排出量取引制度(Emissions Trading Systems:以下ETS)の設計には様々な構成要素があり(表1)、先行する諸外国では制度の成熟と共に国・地域の実情を反映して段階的な発展を遂げている。第1回のコラムでは、GX推進法(2025年5月改正)で法定化され2026年度から開始するGX-ETSについて、制度の基盤であるキャップ(排出量上限)の設定と、発電部門の排出枠割当方法について述べた。今回は、対象事業者が削減対策の代替手法として義務遵守に活用できる「カーボンクレジット」(以下クレジット)について、前回同様の視点で経済産業省「排出量取引制度小委員会」(以下小委員会)1の議論を基に考察する。
表1 ETSの主な構成要素
二次市場(Secondary market)は、制度対象者(およびトレーダー等の市場参画者)同士が排出枠の取引を行う市場を指す。
参考:欧州委員会 "Ensuring the integrity of the European carbon market"(2025年11月27日アクセス)
出典)国際炭素行動パートナーシップ(ICAP)“Emissions Trading Worldwide: Status Report 2025”(2025年4月)
ならびにPartnership for Market Readiness; ICAP "Emissions Trading in Practice, Second Edition: A Handbook on Design and Implementation"(2021年4月)
ほか各種資料を基に自然エネルギー財団作成
1. クレジットとは
ここで簡単に原則論を振り返ると、クレジットとは「(法的義務によらず)自主的に実施された温室効果ガス削減活動によって創出され、単位としては1t-CO2e相当の排出削減・回避・除去を表す」ものである2。具体的には化石燃料から太陽光・風力といった自然エネルギーへの移行、エネルギー効率化、森林破壊の回避、大気からのCO2直接回収といったプロジェクトからクレジットが生まれる。ETS制度での活用については、国際炭素行動パートナーシップ(ICAP)が以下のように整理している(表2)。
表2 ETS制度におけるクレジット活用
2. 海外制度の概況と経緯
上述のとおり、クレジットの活用は排出枠の償却時期を前後にずらすバンキングやボローイングと同様、対象事業者の選択肢を拡げる「柔軟性措置」のひとつである。主な海外制度でも償却すべき排出枠(割当量)の3~5%といった範囲でクレジット活用を認めている例がある。ただし、EU、英国、ドイツ(EU-ETS対象外の建築・運輸部門をカバーする国内ETS)は、現時点では利用不可となっている(表3)。
表3 諸外国ETS制度のクレジット利用上限(現在のフェーズ)
注)カリフォルニア州:制度がリンクしているケベック州(カナダ)の適格クレジットは利用可能
出典)国際炭素行動パートナーシップ(ICAP)“Emissions Trading Worldwide: Status Report 2025”(2025年4月)ほか各種資料を基に自然エネルギー財団作成
■EU-ETS
世界で最初に導入され20年目となる欧州排出量取引制度(EU-ETS)も、最初の8年間(フェーズ1・2)はクレジットの利用が認められていた。当時の適格クレジットは京都議定書の「クリーン開発メカニズム(CDM)」に基づくCER、ならびに「共同実施(JI)」によるERUの2種類であった(表4)。しかし、この間制度全体での量的制限はなかったため安価なクレジットが大量に流入し、排出枠の需要減と価格低下を招く要因のひとつとなった(図1)。つまり、制度対象者自身による削減対策へのインセンティブが弱くなったのである。
また、クレジットの品質についても、欧州委員会では一部プロジェクトについて追加性や透明性の不足、過剰な利潤や逆インセンティブの発生、地理的な偏り、そして人権の側面での懸念などが指摘された3。その結果フェーズ3(2013~2020年)では量・質共に要件が厳格化された。現在のフェーズ4(2021~2030年)は「域内の削減による目標達成」を重視し、クレジット利用は原則不可となっている(表5)4。
表4 京都議定書に基づく国際クレジット
表5 EU-ETS各フェーズにおけるクレジットの規定
図1 EU-ETSの排出枠需給バランスと価格の推移
出典)上の図:欧州環境庁(EEA), Öko-Institut ”Trends and projections in the EU ETS in 2024”(2024年11月)P.21、
下の図: World Bank “State and Trends of Carbon Pricing Dashboard” (2025年12月11日アクセス)を基に自然エネルギー財団作成
3. J-クレジットとJCM:GX-ETS制度対象者にとっての有効性
第1回小委員会(2025年7月2日)では、こうした諸外国の制度も参照しGX-ETSの義務履行に活用できるクレジットの量的な上限として「各年度の実排出量5の10%」が提案され、同委員会の「中間整理(案)」にも反映された6。適格クレジットは、国内の省エネ・再エネ設備導入等で組成するJ-クレジット、途上国との二国間パートナーシップで創出するJCMクレジット(以下JCMと略記)の2種類である(図2, 3)。
図2 J-クレジットの概要
図3 JCMの概要
■クレジット利用の実現可能性
