自然エネルギーの利用で企業の競争力に差がつくコストではなくて先行投資

石田雅也 自然エネルギー財団 シニアマネージャー

2020年1月17日


 自然エネルギーを積極的に利用する企業と、そうでない企業の差はどこから生まれるのか。明確な違いは、自然エネルギーを利用するために必要なコストのとらえ方にある。追加のコストをかけずに自然エネルギーを増やす方法もあるが、日本を含めて対策が限られてしまう国や地域は多く残っている。先進的に取り組む企業は事業を成長させるための先行投資とみなして、自然エネルギーの調達に追加のコストを惜しまない。それとは対照的に、コストを増やさない方法で自然エネルギーを調達できるまで待ち続ける企業もある。現在の日本では後者が多い。
 
 しかし、これからは企業の競争力に決定的な差がつくことを認識すべきである。すでに自然エネルギーを利用して事業活動にプラスの効果をもたらす事例が出始めている。環境負荷を低く抑えることが製品やサービスの付加価値になり、新たな顧客を獲得できる時代になった。この流れに乗り遅れると、日本の企業は海外のみならず国内においても競争力を失いかねない。

先進企業はスピード重視、事業面で効果が表れる

 先行する企業の事例をいくつか見てみよう。オフィス向けのプリンターなどを製造・販売するリコーは、事業活動で使用する電力を2050年までに自然エネルギー100%で調達する目標を掲げている。これまで欧州と中国を中心に自然エネルギーの電力を増やしてきたが、2019年に入って日本国内にある2カ所の生産拠点でも自然エネルギーの電力を利用開始した。主力商品のA3複合機を組立生産する2つの拠点だ。中国とタイにある3カ所の拠点と合わせて、全世界に供給するA3複合機の組立生産を自然エネルギーの電力100%で実施する体制を整えた(図1)。各国で電力の契約を切り替えていくと時間がかかるため、自然エネルギー由来の証書を購入する方法を採用した。従来よりもコストは増えるが、スピードを重視した選択である。日本ではJ-クレジット(再エネ発電由来)を購入する。現状では使用電力1kWhあたり1円程度の追加コストがかかる。この程度であれば販売促進費と位置づけて、売上の拡大でカバーできると判断した。
 

図1 自然エネルギーの電力を100%使用するA3複合機の組立生産拠点 
出典:リコー

 リコーが自然エネルギーの電力を使うことを急いだ背景には、欧州の顧客からの要請があった。A3複合機を大量に受注できる案件が競争入札で実施されることになり、メーカーのESG(環境・社会・ガバナンス)に対する取り組みが評価項目に加えられた。生産時の環境負荷を低減させるために、どのような対策をとっているかが問われた。気候変動の抑制に向けて、生産に伴うCO2(二酸化炭素)の排出量を削減することは、メーカーとして当然の責務とみなされる。対策を怠れば、大型の商談を失いかねない。今後は他の顧客からも同様の要請が来ることは確実だ。生産拠点のCO2排出量を削減するには、省エネルギーを推進するのと合わせて、自然エネルギーの電力を利用することが欠かせない。主力の事業を維持・拡大していくうえで、いち早く自然エネルギーの電力に切り替えることは当然の選択だった。
 
 グローバルに事業を展開する企業にとって、自然エネルギーを利用することは事業を成長させる原動力になる。世界各国で日用品や食品を製造・販売するユニリーバは、事業活動で使用する電力を2020年までに自然エネルギー100%に切り替える計画だ。すでに日本のほか世界の5大陸で自然エネルギーの電力を100%利用している。オーストラリアなど一部の国・地域で切り替えが完了すれば全世界で100%になる。ユニリーバの製品は190カ国で毎日25億人に使われている。気候変動が進んで人々の生活が脅かされることになれば、日用品や食品を買ってもらえなくなるおそれがある。自然エネルギーの電力を利用してCO2排出量を削減しないと企業の存亡にかかわる。
 
 ユニリーバには400以上の製品ブランドがあるが、その中から環境負荷の低い持続可能なブランド28種類を「ユニリーバ・サステナブル・リビング・ブランド」に選んで対策を強化した。ブランドを選別するにあたっては、パーパス(存在目的・意義)や環境・社会に与える影響を評価し、製造時のCO2排出量も考慮する。持続可能な28種類のブランドは、そのほかの400近いブランドと比べて、2018年の売上高の成長が平均で69%も速かった(図2)。環境負荷の低い製品であることを訴求し続けた結果、より多くの消費者が選択するようになった。ユニリーバは世界各国の工場で省エネに取り組み、削減できたコストで自然エネルギーを調達する。事業を成長させるための不可欠な投資であり、コストをかけて自然エネルギーを利用することに経営者の迷いはない。
 

図2 ユニリーバが持続可能な事業に注力した効果(2018年末時点) 
出典:ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス

