CO2(二酸化炭素)を排出しない電力の環境価値を取引する非化石価値取引市場において、FIT(固定価格買取制度)の適用を受けていない電源による「非FIT非化石証書」の初の入札が11月5日から12日にかけて実施された。並行して「FIT非化石証書」の入札も行われて、3種類の非化石証書を合わせて23億kWh(キロワット時)を超える量の証書が取引された(表1、図1)。これまでFIT非化石証書の1回あたりの約定量(取引量)は最大でも2億kWh未満であり、非FIT非化石証書の取引開始と同時に一気に10倍以上の規模に拡大した。
図1 非化石証書の種類と概要。GIO:低炭素投資促進機構
特に注目すべきは、原子力発電を主体にした「非FIT非化石証書(再エネ指定なし)」の取引量が全体の半分以上を占めた点である。この証書を購入した小売電気事業者はCO2フリーの電力を販売することが可能で、需要家はCO2排出量をゼロで報告できる(証書と組み合わせる電力のCO2排出係数が全国平均以下の場合)。ただし非化石証書には電源の種類が記載されていないため、需要家の中には原子力発電による環境価値であることに気づかないまま、CO2フリーの電力として購入・利用する可能性がある。今後はCO2フリーの電力であっても、購入する場合には注意が必要である。
このような問題を回避するためにも、政府は非化石証書を電源別に取引できるようにするなどの対策を早急に実施すべきだ。特に原子力の非化石証書は明確に区分する必要がある。さらに海外では再生可能エネルギー由来の電力や証書に対して電源を特定できるトラッキング・システムが整備されている。非化石証書では現在のところFIT非化石証書の一部に対してトラッキングの実証実験を実施中だが、非FIT非化石証書を含めて全量をトラッキングできるようにすることが国際的な観点から不可欠である。企業が使用する電力を再生可能エネルギー100%にすることを推進する国際イニシアティブの「RE100」でも、日本政府に対してトラッキング・システムの整備を求めている。対応が遅れると、日本企業の国際競争力、ひいては日本全体の産業競争力にも影響を及ぼすおそれがある。
FIT非化石証書の約定量も過去最大に、トラッキングの比率は低下
非FIT非化石証書の初の取引では、取引量の多さに加えて、FIT非化石証書との約定価格の差が小幅だったことにも注目したい。原子力が主体の非FIT非化石証書(再エネ指定なし)は、CO2フリーの電力を販売する時に利用できるものの、再エネの電力としては利用できない。それにもかかわらず、約定価格は1円を上回って1.10円/kWhが付いた。同(再エネ指定)は大型水力が主体で1.20円/kWhだった。FIT非化石証書の1.30円/kWhよりも0.10~0.20円/kWh安いだけである。非FIT非化石証書(再エネ指定)にはトラッキングがなく、電源を特定できないため、RE100では再エネ電力としては認められない(市場取引ではなくて相対取引の場合は認められる)。さらに大型水力の多くは運転開始から長年が経過しているため、できるだけ新しい非化石電源を追加することによってCO2排出量を削減する「追加性」もない。相対的に新しい電源が多いFIT非化石証書と比べて環境価値は見劣りするが、さほど約定価格に差は生じなかった。
非FIT非化石証書の約定量が多くなった理由は2つ考えられる。1つは小売電気事業者に課せられている非化石電源比率の中間目標である。一定規模(年間5億kWh)以上の販売量がある小売電気事業者は2030年までに、販売する電力量の44%以上を非化石電源にする必要がある。その中間目標(事業者によって異なる)の初年度が2020年度に設定されている。小売電気事業者は目標に満たない場合には、非化石証書を購入して比率を高めなくてはならない。早めに量を確保しておきたい事業者は、少しでも価格が安い非FIT非化石証書を購入することになる。
もう1つの理由は、企業や自治体がCO2排出量の削減に乗り出したことによって、再エネ電力あるいはCO2フリー電力の需要が高まってきた点である。特に再エネ電力は供給者と供給量が限られていて、小売電気事業者にとっては大量に調達することがむずかしい。非FIT非化石証書(再エネ指定)を購入することによって、多くの需要家に対して再エネ電力を販売できるようになる。