ここでまず留意すべき点は、両クレジットの供給量が現状では限られている点である。本制度でカバーするCO2排出量は日本全体の約60%と示唆されているため7、たとえば2023年度のCO2排出量(9億8,900 万t)8から概算すると、制度全体で年間最大約6,000万t-CO2相当のクレジットを利用できることになる。しかし、J-クレジットの創出量は過去3年間で約100~150万t-CO2/年程度(図4)9、JCMは2013年以降最多の2023年でも約60万t-CO2/年であり(表6)、合計しても200万t-CO2/年に届くか否かのボリュームに留まっている。現状のままだとGX-ETSの義務履行に意味のある量とは言い難い。
図4 J-クレジットの創出量推移(2022~2024年)
表6 JCMクレジットの発行量推移(2013~2023年、単位:t-CO2)
価格面を見ると、J-クレジットの主な取引ルートのひとつである東京証券取引所「カーボン・クレジット市場」10ではGX-ETS義務化の報道が出始めた2024年秋以降、上昇傾向が続いている(図5)。同年9~12月に開催された内閣官房のワーキンググループにおいても「J-クレジット・JCMの活用を認める」方向性が示されていたため、本制度案を見越した需要増が要因との見方が多い11。
ETS対象事業者が義務遵守のために取り得る対応としては、①自社で削減対策に取り組む、②他の制度対象者が創出した「余剰排出枠」を調達する、③外部クレジットを調達する、そして④義務遵守ができない場合は未償却の排出枠に応じて課徴金を支払う12、といった選択肢がある。これらを自社の戦略に沿って①~④のコストや実現可能性に照らして意思決定することになるが、判断に大きく影響する排出枠の「上下限価格」は、政府が今後小委員会での非公開の審議を経て定める予定である。第6回小委(2025年12月9日)では経済産業省から「上限価格の設定にはJ-クレジット価格にとらわれず、独立的に算出される考え方で設定したい」、「今のJ-クレジット価格を下回る水準で定めることも十分あり得る」との方針が示唆された13。そうなれば、クレジット調達という代替策は相対的にコスト高になる可能性が高く、量的には「上限10%まで利用可」であっても、供給量の現状も考慮すると実効性の高い柔軟性措置になるかは不明確である。
図5 東京証券取引所「カーボン・クレジット市場」におけるJ-クレジットの価格推移
なお、JCMに関してはクレジットの保有者または販売仲介者と購入者との相対取引によってのみ取引が可能であるため、価格水準を示す統計は公表されていない14。
■クレジットの品質:国際的な潮流との整合性インテグリティ(高潔性・環境十全性)という言葉に象徴されるクレジットの品質は、パリ協定6条の国際炭素市場運用ルール整備やボランタリー市場の国際標準化の議論の中で、近年とくに重視されている15。J-クレジットとJCMはいずれも日本政府がガバナンスを担う制度であり、方法論・MRV・第三者検証・登録簿管理といったスキームが確立したものである。一方で、来年度から開始する義務的なGX-ETSが国際的に制度の信頼性を確保する上でも、適格クレジットの品質の高さは重要な要素である。この観点から適格クレジット2種のうち相対的に供給量が多く既に取引市場が存在するJ-クレジットについて、把握できる範囲で潜在的な課題を2つ述べる。
ひとつは、国際航空機関(ICAO)が設立した 「CORSIA」(国際⺠間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム)16に関する状況である。J-クレジットは2022年と2023年に本スキームの適格プログラム認定申請を行ったが、いずれも「要再申請」と判定されている。2023年の申請時に「一部不整合」となった領域は永続性、追加性、正味での無害性(Do no net harm)、現実的で信頼性のあるベースライン等多岐にわたっており、次回申請に向けて制度運営委員会では様々な対応を進めている17。国連専門機関ICAOが運営するCORSIAでの適格認定は、国際基準に照らした品質の重要なベンチマークと言える。J-クレジットが現時点で認定に至っていないことは、制度の品質向上に改善余地が残ることを示している。
次に「透明性」に関する留意点である。第1回小委員会では2種のクレジットに「ビンテージの制限」を設けるか否か、委員からの確認があった。ビンテージとはクレジットがどの時点の排出削減(または吸収)活動に基づいて創出されたかを示す基本属性だが、経済産業省からは「J-クレジットに関してはビンテージを問わない」との方向性が示された18。
ビンテージは、クレジットの透明性を確保する上で不可欠な要素のひとつである。2024年に環境省が公表したガイドライン・指針でもクレジットによる排出量のオフセット(相殺)に取り組む主体が「必ず情報提供すべき項目」に含まれている19。これを不問にしたままクレジットの利用を認めれば、どの期間の削減が、どの期間の排出に充当されたのかを外部から正確に追跡できず、排出削減の検証可能性が低下する。J-クレジットの利用にビンテージの要件を求めない制度設計であれば、GX-ETSによる排出削減の透明性・信頼性が十分に確保できない恐れがある。
