世界各国に拡大した新型コロナウイルスの感染は、エネルギーの分野にも多大な影響を及ぼしている。IEA(国際エネルギー機関)が4月30日に発表したレポート「Global Energy Review 2020」によると、ロックダウン(都市封鎖)を実施した国ではエネルギー需要が25%も減少した。年間でも全世界で6%の需要減少が見込まれ、2008年の金融危機(リーマンショック)と比べて7倍以上の影響が出ると予測している(図1)。
そうした状況の中で、自然エネルギーの供給量は増加する見通しだ。理由は3つある。第1に、多くの国で経済活動が停滞して、化石燃料を中心に国際間・地域間でエネルギーの供給に支障が生じても、自然エネルギーは地域内で供給し続けることができる。第2に、エネルギーの需要が減少する局面では、限界費用(追加コスト)の低いものを優先させることが経済合理的である。燃料を必要としない自然エネルギーは限界費用が最も低い。そして第3に、気候危機に対応する政策が欧州を中心に活発に進められている。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けても、化石燃料から自然エネルギーへ転換する取り組みは多くの国で継続あるいは強化されることが見込まれる。
新型コロナウイルスによって世界各国の経済は大きなダメージを受けたが、経済再生に向けて気候危機の政策を生かす「グリーンリカバリー(緑の回復)」の動きが各国で始まろうとしている。代表的な例はEU(欧州連合)による「欧州グリーンディール(The European Green Deal)」である。この政策は新型コロナウイルスの感染が拡大する前の昨年12月に発表したものだが、気候危機からの脱却と合わせてグリーンリカバリーを実現させる政策として推進する方針だ。クリーンエネルギーと循環型経済の拡大に向けて、2021~2030年の10年間にEU全体で1兆ユーロを超える投資を実行する計画である。その中には産業の構造転換に伴う雇用対策も含まれている。韓国政府も同様にグリーンニューディール政策を掲げて、2050年までに脱炭素を目指す方針だ。自然エネルギーを拡大しながら、石炭火力と原子力をフェーズアウト(段階的廃止)させる。エネルギー転換を通じて持続可能な社会・経済をいち早く構築することで国際競争力を高めていく。
日本も遅れるわけにはいかない。当面は感染拡大防止が最優先だが、並行してエネルギー転換を促進する政策を打ち出すことが望まれる。短期的には、自然エネルギーの開発プロジェクトの遅延に対する補助などを実施して、主力電源化の流れを停滞させない施策が必要になる。固定価格買取制度の申請受付期限や運転開始期限を延長するなどの緊急措置によってプロジェクトの継続を支援する。そして何より重要なのは中長期を見据えた政策として、化石燃料(特に石炭)と原子力からのフェーズアウトへ大胆に舵を切る。自然エネルギーを中心とする新たな産業を全国各地に拡大する「日本版グリーンニューディール」を政策として打ち出すべきである。
9年前の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によって、日本の電力供給体制の脆弱性が明らかになり、企業や自治体を中心にエネルギー転換の取り組みが着実に前進した。とはいえ化石燃料に依存するエネルギー供給体制は相変わらず続いている。気候危機に対する国の政策は欧州の先進国と比べて大きく見劣りする。電力の需要が減少した時に、自然エネルギーよりも原子力を優先させる独自のルールをいまだに変えていないなど、制度上の遅れも目立つ。新型コロナウイルスの災禍が加わり、自然エネルギーを主体にした持続可能な社会・経済を構築することの重要性はいっそう高まった。多くの国民が従来の生活スタイルや働き方を変えようとしている今こそ、国を挙げて日本版グリーンニューディールを推進する好機になる。
新型コロナウイルスがもたらしたエネルギー分野の変化
世界の多くの国では、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために実施したロックダウンによって、電力の需給状況が大きく変化した。IEAのレポートによると、中国とインドでは石炭の比率が低下して、自然エネルギーの比率が上昇した(図2)。欧州ではガスの比率が下がり、米国では石炭の比率が下がった。原子力の比率は各国ともさほど変化していない。
