この手段で省エネ目標が達成できるのか?需要側各部門の削減目標と施策の分析と評価

西田 裕子 自然エネルギー財団 シニアマネージャー(気候変動)

2021年10月1日


 第6次エネルギー基本計画は、「2050年カーボンニュートラルに向けた長期展望とそれを踏まえた2030年に向けた政策対応により構成し、今後のエネルギー政策の進むべき道筋を示す」ものであると説明されている。今回は、「2050年カーボンニュートラル、2030年GHG46%減」という数値目標が既に与えられていることから、各部門の需要予測とエネルギー消費削減量、CO2排出量は、現行の需給見通しを基に、対策を積み上げて、電源を組み替え、目標を満たすように計算されたはずである。したがって、特に2030年の部門別の目標と政策を評価するにあたっては、次の観点から考えたい。

  (1) 各部門に掲げられている「政策対応」で当該部門・項目の削減目標が達成できるのか
  (2) 2050年のカーボンニュートラルを達成するためのステップとなっているか

経済水準予測を大幅に引き下げることについての分析の必要性

 今回の基本計画案で特徴的なのは、計画の前提となるエネルギー需要予測において、経済水準を示す産業の主要業種の生産量や、業務ビルの床面積、交通需要(旅客・貨物)を引き下げたことである。このことは、コロナ禍による影響も含めた経済の趨勢を反映しているが、産業部門では、今後のエネルギー削減量の大きな部分を占めている。

 特に、鉄鋼業の粗鋼、紙・板紙では、生産量予測の設定を大きく引き下げたものの、当該業界では、さらなる深堀が求められている省エネ対策などの取組みによる削減量は減っている。また業務床の予測も下方修正され、2030年までの10年間は、年間0.2%増という設定である。最近の開発の旺盛さをみると、すぐにでも突破しそうな水準だ。

 今回のエネルギー需給見通しからわかるように、こうした経済水準を示す生産量や活動量の設定は大きく結果に響くことから、主要な指標については、感度分析やある程度幅を持たせた設定が必要であると考える。 加えて、2050年を見据えた2030年を考えるにあたっては、マクロフレームにおいても脱炭素化に向けた重要な考え方として、サーキュラーエコノミーの視点を入れていくことが重要である。財団でもレポートしているが1、特に産業の脱炭素化においては欠かせない考え方、取り組みである。生産量・活動量などマクロフレーム設定は、サーキュラーエコノミーの観点からも再検討されるべきである。

電力の大きな役割と電化促進し

 2030年のエネルギー需給の見通しによれば、2030年度46%GHG削減(2013年度比)を実現するために、2030年のエネルギー起源CO2排出は45%削減が必要とされ、2019年からの削減必要排出量は、3.52億トン(CO2換算)、うち、電力由来の排出削減は、2.19億トンで、全体の63%を占める。電力消費の削減と電力への転換、排出係数の低減が混じった数字ではあるが、とにかく、電力の排出削減への役割の大きさには注目すべきである。当然目標としている排出係数が堅持されなければこの目標・計画自体が存在しえない。業務、家庭部門では、電力シェアが優に50%を超すことから、排出係数の改善が大きく目標達成への成否を握る。

 2050年に向けては、電源の脱炭素化と同時に電化可能な分野でのエネルギー転換の重要性は、基本計画でも述べられているとおりである。しかしながら、産業や住宅・建築物は、設備投資や改修の機会が限られており、タイミングを逃さず電化の推進をすることが大きな課題となっている。その意味で、計画案の産業部門で列挙されている対策や、業務・住宅における電化の推進政策は、限定的であり、より積極的な電化推進が必要であるがあまり明確には打ち出されていない。中でも、企業や、世帯が、プロシューマ―としての役割も担いつつ、電化を推進するための建物付帯の自然エネルギー特に太陽光発電や蓄電池の導入促進は、もっと積極的に進められるべき政策と考える。

産業部門の目標と政策-省エネ法規制で実効性があるか

 エネルギー基本計画全体の削減目標の強化を前提としていても、各部門別の目標や対策を設定するにあたっては、改訂前のエネルギー基本計画の対策、根拠数値を踏襲しており、産業部門の削減目標が、他の部門と比較して低い水準で設定されていることや(産業はBAUに対して9%削減であるのに対し、他の部門は24%削減)、産業の省エネ対策が業界の自主行動計画を基にしていることは変わらない課題である。また、先にも挙げた通り、主要業種の生産量設定は重要な要素であり、それについての分析検討は不可欠である。

