1. はじめに
鉄鉱石を還元して製品を作るプライマリ製鉄―特に、現在その大半を占める高炉製鉄では、製造時のCO2排出が多く、一刻も早い脱炭素化が必要となっている。スクラップ鉄を原料とするリサイクル製鉄の拡大は重要だが、世界的にはスクラップの量に限界があるため、プライマリ製鉄を維持する必要がある。つまり高炉製鉄を脱炭素プロセスへと転換することが必須である1。
脱炭素へ向かうためには、技術的な課題の解決はもちろんだが、大規模設備の転換を伴うことから、設備投資や初期の操業など供給側への支援に加え、生産された製品に対する需要が着実に伸びていくことも必要だ。脱炭素化への過程で生産された、「より低炭素な鋼材」を評価し、他と区別して支援すること、需要を促進していくことの意義は大きい。
脱炭素時代に求められる鉄鋼製品のいわば最終形態は、直接排出が完全にはゼロにはならず、少し排出量が残る「ニアゼロエミッション」であるとされるが2、現在はまだ、「ニアゼロエミッション」レベルの低炭素鉄製品が、商用規模では生産されていない3。過渡期にある現在、日本では、証書を活用してバーチャルに排出量を引き下げた鉄鋼製品が商品化され、政府はその生産・供給への支援を開始した。これについての議論は一昨年から続いており、日本鉄鋼連盟のガイドラインの改定などを経て、現在は、IDDI (産業高度脱炭素化イニシアティブ)4、GHGプロトコル5、SBTi (科学に基づく目標設定イニシアティブ)6、世界鉄鋼連盟など、国際的なイニシアティブ等でその是非や対応が論じられている。
自然エネルギー財団は、これまでも脱炭素時代に向けた鉄鋼製品のあるべき姿や、マスバランス鉄やグリーン購入法に関して課題とその解決法を繰り返し述べてきたが7、今回は、低炭素な鉄鋼製品への取り組みの現状を日本と世界について、2回のコラムで紹介し、脱炭素化に真につながる生産を促し、その需要を拡大していくには、何が重要なのか、残された、また新たな課題は何か、整理する。
2. 日本でのマスバランス鉄製品の展開
日本鉄鋼連盟(JISF)は、まだリアルには生産されていない脱炭素時代の鉄鋼製品の代替として、「マスバランス方式を適用したグリーンスチール(以下、JISFマスバランス鉄という)」を活用すべく、「グリーンスチールに関するガイドライン」(以下、ガイドラインという)8を定め、定義等を示している。製鉄会社が実施したCO2排出削減対策の効果(削減実績量)を、社内でプールし、証書化して、任意の鉄鋼製品に割り当てるというスキームだ(図1)。あらゆる製品のカーボンフットプリント(CFP)9を任意に減らすことが可能で、その製品をゼロエミッション~低CO2排出鉄鋼製品とみなす。日本の高炉メーカーは3社とも、このガイドラインに則って製品を販売している。この商品の特徴は、
- ・会社内というバウンダリの範囲であれば10、必ずしも削減プロジェクトを実施するのと同一の製造工程から製品が生産されなくていいーつまり、どの商品にでも低炭素鋼にできる
- ・製品本来のカーボンフットプリント(CFP)算定結果と、会社による削減証書を組み合わせ、第三者検証を経ることで、任意の排出量の低炭素鋼ができる
- ・いくつかの削減プロジェクトの効果をプールして最大限活用できる
という点に集約できる。日本製鉄の「NS Carbolex ®」、JFEスチールの「JGreeneX®」、神戸製鋼所の「Kobenable®」と、各社ブランディングを進めている。
一方で、リサイクル製鉄を行う電炉鋼メーカーも、主として電源を脱炭素化する対策を進め、もともと低い排出原単位をさらに低くする商品―東京製鐵の「ほぼゼロ」、中部鋼鈑の「すみれす」、ヤマトスチールの「+Green」を販売している。
図1 JISFマスバランス鉄のイメージ
これに対して、政府は、経済産業省の主導で「GX推進のためのグリーン鉄」を定義し、それに対する官民の支援策を進めている。曰く、「企業単位での追加的な直接的排出削減行動による大きな環境負荷の低減があり、排出削減行動に伴うコストを上乗せした場合には、一般的製品よりも価格が大きく上昇する鋼材」11である。この定義の対象である鉄製品の製造を支援をするとともに、需要喚起を行う。
