連載コラム ドイツエネルギー便り

ドイツのパン屋が脱原発のせいで潰れているのは本当か?

2015年12月25日 林佑志 在独コンサル会社 欧州環境政策調査員

 先日、ドイツの伝統的なパン屋が危機に陥っているという日本のメディアの記事を読んだ。パン職人を目指す若者が少なくなっていること、脱原発政策のために電気料金が倍増したことが原因だという主旨だった。

 町のパン屋にとって脅威となっているのは、ディスカウンターと呼ばれる全国規模のパン製造業者である。彼らは大型スーパーなどに安価なパンを大量に出荷しており、家族経営のパン屋は価格競争に勝てない。これに脱原発による電気料金高騰が追い打ちをかけている、という主旨であった。

 残念ながら、電気窯を使う小規模なパン屋が厳しい状況に立たされているのは事実である。ただし、問題は脱原発ではなく、「再生可能エネルギー法」の制度設計の不備である。現在、ディスカウンターは電力多消費企業として再エネ賦課金の負担を減免されている一方、伝統的なパン屋はこの賦課金を負担しなければならない。ドイツでは、国際的な競争にさらされる企業で年間1GWh(100万kWh)以上電力を消費し、電力支出割合が16%(2016年は17%、業界によっては20%)を超える企業は賦課金支払いが減免される ⅰ 。ドイツではディスカウンターがこの賦課金減免措置を受けており、小規模なパン屋は不公正な競争環境にさらされている。大事なことは、「公正な競争条件を整える」ことである(ドイツパン職人協会、前事務局長Werner氏) ⅱ 。同じ主旨を取り扱ったARDのリポートでは、あるパン職人が「私たちはエネルギー転換に貢献したいと思っているが、そのためにも公正な負担と競争がなくてはならない」と述べている ⅲ 

 日本は、ドイツのパン業界と同じ轍を踏んではならない。そのためには政策と制度設計は区別する必要があり、脱原発か否かではなく、公正な競争のための制度設計を議論しなくてはならない。ドイツの報道ではそこが区別されていたにもかかわらず、日本の記事はこの区別がなされていなかったのが残念だった。

 ここからは少し視点を変えて、ドイツのオーガニック(ドイツ語では「ビオ」)パン屋の事例を紹介する。

 2014年の連邦環境庁の調査によれば、ドイツ国内のエコ電力の法人顧客は約50万件(契約数) であり ⅳ 、オーガニックパン屋も多く含まれる。残念ながらエコ電力を利用しているパン屋の正確な数は分からないが、エコロジカル食料経済連盟(BOELW) ⅴ の調査では、ドイツ国内のオーガニックパンの売上は毎年数%成長している。

 ドイツには州をまたいで販売店を持っているパン屋チェーンが10あるそうだが、オーガニックパンを扱うHofpfisterei(ホーフプフィステライ) ⅵ はそのうちの1つである。150以上の支店を持ち、1000人以上を雇用し、取扱店が700店舗を超える同社は、オーガニックパンを作るための電気も100%エコである(ドイツにはエコ電力を認証するエコ電力ラベルが複数あり取得条件はそれぞれ異なる ⅶ 。Hofpfitesreiはミュンヘン電力公社からTÜV SÜDの認証を受けたエコ電力を購入している)。2015年には飲食業界の国際見本市Internorgaのトレンドセッター(流行発信)賞を受賞し、影響力のあるパン屋チェーンである。

 ベルリン発のオーガニックパン屋Märkisches Landbrot(メルキッシェス・ランドブロート) ⅷ も、2015年のドイツCSR(企業の社会的責任)賞のサプライチェーン部門を受賞した。こちらも100%エコ電力を用いてパンを焼いている ⅸ 。公表データによれば、同社は主にベルリンとブランデンブルク州でパンを販売しながら順調に成長を続け、2014年の年商は700万ユーロを超えるとみられる。

 最後に、2005年に連邦環境庁が実施した「エコ・パン屋のための総合コンセプト実例」というモデルプロジェクトを短く紹介する。このプロジェクトでは、バイエルン州南東部にある実際のパン屋を事例に、エネルギー利用の最適化(電気釜を木質ペレットに変える、熱回収装置を取り付けるなど)を検討した。その結果、年間のエネルギー節約効果は最大で年間4174ユーロと試算された ⅹ 。このように中小規模のパン屋も、エコロジカルな経営に移行することでエネルギー支出を削減できるのである。

 ドイツ国内の小さな町のパン屋が次々と廃業しているのは事実である。しかし、そもそも大企業が価格競争力で小さな商店を駆逐しているのは世界中で見られる現象である。電気料金の件も、脱原発政策よりも大企業優遇の制度設計に問題がある。実際、エコ電力を使っているオーガニックパン屋は売上を伸ばしている。最後に、現在苦境に立たされているパン屋にもまだまだ改善の余地はある。連邦環境庁のプロジェクトは、町のパン屋でもエコロジカルな経営によってエネルギー支出が抑えられることを示している。

 脱原発と経済を議論するときは多角的な視点を持ち、政策と制度を区別して議論することが重要なのである。


 ⅰ 再生可能エネルギー法 第64条
 ⅱ 例えばPV-Magazineの2014年10月14日の記事を参照。2015年12月4日取得。
http://www.pv-magazine.de/nachrichten/details/beitrag/bcker-beklagen-sich-vor-petitionsausschuss-ber-eeg-umlage_100016889/
 ⅲ ARD、2015年5月12日公開、2015年12月4日取得
https://www.youtube.com/watch?v=RkqwiwAjD2g
 ⅳ 連邦環境庁、2014年、「エコ電力の市場分析」、p.4
https://www.umweltbundesamt.de/sites/default/files/medien/376/publikationen/
texte_04_2014_marktanalyse_oekostrom_0.pdf

 ⅴ  http://www.boelw.de/
 ⅵ  http://www.hofpfisterei.de/
 ⅶ それぞれのエコ電力認証の詳細は例えば「平成26年度グリーンエネルギー証書制度基盤整備事業(グリーンエネルギー証書に関する市場動向等に関する調査)報告書」などを参照。
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2015fy/000363.pdf
 ⅷ  http://www.landbrot.de/
 ⅸ こちらはLichtblickのエコ電力を購入している。LichblickもTÜV SÜDのエコ電力認証を受けている。
 ⅹ 連邦環境庁、2005年、p.63
http://www.umweltbundesamt.de/sites/default/files/medien/publikation/long/2986.pdf


執筆者プロフィール
林佑志
(はやし・ゆうし)
ドイツ在住10年。ドイツの大学院で環境政策を学ぶ。専門はドイツのエネルギー・環境政策。
現在はベルリンにあるコンサルティング会社で、政策・市場調査を行っている。

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