 そのうえで、2030年度目標が、ここに列挙された政策によって、実現できるかどうかを考えると、はなはだ不透明である。計算としては、省エネの項目ごとに、何らかの数字が積み上げられているが、そもそもその計算根拠は不明なものが多く、どの省エネ対策がどの業界のどのエネルギー消費に対して行われ、どのくらいの成果を予測しているのか、ごく部分的な情報しか示されていない。

 この積み上げられた削減量を実現する政策として、基本計画には、「規制と支援」によるとして、下記があげられている。

  ・省エネ法に基づく定期報告とエネルギー消費原単位年平均1%改善する努力目標
  ・ベンチマーク制度(業種ごとのエネルギー消費原単位目標の設定)を見直し強化
  ・目標達成状況による特定事業者のクラス分け評価制度により、取り組みが不十分な事業者への対応強化
  ・革新的な省エネルギー技術開発実用化への支援、省エネ設備投資への支援

 問題は、「規制」の実効性である。省エネ法の目標(ベンチマーク目標含む)を達成しているSランク事業者は、対象事業者の半数を超える程度(2019年度54%)だが、全体として評価が改善する方向にはない(図1)。執行の強化も打ち出されているものの、注意を要する事業者を精査し、確定するだけでも時間がかかる。これまで指導を行った事業者は1万を超える対象事業者のうちで273件に過ぎない(2010~19年度)。図2のプロセスを経て、検査・指導・公表・命令に進んでいくためには、膨大な手間と時間を要することを考えると、2030年まであと9年となった今、到底有効な手段とはいえない。

図1 省エネ法目標の事業者クラス分け結果の推移

出典:資源エネルギー庁、2021年4月30日「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた需要側の取組み」に財団加筆 2021年3月末時点集計の9351事業者。記載年度はクラス分け年度、各年度の報告期間は、2015年度(2010~2014)、 2016年度(2011~2015)、 2017年度(2012~2016)、 2018年度(2013~2017)、 2019年度(2014~2018)、 2020年度(2015~2019) 。 S:目標達成、A:目標未達成、B:目標未達成+原単位が連続/5%超増


図2 省エネ法の執行プロセス

出典:資源エネルギー庁、2021年4月30日「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた需要側の取組み」

 ベンチマーク制度では2009、2010年度に産業10分野の目標基準が設定されたが、達成状況が改善されていない分野も多く、これまでに基準が改定されたのは、4分野にとどまる。今回の見直しで、ようやく目標年度が設定されるが、2030年度が期限である。達成度や国際比較により、基準を見直していく方針はだされているが、ベンチマーク目標と、産業全体・業界としての2030年度のエネルギー削減目標実現との関連性はみえない。2030目標達成を前提としたバックキャスティングの考えにもとづいた目標設定やスケジュールが検討されるべきと考える。

カーボンプライシングの必要性と脱炭素化にむけた投資の拡大

 省エネ法のこれまでの効果をみれば、省エネ法に頼る手法の限界がみえているのではないだろうか。膨大な目標未達成者を前に、執行強化していくには、時間と膨大な行政コストを要し、切迫する気候危機への対応が遅れるばかりである。冷静にこの状況を考えれば、炭素税や排出量取引など、実効性ある水準のカーボンプライシングの導入は、ぜひとも必要だ。

 基本計画案にも記されているように、今一層の省エネ、脱炭素化に向けては、新たな技術開発や、その実用化、今はまだコストが高い設備や、脱炭素エネルギー源の選択が必要である。こうした脱炭素化への選択行動が経済的に不利にならないような環境を作り、早い段階から促進していくためには、省エネ法規制と補助金だけでなく、経済システムに則ったカーボンプライシングが適している。脱炭素化を目指して国際的な競争関係にある日本の企業の競争力を高めることにも貢献し、事業者は各自の事業計画に応じて柔軟に対策へ取り組んでいくことが可能だ。最近では、EUを中心として、国境間調整の議論も進んでいる。

 省エネ法ベンチマーク基準を国際水準と比較検証するために、経産省の審議会でもEUの排出量取引におけるベンチマークが紹介されている。このベンチマークの水準を比較するだけでなく、その背景のシステムについても参考にして、一刻も早く実効性ある水準のカーボンプライシングを実現していただきたい。

