エネルギー基本計画(エネ基)の改定の議論が始まった。再エネの電源構成目標や脱炭素燃料の扱い、産業の脱炭素化や電力需要増の見通しなど、その論点は多岐に渡り、既にこのコラムシリーズでも論じられ始めている。本稿では、エネルギー政策を所管する経済産業省・資源エネルギー庁にとっての最重要の論点について考えたい。それは、GXで示された原子力発電の新増設をエネ基に反映させることによって、原発の復活を確実にすることであろう。果たしてそれは、現実的と言えるのだろうか?
福島原発事故後のエネルギー基本計画における原発の位置付け
2011年の東京電力福島第一原発事故(福島原発事故)を受けて、原発に否定的な国民感情は一気に高まり、民主党政権は脱原発の革新的エネルギー・環境戦略を閣議決定した形になった。2012年末に誕生した第二次安倍晋三政権は、この戦略を即座に否定した一方で、2014年の第4次エネ基では、「原発依存度を可能な限り低減する」とした(表)1。この策定過程で、原発復活を目指す経産省は、「原発の新増設を盛り込みたい」と首相官邸に働きかけたものの、世論の反発への懸念から先送りされたという(朝日新聞、2014年1月14日)。
表 原発に関する表記
この原発依存度低減という方針は、「エネルギー政策を再構築するための出発点」(第4次エネ基)であり、その後も踏襲された。2018年の第5次エネ基は、そもそも内容的に第4次エネ基から大きく変わらなかったが、原発依存度については「可能な限りの低減」が維持され、新増設の明記についても経産省は再び官邸に「門前払いされた」という(朝日新聞、2018年8月1日)。再稼働が進まないのも問題だが、新増設をしない限りいつかは脱原発になる。それは、経産省にとって最も避けたい事態であろう。
2021年の第6次エネ基は、前年に菅義偉首相が2050年カーボンニュートラルを宣言したことで、脱炭素電源を増強する必要に迫られた。再生可能エネルギー(再エネ)の導入については、「最優先の原則」が明記され、2030年の電源構成目標値は第5次エネ基の22〜24%から36〜38%へと高められた。対照的に原発については、経済界から強い要求があったにも関わらず、新増設は明記されず(毎日新聞、2021年8月20日)、「原発依存度の可能な限りの低減」も20〜22%の電源構成目標値も維持された。
GXによる原発復活
このように、安定していた安倍・菅政権においても原発に対して抑制的な方針は変わらなかった。それが一変したのが、岸田文雄政権における2022年から23年にかけてのGX(グリーントランスフォーメーション)政策である。
GXは、西村康稔GX実行推進担当大臣兼経産大臣によれば、2022年の「ウクライナ侵略をきっかけ」とする「エネルギー危機」と、「原子力発電所の再稼動の遅れなどもあり、足元では電力需給のひっ迫が生じて」いる「足元の危機に対して、政策の総動員で対応」するものである(GX実行会議第2回議事録、2022年8月24日)。GXには様々な論点があるが、経産省にとって最大の成果は、2023年2月の「GX実現に向けた基本方針」に原発の新増設(「次世代革新炉への建て替え」)を明記し、関連法まで成立させたことであろう。世界的な危機と国内の危機に対応し、脱炭素も同時に実現するには、原発の復活が不可欠だというのである。
このような背景認識について、2022年のエネルギー危機の日本への影響は、欧州とは異なり化石燃料の価格面に限られること、電力の需給ひっ迫の主因は、3月の福島県沖地震や6月の史上初の猛暑日など東京電力管内に限られた突発的なものであり、絶対的な供給力が不足しているわけではないことを、筆者は当コラムで指摘した(2022年9月13日)。エネルギー安全保障の危機を問題視するのであれば、純国産で脱炭素の再エネの導入こそ最優先で加速すべきであるが、GXには再エネに関する抜本的な強化策は盛り込まれなかった。
それでも、エネルギー危機に対応するために原発が不可欠との主張は、国民に対して一定の説得力を持った2。原発に否定的な国民感情の変化を確認しつつ、経産省は実質的に数ヶ月間のGX実行会議や原子力小委員会での議論を経て、原発の新増設の明記を実現させた。「GX実現に向けた基本方針」の中に、「原発依存度の可能な限りの低減」は無く、むしろ「最大限活用する」3ことが、明記された(表)。この間、国会を含めて原発の是非に関する国民的な議論の盛り上がりは見られなかった。福島原発事故以降、長らく原発の復活の機会を伺っていた経産省にとって、2022年には「神風が吹いた」のである4。
GXとエネルギー基本計画との整合性
こうして、原発は復活したように見える。しかし、最後の詰めの段階が残っている。それが今般のエネ基の改定である。エネ基はエネルギー政策基本法に基づくエネルギー政策の「基本方針」であり、「施策の基本」である(同法第1条)。GXは関連法まで成立させたが、それでもその内容をエネ基に反映させることで、原発の復活は確実になる。
