連載コラム ドイツエネルギー便り

真の電気料金

2014年10月08日 ツェルディック・野尻 紘子 ジャーナリスト 哲学博士

ドイツでのエネルギー転換に関する話は、どうして昨今の電力料金の値上がりが中心になってしまったのだろうか。太陽光や風力発電を促進するために消費者が電力料金に上乗せして支払う賦課金の増加が、電気料金の高騰を引き起したからだろうか。ドイツ連邦議会議員のニナ・シェーアさんは、「現在のディスカッションは正当でない」と語る。発電にかかる全ての経費が一部の電気料金に反映されていないからだ。

「何十年間にもわたって国が原子力発電や石炭産業の支援のために支払って来た補助金は、国家予算に含まれていて消費者の目に触れない。だが自然エネルギー促進のための賦課金は、電力会社から消費者に送られて来る請求書に、ユーロセントの10分の1桁(0.1円の単位)まで示されて いる。そして石炭発電が環境に与える被害のことは、請求書には載っていない」とシェーアさんは続ける。

手元に、ドイツ連邦環境庁(Umweltbundesamt)のまとめた、発電の悪影響を金額に換算したものがある。発電することで、主に自然環境と人体に対して、どれだけの害が発生し、その害を通して、発電しなかった状態と比べてどれだけの損失が生じたかを表しているものだ。それによると、 損失が最も大きいのは褐炭(質の悪い石炭)を使って発電した場合で、1kWh発電すると10.75ユーロセント(約15円)相当の損失が発生する。二酸化炭素の排出量が多く、地球温暖化に拍車がかかり、天候不順の原因となり、それが環境と人体に悪影響を及ぼすからだ。

それに続くのは石炭発電で、1kWhの発電で8.94ユーロセント相当の損失が生じる。天然ガス発電は、他の化石燃料に頼る発電に比べれば損失が4.91ユーロセントとだいぶ少なくなる。バイオマス発電ではまだ3.84ユーロセント相当の損失が生じるが、太陽光発電では損失が1.18ユーロセントに下がる。そして風力発電での損失は0.26ユーロセント、水力発電の場合は僅か0.18ユーロセントに止まっている。

これには原子力発電に関する数値は出て来ないのだが、一度事故が起こると、どれだけの被害と損失が発生するかは、福島の原発事故後に日本の皆さんが経験されておられる通りだ。原発には更に、経費的にも未知数の放射性廃棄物の中間処理と最終処理の問題がある。

このような損失を計上せずに、発電にかかる直接の経費だけを電気料金として提示するのは正当でない。それに加えて、現在でも例えば石炭産業に支払われている国の補助金を 計算に入れないのなら、経費の計算も正確だとは言えない。従って原子力や石炭で発電された電気の真の料金は、現在通用している価格よりずっと高いはずだ。

なお、連邦環境庁は、環境に害を及ぼすものへの補助金の支払いは、国庫に二重の負担をかけるとも書いている。補助金の支払いと環境と健康に与えられる害を取り除く費用が最終的には国の負担になるからだ。

ちなみに、ニナ・シェーアさんは、長年環境問題や太陽光発電の普及に力を入れて来た功績が讃えられて、第2のノーベル賞といわれるライト・ライブリフッド賞を受賞したドイツの政治家、故ヘルマン・シェーアさんの娘で、同氏の著書『エネルギーの自立、再生可能エネルギーに向けての新しい政治』は日本でも上映されたドイツ映画『第四の革命』の基になっている。


執筆者プロフィール
ツェルディック・
  野尻 紘子

(Zerdick Nojiri Hiroko)
ドイツ滞在合計で50年を超える。国際キリスト教大学卒。ベルリン自由大学哲学部博士号取得。元日本経済新聞記者。2011年夏、ドイ ツの脱原発や自然エネルギーの進展などを主に伝えるウェブサイト「みどりの1kWh - ドイツから風にのって」(midori1kWh.de)をジャーナリスト仲間らと立ち上げ、現在に至る。

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