連載コラム ドイツエネルギー便り

ハンブルクの水素バス、風力発電の余剰電力活用の試み

2016年5月16日 田口理穂 在独ジャーナリスト

ドイツでは気候保護政策のひとつとして、交通分野での改革が必要との認識がある。温室効果ガスの排出量を減らすため、ガソリンやディーゼルの代替として、電力やバイオディーゼル、バイオガス、燃料電池が注目されている。今回は燃料電池、いわゆる水素を燃料としたハンブルクの路線バスを紹介したい。

北ドイツに位置するハンブルクは、ドイツ第2の都市で人口170万人を誇る。2011年にヨーロッパグリーンキャピタル(欧州緑都市)に選ばれたほか、国際建築博覧会(IBA)を機に、水草で発電する集合住宅や、元ごみ埋立地のエネルギーパークなど、先進的な気候保護政策で知られている。2013年には市民投票により、市への電力供給権を大手電力会社ヴァッテンフォールから市電力公社が買い取ることが決まった。

交通分野で市は、2020年から公共バスの温室効果ガス排出量をゼロにすることを決めており、2003年よりハンブルクの近距離交通会社ホッホバーンが水素バスを導入している。2012年、ハンブルク中央駅から徒歩10分ぐらいの街中に、ヴァッテンフォールが水素ステーションを開いた。バスと一般乗用車向けで、目につくところに設けることで、市民の関心を高める狙いがある。

通常は水素ステーションはシェルなど石油会社が経営するのが主流であり、すでに市内には4つの水素ステーションがあるが、なぜヴァッテンフォールが参入したのか。それは余剰電力活用のためである。同社は北海に洋上風力パークを抱え、時によっては風力発電による電力が大量に余っている。その電力で水を水素と酸素に分解し、水素でバスを走らせようというものだ。分解装置は大きな投資となるが、余剰電力活用の試みとして展開している。

通常、水素ステーションの建設費は100万ユーロ程度だが、この水素ステーションは水素分解装置を併設しているため、1000万ユーロかかり、半分は国からの補助金だった。このステーションで供給する水素の半分は併設の水素分解装置によるものだが、残りは化学工場など他から購入している。水素はドイツ全国一律、1キロあたり9.5ユーロで一般車両用に販売している。これは政治的に決められた価格で、実際はもっとコストがかかっている。ヴァッテンフォールにとっても、自家製造より他から調達するほうが安い。

現在ハンブルクでは水素自動車は20台ほど走っているが、車両価格が高いため、使っているのは企業などが主であり、個人所有はほとんどないという。近く、トヨタの水素自動車ミライがタクシーとして20台導入される予定である。ちなみに長さ12メートルのバスだと100km走るのに水素8kg、乗用車なら1kg必要となる。

水素製造のエネルギーを100とすると、エネルギー効率は水素製造により60となり、最終的に車両を走らせると40ぐらいになっている。つまりエネルギー効率はそれほど高くない。しかし水素という形でエネルギーを蓄えることになるため、余剰電力活用としてなら将来性があり、利用者が増えれば車の本体価格も下がるだろう。今後、温室効果ガス削減のために、電気自動車か水素自動車かどちらかの道に進むことになるだろう。ホッホバーンは毎年80台のバスを新規購入しているが、どちらの方向に進むのか決めかねており、ドイツ全土でもどちらがよいか意見が分かれている。

ところで、ホッホバーンの社用車の水素自動車に初めて乗った。静かで振動がない。排気ガスの代わりに蒸気が出ており、道路には水がぽたぽたたれる。乗り心地のよさに驚いた。ホッホバーンはハンブルク中央駅から北に向かうバス路線109番を「イノベーションライン」と名づけ、水素バスや電気バス、ハイブリットバスを走らせている。どれも静かで快適なことから、市民から好評だという。


写真:風力発電の電力を利用した水素ステーション


執筆者プロフィール
田口理穂
(たぐち・りほ)
日本で新聞記者を経て、1996年より北ドイツのハノーファー在住。ドイツの環境政策や教育、生活全般についてさまざまな媒体に執筆。
著書に『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか』(学芸出版社)、『市民がつくった電力会社 ドイツ・シェーナウの草の根エネルギー革命』(大月書店)、共著に『「お手本の国」のウソ』(新潮新書)など。

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