エネルギー転換に真正面から取り組むには、強くて創造性に富む経済を最大限に活用することが不可欠
【筆者】
エイモリー・B・ロビンス 米国ロッキーマウンテン研究所 共同設立者・チーフサイエンティスト・名誉会長i
ラシャド・ナナバッティ 同研究所 プリンシパルii
【原文】
[OPINION] A Market-Driven Green New Deal? We’d Be Unstoppable
Any serious energy transformation will need to harness America’s powerful and creative economic engine.
The New York Times (April 18, 2019)
(c) 2019 The New York Times
米国議会で「グリーン・ニューディール」(経済成長を促す環境政策)の議論が活発だ。その中で最も良識ある意見を表明したのは、上院のエネルギー・天然資源委員会で委員長を務めるリサ・マコウスキー議員(共和党、アラスカ州選出)である。共和党と民主党の議員に向けて、議場で次のように語った。「われわれは両党の力を合わせて、温室効果ガスの削減を進めるべきである。強い経済を維持し続け、弱い立場の人たちを守り、そしてすべての人にとって大切な環境のために、気候変動という現実の問題に対処しなくてはならない。あれこれと理屈を述べるよりも、実用的で現実的な、党派を超えた解決策を求めたい」。
その道筋はすでに描かれている。あとは指導力のある政治家が選択するだけだ。われわれロッキーマウンテン研究所が2011年に「新しい火の創造」(Reinventing Fire)iiiで発表したエネルギーに関する研究結果がある。ビジネス主導型の転換を進めていくことで、エネルギー効率が3倍に高まり、自然エネルギーは4倍に増えて、2050年の米国経済を2010年の2.6倍に拡大させることができる。それまでには、石油・石炭・原子力のすべてが不要となり、天然ガスも3分の1削減できる。実質的にコストを5兆ドル減らすことができるし、炭素の排出に価格を付ければ、さらに効果を高められる。
グリーン・ニューディールでも、マコウスキー上院議員言うところの“現実的な党派を超えた解決策”でも、どちらでも構わない。エネルギー転換に真正面から取り組むには、強くて創造性に富んだ米国経済の力を最大限に活用することが不可欠だ。利益を生み出しながら温室効果ガスを削減することは可能である。その方法が明らかになっている領域(電力、輸送、建築物)では、市場を開放することが重要になる。まだ十分に答えが見つかっていない領域(重工業、農業)では、解決策を提供するための新しい市場を創る。さらに現在の市場が抱えている問題も解消しなくてはならない。例えば炭素に価格が付いていないとか、電力会社が電気料金の低減よりも販売量の増加に力を入れるほうが報われる、といった問題に対してである。
自然エネルギー80%でも電力を安定供給
それぞれの課題に対して具体的な施策がある。第1に、電力システムを競争性と柔軟性を発揮できるよう、変えることだ。自然エネルギーによる将来の電力システムのほうが、現在よりも安いコストで運営できることを数多くのデータが示している。ワシントンの連邦政府が知らなかったとしても、電力の供給者は把握している。すでにインディアナ州、ミシガン州、ミネソタ州、コロラド州、ユタ州の電力会社は、需要家のお金を節約するために、古い石炭火力と原子力発電所を段階的に撤廃して、風力と太陽光に切り替え始めた。カリフォルニア州 とニューヨーク州では、安価になった蓄電池などを活用して、柔軟性に富んだクリーンエネルギーの供給体制を作り、天然ガスを代替する取り組みに着手している。
自然エネルギーの比率が高くなった場合、四六時中安定して電力を供給できるのか、という懸念をよく聞くが、ほとんどが見当違いな不安である 。エネルギー省が評価した結果によると、”すでに現時点で導入可能な”自然エネルギーをより柔軟な送配電網と組み合わせることで、2050年に80%まで比率を高めても問題なく電力を供給できる。自然エネルギーと送配電の技術は年々進化している。米国よりも信頼性の高い送配電網が整備されている欧州の4カ国では、水力発電がほとんどない状況でも、自然エネルギーの比率は46~71%に達している 。
米国内ではアイオワ州 とテキサス州が風力発電で先頭を走る。アイオワ州では35%以上の電力を風力で供給している。風車が建っている土地の農家には副収入がもたらされ、この州の住民は全米で最も安い料金で電力を使うことができる。米国全体で自然エネルギーを活用できる柔軟性の高い送配電網を構築するには、4,760億ドル(約50兆円)の投資が必要になる見込みだが、その経済効果はエネルギーの節約と信頼性の向上がもたらす便益によって、投資額をはるかに上回る2兆ドルに達する 。