この定義づけが行われた経済産業省主催の「GX推進のためのグリーン鉄研究会」の取りまとめ(2025年1月)12では、JISFマスバランス鉄製品をGX推進のためのグリーン鉄と結論付けるには、さらにいくつかの検討・確認が必要だとしていた。会社の発行する証書で、「製鉄会社の販売方針に合わせて、CO2削減総量を任意に割り当てる」としていることの是非など、CFPのシステムとの整合性や運用ルールの整備が必要であること、また国際的な基準等との整合を図り、国際的にも理解を得る必要が言及され、その後国際的な場での議論へと進んでいる。
一方で政府はこの取りまとめに先立って、2025年1月にグリーン購入法を改正し、JISFマスバランス鉄製品を対象として、その率先的購入を位置づけている。また同月、クリーンエネルギー自動車補助金の中で、革新電炉等で製造する鋼材の使用車への補助金を最大5万円加算する措置が閣議決定され、2025年度の補助金に適用されるなど、需要側支援措置を開始している。
表1 GXグリーン鉄に関する日本政府の支援策―需要側および供給側
【需要側支援】

【供給側支援】
3. JISFマスバランス鉄の課題
JISFマスバランス鉄を低炭素鋼として普及させる際の懸念は、大きく3点ある。
- リアルなニアゼロ製品が市場に出回るまでの過渡期の対策であるのに、かえってリアルな製品の生産・普及を阻害しないか、脱炭素化への移行を遅らせないか。
- 適用される削減プロジェクトが適正なものか、真に鉄鋼産業の脱炭素化、ネットゼロに向かうものかどうか。
- 削減量を算定して製品に割り当てるスキームに信頼性があるかどうか。削減量プロジェクトの効果を算定し、プールし、証書化し、割り当て、管理する、というルールが適正で、的確に執行されるかどうか。
1) 過渡的対策としての課題
JISFマスバランス鉄が、過渡期の対策としての役割に徹しているかどうかについて、まず懸念材料となるのが、その普及の時限である。最近の鉄鋼連盟のプレゼン資料では、「プロセス転換完了までの移行期」13にマスバランス鉄を使うとしており、その終期は明確でない。
マスバランス鉄のために算定される削減実績量とは、例えば高炉から電炉への転換をする場合、その転換前と後の排出量の差である。転換直後は削減量としての合理性があるとしても、何年も経たあとで、なお従前の高炉時代の排出量と比較して、削減量をカウントする、またその削減量をプールしてさらに何年かバンキングするということを長く続けていいわけがない。またカーボンプライシングが浸透しているはずの時期まで、この制度が存在するということも避ける必要がある。
世界をみると、スウェーデンを拠点とするステグラ(Stegra)や、ドイツのザルツギッター社(Salzgitter AG)のように、今後数年の間に水素還元製鉄を商用規模で生産開始するとしている企業も出てきている。水素供給の遅れもありながら、リアルなニアゼロエミッションスチール生産に向けた国際的な動きがみられる。マスバランス製品の普及はこうしたリアルなグリーンスチールの日本での生産・普及を遅らせるものであってはならない。
現在、リアルなカーボンフットプリント(CFP)の算定に加えて、削減証書を足すのではなく、カーボンフットプリントの算定の内訳として削減量を取り込むという方法も検討されているという。その場合には、表示の仕方も含めて、いかにリアルな低排出鋼と区別していくかについて、一層注意する必要がある。
こうした点を考え合わせると、JISFマスバランス鉄には、早めにその役割を終えてもらう必要がある。日本で高炉を代替する大型電炉が2028年から実現することを考えても、マスバランス鉄が過渡的対策としての意味を持ちうる時期は、長くても今後約10年、2035年ごろには終了することを前提に考えるべきである。
