木質バイオエネルギーの利用戦略に必要な3つの視点資源エネルギー庁と林野庁の共同研究会の発足にあたって

相川 高信 自然エネルギー財団 上級研究員

2020年8月20日


 2020年7月20日、「林業・木質バイオマス発電の成長産業化に向けた研究会」の第一回研究会が開催された1。研究会の主なテーマは、国内木質バイオマスを用いた発電事業の自立化と、木質バイオマス燃料の供給元としての森林の持続可能性確保の両立である。農林水産省(林野庁)と経済産業省(資源エネルギー庁)の共同開催の研究会であることから、林業政策とエネルギー政策との連携が進むことが期待される。実現にあたった関係者の努力に敬意を表したい。

 研究会では、コスト低減方策や燃料品質の確保のための規格づくり、トレーサビリティの確保など重要な論点が提示されている。しかしその一方で、脱炭素社会の実現に向けたエネルギー転換や森林生態系の持つ炭素固定・吸収の貢献強化、その実現に向けた現場発のイノベーションの創出といった、戦略的な視点が不足しているように思う。そこで本稿では、研究会での議論に必要な視点として、国際的な議論や取組も参考にしながら、以下の3点を提示したい。

持続可能性の確保

 世界的に、バイオエネルギーの持続可能な利用を推進していくための仕組みづくりが重要な課題になっている。日本においては、FiT制度により輸入バイオマス燃料の使用が増加していることが、持続性確保の仕組みづくりの直接的な動機となっているが、国内のバイオマス資源においても同様の取組が必要である。その点で、研究会の目的に「木質バイオマス燃料の供給元としての森林の持続可能性確保」が挙げられていることは適切だ。国産の木質燃料についても、トレーサビリティの不備2や、盗伐の発生3 など、すでに指摘されている実際の問題を踏まえた議論が必要である。

 一方、研究会では、皆伐が効率のよい伐採方法として紹介されている。皆伐自体は、林業施業の一つとして一概には否定できないが、技術・経済的な原因で再造林が行われない林地が広がっているという実態は無視できない4 。バイオエネルギーの炭素中立性の前提となる再造林(CO2の再吸収)の担保がなければ、エネルギー目的の皆伐は容認できない。

 それよりも、木材産業からの残材利用も含めたカスケード利用の原則を改めて確認し、木材を余すことなく使い尽くすことで、林業・木材産業全体の経済性を高めつつ、脱炭素化に貢献できるよう、総合的なバイオマス活用の戦略構築を目指すべきである。森林の炭素蓄積・吸収能力を維持・増大させながら木材を積極的に利用し、マテリアルやエネルギー利用されている化石資源を代替する、バイオエコノミーと呼ばれるような新しい経済モデルは、日本においても実現可能なはずである。

 加えて、街路樹や果樹の剪定枝、籾殻や稲わらなどの農業残渣など、森林由来以外のバイオマスも、仕組み次第では安価に調達できる可能性がある。本研究会のテーマから外れるかもしれないが、持続可能性の観点からもリスクは低く、一考に値するだろう。

議論とイノベーションの基盤としてのデータ

 研究会では、国レベルで森林の蓄積量が増加していることが、国内資源利用促進の根拠とされた。しかし、日本の統計において、この蓄積量は、かなり過小評価されてきたことが指摘されている5。正確なデータに基づく政策決定という点では、日本の森林・林業行政は大きな反省を迫られている。

 さらに、地域レベルで持続可能な利用を実現するためには、森林データを地理情報に統合し、活用可能な状態にする必要がある。フィンランド、オーストリアなどの欧州の林業国では、こうした森林データをウェブGIS上で積極的に公開している。しかし日本においては、一部の都道府県で森林GISが公開されているものの、全国的なものとしては、環境省のゾーニング基礎情報ではバイオエネルギーは対象外となっており、データの整備と公開が期待される。加えて、FiTで支援された発電所の燃料使用データも公開され、地域レベルでの需給分析に活用されるべきである。

 透明性の高いデータの公開を進めていくことは、燃料の規格化やトレーサビリティ確保とともに、市場取引促進の基礎となる。燃料の質や由来についてのデータが整理されれば、相対取引だけではなく、市場における取引により需要と供給のマッチングが容易になり、コストが最適化されていくことが期待される。例えば、リトアニアのデジタル市場Baltpoolでは、エストニア、デンマーク、ポーランドに加え、スウェーデンも参加し、木質系燃料が取引されている6 。バイオマスの持続可能性認証では、GHG削減量など燃料の属性が取引ごとに紐付けることができるため、こうした環境価値も含めて市場で売買することも視野に入ってくる。

最も必要とされる分野での活用:産業用熱利用のバイオマス転換

 研究会で想定されている木質バイオエネルギーの利用先は、FIT制度下の発電所のようである。しかし、持続可能なかたちで利用できるバイオマス資源は有限である。また太陽光や風力、水力・地熱など、日本に豊富に賦存する他の自然エネルギーとの役割分担を考えると、日本におけるエネルギー転換において、バイオエネルギーが最も価値を発揮できる分野で優先的に用いられるようにするべきである。

 有望な利用先として想定されるのが、産業用の熱利用である。低効率の石炭火力発電所のフェードアウトの議論が動き出した今、製鉄、化学工業、セメント、製紙産業などが保有する自家発電のバイオエネルギーへの転換がターゲットとなりうる。

 特に、製紙産業はもともと木質チップを原料としており、製造工程で発生する黒液や廃材などの木質バイオエネルギーが消費エネルギーの半分弱を占めている。しかも、多くは熱電併給プラントであり、高温の蒸気供給も行っているため、簡単にボイラを停止するわけにはいかない。欧州、特に北欧諸国では、カーボンプライシングの誘導などにより、製紙産業におけるバイオエネルギーへの転換を着実に進めており、大いに参考にすることができる。

終わりに

 欧州では気候変動の議論は、エネルギー政策だけではなく、林業政策や農業政策にも大きな影響を与えており、日本においても一体となって取り組む必要があるだろう。

 一方で日本固有の事情として考慮しなければならないこととして、林業行政の実行面において、都道府県と市町村両方の自治体の果たす役割が大きい点がある。特に2000年代に入ってから市町村への権限移譲が進んだことに加え、2019年度から森林環境譲与税の市町村への年間数100億円規模での譲渡が始まっている。このようなことから、事業者はもちろん、地方自治体を議論へと巻き込むことも重要であると考えられる。

 魔法の杖はない。現場での地道な努力、イノベーションを誘発するような議論を期待したい。
 

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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