとも8,400円/t-CO2の炭素価格水準が求められる。一般炭のコストは低下傾向、LNGは多少の上昇傾向が見込まれることから、今回提示された上限価格の水準を大幅に引き上げる必要がある。図2は提案されているGX-ETS上限価格を含めた発電コスト試算であるが、2030年に近づくほど石炭火力と天然ガス発電の発電コスト差は大きくなる。2030年時点では約16,000円/t-CO2のレベルでなければ両者の発電コストは逆転せず、より低排出な電源へのシフトは困難である。したがって、今回提示された上限価格は発電部門の脱炭素化促進には不十分である。
図2 GX-ETS上限価格を前提とした発電コスト試算:
石炭/ガス火力(CCGT)(円/kWh、2026-2030年)
- 2026年度の上限価格(4,300円/t-CO2)は、これまで実効性のある削減対策のレベルとして示されてきた水準より低く、EU-ETSの価格との乖離も大きい。また、排出量取引制度小委員会(第7回)の資料によると2030年度の上限価格見通しは4,840円/t-CO2(+物価上昇率)とされているが、国際エネルギー機関(IEA)のネットゼロシナリオにおいて、先進国が目指すべき炭素価格は「2030年に130ドル」であり、国際社会におけるGX-ETSの評価という観点からも適切な水準とは言い難い。
<出典・参考>
- 自然エネルギー財団「脱炭素成長型経済構造への転換は進むのか」(2025年12月26日)
シリーズ「GX-ETSを機能するカーボンプライシングにするために」
第1回 排出量割当/発電部門のベンチマークについて(2025年11月20日)
第2回 排出量取引制度におけるクレジットの役割とは(2025年12月12日)
第3回 脱炭素成長型経済構造への転換は進むのか(2025年12月26日)
第4回 GX-ETS制度設計案に対するパブリックコメント(2026年1月29日)




