石油時代を脱却し、歴史に新たなページを

アヒム・シュタイナー 国際連合開発計画(UNDP)総裁 / フランチェスコ・ラ・カメラ 国際再生可能エネルギー機関(IRENA)事務局長

2020年5月27日

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各国政府は岐路に立っている ー 化石燃料産業の景気対策を講じるべきか、それとも自然エネルギーを原動力に、これまでよりも強靭性を追求した回復に投資すべきか。これは数十年に1度あるかないかのチャンスである。

 石油にとって4月は厳しい1か月となった。COVID-19(新型コロナウイルス)のパンデミックに端を発する急激な石油需要減を受け、一部の産油国は文字どおり原油の行き場がない状態に追い込まれている。報道によれば、超大型タンカーの一群が洋上に停泊しており、少なく見積もっても1億6,000万バレルに上る原油の洋上保管施設代わりになっている。一時は原油価格が過去に例を見ないほどに急落し、「黒いゴールド」とも呼ばれる石油1バレルがパン1斤の価格を下回る事態まで見られた。これは史上初めてのできごとである。

 このパンデミックで人類の半数以上が都市封鎖の中で生活を強いられるなか、エネルギー需要の減少は避けられない。2020年第1四半期末までに航空輸送量は60%減、陸上輸送量は50%近い減少となった。世界の石炭需要は2020年に8%減となる見通しだ。社会活動や経済活動はいずれ近いうちに再開に向かう。だが「平常どおりに戻る」ことには、危機感を覚えずにはいられない。「平常どおり」の世界とは、気候危機に苦しみ、不平等にまみれ、経済全体が原油価格の変動に振り回され、大気汚染のために毎年700万人の命が犠牲になっているような世界のことだ。

 各国政府は、パンデミックからの社会活動や経済活動の回復に向けて血税をどう投じていくか決定することになるが、そこで選択を迫られる。選択肢の1つは、化石燃料産業の景気対策を講じることだ。しかしこれはその場しのぎの策にすぎず、ゆくゆくは自然との衝突を招く流れに拍車をかけるだけだ。もう1つの選択肢は未来への投資だ。つまり、自然エネルギーを原動力に、強靭性を追求した回復への道である。世界の温室効果化ガス排出量の73%はエネルギー由来である。その意味では、これは数十年に1度あるかないかの大転換のチャンスなのだ。しかも、さまざまな青写真もある。

 例えば中東や北アフリカでは、この10年で風力や太陽光の発電設備容量が10倍に増え、過去2年だけで倍増している。これは偶然起こったことではなく、政治的な決断と市場原理に支えられて計画的に進められたものである。太陽光発電のコストを下げ、助成金を改革し、専門の政府機関や自然エネルギー開発区域を創設し、地域の雇用創出促進や安定的な経済成長の可能性を生み出したのだ。

 脱炭素化は痛みを伴わずに実現できるわけではない。例えばアフリカの石油輸出国は、炭化水素の収益がなければ財政が成り立たない。アンゴラやナイジェリアは輸出収入の90%、歳入の3分の2以上を石油輸出に依存しており、新型コロナウイルスのパンデミックによる原油価格の下落の影響を受け、原油関連収入のうち最大650億ドルが吹き飛びかねない状況に陥っている。一方、石油輸入国、とりわけ後発開発途上国や小島嶼開発途上国にとって、原油価格の下落は短期的には有利に働くものの、コロナ危機に起因する景気後退で社会的にも経済的にも見通しは悪化し、何百万もの人々が再び貧困に追いやられかねない。

 だからこそ、国連が求めているように、あらゆる脆弱国に対する長期的な債務返済猶予措置が重要なのである。どの国も、債務曲線を緩やかに抑えて、コロナ危機対策のための財政余地を確保する必要がある。回復策はパンデミックへの対応にとどまらず、より良い未来のための復興にも重点を置かねばならない。そこで、パンデミックが進行中とはいえ、エネルギー面で政策決定者が考慮すべき選択肢として、次の5項目を挙げたい。

 経済性追求の選択肢として自然エネルギーに投資:国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の新たな調査によれば、健康面と教育面の便益を考慮した場合、グローバル経済を2050年までに脱炭素化することによって節約できる額は、コストの8倍に相当すると見積もられ、社会経済的な利益はとてつもなく大きい。この場合、現在から2050年までの世界の累積GDPは、これまでどおりの道を歩み続けた場合と比べて98兆ドルも上回り、自然エネルギー関連の雇用数は4倍増の4,200万に達する。自然エネルギーへの移行と言っても、化石燃料の供給が一夜にして停止してしまうわけではない。もっとも、アフリカのような大陸では、必要な発電インフラの整備はまだこれからであり、1kWh当たり発電コストで見ると、負担ではなく、純便益になるという意味で、自然エネルギーが最も効果的な選択肢になりうる。政策立案者は、経済対策の設計に当たって、こうした好ましいエネルギー分野をしっかりと見据えておく必要がある。