業務家庭部門の目標と政策

 業務・家庭部門は、エネルギー基本計画の策定と並行して、国交省・経産省・環境省合同主催の「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討委員会」や内閣府「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」が開催され、2030年、2050年に向けた住宅・建築物のあるべき姿や、それに向けた政策が議論されたことで、他の部門と比べて、目標や政策の姿形がより明確となっており、2050年に向けたロードマップも策定されている。省庁間の協力についても課題とされ、一定の解決方向性は示された。同時に多くの政策資料、対策に基づくエネルギー消費、CO2排出と目標値設定の算定根拠などが開示された点もこれらの会合の重要な成果である。ただ、こうした情報や根拠資料は、基本計画からその出所がたどれるように明らかにしておく必要があるだろう。

 このようにこれまでの議論は評価できるものの、いくつか大きな課題がある。

省エネルギー基準の適合義務化、基準強化のスピードアップの必要性

 業務・家庭部門対策の最大の削減対策は、新築住宅・建築物における省エネ性能の向上である。今回、2030年度の目標として、住宅・建築物がZEH・ZEB基準の水準の省エネルギー性能2を確保すること、2050年ではストック平均でZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能を確保することが掲げられた。この目標を満たすためには、新築の性能を強化して、図3のようなスケジュール(フロー)で性能の向上を図っていかなければならない。住宅、建築物とも、2030年以降は大半の建築物がZEH・ZEBより上の段階の性能を満たさなければならない。

 そのための政策として2030年度までの省エネ適合基準の段階的引き上げを計画している。しかし、その前に、未だ実現されていなかった住宅と小規模建築物の適合義務化(建築時の省エネ性能基準の義務付け)が必要で、2025年までに実施と予定されている。結果、25年以降2030年の間の、基準強化スケジュールが明らかに厳しい工程となっている。規制の強化をスピードアップし、1年でも半年でも、適合義務化を前倒ししていかなければ、30年の目標達成はおぼつかない。

図3住宅・建築物の性能向上のスケジュール

出典:脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会第5回(参考3)対策のスケジュールと省エネ量の算出について
※BEI(一次エネルギー消費基準)=設計一次エネルギー消費量/基準エネルギー消費量。
BEI=1が現行の省エネルギー基準を満たす性能であり、ZEHの省エネ性能はBEI=0.8以上、ZEBの省エネ性能はBEI=0.7以上(小規模建築では0.8)となる。

大量の質の悪い住宅建築物を滅失させ、建て替えていくための政策の欠如

 住宅・建築物のエネルギー消費を想定するにあたっては、住宅ストック数は世帯数予測と同じとし、建築物のストックは、実績を着工面積のトレンドで2030年まで伸ばし、以降19億4百万㎡で一定としている。ある程度の新築着工を確保していく計画の結果として、下表のように年々新築量に匹敵する規模で大量の住戸・業務ビルを滅失させることを前提としている。計算では、無断熱などの性能の悪い建物から順に滅失させることで、新築建築物の省エネルギー化の効果を大きく増大させている。

 その一方で、性能の悪い住宅・建築物が順調に滅失、建て替えられていくための実効性ある政策は打ち出されていない。「立替の支援」、「性能表示の義務化」が挙げられているが、既存住宅・建築物の建替え、改修は、新築に比べ、より多くの課題を抱えており、実現には相当の困難が予想される。これらの施策を早急に実現するとともに、規制的手段を導入することも視野に入れ、耐震などの取り組みと合わせて新たな仕組みを構築する必要がある。
 
表1 省エネ削減量試算の前提となる住宅・建築物の戸数設定
出典:脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会第6回(参考資料)住宅・建築物の新築・ストックの省エネ性能別構成割合の試算

太陽光発電の導入目標「新築戸建て住宅6割」とその実現施策

 住宅・建築物においては、エネルギーの需要と供給を一体に考えて、より自立したエネルギー環境を作り出すことが脱炭素化時代の建物性能として必要だ。今回太陽光発電の導入促進については、「2050年において設置が合理的な住宅・建築物には太陽光発電設備が設置されていることが一般的となることを目指し、これに至る2030年において新築戸建住宅の6割に太陽光発電設備が設置されることを目指す。」というより具体的目標が置かれたことは評価できる。