賞味期限を10年と考えると、出口戦略も重要となる。脱炭素時代であっても、脱炭素時代であっても、鉄鋼製品の最終形態はニアゼロエミッションであり、過渡期に90%以上の排出削減を実現することは難しい。それを考えると、マスバランス鉄製品でバーチャルにゼロ排出の製品を作り出すこと自体が適切とはいえない。排出削減をニアゼロエミッションの範囲以下に限るなどの対策も必要だ。
そして、需要家が、より低炭素な鉄鋼製品を安心して選択できるような評価、ラベリング制度を導入していくことが極めて重要である。この点については、コラムの続編で述べる。
2) 削減プロジェクトの適正さ
削減実績量を生みだすプロジェクトは、どういうものであるべきかー前述の経済産業省による「GX推進のためのグリーン鉄」の定義では、要件は次のとおりである。
① 企業内をバウンダリとするものであること
② 追加性のあること
③ 直接的な排出削減行動であること
④ 大きな削減があること
⑤ コストが大きいこと
これに対して、鉄鋼連盟のガイドラインにも同様の要件が挙げられている。
① 原則という但し書きつきながら、組織内で実施されること
② 追加性を伴うプロジェクトーつまり生産量や製品の範囲の変更によるものではないこと
③ 組織自ら計画し、国内の一貫した体制の下で責任を持って遂行する
などだ。また、④大きな削減であり、⑤コストが大きいこと、については、ガイドラインが引用している追加性に関する判断テスト(表2)が適正に運用されるなら、経済産業省の示す要件については、ほぼ網羅しているといってよい。
表2 GHGPの”Project Accounting Standard(プロジェクト会計基準)” における追加性の判断テスト
これらの要件に加えて、当財団がこれまで必要だとしてきたのは15、削減プロジェクトがその企業の脱炭素戦略(移行計画)でどのように位置づけられ、企業の排出がネットゼロに向かうことを担保するのかという点である。削減プロジェクトが脱炭素化に直結していくものでなければ、手厚い政策支援や民間調達の促進策の対象とするには不適格だ。その後、各社が移行計画を具体化してきており、少なくとも2030年ごろまでの姿は見えるようになってきた。その結果が表3である。高炉3社の販売するマスバランス鉄製品に割り当てられている削減量は、これらの削減プロジェクトによるものと考えられる。大きくは次のような対策に分けられる。
表3 高炉各社の「削減プロジェクト」
(マスバランス鉄製品にその削減量を割り当てると目される対策プロジェクト)
●転炉でのスクラップ鉄の利用拡大:スクラップのサプライチェーン再構築へ
現在のマスバランス製品のうち、日本製鉄とJFEスチールのプロジェクトには、「転炉におけるスクラップ鉄の使用拡大」による排出削減量が割り当てられているとされる。スクラップ鉄は最初に生産される時点ですでに還元プロセスが終わっているため、回収・運送後、溶解して不純物を取り除き、再成型するというリサイクル工程では、プライマリ製鉄に比べCO2の排出が約1/5と少ない。したがって、これを鉄源に入れることで、鉄鉱石の還元による排出を大幅に削減できる。
しかし、既存の高炉・転炉プロセスを転換するのではなく、そのまま使っており、これが追加性のある削減プロジェクトかどうかは疑問だ。従来とは異なる革新的技術なのか、スクラップの投入に必要となる設備改修等が回収困難な投資にあたるのか、など追加性テストに答えていく必要がある。
一方で、スクラップ鉄利用、特に市中スクラップの利用拡大は脱炭素化に向けた重要な課題であり、そのためにはスクラップの回収量とその質を向上させていかねばならない。鉄リサイクルの効果的な促進のためには、解体・分別の強化から、スクラップ事業の高度化、さらには、製品・建築デザインの再考・規制も含めた、政策強化と、関係者の協働を進めなければならない。鉄・金属分野で、サーキュラーエコノミーの確立に向けた制度構築に向け、従来からの関係者だけでなく、地方自治体や政府、その他新たな主体との多様な連携による協働と投資展開が必要となっている。スクラップ鉄の利用拡大には、こうした鉄源のサーキュラーリティを高めるためのシステム構築への貢献も含めて考えられるべきである。