 回復に向けた行動指針の一部として気候変動対策の合意事項を活用:気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定の一環として、世界のほぼすべての国々が「自国が決定する貢献-NDC」を策定している。これは、温室効果ガス排出の削減と気候変動による影響への強靭性(レジリエンス)向上を柱とする計画である。新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われている今、我々は各国による準備・対応・回復の取り組みを支援すると同時に、国際連合開発計画(UNDP)、IRENA、その他のパートナーが立ち上げた「気候の約束」というイニシアチブを通じ、110の国々と連携してNDCの実現に向けた活動を展開している。NDCは、パンデミックを克服する道筋を描く上においても、公的支援の下、すぐに利用できる解決策の枠組みを提供しうるものであり、既に支援表明している国際的なパートナーや出資機関との連携も可能である。


 環境に寄与する財政援助策を策定:化石燃料供給インフラの拡充に向けた投資は、短期的利益にとらわれた行動である。だが、早くもコロナ危機対策の財政援助を活用して、環境志向の未来像を描く国も現れ始めている。例えばオーストリア政府は、オーストリア航空への経済支援の条件として、気候変動の政策目標支持を求めている。景気刺激・回復策はいずれも、目下の景気減速と気候危機に同時に対処できる可能性があることを再度強調したい。

 化石燃料補助金を生活に不可欠な公共サービスの支援に組み替え:化石燃料補助金は、世界のGDPの6.3%に相当する5兆3,000億ドルを社会に負担させている。2015年のパリ協定採択以降でも、世界の主要銀行33行が化石燃料産業に投じた金額は合わせて1兆9,000億ドルに上る。言うなれば、すでに盛りをすぎたエネルギーの将来に投資しているようなものである。むしろ、現在のような原油安の時期こそ、エネルギー価格を見直す改革へと舵を切る絶好のタイミングである。例えばナイジェリアは、ガソリン補助金を打ち切り、それによって浮いた予算を社会インフラ整備や医療・教育の拡充に振り向けようとしている。

 今すぐにでも着工可能な大規模クリーンエネルギープロジェクトを始動させて雇用を創出:回復策は、柔軟性を提供する送電網や、エネルギー効率化対策、蓄電設備の導入に役立つほか、グリーン水素やその他のクリーンエネルギー技術など、今まさに興ろうとしている技術の開発促進にもつながる。エネルギーの脱炭素化が必要であることには変わりないため、こうした対策への投資は、先見性を欠く判断や座礁資産の増大を回避する効果もある。大がかりなクリーンエネルギープロジェクトであれば、社会経済のグリーン化の「原動力」になりうる。つまり、空前の低金利を生かすことにより、将来を見据えたエネルギーシステム、産業、熟練労働者を育むだけでなく、社会的弱者や僻地住民に対して安価な代替エネルギーの供給体制も整備できるのだ。また、女性の社会進出の促進にもつながる。実際、石油・ガス産業では、労働者全体に占める女性の割合は22%だが、自然エネルギー産業では約32%に上る。

 エネルギーは、回復に向けた取り組みのごく一部にすぎないが、欠くことのできないものだ。今、各国がどのような道を選ぶかによって、エネルギーのインフラと雇用の未来が決まる。これまでよりも強靭な経済に向けて、多様化に道を開くのか、それとも閉ざすのかのいずれかである。だが、断固たる姿勢で、これまでとは違う方向へとインセンティブを高めていかないかぎり、再びこれまでどおりの世界に引き戻そうとする現状維持の力が働く。石器時代、青銅器時代、鉄器時代と、それぞれに全盛期を迎えながら、世界は進歩を遂げてきた。今、石炭時代、石油時代という化石燃料の時代を脱却し、歴史に新たなページを刻む時が来たのである。それこそが最良の選択ではないだろうか。

※この寄稿は、公益財団法人自然エネルギー財団が、執筆者から許諾を得て翻訳を行った「Turning the Page on the Age of Oil」( 14 MAY 2020,  EURACTIV.COMに掲載された記事 )の非公式な邦訳版です。英語オリジナル版と日本語版に齟齬がある場合は、英語版の記述が優先されます。

 

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