連載コラム ドイツエネルギー便り

脱原発と自然エネルギー推進を応援するシェーナウ電力会社

2016年8月4日 田口理穂 在独ジャーナリスト

南ドイツの黒い森に位置するシェーナウ電力会社は、チェルノブイリ原発事故後の反原発運動をきっかけに市民がつくった電力会社である。脱原発と自然エネルギーを推進し、現在はドイツ全土16万の顧客に自然エネルギーを供給している。

同社はこれまで国内外の人に、さまざまな賞を授与してきた。2014年には福島の大塚愛さん(フクシマの母たちを代表)、佐藤弥右衛門さん(自然エネルギー電力の会社を立ち上げた酒造家)、俳優で反原発活動家の山本太郎議員が「電力革命児賞」を受賞したしたのをはじめ、2016年には衆議院の菅直人議員が「脱原発勇敢賞」を受けた。福島原発事故の際、総理だった菅さんに授与することで、日本の脱原発運動や自然エネルギー推進を応援したいという思いが込められている。

シェーナウ電力会社は「原発のない社会をつくりたい」と願う人々によってここまで伸びてきた。チェルノブイリ原発事故を受け、ドイツ各地で野菜や牛乳から放射能が検出された。人口2400人ほどのシェーナウ市でも、危機感を持った市民が有志で反原発運動を始め、電力について勉強会を開いた。省エネが重要だと気づき、省エネコンテストを開くなど周囲の人々を巻き込んでいった。

エコロジカルな電力供給を求めて当時、既存の電力会社と交渉したが、けんもほろろの扱いを受けた。それなら自分たちでやるしかないと、電力には素人の市民が起業した。二度の市民投票や資金調達など数々の困難を乗り越え、市内の送電線を買い取り、1997年にシェーナウ市内への電力供給にこぎつけた。

創始者のひとりであるミヒャエル・スラーデクは、人生の目的を「子どもたちが幸福に喜びを持って生きること、そのために他人が犠牲なることがないこと」と話す。「仲間がいて共感や連帯が感じられる。くじけそうになっても回復力と不屈の精神を持ってすれば乗り切ることができる」と。

スラーデク夫妻の息子で、現在シェーナウ電力会社の社長であるセバスチアン・スラーデクは「電力会社は価格競争をしてはいけない。ビジョンを示すこと」と話し、「うちは、政治活動をしている電力会社。信念に賛同して、お客さんは電力を買ってくれる」と誇りを持っている。また「今は自社の宣伝のため、大手電力会社は市民電力と手を組みたがる。その中で市民電力は飲み込まれ、つぶされてしまう可能性がある」と注意を促す。

シェーナウ電力会社は、どうしてここまで伸びたのだろうか。チェルノブイリ原発事故をきっかけに、ドイツでは各地でたくさんの反原発団体が生まれた。しかし、送電線を買い取り、電力供給をしているのはドイツ広しといえどもここだけ。しかも、1998年の電力市場自由化前の話である。

月並みだが、多くの人を味方につけることができたからだと思う。彼らはオープンで、誰に対しても開けている。その人をそのままに受け入れる。「何が何でも省エネしろ」とはいわない。「人それぞれなのだから、できる範囲でいい。楽しくなければ生きている意味がないでしょう」とあっさりしている。なにごとも無理しないし、相手にも無理を求めない。

ミヒャエルは医者であり、地元で絶大な信頼を得ていた。その人が自然エネルギーやコジェネレーションがいいという。それなら、という人もいただろう。警察官や教師も創始者のメンバーに入っている。みな本職の合間に、ボランティアで取り組んでいた。粘り強く、地に足が着いた活動をしていたのをみんな見ている。

実際、スラーデク夫妻をはじめメンバーに会ってみると、みな情熱的で、応援したくなる。もちろん内輪もめがあったり、離れていった人もいたという。それでも大きな目標に向かって、ここまできた。「電力会社として成功しているから、政治家や他企業の人たちも私たちの意見を真剣にきいてくれる」と副次効果を喜ぶ。

自然エネルギーは地域分散型で、市民参加が可能である。他人まかせにせず当事者として関わることは、民主主義のひとつの形である。ミヒャエルは「供給と消費の両方に、経済的なことも含めて責任を持つことが重要」という。シェーナウ電力会社と出会って、自然エネルギー推進とはいかに奥が深く、いろんな可能性を秘めているかを知った。社会の仕組みを変えることができる。それを求めて活動しているのが、シェーナウ電力会社である。


シェーナウ電力会社にある壁画。腕を組んだポーズは同社のシンボル

シェーナウ電力会社の成り立ちについては拙著「市民がつくった電力会社 ドイツ・シェーナウの草の根エネルギー革命」(大月書店)を参考にしていただければ幸甚である。


執筆者プロフィール
田口理穂
(たぐち・りほ)
日本で新聞記者を経て、1996年より北ドイツのハノーファー在住。ドイツの環境政策や教育、生活全般についてさまざまな媒体に執筆。
著書に『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか』(学芸出版社)、『市民がつくった電力会社 ドイツ・シェーナウの草の根エネルギー革命』(大月書店)、共著に『「お手本の国」のウソ』(新潮新書)など。

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