筆者は2019年8月から9月にかけて、米国国務省が実施するIVLP(International Visitors Leadership Program)に参加した。エネルギーセキュリティをテーマとして、連邦政府、州政府、郡政府、市政府などの政府関係者、エネルギー事業者、NGO、シンクタンクなどを訪れ、政策面、事業面に関するディスカッションを行った。それらを通じて筆者は、米国ではシェールガス革命にとどまらない“エネルギー革命”が断続的に起こっており、これからもその状況が続くと感じた。今後、この“エネルギー革命”は、米連邦政府の気候変動政策や、保守地域におけるエネルギー転換など、米国に広く影響を及ぼすと考える。 |
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IVLPの概要
IVLP(International Visitors Leadership Program)は米国国務省が米国外の専門職を対象に実施するプログラムで、特定のテーマに沿って米国各地を訪問し米国の実情を学ぶと共に、関係者とのネットワーク構築を目指すものである1。今回、筆者は「エネルギーセキュリティ」をテーマとする日本人4名によって構成されるプログラムに参加する機会を頂き、以下5都市を訪問した。
・ワシントンD.C.
・ペンシルベニア州ピッツバーグ
・テキサス州サンアントニオ
・メイン州ポートランド
・マサチューセッツ州ボストン
ワシントンD.C.では、エネルギーや電力事業を主管する官庁や連邦議会下院の委員会事務局、エネルギー・環境関連政策に影響を及ぼす業界団体、シンクタンク、NGO等を訪れた。
ペンシルバニア州では州、郡、市政府および大学や国立の研究機関などの関係者と面会した。ペンシルベニア州はシェールガス開発が盛んな州で、生産量はテキサス州に次ぐ2番目である(2018年実績2)。さらに、原子力産業が盛んな地域の一つでもある。
テキサス州では市政府、機関投資家、米軍、大学、地元電力事業者などを訪れた。テキサス州は風力発電の導入に積極的であることで知られ、また、容量市場を持たない独特の電力市場制度も知られている。
メイン州およびマサチューセッツ州では、州政府、発電事業者および業界団体、NGO、研究機関などを訪れた。両州はニューイングランド地方と呼ばれる東海岸北部に位置し、シェールガスなど化石資源が賦存しない地域である。
今回のプログラムは2019年8月18日から9月8日までのおよそ3週間、計33回の公式面談を米国務省および各地域のコーディネーターが設定して下さった。あらかじめ希望していた地域や企業への訪問が叶わなかった場合もあるものの、総じて多面的な話が聞けたと思う。また、期間中は2名の日本語通訳者が同行し、英語での意思疎通の不足を補って頂いたことで、スムーズなコミュニケーションが実現できた。
シェールガスと自然エネルギーがもたらした米国内エネルギー市場の急速な変化
近年の米国全体の変化を大きな視点から理解するため、筆者は今回のプログラム全体で2つの共通質問を各訪問先で行った。一つは、「米国のエネルギー政策およびビジネスに関わるエキスパートが注目するエネルギー資源や技術は何か」、もう一つは、「シェールガスや自然エネルギーの拡大が、米国東南部州のエネルギー政策に影響を及ぼす可能性があるのか」である。
2つの質問によって得た結論を先に述べると、前者は天然ガス火力発電、太陽光発電、さらに、蓄電池技術が注目されている資源および技術であった。後者は、これまで石炭発電を主軸とした州においても、既にシェールガスと自然エネルギーとが大きな影響を与えており、今後、米国の気候変動政策が大きく転換する可能性があるとの結論に至った。
背景にあるのが、シェールガスおよび自然エネルギー価格の低下である。シェールガス開発については、水質汚染や地震発生など様々な社会問題を引き起こし、現在も議論は残っているものの、税収増や雇用創出効果の恩恵を受けられる地域が開発をより積極的に促進する状況となっていた。技術面に関しては、ここ数年で水平掘削技術が著しく進歩し、1日あたり最大2000m程度の掘削も可能となっていた3。私たちが訪れたシェールガス田では、5400mの水平井戸が2~3週間で完成すると説明を受けた。これらの技術進展はガス田開発に係る工数を大幅に削減し、短期間に複数本の井戸を掘ることを可能にしていた。また、世界的な太陽光発電および風力発電のコスト低下に加え、州が設定するRPS制度、連邦政府のTAX CREDITは、自然エネルギーの導入を大幅に促進した。
これらの結果、卸電力市場の取引価格は低下し、価格競争力を持つガス発電および自然エネルギー発電の前に、石炭火力発電所や原子力発電所が続々と市場退出している状況を今回、見ることになった。私たちが訪れた超臨界圧ボイラ(超々臨界圧ではない)を有する石炭火力発電所では、既にボイラへの天然ガス混焼を開始しており、さらに、敷地内には天然ガスコンバインドサイクルと太陽光発電所を新たに設置する計画を進めていた。一方、原子力発電所については、運転維持を図るために、州政府が特別な支援制度を設ける動きがあり、今回訪れた前月に、オハイオ州で原子力発電所を支援する法案が成立したと伺った。
天然ガスおよび太陽光等自然エネルギーへのシフトは、垂直統合事業者が電気事業を担う米国南東部諸州においても始まっているとのことであった。それらの州は米国北部に比べ水力などの自然エネルギー資源が豊富とは言えず、一方で石炭へのアクセスが容易であったことから、伝統的に原子力発電および石炭発電の比率が高い州である。しかし、それら地域でさえも、シェールガスおよび自然エネルギーの経済性が優位になり、電力事業者は、自然エネルギーをどのように導入すべきか、また、カーボンクレジットが付加された場合どのような対策を打つべきなのかなどの検討をシンクタンクや大学等と行っているとの話も伺った。米国南東部諸州の石炭発電比率はここ10年で大幅に下がっており、この動きはもはや不可逆的であることも確認した。
気候変動に対して広がる懸念
一般に、民主党支持層が気候変動対策を支持し、共和党支持層は気候変動対策に対して懸念を持っているとされる。しかし、今回米国で様々な方にお会いしお話しを聞く中で、その区分は正確でなく、共和党支持層においても気候変動対策を考慮する必要があるとの認識が広がっていると伺う機会が何度かあった。ある保守州の都市では、州としては共和党を支持するものの、市としては気候変動対策に強くコミットしている場合もあった。それら取り組みを行う要因には、ハリケーンを代表とする自然災害や、干ばつによる水不足など、身近なところで起こる被害への懸念があった。
奇しくも、私たちの米国滞在時もハリケーン「ドリアン」がバハマを襲い、2500人以上が行方不明との報道が連日なされていた。これら災害の増加は、気候変動に否定的であった層に対して、少なくとも気候変動対策にNoとは言わないとの流れを作りつつある。さらに、「トランプ大統領が何を言っても、石炭産業は既に競争力を失っていることは抗いようもなく、次の大統領選挙において石炭政策は争点にさえならない」と言われる方もいた。その真偽はともかく、競争力と雇用創出効果を有するシェールガスと自然エネルギーの前に石炭関連産業を守ることの意味がなくなりつつあり、それは今後、連邦政府レベルが気候変動対策へコミットする下地となっていくのではないだろうか。
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謝辞
今回、IVLPに参加するにあたり、各種調整を頂きました駐日米国大使館、米国国務省および面談調整を頂きました皆様、また、私たちの訪問を快く受け入れてくださった皆様に感謝いたします。