CCSへの過剰な依存が日本のエネルギー政策を歪める

大野 輝之 自然エネルギー財団 常務理事

2021年9月30日


 経済産業省が電力部門の脱炭素化を実現する方策として、大きな期待をかけているように見えるのは、火力発電から排出される二酸化炭素を回収し貯留するCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)とよばれる対策である。

 基本政策分科会に同省が提示した2050年の電源構成案では、「参考値」という留保をつけつつ、原子力発電とあわせCCS付きの火力発電で電力の約3~4割を賄うとしていた。既存の原子炉が全て再稼働し60年運転する、という無理のある想定をしても、原子力発電では1割程度の供給も難しいから、CCS付き火力による2~3割以上の電力供給を想定していることになる。

 この想定は、CCS付き火力発電の世界の現状から見ても、今後の経済性、技術的な可能性から見ても、あまりにも過大な役割を期待したものだ。

CCS付き火力による脱炭素化は過去の政策

 まず第1に指摘する必要があるのは、国際的にCCSは発電部門のCO2削減対策としては、殆ど実現していないし、今後の利用も想定されていない、ということである。現在、世界で稼働中のCCS付き火力発電所は、カナダの11.5 万 kWの小型施設ひとつだけである。

 今後についても、例えば、国際エネルギー機関(IEA)が本年5月に公表した「2050 年ネットゼロ報告書」では、2050 年の電源構成としては、自然エネルギーが88%を占める一方で、 CCS付き火力は3%しか見込んでいない。

 確かに、例えば欧州では、2000年代の初めには、火力発電の排出削減対策としてCCSが期待された時期もあった。しかしEUが進めた12の実証プロジェクトの殆どが、技術的な理由や経済的な理由で実現されなかった。CCSの実用化が低迷する一方で、太陽光発電、風力発電の劇的なコスト低下と普及が進み、火力部門対策としてCCS付き火力の必要性は全く失われたのだ。

 現在、パブコメにかけられているエネルギー基本計画改正案の中で、経産省は2050年への戦略の検討には、様々な技術の利用を想定する複数のシナリオが必要と主張している。その根拠づけのひとつに欧州連合が8つのシナリオを示していることをあげ、それに続けて電力部門対策としてCCSの活用をうたっている。

 しかし、欧州連合の提起する8つのシナリオでは、CCSは化石燃料による火力発電からの排ガス対策としては、殆ど想定されていない(2~6%)。2019年3月に開催した自然エネルギー財団の国際シンポREvision2019には、欧州連合の脱炭素戦略を策定した担当者のマシュー・バリュ氏(欧州委員会 再生可能エネルギーおよびCCS政策局 政策オフィサー)が登壇している。私はバリュ氏が登壇したパネルのモデレータを努めていたので、直接、この点をバリュ氏に質問したが、バリュ氏の回答は、「10年前、EUは火力部門のCCSに大きな期待をかけたが、経済的あるいは技術的理由で実現しなかった。もはや電力部門の対策としての位置づけはない」というものだった。

 米国では一部にCCS火力の活用を提唱する議論もあるようだが、本年8月に米国エネルギー省が公表した報告書では、2050年に自然エネルギー電力が95%を供給する脱炭素シナリオを示し、化石燃料による火力発電はそもそもゼロである。

日本にはCCS利用に適した地理的な条件がない

 第2に指摘したいのは、特に日本ではCCSの利用に適した地理的な条件がない、という点である。現在、稼働中のCCSは、世界全体で20件しかない。この20件のうち15件は、枯渇してきた油田などで生産量を上げるため、回収したCO2を注入するEOR(Enhanced Oil Recovery:原油増進回収)方式で行われているものだ。石油増産という経済的メリットがあって初めて成立する方式だ。

 日本ではそもそもCCSに用いることのできる油田がなく、経産省も認めるように、「EORは現実的ではな」い。また、EOR方式も含め18件は陸地部の地下に貯留するケースだが、日本では陸地部には適地がない。このため日本で目指されているのは、世界でも2例しかない海底への貯留である。技術的も難度が高くコストも高い。それも多くの火力発電所が立地する太平洋側ではなく、日本海側に集中している。

 こんな悪条件が揃う中でも、経産省は「貯留適地調査事業における3D探査解析結果では、国内総計約80億トンの貯留可能量が示されている」と主張してきた(基本政策分科会本年1月27日資料)。また、地球環境産業技術研究機構(RITE)は、「80億トンはボーリングなどで見つけた確実な部分だけ」「わが国のCCSの貯留ポテンシャルは1,400億トンと見積もっている」と主張してきた(経済同友会主催未来選択会議(2021年4月)での発言)。