炭素税の収入をすべての国民に平等に還元
第2の施策は、炭素に価格を付けて税金で徴収し、その収入をすべての国民に平等に還元することである。温室効果ガスの排出を必要な規模とスピードで削減するためには、これが最もコスト効率の良い手段になる。3,500人を超える経済学者(そのうち27人はノーベル賞の受賞者)が署名した文書の中に書いてある 。炭素に価格を付けるカーボン・プライシングを国境税にも適用して、国民に還元する。そうすれば、米国は排出量を輸出することなく、労働者階級の人たちに損害を与えることもない。エネルギー効率化とクリーンエネルギーの障壁になっている市場の問題を解消すれば、価格シグナルの効果によって、もっと安いコストで温室効果ガスの排出削減に必要な対策を実行できるようになる。
一方で産業・農業分野のように、温室効果ガス排出削減のための代替策が限られていて、しかも燃料価格に対する感度が低い領域では、別の手段が必要になる。それが第3の施策である。世界で最も成功している研究開発機関は、米国の連邦政府だ。その力を活用して、まだ残っている技術的な課題を解決する。これまでに連邦政府の研究開発を通じて、インターネットをはじめ、GPS(人工衛星による位置情報計測システム)、シェールガスの採取に使われる水圧破砕法、数多くの重要な新薬、そして最近では蓄電池の技術革新を生み出してきた。今こそ連邦政府は民間企業と協力して、産業・農業分野の排出削減に有効な初期段階の技術開発に投資力を振り向けるべきだ。初期段階の技術に投資すると、成功例よりも失敗例のほうが多くなる。しかし大きな成功をいくつか生み出すことができれば、米国の経済、そして地球全体に計り知れない価値をもたらす。
エネルギー転換は低所得層に最大の恩恵
最後に提言したい第4の施策は、投資判断をコストだけではなく、正味価値(ネットバリュー)に基づいて決定することである。「経済成長を促す環境政策」を批判する人たちは、会計項目の一面しか見ていないことが多い。例えばウォールストリートジャーナルのコラムニストが書いた最近の記事では 、米国内の建築物のエネルギー効率を改善する費用として、合計で4,000億ドルかかることを指摘している。本来は改善によるエネルギーの節減額から費用を差し引いて、正味価値で判断すべきだ。その効果が1兆4,000億ドルにのぼることに記事では触れていない。
エネルギー転換による正味価値の多くが、労働階級の国民にもたらされる。米国全体で見ると、低所得の家庭が負担するエネルギーコストの割合は、所得の多い家庭と比べて3倍にもなっている。低所得の家庭は高価な暖房用燃料に依存せざるを得ず、古くて非効率なボイラーや機器を使い、断熱性の悪い家に住んでいる。化石燃料を使っている近くで生活して、病気にもかかりやすい。彼らがエネルギー効率を改善した建物に住み、化石燃料に依存した暮らしから解放されて、より低コストの自然エネルギーで生活できるようになれば、誰よりも大きな恩恵を受ける。
あらゆる分野の産業競争力を考えると、こうした変化を急がずにはいられない。中国は2018年に、米国の4倍の規模の太陽光発電設備を新たに導入した。これから何十年にもわたって産業競争力を強化できることだろう。米国の自動車メーカーが現政権による貿易戦争の影響を大きく受けているあいだに、中国では2019年に電気自動車の販売台数が前年比2倍の200万台に達するとの予測がある。これは全世界の電気自動車の販売台数の半分を占める。
二度とないチャンスが目の前にある
エネルギー効率化と自然エネルギーは、一般の人たちから圧倒的な支持を得られる。それは数多くの便益をもたらすからだ。競争力と雇用、国家の安全保障と地域の選択権、健康と環境、公平性と技術革新を期待できる。こうした成果のいずれかを好ましいと思えるならば、たとえすべての成果を望まないとしても、市場が先導するグリーン・ニューディールを支持できるはずだ。あるいは、どの成果が最も重要であるかについては賛同できるだろう。これまで米国のエネルギー転換は、意欲あふれる起業家と民間企業によって進められてきた。決して政治家によって進められてきたのではない。いま、ようやく議会が非常事態に野心的に取り組むようになり、現実の危機とともに二度とないチャンスがわれわれの目の前にある。イデオロギーを超えた賢明な政策を通じて、市場の力をフルに活用すれば、エネルギー転換の動きが止まることはない。