なお、GX推進法(改正法)の附帯決議にもクレジットに関する記述がある(表7)。法的拘束力はないが法律の執行に当たり強く期待される事項であり20、今後制度の効果をモニタリングする上でも重要な観点が挙げられている。現在小委員会で議論されている内容は今後5年間を対象としているが、第5回小委員会(11/7)では「制度を運用して実態と合わないことが出てくれば、しっかりと検証し制度を見直すのは当然である。その見直しがこの5年以内に来ることも十分あり得る」21という主旨の説明があった。GX-ETSの国際的な評価も念頭に、クレジットに関しては量的制限だけでなく品質に影響する事項も含めて包括的に精査し、制度のアップデートに反映することが望ましい。
表7 GX推進法の附帯決議
まとめ
今回は、ETSの柔軟性措置のひとつである「クレジット活用」について、その原則論と海外制度の事例を参照しつつGX-ETS制度案の留意点について述べた。次回は小委員会の「中間整理(案)~排出枠の割当ての実施指針等に関する事項~」を取り上げる。
- 経済産業省「排出量取引制度小委員会」
- World Bank “State and Trends of Carbon Pricing 2025”(2025年6月)P.47
- Carbon Market Watch "Recipe for greenwashing"(April 28, 2025)ほか
- ERCST ”Introduction of International Credits in the EU Climate Change Framework”(2025年5月13日)、ICAP “EU Emissions Trading System (EU ETS)”、欧州委員会 “Use of international credits”(いずれも2025年12月2日アクセス)ほか各種資料による
- クレジット無効化量を控除する前の排出量
- 経済産業省「産業構造審議会排出量取引制度小委員会 中間整理(案)」(2025年12月9日)P.18
- 経済産業省「排出量取引制度の詳細設計に向けた検討方針」(2025年7月2日)排出量取引制度小委(第1回)資料3 P.13
- 環境省「2023 年度の温室効果ガス排出量及び吸収量(詳細)」P.5(2025年04月25日)
- なお、政府・企業が保有し市場に流通していないJ-クレジットの量(保有量)は2023年度末において再エネ・省エネクレジットを合わせて約400万トンとの分析結果がある。これらがまとまった量で供給されればGX-ETSの柔軟措置に一定のインパクトは生じうるが、継続的に十分な量の供給が可能か否かについては毎年の新規創出量に着目する必要がある。参考) 竹林幹人・上野貴弘・富田基史・若林雅代(2025)「カーボン・クレジット市場におけるJ -クレジットの価格動向に関する分析」 電力中央研究所社会経済研究所SERC Discussion Paper 25003
- 東京証券取引所「カーボン・クレジット市場」(2025年12月10日アクセス)
- GX-ETS制度設計については、2024年5月から12月にかけて経済産業省・環境省「GX実現に向けた排出量取引制度の検討に資する法的課題研究会」、内閣官房「GX実現に向けたカーボンプライシング専門ワーキンググループ」が開催され議論が進んでいた。報道・市場レポートの一例:日本経済新聞「CO2排出」価格1年で3倍 26年春に取引義務化、企業が調達急ぐ 立ち上がる排出量市場㊤」(2025年9月29日)、株式会社exroad「【25年11月】カーボンクレジット価格ガイド|Jクレ・海外・ETS」(2025年11月1日)ほか
- GX-ETSでは「未償却相当負担金」(仮称)の納付義務を想定している。金額の計算式は「(排出枠)保有義務の未履行分×上限価格の1.1倍」である。出典)経済産業省「産業構造審議会排出量取引制度小委員会 中間整理(案)」(2025年12月9日)P.8
- 経済産業省「第6回排出量取引制度小委員会」(2025年12月9日、執筆時点で議事録は未掲載のためYouTube動画を基に発言の要旨を記述)
- 環境省「二国間クレジット制度(JCM)~これまでに寄せられた質問への回答~」(2025年7月10日)
- 高瀬香絵「炭素クレジットの新たな役割と求められるインテグリティ」(2023年5月12日)
- ICAO “CORSIA States for Chapter 3 State Pairs”(2025年12月10日アクセス)
- 経済産業省「カーボン・クレジット・レポートを踏まえた政策動向」(2024年3月)、J-クレジット制度運営委員会 「第37回J-クレジット制度運営委員会資料」(2024年12月20日)
- 経済産業省 排出量取引制度小委員会(第1回)議事録(2025年7月2日) P.23,24
JCMについては、2021年1月1日以降に削減・吸収を実現したものが対象となる(小委員会「中間整理(案)」P.18)。 - 環境省「カーボン・オフセットガイドライン Ver.3.0」(2024年3月6日改訂)P.31,32
同「我が国におけるカーボン・オフセットのあり方について(指針)第4版」(2024 年3 月6日改訂)P.10 - 参議院「委員会の活動(1)法律案の審査」(2025年11月28日アクセス)
- 経済産業省「第5回排出量取引制度小委員会」(2025年11月7日、執筆時点で議事録は未掲載のためYouTube動画を基に発言の要旨を記述)
シリーズ「GX-ETSを機能するカーボンプライシングにするために」
第1回 排出量割当/発電部門のベンチマークについて(2025年11月20日)
第2回 排出量取引制度におけるクレジットの役割とは(2025年12月12日)
第3回 脱炭素成長型経済構造への転換は進むのか(2025年12月26日)