 しかし、そのRITEが本年5月13日に基本政策分科会で報告した2050年シナリオ分析の中では、2050年という長期の見通しの中でも、CCSの利用可能性について、「掘削リグの台数に制約がある等、その急拡大には困難が伴うことを鑑み、 CO2 貯留の拡大率に制約を想定」としている。具体的には、 標準の技術想定シナリオで2050 年の最大貯留可能量は 年9100万トンであり、「技術イノベーションなどにより貯留量が大幅に拡大することを想定」した「CCUS イノベシナリオ」でも、2億7300万トンに留まる、ということが結論であった。

 経産省は2050年の発電量の1割にCCSを適用すると毎年1億トンの処理が必要としているから、CCS火力が2~3割を供給するとする電源構成案に対応するためには、毎年2~3億トンをCCSで処理し貯留する必要がある。RITEの標準シナリオでは貯留可能量が全く不足し、イノベシナリオでかろうじて対応できるか、という状態だ。

 しかも、経産省やRITEの2050年シナリオでCCSが必要になるのは、発電用だけではない。産業用の高温熱利用からも、ブルー水素の製造過程からも大量の二酸化炭素が排出され、その対策のためにもCCSが必要になるから、イノベシナリオでも貯留量が不足する。

 CCSを推進する経産省とRITEの検討によっても、日本国内だけでは彼らが描く2050年脱炭素シナリオは実現できないのだ。この隘路を打開するためにRITEがシナリオに織り込んだのが、毎年、海外に2.3~2.8億トンもの大量の二酸化炭素を輸出するという想定である。

 途上国も含めて世界全体が二酸化炭素の実質排出ゼロを求められる時代に、先進国の日本が自国で処理できないから途上国に二酸化炭素を輸出して処理してもらう、などという提案に、世界の理解が得られるとは、私には到底思えない。しかし、経産省はすでに「アジアCCUSネットワーク」なるものを立ち上げており、真剣にこのアイデアを追及しているように見える。

CCS付き火力発電は高コスト化

 火力発電にCCSを用いるという政策の第3の問題は、コストである。

 経済産業省は現在の CCS付き火力の発電コストを 16~18 円/kWh と推計し、将来、13~15 円/kWh まで削減することを目標としている。理解できないのは、13~15円という目標設定の根拠が、2019年の太陽光発電の平均発電コストだということだ。

 経産省は2030年以降にCCSの利用を想定している。また、経産省は、太陽光発電について2025 年で 7 円/kWhという価格目標を示し、現実にも、昨年後半には日本でも 6~7 円/kWh というレベルの安価な太陽光発電プロジェクトが実現している 。

 前述のように、現在、世界で稼働している CCS付き火力発電はただ一つしかないから、経産省のコスト低下目標が実現するかどうかわからないが、仮に実現できたとしても、2030年時点では太陽光発電の2倍程度も高コスト電源になってしまう。経産省自身の見通しによっても、である。

 IEA の「2050 年ネットゼロ」報告書は、その末尾に米国、欧州、中国、インドにおける 2030 年、2050 年の発電コスト(LCOE)を推計した表を掲載している。地域によって若干の違いはあるが、2030年時点でも、1kWh あたり太陽光発電は2セント~3.5 セント、陸上風力発電は3.5セント~4.5セント、洋上風力発電で4~7セントとなっている。IEA が想定するのは、2030年という近未来でも米国、欧州、中国、インドにおいて、こうした格安の自然エネルギーにより電力の6 割程度が供給される世界である(2050年では前述のとおり約9割)。

 CCS火力に電力供給の多くを期待すれば、日本では必然的に高い電力コストを覚悟しなければならなくなる。


 以上、3点にわたってCCS付き火力で電力の脱炭素化を進めるという経産省の政策の問題点を指摘してきた。CCSは、産業用の高温熱需要に対応するため化石燃料を使わざるを得ない場合、また、将来的にバイオマス発電と組み合わせ大気中の二酸化炭素を回収する必要がある場合など、限定的な目的で必要になる可能性はある。したがって、CCSの技術的な可能性を研究することには意義があるだろう。しかし、日本のように、この技術を火力発電の脱炭素化対策として大規模に利用しようとするのは、全く的外れな政策と言わざるを得ない。

 基本計画案は、先進国には2030年までのフェーズアウトが求められる石炭火力を、2030年時点で約19%も利用する、という提案をしている。CCS政策の真の狙いは、「将来はCCSが利用できる」という名目で、石炭火力発電の利用継続を目論むことではないのか。いずれにしろ、CCS付き火力発電を推進する政策は、日本のエネルギー政策全体をゆがめている。
 

[特設ページ] 「エネルギー基本計画改正案」を問う
 

外部リンク

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