それは、エネ基から「原発依存度の可能な限りの低減」を削除し、新増設を明記することであろう。実際に電気事業連合会は、2024年5月17日の会長会見において、これら2点を主張した5。理屈の上からも、可能な限り低減させるなら新しく造る必要はない。経産省が官邸を通じて差配した2023年のGXは、2021年の第6次エネ基を超越した内容だったのである。
筆者は、2024年6月に公開の場で経産省の担当者に対して、このGXとエネ基の齟齬の問題について質問したことがある。GXで打ち出した原発の新増設をエネ基に反映させることが、論点の1つではないかと問うたところ、意外にもそれに対する答えは、GXとエネ基の間に齟齬はないというものだった。
実は、「GX実現に向けた基本方針」には、原発の新増設は「第6次エネルギー基本計画の方針の範囲内のもの」と、わざわざ注釈が付けられている。これによれば、第6次エネ基には、「2050年カーボンニュートラルを実現できるよう、あらゆる選択肢を追求する」、原発については「必要な規模を持続的に活用していく」と明記してある(表)ため、これと新増設は矛盾しないというのだ。文書主義の役所の仕事として、既存のより権威性の高い政府方針と新たに打ち出す方針の間に齟齬があってはまずいと考えたのであろうが、やはりこの解釈には無理があるだろう。実際に国会において菅義偉首相は、「原発の新増設について、現時点においては考えていません」と発言している(衆議院予算委員会、2020年11月4日)。ここからの方針転換であることは、否定できないだろう。
考えてみれば、そもそも「可能な限りの低減」と標榜しながら、「国も前面に立ち」「再稼働を進める」のも、「必要な規模を持続的に活用」する(「第6次エネ基」)のも、語彙矛盾である。「再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する」(「第5次エネ基」、「第6次エネ基」、下線筆者)のだから、再エネの導入に限界がある以上は、残りの部分を原発が担うのは「可能な限り」だといった反論も想像されるが、それは「霞ヶ関文学」の世界に限られた話であろう。「廃炉を決定した原発の敷地内での」「建て替え」(GX実現に向けた基本方針)だから、実質的に増加しないといった反論も、同様である。建て替えも新増設であり、それは原発の積極的な復活であり、方針転換であると、胸を張って言えば良い。
第7次エネルギー基本計画の展望
要するに経産省は、これまでも可能な限り低減させる計画は持っていなかったわけで、計画的・段階的に原発の復活を進め、GXを活用して見事に成し遂げようとしている。従って、その詰めの段階である第7次エネ基において、原発に関する2点を含むGXの完全な反映を目指すだろう。エネ基を議論する基本政策分科会では、既に原発を強く推す意見が多く出ており、その前提としての電力需要増の議論(2024年7月12日コラム)なのである。
健全な政策形成の大前提は、正確なデータや客観的な論拠に基づき、合理的に議論を行うことである。原発がどうしても不可欠だと主張するのなら、第1に、原発の経済合理性を客観的に示すことが求められる。再エネは高い、電気料金を抑制するために原発が必要と言いながら、総括原価方式でなければ建設できないというのは、矛盾している6。発電コストの検証が始まったが、前回の2021年の際には4,800億円とした1基当たり(120万kW)の資本費をどう設定するのかも、気になるところである。欧米の近年の原子炉はこれの3〜4倍の費用がかかっている。
第2に、原発というベースロード電源と火力の調整力がなければ安定供給が維持できないというのは、時代遅れの考え方であり、見直すべきだろう。再エネの電源構成が50%前後まで増えても、市場メカニズムを軸として柔軟性を高めることで、十分に安定供給を維持できることは、欧州が実証している。むしろ九州などにおいて、原発が優先的に運転し続けることで柔軟性が下がり、再エネの非合理的な出力抑制が増えている矛盾を解決すべきだろう。集中型電源が集中立地することで、地震などを受けて供給力が急減し、安定供給上の危機に陥ることも、日本は何度も経験した。
第3に、福島原発事故を経験した日本にとって、原発に関する政策を転換することは、極めて大きな意味を持つ。民主党政権は、革新的エネルギー・環境戦略を決定する際に「国民的議論」を行った。GXについては、短期間の強引な決め方が批判を集めた。故中西宏明経団連会長は、原発推進の立場から、「国民が反対するものはつくれない」として、「真剣に一般公開の討論をするべき」と訴えた(東京新聞、2019年1月5日)。エネ基でも、「国民各層とのコミュニケーションの充実」について記載されているが、2012年以降に国民的議論に類することを実施したことは一度もない。筆者が考える原発の最大の弱点は、国民からの信頼に乏しい点であり、この改善に正面から取り組まない限り、原発の未来は暗い。
極めて重要な今般のエネ基の改定が、健全な政策形成の形で行われ、国民的な支持を得ることを期待したい。