同様の理由から、FIT非化石証書の約定量も拡大した。これまで約定量が最大だった2019年度の第2回と比べて2.7倍になった(図2)。ただし従来はFIT非化石証書のうち9割程度は実証実験によるトラッキング付きで需要家に販売されていたとみられるが、今回のトラッキングの比率は5割程度にとどまる可能性が大きい。トラッキングのないFIT非化石証書に対しても需要家のニーズが増えているものと考えられる。
図2 FIT非化石証書の約定量
小売電気事業者の情報開示に注目、証書の種別と再エネの表示方法
FIT非化石証書でも非FIT非化石証書でも、トラッキングがないと電源が不明である。太陽光・風力・水力・地熱・バイオマス(生物由来の廃棄物を含む)の環境価値が混在する。非FIT非化石証書のうち「指定なし」の大半は原子力によるものだが、その点も判別できない。そうした状況にあって、需要家が購入する電力を選別する方法はいくつかある。国の機関である電力・ガス取引監視等委員会では、小売電気事業者に対する指針として「小売営業ガイドライン」を定めている。非FIT非化石証書の取引が始まったことを受けて、ガイドラインの見直しを進めており、小売電気事業者に対して環境価値(非化石証書など)の種別と比率を開示するように求める方針だ(図3)。
証書の種別をどこまで細分化するか、トラッキング付きの証書の比率も表示するかは、事業者に委ねられる。これらの情報をウェブサイトなどで具体的に明示している小売電気事業者であるかどうかが、需要家から見た1つの判断材料になる。情報が開示されていれば、原子力が主体の非FIT非化石証書(再エネ指定なし)の比率もわかる。ただし小売営業ガイドラインでは電源構成を含む情報開示を「望ましい行為」と規定するにとどめて、義務化していない。今後の非化石証書の取引量の拡大、再エネ電力の販売量の増加を想定すれば、需要家から見て適切な判断を下すために必要な情報開示は義務化すべきである。
もう1つの判断材料は、証書と電力の組み合わせによる表示方法の違いである。同委員会では小売電気事業者が再エネ電力やCO2フリー電力を表示する方法についても変更を検討中だ。従来は再エネ指定の非化石証書であっても、組み合わせる電力が非FITの場合だけ「再エネ」と表示することを認めていた。今後はFIT電気を組み合わせた場合でも「再エネ」と表示できるように改める(図4-1)。一方で再エネ以外の電力と再エネ指定の非化石証書の組み合わせは、従来通り「実質再エネ」と表示しなくてはならない。電力と証書の両方とも再エネ100%のメニューを購入したい需要家は「実質再エネ」を除外する必要がある。
同様にCO2フリーの電力の表示方法も変わる。FIT電気と非化石証書(すべての種類)を組み合わせた場合には、「実質CO2ゼロエミ」から「CO2ゼロエミ」になる(図4-2)。ここで注意すべきは、非化石証書の種類に関係なく「CO2ゼロエミ」と表示できる点である。FIT電気と非FIT非化石証書(再エネ指定なし)を組み合わせると、主に原子力の環境価値によってCO2排出量をゼロにした電力になる。この場合に小売電気事業者はFIT電気については説明する必要があるが、非化石証書の種類については規定がない。そうなると原子力の環境価値を付けてCO2フリーの電力を販売していることは需要家にはわからない。
本来は非化石証書の種類(望ましくは電源の種別)と電力の種類(同)の双方を表示したうえで再エネ電力あるいはCO2フリー電力を販売するように義務づけるべきである。このような制度ができるまでのあいだ、需要家は小売電気事業者に詳細を確認して電力を選択することが望ましい。電源がわからないまま再エネ電力やCO2フリー電力を使用していることを公表してしまうと、企業や自治体の持続可能性に対する考え方を問われかねない。例えばEU(欧州連合)が定める持続可能な経済活動を分類した「タクソノミー」のリストには、再エネの電力は入るが、原子力による電力は入っていない。原子力発電は放射性廃棄物を伴うことが理由で、持続可能とみなされない。需要家は購入する電力や証書の電源を確認することがますます重要になってくる。
<関連リンク>
連載コラム 「非FIT非化石証書」の期待と課題:2020年度から自然エネルギーの電力調達手段に(2019年7月3日)
報告書 電力調達ガイドブック(第3版):自然エネルギーの電力を増やす企業・自治体向け(2020年1月9日)