2028年、建築LCA義務化をどう活かすか「算定」で終わらせないための視点

岡田 早代 自然エネルギー財団 上級研究員

2026年1月15日

はじめに

 国では、2028年度を目途に、延床面積5,000㎡以上の建築物を対象として、カーボン排出を中心とした建築LCA(ライフサイクルアセスメント)の算定を促す制度の開始が検討されている。公開されているロードマップでは、2030年代に算定の一般化と削減策の導入、さらに2040年代に削減策の強化を進める方向性が示されている1

 これまで建築分野の脱炭素化は、省エネ性能や運用時のエネルギー使用量の削減に主眼が置かれてきた。しかし、材料製造から建設、更新、解体に至るまでのカーボン排出を含めたホールライフカーボンに目を向けなければ、真の意味での脱炭素は達成できない。建築LCA算定は、この「見えなかった炭素」を可視化し、設計・建設の意思決定に組み込もうとする試みである。

 一方で、設計・施工の現場から聞こえてくるのは、必ずしも前向きな声ばかりではない。「新しい提出物が増えるのではないか」「算定のための作業が増えるだけではないか」といった戸惑いや懸念は、決して少なくない。実務者にとって、建築LCAはまだ馴染みの薄い概念であり、その負担感が先行しているのが現実である。

 ここで改めて確認しておくべきなのは、建築LCAの本来の目的が、建築分野全体の意思決定の質を高め、その積み重ねによって産業全体の脱炭素化を促す点にあるということである。

 政策としては「算定を義務づける」だけではなく、データ連携の仕組み、設計プロセスとの統合、ツールの標準化など、制度設計の段階で考えるべき論点は多い。

 本コラムでは、こうした問題意識を出発点として、実務を疲弊させることなく、建築LCAをどう活かしていくべきかを考えていく。設計の現場、制度設計、そして産業の脱炭素化までをつなぐ視点から、2028年を「提出義務がはじまる年」 ではなく、変革のスタートラインとするための提案である。

1.欧州・米国で先行する建築LCAの実装

 欧州では、建築物のLCAはすでに制度として定着している国も多く、実務の中で運用されて改定の段階に入っている。多くの国で新築建築物を対象にホールライフカーボンの算定が求められ、その結果は単なる資料の提出だけにとどまらず、設計や材料選択の議論に組み込まれている。算定範囲や評価手法は、実務で明らかになった課題を踏まえ、段階的に更新されてきた。

 米国では、バイデン政権のインフレ抑制法(IRA)で後押しされた連邦政府の建物建設関連のグリーン調達制度だけでなく、 州や自治体が先行する形で建築LCAの実装が進められている2。一定の規模以上の建物のLCA算定義務や、公共建築やインフラ整備の調達要件として、材料由来の炭素排出量の開示や、上限値の設定などが開始されている。公共調達市場で競争力を維持するためには、LCAデータの整備や低炭素製品の供給が不可欠となる。この仕組みは、材料メーカーに直接的な影響を与えている。このように建材産業界では、脱炭素への投資が市場メカニズムを通じて促進されてきた。建築LCAは、設計者や施工者だけでなく、サプライチェーン全体を巻き込む装置として機能している。

 欧州や米国に共通するのは、建築LCAを「算定」にとどめず、脱炭素のゴールに向かうためのツールとして使うことが明確に位置づけられている点である。そのためには、産業界をはじめとする関係者が同じゴールに向かって取り組めるよう、将来を見通せる明確なロードマップを示すことが重要である。

2.ロードマップの明確化

 欧州および米国の事例から読み取れるのは、建築LCAが産業の脱炭素化に寄与している背景には、将来を見通せる制度設計が存在しているという点である。単にLCA算定を義務づけただけではなく、「この先、どの方向に進むのか」が関係者に共有されることが、脱炭素対策の実装や投資判断を後押ししてきた一因と考えられる。

 欧州では、ホールライフカーボン算定の義務化に加え、将来的な評価水準の引き上げや対象拡大が段階的に示されてきた(図1)。制度は一度で完成させるものではなく、実務で使いながら更新していく前提が明確であるため、設計者も製造業も、中長期的な対応を計画することができる。低炭素建材への投資は、規制強化への「対応」ではなく、将来の市場に向けた「準備」として位置づけられてきた。