●還元鉄の高炉・転炉での利用
自然界では酸化鉄として存在する鉄鉱石から酸素を取り出す(還元する)プライマリ製鉄の手法の中では、石炭(炭素)を還元剤として用いる高炉製鉄と比べると、天然ガス(ガス中の水素等)を用いる直接還元製鉄は、CO2排出が半分ぐらいで済む。現在、大量生産によるコスト効率等で有利な高炉法が世界的に大勢を占めているが、天然ガス産出国などでは使用されている。この天然ガスベースの直接還元鉄(DRI)は、すでに還元を終えているので、スクラップ鉄と同様、鉄の主要原料として活用することが可能だ。
輸送しやすい形態に押し固めたホットブリケット鉄(HBI)を輸入して、高炉製鉄の原料の一部とするプロジェクトが行われている。その分、石炭の消費量が減少し、排出が削減される。神戸製鋼所は、すでにDRIを高炉に投入するプロジェクトを実施し、従来の高炉製品と比べ25%のCO2排出削減を実現16、その削減を原資にグリーン鉄製品「KOBENABLE」を販売している。JFEスチールでは、高炉に設備を付加することで、還元鉄の連続投入を実施しようとしている。
既存の高炉プロセスを転換するわけではないため、「スクラップ鉄の高炉への投入」と同様の課題があるが、過渡期の対策と限るなら、直接還元鉄を確保していくことは、プライマリ製鉄の脱炭素化の重要なステップとして位置づけうる。近年の天然ガスによる直接還元鉄技術の中には、天然ガス100%から水素100%まで水素の使用率を自由に設定できるものが出てきており17、ネットゼロ技術へのスムーズな移行が可能とされる。こうした技術の採用など、将来的に脱炭素水素に移行する計画が含まれているかは重要な条件である。
●高炉の転換プロジェクト「革新電炉」:DRIの確保が重要課題
削減プロジェクトで、今最も重要なのは、高炉を転換する「大型革新電炉の導入」である。「革新電炉」とは、従来の電炉とは異なり、無方向電磁鋼板など高品質な鋼材を製造できるとされ、高炉の代替として、高炉メーカーの脱炭素化計画の中に位置づけられている。
日本製鉄では瀬戸内製鉄所・広畑地区で従来の電気溶融炉に代えて電気アーク炉(EAF)が導入され、2022年から稼働しているが、今後の予定として、日本製鉄では福岡県の八幡地区、山口県の周南地区、兵庫県の広畑地区で、JFEスチールでは岡山県の倉敷地区での電炉導入計画が公表されている(表3)。
高炉から電炉に転換する場合、高炉と同様の(高品質な)製品を引き続き生産するためには、技術革新が伴うとして、「革新電炉」の導入に対し、政府は、その初期投資の1/3を補助し、また税制控除の対象とした。日本製鉄とJFEスチールのプロジェクトに対しては、すでに3,000億円を超える国の財政支援が決定している18。これらのプロジェクトが適切なものかどうかは、かなりの部分、この補助金の要件や審査条件によってチェックされる。つまり、「高炉・転炉を用いた製造プロセスから電炉を用いた高品質鋼生産プロセスへの転換」であるかどうか、である。補助金の交付要件は、以下となっている。
- ・転換前プロセスと比べCO2排出を50%以上削減すること
- ・高炉・転炉の廃止が前提で、それに代わる電炉の導入であること
- ・従来電炉では難しかった高品位鋼材を可能にすること(不純物(リン・窒素)濃度基準19)
この点は、補助金の審査でも十分確認されているはずである。
ここで注目したいのは、補助金の条件としては明確でないが、もう一つ下記の点である。
- ・原料としてスクラップ鉄に加え、直接還元鉄(DRI)を使うこと20