電力の需要が落ち込む中で、発電量を減らす対象になるのは限界費用の高い電源である。燃料を必要とする火力発電は限界費用が高く、燃料を必要としない太陽光や風力などの自然エネルギーは限界費用がゼロに近い。原子力は運転制御や核燃料の消費・処分に必要なコストを加えれば限界費用は高くなる。ロックダウンで電力の需要が低下したことにより、限界費用の高い石炭やガスの比率が下がり、自然エネルギーの比率が上昇した。経済合理性が成り立っている。
ロックダウンの期間中は電力のほかに、自動車や航空機の燃料使用量が減り、製造業が工場などで使用する燃料も減る。IEAの予測では、2020年の全世界のエネルギー需要は前年と比べて6%減少する見通しだ(図3)。減少率は石油、石炭、ガス、原子力の順に大きい。自然エネルギーだけは1%弱の増加を維持する。限界費用が低いうえに、エネルギーを供給するために必要な人員も少なくて済むことから、ロックダウンの影響を最も受けにくい。今後も感染拡大の可能性が続く状況を想定すれば、よりいっそう自然エネルギーの利用比率を高めることが経済合理性とエネルギー安定供給の両面で重要になる。
日本のエネルギー産業にも同様の影響が想定できる。4月の電力需要を前年と比較すると、全国10地域のうち四国を除く9地域で減少した(図4)。特に大都市を抱える東京・中部・関西エリアの減少が大きい。日本全体では672億kWh(キロワット時)から648億kWhへ3.6%減少した。ただし欧州の主要国では10%以上も減少している。天候の影響もあるが、日本ではロックダウンを実施しないで自粛要請にとどめたことも、電力需要がさほど減少しなかった要因と考えられる。
通常でも4月は電力需要が少なく、一方で太陽光発電の供給量が増える。このため卸電力市場のスポット価格が低下する。九州における4月のスポット価格を調べたところ、最低入札価格の0.01円/kWhまで下落する時間帯が合計で96時間もあった(図5)。前年の17時間と比べて5倍以上に及んでいる。月間の平均価格も2019年の6.80円/kWhに対して、2020年は3.97円/kWhと4割以上も低下した。このようなスポット価格の下落は他のエリアや国全体でも発生している。
需要が減少して供給量が増加することにより、太陽光発電と風力発電に対する出力抑制の頻度と量も多くなる。九州本土では3月に19日、4月に22日、5月の前半もほぼ毎日のように出力抑制を実施している。前年と比べて日数が増えているだけでなく、3月には抑制する電力量が太陽光と風力を合わせて約2倍に拡大した(図6)。抑制率は12%以上に達している。4月の抑制電力量は5月末に公表されるが、3月と比べて大幅に増えているのは確実である。
対照的に四国では、太陽光・風力発電の出力抑制を1回も実施していない。4月25日~5月10日の大型連休中、昼間に太陽光発電の比率が80%前後に達する日が7日もあった。5月5日には午前11時台に88%まで上昇したが、揚水発電や連系線活用などの対策を実施して需給バランスを維持できている(図7)。原子力発電所を運転していない効果も大きい。
海外の主要国では限界費用の低い自然エネルギーの電力を最優先に供給する「メリットオーダー」を採用しているが、日本では原子力・水力・地熱発電を長期固定電源と位置づけて優先させるルールを続けている。九州では原子力発電所が再稼働したことにより、太陽光・風力発電の出力抑制を実施する日が増えた。処分方法の見通しが立たない使用済み核燃料を増加させながら自然エネルギーの電力を放棄する政策は、持続可能な社会にそぐわない。当然ながら多くの国民の理解も得られない。海外と同様にメリットオーダーによる電力供給体制に早急に変更すべきである。
これから世界の経済とエネルギー需要は回復に向かうとはいえ、将来を見込めない化石燃料と原子力に対する投資は確実に縮小していく。新たな投資は自然エネルギーに振り向けられ、グリーンリカバリーの原動力になる。日本の産業界も世界の潮流を見誤ることなく、持続可能な社会・経済の枠組みの中で事業活動を展開することが求められる。
エネルギー転換と経済成長を両立させる政策へ