 米国においても同様である。公共調達を起点とした建築LCAの導入は、カリフォルニア州で始まった。同州では一定規模超の建物に対するLCA算定が求められると同時に、主要建材に対するカーボン排出上限値を設定しており、今後も3年おきに上限値が変更される可能性も示唆している(図2)。カリフォルニア州以外でも、州、自治体レベルのEPD提出義務やLCA算定義務の制度発表と 同時に、上限値変更の可能性が言及されている。これらの上限値の設定は、当初はほぼすべてのメーカーが準拠できる数値に設定されているが、鉄鋼やセメントといった主要建材産業に対し、LCAデータ整備や低炭素製品開発への投資を促す要因となっている。これらの事例が示しているのは、LCA制度の実効性は「現時点での義務内容」だけでなく 、「将来の見通し」によって左右されるということである。将来像が不明確な制度のもとでは、企業は大規模な設備投資や技術転換に踏み切りにくい。逆に、段階的なロードマップが示されていれば、規制が将来改訂される前から、自発的な対応が進む。

 日本においても、現在示されているものからもう一歩踏み込んで、2028年の建築LCA義務化をスタート地点として位置づけ、2050年カーボンニュートラルから逆算し、具体性と予見可能性を備えた制度ロードマップを早期に提示する必要がある。将来の制度の方向性が明確に示されることで、製造業・設計者・施工者が同じ時間軸を共有し、脱炭素に向けた投資判断を行いやすくなる。

図1 北欧のロードマップ

出典:Nordic Sustainable Construction の図を基に自然エネルギー財団が作成

図2 カリフォルニア州 DGS発表の建築資材の上限値

3. 算定範囲と対象材料の段階的アプローチ

 建築LCAには、材料データのばらつき、耐久年数の設定、将来の更新シナリオなど、多くの不確定要素が含まれている。これらを完全に確定させることは現実的ではなく、建築LCAは本質的に仮定の上に成り立つ評価である。重要なのは、絶対値の精度を競うことではない。どの設計案や材料選択が、より炭素削減につながるのかという方向性を示すことこそが、建築LCAの本来の役割である。不確実性を理由に立ち止まるのではなく、不確実な中でも意思決定を前に進めるためのツールとしてLCAを位置づける必要がある。そのためにも、制度開始期には実務者がLCAに「慣れる」ためのステップ設計が欠かせない。この考え方は、LCAを実施する「タイミング」と「算定範囲」に直結する。実施設計段階では構造形式や主要材料がほぼ固定されており、LCAを後追いで行っても改善余地は限られる。一方、企画・基本設計段階では、ホールライフカーボンを大きく左右する判断がまだ流動的であり、この段階でこそLCAの効果は最大化される。だからこそ、初期段階におけるLCAは、厳密さよりも「早く・軽く・比較できる」ことが重要となる。

 制度立ち上げ段階では、算定範囲を構造・外皮などに限定し、対象材料もセメント・コンクリート、鉄鋼といった主要排出源に的を絞るなど、手軽に取り組める算定から始めることで、実務者が建築LCAに慣れ、設計初期の意思決定に自然に組み込めるようになるための期間を与えることが必要だと考える。そのうえで、制度開始から数年後を目安に、設備や更新、解体段階へと算定範囲を段階的に拡張していくことも、制度設計の上で検討に値する。

 とくに主要排出源については、評価方法の明確化と制度的支援が欠かせない。セメント・コンクリート分野では、製造時CO₂、輸送距離、混合材比率、設計基準強度に応じた上限値設定など、評価の考え方を整理するとともに、EPD(環境製品宣言)3 作成を後押しする支援策が重要となる。鉄鋼分野では、移行期においては日本鉄鋼連盟が進める「GXスチール」4のように削減量をまとめて配分する手法を容認 するとしても、期限を設定し、 将来的にはトレーサビリティの確保や物理分離、より厳格な証明手法への移行目標を明示する必要がある。また、電炉鋼など低炭素鋼材の適用可能部位に関するガイドライン整備も、設計者が選択しやすくするうえで欠かせない。

 さらに、算定結果の数値評価だけでなく、インセンティブ的な評価軸を組み込むことも重要である。再利用性、可逆的接合、モジュール化といったサーキュラリティに資する設計を評価に反映し、再利用部材率や、将来の再利用可能性を広げるマテリアルバンクの活用推進などを組み込むことで、LCAは循環型社会への入口となる。対象材料を選択し、算定範囲をシンプルに保ちながら、設計初期からLCAを活用する。この段階的・選択的なアプローチこそが、建築LCAが設計と産業の意思決定を支える実効性ある制度へと導く鍵となる。

4. EPD拡充支援から市場インフラ整備へ

 建築LCAを実効性ある制度として機能させるうえで、EPD(環境製品宣言)の拡充は避けて通れない基盤整備である。とりわけ国際整合性の観点から見ると、日本におけるEPDの整備状況は、欧州や米国と比べて大きな差がある。現在、日本の建築建材に関するEPDの総数は、欧米諸国に比べて依然として少ない。これは、国内メーカーの環境配慮意識が低いからではなく、作成コストの高さ、申請プロセスの煩雑さ、活用先の不透明さといった制度的な障壁が重なってきた結果である。特に中小事業者にとって、EPD作成は負担が大きく、「必要性は理解しているが踏み出せない」状況が続いてきた。