革新電炉の原材料は、スクラップ鉄と直接還元鉄(DRI)とされる。排出削減のためには、スクラップ鉄の使用量を増やすことが有利に働くが、一方で高品質製品の生産のために不純物を減らすには、投入スクラップの質・量を問いつつ、DRIで補う必要がある。前述のように、質の高いスクラップを確保することの重要性もさることながら、現在商流がほとんどないDRIを確保することは決定的に重要だ。この点については、日本製鉄、JFEスチールどちらもカーボンニュートラル戦略を示す資料にDRIの使用を示しているが、高炉・転炉プロセスを転換する電炉として、重要な要件であるだけに、引き続き注視していく必要がある。この点については、次章でもう少し詳しくみていく。
3) マスバランス鉄のスキームの信頼性
JISFマスバランス鉄を、手厚い政府からの支援対象とし、調達した需要家がその削減効果を主張できる(スコープ3の削減としてカウントできる)ものとしていくには、まずそのベースとなるJISFマスバランス鉄のルールが信頼性を保てるかが、3つ目の課題である。適正な削減プロジェクトを実施したあとに、その削減実績量を算定し、証書化し、製品割り当て、管理する、というルールが適正で信頼できるか、という点である。
この1年半の間で、鉄鋼連盟のガイドラインが改定され、その間いくつかのルールが改善され、また鉄鋼各社も脱炭素化計画の更新・公表するなどにより、明確になってきた点がある。
- ・2013年まで遡ることができるとされていたプロジェクトの条件は削除
- ・削減プロジェクトの条件として、追加性などの条件がより明確に
- ・削減実績量の有効期限は、算定後3年間と限定
- ・マスバランス鉄製品は、削減プロジェクトと製品の間に物理的関係があることが前提(サイト間の鋼片の授受を要件とする)
- ・アロケーションのルールを明確化。配分をしない製品の排出原単位は、従前の排出原単位を上回らないなど
- ・リアルな鋼材別排出原単位が、CFP・EPD(環境製品宣言21)等で示され、実績削減量は証書で示し、リアルな排出とバーチャルな排出を区別
一方、まだいくつか不明確な点も残ってはいる。ガイドラインの改定もさることながら、今後必要なことは、具体例の公表により、ルールの信頼性を固めていくことだ。特に需要家からみて、現在のガイドラインだけでは、トレーサビリティやトランスペアレンシーが十分確保されているとはいえない。以下のような点を明示していくことが必要だと考える。
- ➔すべての削減プロジェクトの具体的内容(実施場所や採用する技術、規模等)
- ➔すべての削減プロジェクトの適格性(追加性テストなど)
- ➔すべての削減プロジェクトの削減実績量算定について、その具体的算定方法と算定内容
- ➔削減実績量を配分しない鋼材について、鋼種別排出原単位の算定期間が算定プロジェクトの開始後となる場合の措置の具体的内容(EPDの取り直しも検討されるべき)
- ➔毎年の実績削減量の創出、割り当て、蓄積量等の管理実績
- ➔第三者認証の認証事例―第三者性を含めた、認証の具体
上記のように、JISFマスバランス鉄をGXグリーン鉄として、政府の補助・税制控除や、民間の需要を促進する政策の対象とし、需要家が安心して調達できる対象としていくためには、現在の鉄鋼連盟のガイドラインに定めることや、政府の補助の要件を超えて、もう一段階取り組みのギアを上げ、透明度の高い対応をしていくことが必要と考える。
4. 直接還元鉄(DRI)プロジェクトの進展の必要性
削減プロジェクトの鍵となる「革新電炉」には、原料にスクラップとともに直接還元鉄(DRI)を使用することが決定的に重要だと前章で述べた。実際、高炉各社もそれに向かって取り組みを進めていると思われる。
DRIの製造・利用に関する各社の動きは表4の通りである。ニアゼロエミッション製鉄に向けては、水素直接還元が現在最重要と考えられており、世界各地で導入が始まっている技術もある。ただしDRI製造に適した品質の鉄鉱石が必要で、コストも高く供給量にも制約があることから、低品位の鉄鉱石を原料にした水素直接還元を実現するためのR&Dが行われている。しかし、2030年前にも稼働する日本の「革新電炉」には間に合わない。現在、世界的にみてもまだ脱炭素の水素製造・供給が本格化していないことを考えると、天然ガスベースであっても、そのサプライチェーンを構築していくことには価値がある。
