日本では自然エネルギーの電力の大半を非化石証書で証明・取引する制度になっている。2017年度からFIT(固定価格買取制度)で買い取られた電力を対象に、「FIT非化石証書」の取引が始まった。さらにFIT以外の自然エネルギーの電力(大型水力、FITの買取期間を終了した住宅用太陽光など)や原子力による電力を対象にした「非FIT非化石証書」が2020年度から加わった。両方を合わせて、国内で流通するCO2(二酸化炭素)を排出しない電力の証明書の役割を果たしている。このような非化石証書の制度が2021年内に大幅に変わる(図1)。
制度開始から約3年が経過して、非化石証書にはさまざまな課題が見えている。本来は抜本的な改革が必要だが、所管する資源エネルギー庁は根本的な問題を残したまま制度の見直しを実施する方針だ。非化石証書の最大の問題は、小売電気事業者に課せられた非化石電源比率(2030年度までに44%以上)の目標達成を目的にしている点にある。海外では自然エネルギーの環境価値(CO2を排出しないなどの効果)を証明・取引するために証書の制度があるが、日本では別の目的のために作られてしまった。端的に言えば、大手電力会社(旧・一般電気事業者)が大量に保有する大型水力や原子力による電力の環境価値を新電力(新規参入の小売電気事業者)へ売却する手段になっている。
いまや多くの一般企業が自然エネルギーの電力を必要としており、調達方法の1つとして非化石証書を組み合わせた電力を小売電気事業者から購入するケースが増えてきた。しかし現行の制度では、企業をはじめ需要家による非化石証書の活用は付随的なものである。小売電気事業者が非化石電源比率の目標を達成するために作られた非化石証書は、需要家から見て利用しにくい制度になっている。資源エネルギー庁が検討中の見直し案には、需要家が非化石証書を活用しやすいように改善点が盛り込まれた。ただし海外の証書と比べると不十分である。その一方で新電力の経営に大きな影響を与えかねない変更点が加えられている。
5月末時点の見直し案では、FIT非化石証書と非FIT非化石証書を別々の市場で取引する方針が示されている。従来は両方の証書を「非化石価値取引市場」で扱ってきたが、今後はFIT非化石証書を「再エネ価値取引市場」、非FIT非化石証書を「高度化法義務達成市場」へ移行する(図2)。小売電気事業者には高度化法(正式名称:エネルギー供給構造高度化法)によって、非化石電源比率の目標達成が義務づけられている。そのための市場として高度化法義務達成市場を創設することになる。
現在の非化石価値取引市場を2つの市場に分割することによって、FIT非化石証書と非FIT非化石証書の取引は以下のように変わる。
・再エネ価値取引市場においては、小売電気事業者に加えて大口の需要家もFIT非化石証書を購入できる。小売電気事業者は自然エネルギーの電力を需要家に販売するためにFIT非化石証書を購入することになるが、これまでと違って高度化法の目標達成には利用できない。
・高度化法義務達成市場においては、小売電気事業者だけが非FIT非化石証書を購入できる。購入した非FIT非化石証書は自然エネルギーの電力あるいはCO2を排出しない電力を需要家に販売する目的のほかに、高度化法の目標達成にも従来どおり利用できる。非FIT非化石証書は市場経由だけではなくて、発電事業者と小売電気事業者が市場を通さずに相対で取引することも可能である。需要家にも非FIT非化石証書(再エネ指定あり)の購入を認めるかどうかは今後の検討課題として残された。
さらに証書の最低価格を変更し、証書の環境価値の元になる電源のトラッキング(発電方法や発電所の所在地など属性情報を付与すること)の対象を2021年度内に拡大する予定である(図3)。現在のところFIT非化石証書の最低価格を1.3円/kWh(キロワット時)に設定しているが、今後は10分の1くらいの水準に引き下げる方針を梶山経済産業大臣が明らかにしている。海外では自然エネルギーの証書の取引価格が平均で0.1~0.2円/kWh程度であることから、日本でも同様の水準に引き下げて取引を活発にする。FIT非化石証書を組み合わせた自然エネルギーの電力を購入する需要家にとっては朗報だ。ただし本来は最低価格を撤廃して、需要家が希望する価格で入札できるようにすべきである。
一方で非FIT非化石証書には現在のところ最低価格を設定していないが、FIT非化石証書の最低価格の引き下げに伴って取引価格の大幅な下落が想定される。その抑制策として、非FIT非化石証書にも新たに最低価格を設定する方針である。資源エネルギー庁は0.6~0.8円/kWhを目安に検討している。新電力の多くが高度化法の目標達成のために、今後も非FIT非化石証書を一定以上の価格で購入し続けなくてはならない。電力の調達量や調達コストで不利な立場にある新電力にとって、競争を阻害する要因が増える。高度化法の目標達成と非化石証書を結び付けることによる弊害である。
非化石証書と高度化法は別の制度に分けるべき
そもそも高度化法は日本全体の温室効果ガス排出量を削減するために作られた法律である。その中で定められた非化石電源比率の目標(2030年度に44%以上)は、従来の排出削減目標(2013年度比で26%削減)を達成するために設けられた。しかし排出削減目標が46%まで大幅に引き上げられたことにより、非化石電源比率の目標も60%程度まで上積みしなくてはならない。最も効果的な対策は自然エネルギーの発電設備を新設して、火力発電を減らすことである。既設の大型水力や原子力の環境価値を非化石証書で取り引きしても、非化石電源比率の向上にはつながらない。もはや非化石証書を高度化法の目標達成に利用する意味は薄れている。
