1. はじめにー政府目標の前提は火力からの排出「実質ゼロ」
政府は、本年2月、地球温暖化対策計画を改定し、温室効果ガスを2035年までに2013年比60%、2040年までに同73%削減することを目標として掲げた。同時に決定された「第7次エネルギー基本計画」では、2040年における電源構成の見通しを、自然エネルギー40〜50%、原子力20%、火力発電30〜40%とした。
注目すべきは、エネルギー基本計画が温室効果ガス削減目標と整合をとるために、2040年の電力部門からのCO₂排出を「実質ゼロ」にするという前提にたっていることだ。そのために火力発電についても、水素・アンモニア燃料や炭素回収・貯留技術(CCS)などの利用で排出削減を行い、1kWhあたりのCO2排出量を0.08~0.20kgまで下げるとしている。現在、利用されている高効率とされる石炭火力の排出量は、0.8kg/kWh程度であるから、大きな削減が必要である。CCSやアンモニアなどの活用でこのような大幅削減を実現する技術は未だ確立されていない。
技術面に加え、発電コスト面でも大きな課題がある。エネルギー基本計画策定にあたって、経済産業省は「総合資源エネルギー調査会 発電 コスト検証ワーキンググループ(コスト検証WG)」において、モデルプラント方式の電源コスト試算を行った。図1に、その結果概要を示す。これは仮想発電所を用いて、資本費や燃料費、稼働率などの前提条件をもとにLCOE(均等化発電原価)を見積もる手法であるため、その前提条件の妥当性がコストの結果を大きく左右する。
コスト検証WGの試算では、原子力発電はコスト・リスクの過小評価が見られ、自然エネルギー発電は逆に将来コストが高めに見積もられる傾向があったことを財団の他のレポートで指摘してきた1。
水素・アンモニアやCCSを活用してCO2排出量の低減を図るとする火力の発電コストは、政府のコスト検証でも1kWhあたり水素専焼火力が29.9円、CCS付き石炭火力が27.7円などとなっている。これらは太陽光や風力発電の2~3倍という高コストだが、コスト検証作業の内容を見ると、これでもなお過少評価になっている可能性がある。
本コラムでは、水素、アンモニア、CCSについてその導入可能性とコストの前提条件の妥当性を検証する。
図1 2040年の発電コスト試算の結果概要

出典:経済産業省資源エネルギー庁 「発電コスト検証に関するとりまとめ」(2025年2月6日)に、自然エネルギー財団追記
2. 水素およびアンモニア火力のコスト検証
水素・アンモニア火力は現在、実証段階にある技術であり、商用プラントは存在しない。このため、経済産業省の発電コスト試算では、2040年のモデルプラントとして、水素とアンモニア専焼発電についてはLNG火力、アンモニア混焼発電については石炭火力と同一の資本費・運転維持費を用いている。しかし、実際にはそれぞれ専用の燃焼器や貯蔵・供給設備が必要になる。さらに、燃料受入施設、貯蔵タンク、配管に対する追加的な安全対策も必要であり、設備費と運転費の上昇は避けられない。よって、水素とアンモニア共通の前提における課題として、以下に述べるように、①モデルプラント諸元の既存火力からの流用と、②追加的な設備費と運転費の未計上が挙げられる。
2.1 アンモニア火力発電のコスト
(1)設備・運用コストの過小評価
経済産業省は、アンモニア火力発電モデルプラントの考え方として、石炭火力への混焼については、「アンモニア燃焼器や、発電プラント内に置かれるアンモニア貯蔵タンク等のアンモニア供給設備の金額は加味せず、資本費や運転維持費等の諸元は石炭火力(超々臨界圧(USC))と同一と仮定」、一方専焼については、「石炭ボイラーの燃焼器の転換ではなく、LNGガスタービンの燃焼器の転換により実現が目指されているため、その資本費や運転維持費等の諸元はLNG火力と同一としつつ、20%混焼・50%混焼と同様に、アンモニア燃焼器や、発電プラント内に置かれるアンモニア貯蔵タンク等の金額については加味しないこととした」2としている。
しかし、JERAが碧南火力発電所において行っている石炭火力へのアンモニア混焼実証実験では、20%混焼のために48本のバーナーが交換され、さらに50%混焼に向けて4つの貯蔵タンクや4kmのパイプラインが敷設中である。また混焼率が高くなるほどボイラーの大規模な改良や交換が必要になるため、設備投資費はより高くなるとみられる。さらに、実証実験ではアンモニアを受け入れるための安全対策が検討され、漏洩の場合の対処体制や監視が行われた。アンモニアは医薬用外劇物に指定されており、強い毒性・腐食性・可燃性を有するため、漏洩リスクに備えた監視設備、安全対策が不可欠である。設備は石炭やLNGより大規模になる傾向があり、ブルームバーグNEF (BNEF)の報告3では、20%混焼でも設備投資費11%、運転維持費10%の上昇を見込んでいる。
(2)発電効率の低下と燃料費の増加