取引先にも影響は及ぶ、大企業だけの問題ではない

 自然エネルギーを利用しているかどうかは、企業間の取引にも影響を与える。特に対応を迫られるのは、原材料や部品を供給するサプライヤーである。典型的な例をIT(情報技術)大手のアップルとサプライヤーの活動に見ることができる。アップルは2018年に、全世界の事業で使用する電力を自然エネルギー100%で調達した。次の目標は、原材料や部品などを調達しているサプライヤーが使用する電力を自然エネルギー100%に切り替えることだ。アップルの製品ライフサイクル全体で排出するCO2のうち70%以上が製造に伴うもので、その大半は原材料や部品を製造する時に排出している。サプライヤーが使用する電力を自然エネルギーに切り替えなければ、アップルの事業が拡大するほどCO2排出量は増えてしまう。実際に自然エネルギーの利用を含む各種の対策を推進したことで、アップルの製品ライフサイクル全体のCO2排出量は2015年をピークに減ってきた。

 アップルは世界各国のサプライヤーと共同で、2020年までに400万kW(キロワット)にのぼる自然エネルギーの電力を調達する計画を進めている。すでに目標を大幅に超えて、合計で500万kW以上の電力を調達する契約が確定した。地域別に見ると、米国と中国のプロジェクトが圧倒的に多い。米国ではアップルが開発に取り組む一方、中国ではサプライヤーのプロジェクトが数多くある(図3)。中国のサプライヤーは自然エネルギーの電力を大量に調達して、アップルに供給する原材料や部品のCO2排出量をゼロに削減する。こうしたサプライヤーの協力によって、アップルは製品ライフサイクル全体のCO2排出量を削減できる。
 
図3 アップルとサプライヤーの自然エネルギー開発プロジェクト(紫がアップル、青がサプライヤーによる) 
MW:メガワット(=1000キロワット) 
出典:Apple

 アップルは各国のサプライヤーを支援しながら自然エネルギーを増やす活動に力を入れている。国や地域によっては自然エネルギーの電力を調達することがむずかしいところもある。日本もその1つだが、対策をとることは可能だ。すでにアップル向けの部品を自然エネルギー100%で生産開始した日本のサプライヤーが3社ある。今後さらに各国のサプライヤーのあいだで対策の進み具合に差がついていったら、アップルは従来の取引関係を継続するだろうか。価格や性能で他社よりも明らかに優位な状況にあれば、たとえCO2排出量が多いままでも、取引を続けられるかもしれない。しかしさほど決定的な優位点がない場合には、CO2排出量を削減できないサプライヤーが購買対象からはずされる可能性は大いにある。
 
 これはアップルに限ったことではない。グーグルなどITの大手、さらには自動車メーカーや日用品・食品メーカーのあいだにも同様の動きが広がってきた。製品のライフサイクル全体でCO2排出量の削減を推進する各産業のリーディングカンパニーが、環境負荷を重視してサプライヤーを選別する時代が目前に迫っている。世界の最先端を行く企業の取り組みが各国のサプライヤーに広がり、さらにサプライヤーの活動が国内の取引先にも波及していく。
 
 もはや自然エネルギーを利用してCO2排出量の削減に取り組むことは、一部の超大手企業の話ではなくなった。日本国内でも手をこまぬいていると、大手・中小を問わず競争に取り残されてしまう。目先のコストばかり気にしていると、その何倍にも及ぶリスクが降りかかってくる。将来の事業拡大のため、あるいは想定される事業リスクを回避するために、必要な投資を実行することは経営の基本である。世界各国の銀行をはじめ多くの機関投資家がTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に賛同して、気候変動に伴う事業のリスクと機会を財務的に分析・開示するよう企業に求めている。気候変動に対する取り組みが長期にわたる経営の安定性や将来性に多大な影響を与えるからである。
 
 その影響は個々の企業にとどまらない。国全体の産業競争力に直結する。言うまでもなくエネルギーは、あらゆる産業に欠かせない重要なインフラである。製造業をはじめ、金融や流通・サービス産業を含めて、エネルギーの使い方が競争力を左右するようになってきた。自然エネルギーを利用してCO2排出量を削減する活動は世界各国で予想以上のスピードで進んでいる。日本の産業界には、これまでも取り組んできた省エネルギー対策と合わせて、今すぐ自然エネルギーの利用を実行に移すことが求められる。5年後の2025年からでは遅すぎる。電力システムが大きく変革する今年2020年こそ、企業が自然エネルギーの導入に本腰を入れる節目になる。

<関連リンク>
報告書
電力調達ガイドブック(第3版):自然エネルギーの電力を増やす企業・自治体向け
 
報告書
世界中の企業が自然エネルギーへ:先進事例に見る、導入効果・調達方法・課題解決
 
連載コラム
先進企業の自然エネルギー利用計画

 

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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