新型コロナウイルスの感染拡大によって、日本のエネルギー供給の問題が改めて浮き彫りになった。改革すべき点は主に3つある。1つ目は「海外依存から自国内供給へ」移行することである。化石燃料の輸入には、大規模な災害や疫病による供給減少のリスクがつきまとう。需要の増減や産出国の意向による価格変動にも悩まされる。2つ目の改革は「大規模・集中型から小規模・分散型へ」移行することである。東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によって、大規模・集中型のリスクが顕在化した。新型コロナウイルスのような疫病が特定の地域に広がった場合も同様に、大規模な原子力・火力発電所の運転停止によって広範囲かつ長期間の停電が発生する可能性がある。
さらに3つ目に、エネルギーの供給設備を「多人数による運転管理から少人数・自動化へ」移行する必要がある。数多くの人員が集まって運転する設備は感染拡大のリスクが高く、状況によって運転停止に追い込まれることを想定しておかなくてはならない。東京電力では4月27日の時点で合計12人の感染者が発生した。首都圏で7人、新潟県の柏崎市内で5人。運転停止中の柏崎刈羽原子力発電所に勤務する社員も含まれている。
新型コロナウイルスの感染が拡大しているあいだも、エネルギーを供給するために懸命に勤務を続ける人たちが数多くいる。そうした貢献によってわれわれは平常時と変わらずに電力や燃料を使って生活を営むことができている。今後も大規模な災害や疫病が発生するリスクを想定すれば、エネルギーの供給設備を可能な限り自動化して運転することが望ましい。IT(情報技術)やAI(人工知能)を駆使すれば、多くの業務を自動化できる可能性が大きい。そのために必要な技術の開発・導入を政府が率先して推進すべきである。
以上の3つの改革に向けて、自然エネルギーの導入量を拡大することは極めて有効である。エネルギー源は国内にあり、小規模な設備を各地に分散できる。設備の運転に多くの人手はかからず、通常は遠隔監視・制御で対応できる。地域でエネルギーを生み出せば、経済の活性化にもつながる。自然エネルギーの導入拡大を推進する「日本版グリーンニューディール」を展開することによって、エネルギー転換と経済再生の両立を実現できる。まさにグリーンリカバリーになる。
政府が4月30日に発表した新型コロナウイルス対策の補正予算では、エネルギー転換を促進する対策はほとんど見られなかった。自家消費型の太陽光発電設備の導入支援(50億円)、産業保安設備の高度化促進(20億円)、といった施策が目を引く程度である。後者ではエネルギー供給設備などの遠隔監視・制御やAIによる点検が対象に含まれる。
2020年度の当初予算には、「エネルギー転換と脱炭素化の推進」をテーマに5000億円を超える事業が組み込まれている。ただし原子力や石炭関連を対象にした事業にも多額の予算が割り当てられている。持続可能な社会・経済を目指すのであれば、災害や疫病の影響を受けにくい分散型のエネルギー供給体制へ早く移行できるように、地域に対する自然エネルギーの導入支援や送配電ネットワークの増強に重点配分すべきである。ぜひとも2021年度の予算を立案するまでに「日本版グリーンニューディール」をとりまとめて実行に移すことが望まれる。国全体のエネルギー戦略を方向づける「エネルギー基本計画」も2021年度に改定する予定になっている。化石燃料と原子力に依存し続ける現行の基本計画を刷新して、自然エネルギーを飛躍的に拡大させる戦略を打ち出す必要がある。
中長期的な戦略に加えて、短期的には自然エネルギーの導入拡大の流れを止めない対策が必要だ。自然エネルギー財団では5月上旬に、発電事業者や小売電気事業者、さらにエネルギーを利用する企業を対象に新型コロナウイルスの影響について調査した。各社が共通して懸念するのは、自然エネルギーを中心とする脱炭素の取り組みが遅れてしまうことである。エネルギー需要の減少によって化石燃料の価格が低下すると、自然エネルギーの開発・導入に対する投資が停滞しかねない。そう懸念する声が多く聞かれた。事業環境が厳しくなる中で、未来に向けた投資を続けることは簡単ではない。だからこそ政府の支援・促進策が重要になる。
新型コロナウイルスの影響を大きく受けた社会と経済を力強く再生するためには、従来と同じ状態に回復させることを目指すのではなく、あるべき未来を想定して、政府のリーダーシップのもと新しい方向へ進んでいくことが重要である。日本も他国から遅れをとることなく、持続可能な社会・経済に向けてグリーンリカバリーを早く実現したい。