非化石証書はFITか非FITかに関係なく、海外と同様に自然エネルギー証書として発行すべきである。自然エネルギーの発電設備を拡大すれば、非化石電源比率が上昇して、温室効果ガスの排出量を低減できる。需要家も証書を活用しながら自然エネルギーの電力を調達しやすくなる。資源エネルギー庁による現在の見直し案では、FIT非化石証書に限定して需要家の購入を認める方針だが、非FITを含めて自然エネルギー由来の証書すべてを需要家が購入できるようにすることが望ましい。その場合には市場取引だけではなくて、需要家が発電事業者から相対取引で証書を購入できるようにする必要がある。非化石証書を高度化法のために利用しなければ、いずれも早期に実現できる。
海外の主要国では、需要家が証書を利用できる制度が整っている(図4)。欧州では発電源証明(GoO)、北米では自然エネルギー証書(REC)によって、需要家が取得した自然エネルギーの電力の環境価値を1000kWh単位で証明・取引できる。企業が電力購入契約(コーポレートPPA)で調達した自然エネルギーの電力の環境価値もGoOやRECで証明することが可能である。日本でも自然エネルギーの電力を対象にした証書を需要家が自由に取得できるようになれば、コーポレートPPAを実行しやすくなる。自然エネルギーの開発に対する企業の投資も活発になり、国全体の脱炭素化を加速させる効果が期待できる。
直近の非化石証書の取引結果を見ると、FIT非化石証書よりも非FIT非化石証書の約定量(取引量)のほうがはるかに多い。2021年5月に実施した入札では、非FIT非化石証書(再エネ指定なし・あり)の約定量の合計がFIT 非化石証書の10倍以上になっている(図5)。大半は旧・一般電気事業者が保有する大型水力と原子力によるものと考えられる。
非FIT非化石証書を売却した収入は発電設備を保有する事業者に入る。しかし旧・一般電気事業者の発電設備の建設費は、以前に総括原価方式によって電気料金で回収されている。形は違うとはいえ、FITの再エネ賦課金と同様に国民が負担したものである。FITの環境価値は国が保有してFIT非化石証書として売却し、その収入は賦課金の低減に使われる。総括原価方式で投資を回収済みの大型水力と原子力の環境価値も国に移転するのが適切である。移転した環境価値を国が非FIT非化石証書として販売すれば、その収入を脱炭素の施策に生かせる。
このような制度変更を実施しないのであれば、FIT非化石証書を従来と変わらずに高度化法の目標達成に利用できるように継続すべきである。非FIT非化石証書しか高度化法に適用できなくなると、結果として旧・一般電気事業者の収入を増やすことになり、事業者間の公平な競争を阻害する。それよりもFIT非化石証書の取引量を増やして、賦課金を低減させるほうが国益にかなう。需要家から見ても、小売電気事業者が非FIT非化石証書で大型水力や原子力の環境価値を組み合わせた電力を販売するよりも、太陽光を中心とするFITの環境価値を組み合わせた電力のほうが環境負荷や追加性(新しい自然エネルギーの発電設備を追加することによるCO2削減効果)の点で望ましい。
非化石証書という日本独自の名称のもと、新しく開発した自然エネルギーの電力と古くから運転している大型水力や原子力の電力の環境価値を明確に区分しない状態のままでは、需要家の混乱を招く。非化石証書の制度は複雑でわかりにくい、という声は数多くの需要家から聞かれる。証書を取引する市場が2つに分割されると、なおさらである。脱炭素に向けた自然エネルギーの拡大策を停滞させる要因になりかねない。非化石証書と高度化法を切り離せば、海外と同様に自然エネルギー由来の証書を普及させることができて、自然エネルギーの利用拡大につながる。
旧・一般電気事業者が保有する大型水力や原子力の環境価値を新電力に購入させる現行の制度が健全な競争を阻害することは明らかだ。非化石証書と同時に高度化法も見直して、それぞれの制度改革を迅速に実行することが求められる。高度化法による非化石電源比率の向上は、非化石証書を使わずに別の仕組みで推進すべきである。大型水力や原子力の発電量と販売量は事業者からの報告で把握できる。わざわざ非化石証書を使って小売電気事業者に割り当てる必要はない。
脱炭素のために原子力発電所の再稼働や新増設を主張する声が政界や産業界の一部から上がっているが、非化石証書を発行しても再稼働や新増設を促進できるわけではない。高度化法の規定を変更すれば、原子力由来の非化石証書を発行して取引する必要はなくなる。原子力を含めた非化石証書という名称を廃止して、国際的に通用する自然エネルギー証書として制度を刷新することが、脱炭素に向けて日本の競争力を高めるうえで重要である。
<関連リンク>
連載コラム(2020年11月18日)
非化石証書の販売量が急増:電源不明の再エネ電力とCO2フリー電力に注意
連載コラム(2019年7月3日)
「非FIT非化石証書」の期待と課題:2020年度から自然エネルギーの電力調達手段に
報告書(2021年1月13日)
電力調達ガイドブック 第4版(2021年版):自然エネルギーの電力を増やす企業・自治体向け