 その実現に向けて、新築住宅への導入促進の義務化は見送られたものの、庁舎等での最大限の設置の徹底、民間新築・既存建築物への導入に「あらゆる支援措置」を検討するとしている。今後の検討に任されているとはいえ、重要な視点として、第一に新築という機会を逃さず、ZEH・ZEB化と一体に進めるべきこと、第二に新築で導入できない場合には、太陽光発電レディ建築、すなわち後々太陽光発電を導入することが最大限容易となるように、屋根上の置き場の想定、荷重への配慮、配線設備等のスペース確保を新築建築に求めることを提案したい。また、既に京都市・府で新築時再エネ設備設置の義務化が始まっているが、こうした、自治体の取り組みを国が支援し、広く各地に展開していくことも重要だ。

運輸部門の目標と政策

 運輸部門については、産業部門にもまして、計画案における記述は薄い。自動車については、2030年燃費基準(EV、PHVを含む)の達成、2035年新車100%電動化(小型貨物は脱炭素燃料者含めて2040年)が目標として出されている点は評価できる。しかし、その他の対策については、目標さえ明らかでなく、自動車燃費改善・次世代自動車の普及以外はその他としてまとめて削減量が計上され、個別政策が何を対象にどのくらいの削減を求めているか、算定根拠も示されていない。今回大幅に引き下げられた、旅客・貨物需要予測がどのように削減計画に反映されるのかも定かでない。省エネ削減量の積み増し部分を含めて、2030年度運輸部門の削減目標の進捗をどう測って、達成を図っていくのか不明である。各分野の具体と、削減目標、対応する政策を明確にしていくことが最低限必要である。

省エネ法規制の効果と支援

 トップランナー制度に基づく自動車の燃費規制は、従来も燃費向上が進んできた手段であり、執行の強化も打ち出され、効果が期待できる。しかし、その5年後の新車販売で100%電動化については、「電動車・インフラの導入拡大、関連技術、サプライ/バリューチェーン強化等の包括的措置を講じる」と述べるのみで、具体は見えない。内容の検討は他の場で行われるとしても、関連がわかるようにするべきである。

 「その他」の対策の中では、荷主や運送事業者の取に対しては、省エネ法の原単位による年1%以上削減の目標設定が適用されているが、これまで著しい効果は得られておらず、指標・評価の見直しが必要となっている。産業部門での省エネ法規制と同様、この基準や執行の見直し強化を進めるというだけでなく、部門の目標とリンクする各事業者の目標設定や、取り組み評価を税制等支援策に連携させていくことなど経済的な政策枠組みを作っていくことが不可欠である。 EUでは排出量取引に運輸部門を組み入れていくことを明らかにしている。従来の政策手段だけにとらわれることなく、実効性ある政策を検討、導入していくことが必要だ。

政策立案の場の明確化、背景情報・算定根拠の開示の必要

 以上、エネルギー基本計画案における部門ごとの取り組みを見てきたが、実際のところ、今回の基本計画案の中で、需要側の取り組みについての言及は、ごくわずかである。「2030年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料)」やその他の資料を紐解いて分析しようとしても限界がある。本来なら、各部門の政策がいつどこでどのように検討されたか、今後いつどこでどのように検討されるのかは、基本計画と共に明示され、同時に様々な背景情報や、予測数値の算定根拠もわかりやすく解説されて開示されるべきであった。基本計画案にも「エネルギー政策の立案プロセスの透明性を高め」る、「政策プロセスは最大限オープンにして透明性を高めていく」と記載されているが、そのためにもまず算定根拠、情報をオープンにし、それを基に議論する場を明示する必要がある。

 今後は、進捗状況を把握し、フォローのプロセスに入ることになるが、それぞれの部門ごとに、どの場で、何をKPIとして進捗を測り、PDAサイクルを回していくのか、明らかにしていくことが重要だ。

[特設ページ] 「エネルギー基本計画改正案」を問う

  • 1自然エネルギー財団(2019)「脱炭素社会へのエネルギー戦略の提案」p.56-61
  • 2ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の省エネ性能:現行省エ年基準から20%以上の一次エネルギー消費量を削減する性能
    ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の省エネ性能:現行省エネ基準から30%以上(小規模建築物では、20%以上)の一次エネルギー消費量削減する性能

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

当サイトではCookieを使用しています。当サイトを利用することにより、ご利用者はCookieの使用に同意することになります。

同意する