表4 高炉各社の直接還元鉄(DRI)生産・利用に関する動き
JFEスチールによるUAEでのプロジェクト、神戸製鋼所によるオマーンのプロジェクトは、天然ガスによるDRI製造を2030年までに実現することが計画されている。また将来的には、天然ガスからグリーン/ブルー水素への転換が言及されている。これらのプロジェクトを実現させて、ガスDRIそして将来の水素DRIの安定供給を実現することは日本の鉄鋼業の脱炭素化にとって不可欠といってよい。一方で日本製鉄は、直接還元鉄製造に適した品質の鉱石確保へ歩を進めている22ものの、DRIの生産・調達について具体的な方策が示されていないのが懸念点だ。
ちなみに、米国のビッグリバー製鉄所(BRS)は、電炉により無方向性電磁鋼板を製造していることで有名だが、日本製鉄がユナイテッドスチール(USS)を取得したことで、日本製鉄傘下となった。2024年にレスポンシブル・スティールによる環境・社会・ガバナンスに関する基準をクリアして「サイト認証」、そして世界初の「製品認証」を受けている。CO2排出は、1.34CO2e/粗鋼トン、スクラップ使用率は、57.2%である23。八幡地区等の電炉で、同様の高品質鋼生産を行うことを考えると、このように高スクラップ利用のプラント操業は重要な参考事例になると考えられる。
ただ気になるのは、BRSでは、鉄源としてスクラップ鉄に加えて、USSのGary製鉄所の高炉から産出された銑鉄(pig iron)を使っていることだ。USSでは銑鉄供給にゆとりがあり、コスト合理性があるのかもしれないが、日本では、特に高炉転換を目的に導入される電炉プロセスだけに、銑鉄利用は避けるべきだ。
5. 終わりに
昨年来、JFEスチール・日本製鉄が進める「高炉から「革新電炉」への転換」に対して、政府が補助金交付を決定し、プロジェクトが本格始動した。政府は「GX推進のためのグリーン鉄」を定義し、公共調達や、補助金など、需要面での支援策も開始し、需給両面の政策が実現している。しかし、その対象となるマスバランス法を活用した製品に、疑問が呈されていることも事実であり24、国際的な議論も続いている。現段階では、需要家が調達に前向きに踏み出す環境が整っているとは言い難い。
これに対して、日本の鉄鋼会社は、より透明性が高く、トレーサビリティの高いシステムを構築し、脱炭素に真につながる削減プロジェクトを進めることで、より信頼性の高いマスバランス鉄製品の供給を示す必要がある。鉄鋼連盟のガイドラインを超えてこれらの条件を追求することで、マスバランス鉄は、用途や生産地にとらわれずに購入できる、需要家が活用しやすい製品という利点も生かし、移行の初動を後押しする役割を担うことが可能だろう。同時に需要家側も、仕組みの透明性やトレーサビリティの確立、そして意味ある削減プロジェクトの選定を要求するなど、国際的にも通用する低炭素鋼の調達に向けて行動する必要がある。さらには、削減量が大きくなくともリアルな排出削減を実現している低炭素鋼を選択していくなど、プレミアムを支払う対象を吟味することで、グリーン市場を形成するのは需要家の役割でもある。
マスバランス鉄には期限がある。10年以上存続し続け、真のグリーンスチール時代への展開を遅らせることのないようにしたい。リアルなグリーンスチール製品の登場を促し、いち早く役割を終えることに、その意義がある。そのための出口戦略として、低炭素鋼のラベリング制度なども用意していく必要がある。投資判断を遅らせた神戸製鋼所も、一刻も早くキャッチアップし、遅れを逆手に、マスバランスに頼ることなく、リアルなグリーン製品の供給を実現してほしい。