アンモニアは発熱量が石炭より低く、混焼により発電効率が下がる。政府が発電コスト検証ワーキンググループにおいて、国内グリーンアンモニア製造価格を参照した上記BNEFのレポートには、20%混焼で12%の効率低下が見込まれることを示しており、その分燃料使用量とコストは増加する。また、実証実験では公害防止を優先した運転が実施されており、実用化後も効率優先ではなく、公害防止の範囲内での運転が検討されており、コストを押し上げるとみられる。碧南の実証実験で効率低下についてはある程度の知見が得られたと考えられるが、この点についての情報開示はされていない。発電コスト評価のための諸元4では、アンモニア混焼発電は石炭専焼と同じ43.3%、アンモニア専焼ではLNG火力と同じ57%という発電効率が想定されており、効率低下は見込まれていない。
(3)温室効果ガス(N₂O)の発生
国は、「IEA ”The Future of Hydrogen” (2019) の試算においては、製造源によらず発電時の CO₂ 対策費が計上されていないため、追加で CO₂ 対策費を計上しない」2としている。しかし、上記BNEFレポートによると、アンモニア混焼では、温暖化効果がCO₂の273倍(GWP273)とされるN₂O(亜酸化窒素)が800~1500ppm発生することが示されている。これをCO₂に換算すると21~40%5と、石炭火力排ガス中のCO2濃度12-14%6の1.5~3倍に相当する量となる。これを放置すれば、混焼前の石炭火力発電よりも温暖化影響の大きいものとなってしまうため、その対応は必須である。そして、N₂Oの排出抑制技術7や回収対策は、いずれもコストアップ要因となる。
(4)燃料・受入設備の見積もり
液化アンモニアのエネルギー密度はLNGの半分しかなく、必要な受入設備の規模はLNGの2倍に達する可能性があることが、経済産業省の委員会でも示されている(図2)。それにもかかわらず、政府の試算では、IEA報告書8を根拠にこの費用を燃料費に含めたとして、資本費には含めていない。しかし、このIEA報告書は図2が示された委員会の3年前に発行されたものである上、設備の構成やコスト情報は示されておらず、最新の知見をもとにした実際の設備費は、想定以上のコストとなる可能性が高い。
図2 各水素キャリアと関連設備の比較

出典)経済産業省_総合資源エネルギー調査会 第2回 省エネルギー・新エネルギー分科会 水素政策小委員会 合同会議 資料1(2022/4/18)に、自然エネルギー財団追記
2.2 水素火力発電のコスト
(1)発電設備の過小評価
政府試算では、水素火力でも上記IEAレポートをもとに 「燃焼器を除き、LNGガス火力の発電設備と原則同等のものを活用できることが特徴」 とし、LNGプラントの各諸元をもとに、「水素燃焼器や、発電プラント内に置かれる水素貯蔵タンク等の水素供給設備のコストは考慮せず、これらも含む資本費や運転維持費等の諸元はLNG火力と同一とすることとした」2 としている。
しかし、水素もアンモニアと同様にLNGに対するエネルギー密度が低く、インフラ規模は従来の2~3倍に達する可能性がある(図2)。さらに、水素は極低温(-253℃)での液化を要し、-162℃のLNGより91℃低い。そのため、専用のローディングアーム(液体水素の陸揚げ装置)や、特殊な断熱構造を持つ貯蔵設備(図3)が必要であり、政府の委員会でも技術開発要素と位置づけられている。つまり、液化水素の搬入と貯蔵には、LNGよりも大規模で、より低温に対応できる特殊な設備が必要であり、既存のLNG火力と同じ諸元を用いて見積もられた発電コストより、実際は高くなる可能性が高い。
図3 水素の輸送と貯蔵のための専用設備の例

出典)経済産業省_総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 第35回会合 資料1(2020/12/21)
(2)不透明な輸送コスト低減の見込み
輸入を前提とした水素調達には、船舶を用いた海上輸送が避けられない。一方、現在の技術ベースでの水素コストは、その約9割が輸送(液化、積荷基地、輸送船)に係るものであることが政府から示されている(図4)。そこでは、今後の水素コスト目標(2030年約30円/Nm3)に対しては、設備機器の大型化と高効率化で対応する計画となっている。
中でも、液化水素輸送船に係るコストは、その大型化によって大幅な低減が見込まれており、国のプロジェクトにおいて2030年の実用化に向けた大規模な研究開発が進められている9。しかし、2024年に豪州・ビクトリア州での褐炭由来のブルー水素製造計画が頓挫した結果10、海上輸送を予定していた大量の水素調達ができなくなり、2030年に予定していた大型輸送船(16万m3)は4分の1の規模の中型船(4万m3)に変更された11。これは、政府が期待していた水素コスト低減計画の大きな変更につながるものであり、大量輸送をコスト削減の柱とした政府が掲げる目標コスト30円/Nm³の達成が困難になれば、水素発電コスト試算で想定した大前提が崩れることになる。