 しかし、欧州や米国の事例が示しているように、EPDは単なる情報開示ツールではない。建築LCA制度、公共調達、上限値や目標値の設定と結びつくことで、低炭素製品への投資を後押しする市場インフラとして機能している。国際的な建築・不動産市場においても、EPDの有無は、製品選択や競争力に直接影響する要素となりつつある。この点を踏まえると、日本においてもEPD拡充は「努力目標」ではなく、建築LCA制度を支える戦略的施策として位置づける必要がある。その第一歩として、EPD作成に対する支援策の強化が求められる。作成費用への補助、継続的な技術サポートを軸に、既存支援の拡充と運用改善を進めながら、特に中小事業者がEPDに取り組みやすい環境を整えることが重要である。あわせて、申請プロセスの簡素化と迅速化も欠かせない。テンプレートの整備、標準係数の活用、審査の迅速化プロセスを導入することで、EPD作成のハードルを下げることができる。
 重要なのは、各建材のマーケット水準が見えるところまでを一つの到達点として、戦略的にEPDの作成・公開を継続的に後押しすべきだ。まずは多くのEPDが公開されることで、各建材のカーボン排出量の実態が可視化され、現時点における平均的な水準が形成される。メーカーは自社製品の現在地を把握し、どの水準をめざすべきかを具体的に描くことができるようになる。数値によって現況が明確になって初めて、低炭素化にむけた製造プロセスの改善や投資が、経営判断として検討可能になる。目指せすべき水準が見えなければ、中長期的な投資には踏み切れない。EPDは、建材メーカーにとって自社の現在地を客観的に示し、製造プロセスの改善や低炭素化投資といった次の行動につなげるための出発点として位置づけられるべきである。 そのうえで、将来的な上限値の設定スケジュールをロードマップの中であらかじめ明示できれば、メーカー側の検討は一段と現実味を帯びる。

図3:EUのEPDの数の増加―2025年1月の時点でEN15804基準EPD約40,000

出典:ECO Platformの図を基に自然エネルギー財団作成

5. 実務フローに組み込める建築LCAツールの整備 の必要性

 建築LCAを実務に定着させるうえで、設計から施工・調達までの実務フローに無理なく組み込める算定手段を整備することが不可欠である。BIM5を活用することによって、LCAは設計変更に応じた数量更新とLCAの再計算を連動させることが可能になり、設計検討プロセスの中でLCAを意思決定のためのツールとして活用しやすいという利点がある。一方で、施工段階や調達段階では見積や数量情報をもとにした算定が現実的な場面も多く、LCAの実装にはフェーズに応じた複数のアプローチを併存させる視点が求められる。

 その中で国内で整備がすすめられているJ-CAT6の存在は重要である。J-CATは、現時点では見積書や数量情報をもとに算定を行うプロセスの中で活用されており、BIMと直接連携していないため、設計検討プロセスの初期段階に組み込みにくいという課題はある。しかし、 非住宅用・住宅用の双方が提供され、国として無料で利用できる点は、ソフトコストの増大が課題となる中で、実務者にとってはメリットである。

 一方で、J-CATのような見積ベースのLCAには固有の課題も存在する。見積書には「一式」といった包括的な表記が多く含まれ、材料の内訳や数量が必ずしも明確でない場合がある。このため、算定にあたっては仮定の置き方によって結果が左右されやすく、算定者ごとの差が生じやすい点も課題である。

 だからこそ重要なのは、フェーズに応じた手法の使い分けであり、LCAを実施する「タイミング」と「算定範囲」に注目すべきである。実施設計段階では、構造形式や主要材料がほぼ固定されており、この段階でLCAを後追いで実施しても、設計に反映できる改善余地は限られる。結果として、LCAは「確認作業」にとどまり、意思決定には使われなくなりがちである。一方、企画・基本設計段階では、構造形式、スパン、材料の方向性といった、ホールライフカーボンを大きく左右する判断がまだ流動的である。だからこそ、この段階で素早く算定できるLCAツールであれば、設計プロセスの中で複数案を比較しながら、「低炭素」という視点を設計コンセプトとして検討することが可能になる。この段階でこそ、LCAは事後的な算定作業ではなく、意思決定を支えるツールとして機能し、その効果は最大化される。

 設計者の努力は、BIMからの算定で、ゼネコンの努力は、見積からの算定を通じて材料選択や数量精度の向上として可視化できる。設計・施工それぞれの立場での取り組みを「見せる」仕組みがあってこそ、LCAは実務の中に根付く。建築LCAを実装するうえで重要なのは、設計者、ゼネコン、メーカーそれぞれの努力が、BIMや見積のプロセスと自然につながることであり、そのとき初めてLCAは実効性をもつ。