図4 水素コストの現状と大量輸送によるコスト削減見込み

出典)経済産業省_総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 第35回会合 資料1 2020/12/21)
3. CCS付火力発電のコスト
CCSについては、石炭やLNG火力のモデルプラント(2040 年)をベースにCCS費用として分離回収、輸送、貯留部分が追加されている。LNG火力については実例が少ないため、建設費ではスケールアップ則などを用いて簡易的に算出されている。しかし現在の技術水準と国内外の事例を踏まえると、その導入には極めて高い不確実性とコストアップのリスクが伴う。
(1) CO₂回収率:90%前提はコスト面からみて限定的
政府の前提では、CO₂の回収率を90%と仮定して建設費やコスト算定をしている。しかし実際には、90%の回収率を長期的に安定して維持することは難しく、これまで世界で実際に稼働したCCS付火力2基の回収率は6~7 割にとどまっている12。CCS は化石燃料増産のためのEORやEGR13では実績があるとされているが、そもそもこれらはリークがあっても石油や天然ガスの増産に寄与するための技術でありCO₂削減を目的としていない。一方、リークに対して長期間のモニタリングを必要とする、貯留を目的とした発電部門でのCCS技術はまだ確立されておらず、高い回収率の実現、適切な貯留地の選定、発電所から貯留地までの輸送、長期間のモニタリングとリーク時の対応など、多くの技術課題がそのままコストアップ要因となる14。
国の脱炭素電源オークションではCCSでの最低CO2回収率を定格出力の20%とし、更に回収したCO2を貯蔵する割合、年間CO2貯蔵率リクワイアメントを7割としている15。結局、CO2の削減率は最低14%でよいことになる。投資した設備による実際の回収率が低ければ、費用対CO₂削減量のコスト効率が悪化するだけでなく、回収できずに放出されたCO₂の排出コストが上乗せされる。
(2)貯留地:立地制約コストが考慮されていない
国内では、CO₂を地中に安全に圧入できる地層が明確に特定されておらず、政府の前提にある「陸上から海底下への圧入」も地震多発国である日本においては技術的・地理的な実現性が不透明である。2024年度に採択された「先進的CCS事業」 9件のうち5件は海外を含む沖合での貯留を想定しており、16実質的には「国内貯留」が前提として成立していない状況にある。
英国の調査会社ウッドマッケンジーは、陸上からの圧入の可能性が低い日本ではCCSは海外の1.5~2倍を要し、APAC諸国の中でも最も高いとする17。
(3)輸送:「国内パイプライン輸送(20km)」の前提
政府モデルプラントでは回収した、CO₂の輸送距離を苫小牧の実績からパイプラインで20kmとしている。一方で政府が2024年度に「先進的CCS事業」として採択した事業の多くでは5000kmを超える海外輸送が検討されている。多くの事業が貯留場所を海外にしているのは、国内での貯留地として利用できる場所が少なく、特定できていないことが大きい。先のウッドマッケンジーのリリースでは日本では回収量の80%は海外輸送されると予測し、少なくとも25%ほど国内貯留よりコストが高くなると指摘している。
以上のように、CCSは未成熟なゆえにコストや実現性の不確実性が非常に高い。本来であればこうした事業には「コンティンジェンシー(予備費)」を計上すべきだが18、政府のコスト試算ではその考慮がなされていない。
4. エネルギー政策に求められる視点の転換ー誤った前提のツケを負わないために
図1が示すように、国のコスト検証の結果でも、水素・アンモニア、CCSで削減対策を行った火力は太陽光や風力と比べて競争力を欠く。これまで見てきたように、コスト検証の前提条件には妥当性が疑われる点が多々あり、これらを加味すれば、発電コストは更に上昇する可能性がある。
過小評価された水素・アンモニア、CCS付き火力の発電コストと、過大評価された導入可能性によって投資の方向性を誤り、結果として高コスト・高排出の燃料輸入依存型の電力供給になれば、その負担は企業活動を圧迫し、最終的に国民にのしかかる。
また、世界有力企業が加盟する国際イニシアティブ「RE100」の新基準では、2026年以降石炭混焼発電の電力使用が禁止され19、RE100に参加する日本企業93社も石炭のアンモニア混焼の電力は使えないことになる。こういった国際動向も注視していく必要がある。