6. インセンティブと経験蓄積による実装促進

 建築LCAを実効性ある制度として定着させるためには、制度設計と並行して、実務の知見を蓄積・共有する仕組みを意図的に整えることが欠かせない。その中心となるのが 、パイロット事例の位置づけである。日本においても環境省のZEB補助事業の一部としてLCCO2の算定実績があるが、実務負担をどのように軽減できたのか、どのような工夫が有効であったのかといった方法論や工夫が共有されれば、実務者に対してもよい事例となる。補助金制度と連携して、設計初期からLCAを活用した事例、EPDを早期に用いた検討、構造形式の選択による大幅削減など、国内外の削減事例を体系的に収集し、オープンな事例集として整備することが望ましい。これにより、実務者は「何ができるのか」「どこに難しさがあるのか」を具体的に学ぶことができ、LCAは抽象的な制度から実践的な設計ツールへと近づいていく。

 また、算定方法や前提条件を示すだけでなく、代表的な削減策を整理して掲載し、環境負荷全体のバランスを踏まえた評価軸を提示することが 必要だ。単一材料の使用量削減や低炭素建材の採用といった議論に集中しがちだが、 それにとどまらず、ホールライフカーボン全体で大幅な削減を達成している案件については、事業者に対して追加的なインセンティブを付与する仕組みも検討に値する。

まとめ

 2028年から始まる建築LCA算定義務は、建築を「運用エネルギー」 だけでなく、「炭素」という軸で捉え直し、設計・調達・製造の意思決定そのものを変えていくための構造的な政策転換である。その成否は「算定を義務づけるかどうか」ではなく、「どう実装するか」によって決まる。

 欧州や米国の事例では、制度は未完成なものであってもロードマップを示して早期に立ち上げ、実務で使いながら改定し、産業政策や公共調達と結びつけることで、低炭素建材への投資を誘発してきた。そこではLCAは、将来の市場を見据えた行動を促す枠組みとして運用されているようにみえる。

 2028年を起点と捉え、特に重要となるのは次の3点である。第一に2050年カーボンニュートラルから逆算した具体的で予見可能性のある制度ロードマップを提示することである。それによって将来の見通しが示され、製造業・設計者・施工者は中長期的な投資判断を行いやすくなる。第二に、EPDの拡充である。さらなる作成支援、申請プロセスの簡素化に加え、EPDの蓄積によって明らかになる平均的な水準を整理し、前述のロードマップと連動させた上限値設定の見通しを示すこと が重要である。そして最後に、BIMや見積ツールと連携した実務を回す仕組みを整えること。LCAを後追いの確認作業にせず、企画・基本設計段階の「最初の会話」に組み込むためには、初期設計におけるLCA活用や比較検討の評価ルールの整備、算定プロセスの標準化、そして企画・設計・調達・施工の主要プレーヤーが各段階でどのような判断を行い、それがLCAの改善にどう寄与したのかを示せるよう、役割ごとの整理と共有の枠組みを制度として整えることが求められる。

 建築LCAは設計の質を高め、産業の行動を変え、その積み重ねによって社会全体の脱炭素化を進めるための道具である。2028年が、そうした変革が動き出すスタートラインとなることを期待したい。
 

  1. 国交省 住宅局参事官(建築企画担当)付:建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会
  2. 自然エネルギー財団 インフォパック「米国におけるエンボディドカーボン削減対策」
  3. EPD(環境製品宣言)とは、製品のライフサイクルにおける環境負荷(CO₂排出量など)を、製品カテゴリごとの算定ルール(PCR)に基づき、所定の範囲について第三者検証のうえで開示する環境情報
  4. 日本鉄鋼連盟「GXスチールガイドライン・関連ガイドライン」
  5. BIM (Building Information Modeling):建築物の形状・仕様・数量などの情報を3Dモデルに統合して扱う設計支援ツール
  6. J-CAT(Japan Carbon Assessment Tool for Building Lifecycle)
    国土交通省の補助事業のもと、IBECs(一般財団法人 住宅・建築SDGs推進センター)内の「ゼロカーボンビル(LCCO2ネットゼロ)推進会議」で開発された、建築物のライフサイクル全体におけるCO2をはじめとする温室効果ガス排出量を算定するツール。一般建築物・集合住宅向けの「J-CAT-建築」と、戸建住宅向けの「J-CAT-戸建」が提供されている。

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

当サイトではCookieを使用しています。当サイトを利用することにより、ご利用者はCookieの使用に同意することになります。

同意する