自然エネルギー財団が示す2040年シナリオでは、電力供給の90%以上を自然エネルギーで行うポテンシャルがあることを示し、エネルギー起源CO₂排出量を2.1億トン/年と、2019年度比で約80%低減できる可能性を明らかにした20。これにより、エネルギー自給率を75%程度まで高め、エネルギー安全保障に寄与するだけでなく、燃料輸入のために海外に流出する資金が国内で投資され、産業と雇用創出につながる可能性がある。また、このシナリオでは、水素・CCSのコスト低減が進まなければ、政府のGHG削減シナリオは非現実的となり、仮に進んでも電力コストが上昇することも示した。
国の重要なエネルギー政策を示す際には、その根拠となる前提条件について利害を超えた立場の専門家による議論を通じて共通認識を形成することが不可欠である。そうした開かれたプロセスでこそ、より現実的で持続可能、かつ納得感のある未来を描けるだろう。
- 1自然エネルギー財団 「2024年発電コスト検証の前提条件に関する問題」(2025年3月)
- 2経済産業省資源エネルギー庁 「発電コスト検証に関するとりまとめ」(2025年2月)
- 3BNEF 「Japan’s Costly Ammonia Coal Co-Firing Strategy」(2022)
- 4経済産業省 総合エネルギー調査会 発電コスト検証ワーキンググループ 「各電源の諸元一覧」(2025年2月)
- 5800ppm×GWP273=218,400ppm=21.8%
- 6経済産業省 グリーンイノベーション基金事業 「CO2の分離・回収等技術開発」 プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画(2025年2月)
- 7運転条件の変更でN2Oの発生を抑えるのであれば、その効率への影響(低下)が燃料費増加につながる。一方、後処理で回収を行うのであれば、その設備費が追加される。
- 8IEA 「The Future of Hydrogen](2019年)
- 9NEDO:大規模水素サプライチェーンの構築プロジェクト(2021年)
- 10ABC News : Plan to turn Latrobe Valley's coal into hydrogen hits major roadblock (Dec. 2024)
- 11日本経済新聞 「川崎重工、水素実証の計画見直し 豪からの調達に遅れ」(2024年11月14日)
- 12自然エネルギー財団「CCS火力発電政策の 隘路とリスク」(2022年4月)他
- 13EOR (Enhanced Oil Recovery), EGR (Enhanced Gas Recovery)
- 14天然ガス火力発電での CCS 回収率に関する研究では、99%の回収を行うと 90%回収の場合の約2倍のコストを要するという結果が示されている(Mai Bui 他“Delivering over 90% CO₂ capture learnings from modelling and pilot plant studies” 2021)
- 15経済産業省 第100回 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会 制度検討作業部会 資料4 「技術的制約のある水素・アンモニアの最低混焼率(水素10%、アンモニア20%)と同程度のCO₂回収率を求める観点から、20%以上、かつ、当該電源で最大限CO₂を回収・貯留する前提(エネ庁が応札前に確認)である定格出力時における回収率を求めることとしてはどうか」 としている。また、「対象kWから生じるCO₂発生量のうち、年間で7割以上は実際にCO₂を貯蔵まで行うことを求め、これを下回る場合は容量確保契約金額について1・2割の減額を行うペナルティを設定してはどうか」ことから、実際には14%程度の回収でよい見込みである。
- 16経済産業省ニュースリリース「CCS事業化に向けた先進的取組 JOGMECが令和6年度「先進的CCS事業」を選定しました」(2024年6月28日)
- 17ウッドマッケンジー“Japan to lead captured CO₂ trade in Asia Pacific by 2050“, 2024年10月17日
- 18RITE「CCSバリューチェーンコスト 」(2022年10月31日)CCS事業コスト・実施スキーム検討WG(第3回)資料4では、「このような大型開発案件のコスト試算にあたっては、積み上げたコスト試算の総額にコンティンジェンシーと呼ばれる予備費を加えることが一般的である。CCS事業のように参照できる既開発実績がほとんど存在しない案件については、詳細設計の過程でそれまで想定していなかった追加の設計が必要となることも多く、実際のコスト は当初の試算値と比較して、一般に膨らむ傾向にある。」 としている。
- 19自然エネルギー財団 「RE100が技術要件を改定、石炭混焼を禁止」(2025年4月)
- 20自然エネルギー財団 「自然エネルギーによるエネルギー転換シナリオ」(2024年12月)