「革新電炉」プロジェクトは高炉からの転換の第一歩である。「転換」を具現化するには、海外も含め水素利用も視野に入れた直接還元鉄のサプライチェーンを新たに整備し、鉄に関するサーキュラー戦略・政策を構築していく必要がある。特に水素直接還元鉄の国際的な生産・貿易を主導することは、日本だけでなく世界の鉄鋼産業の脱炭素化に大きく寄与する。リスクの高まる国際情勢の中であっても、日本の鉄鋼業が、脱炭素化を着実にビジネスへと統合し、将来の競争力を高めることで、世界の鉄鋼業界をリードしていくことが期待される。
- 1同時にスクラップ鉄を使うリサイクル製鉄のさらなる脱炭素化も必要で、その製品の幅・質を上げていくこと、使用する電力の脱炭素化など、ニアゼロエミッションに向けた対策を促す必要も忘れてはならない。
- 2IEA 2022, Achieving Net Zero Heavy Industry Sectors in G7 Membersによれば、「ニアゼロエミッションスチール」は、プライマリ製鉄(スクラップ割合0%)の場合、製品の排出原単位は0.4CO2eトン/粗鋼トン、セカンダリー製鉄(スクラップ割合100%)の場合、0.05CO2eトン/粗鋼トン以下をニアゼロエミッション生産と定義づけている。
- 3プライマリ製鉄における世界初となるニアゼロエミッション生産を目指す商用規模のプラント工事が、現在スウェーデンのステグラ社により進められている。水素直接還元鉄による生産が、2026年にも実現すると発表されている。
- 4IDDIは、世界29か国が加盟するクリーンエネルギー大臣会合(CEM)内で、英国とインド主導により、鉄鋼とセメントを含む低炭素排出材料の市場を活性化させることを目的として設立された。国連工業開発機関(UNIDO)の支援の下、低炭素排出製品の公共調達を推進するため、製品の排出原単位の標準化、公共・民間部門の意欲的な調達目標を設定し、低炭素排出製品の開発、産業ガイドラインの制定を奨励している。
- 5GHG(温室効果ガス)プロトコルは、世界環境経済人会議(WBCSD)と世界資源研究所(World Resource Institute: WRI)が共同で、オープンで包括的なプロセスを通じて作成する、GHG排出量の算定と報告の国際基準である。
- 6SBTiは、WRI、国連グローバル・コンパクト、WWF、CDPなどをパートナーに創設された。世界の企業・金融機関が科学的知見と整合した目標(Science-based target)を設定することを支援する。世界の平均気温の上昇を1.5度に抑え、遅くとも2050年までにネットゼロを達成するために必要な水準に沿ったGHG排出削減目標を設定するための基準、ツール、ガイダンスを開発、認証等を実施している。
- 7「GX推進のためのグリーン鉄研究会取りまとめに向けた意見 」経産省「GX推進のためのグリーン鉄研究会に 寄せられた意見」(2025年1月)に収録
「グリーンスチールの市場形成に真に貢献する基本方針改定を求める:マスバランス製品の脱炭素性能の明確化を(グリーン購入法基本方針改定案)」(2024年12月)
「グリーンスチールの市場形成に向けてーマスバランス方式活用の課題と条件」(2024年7月) - 8日本鉄鋼連盟(2025)「グリーンスチールに関するガイドライン」現在Version 3.1
- 9カーボンフットプリントとは製品・サービスの原材料調達から生産、廃棄、リサイクルに至るライフサイクル全体を通した温室効果ガス排出量を、CO2排出量に換算した値。その表示を通して、事業者のみならずサプライチェーン全体、また消費者が排出量を把握し、管理・削減を促進する。
- 10会社内の生産拠点同士は、鋼片のやり取りがあり、物理的な関連性があるということを前提としている。
- 11経産省「GX推進のためのグリーン鉄研究会 取りまとめ」2025年1月
- 12https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/green_steel/20250123_report.html
- 13国土交通省「建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会」第3回 資料3-3一般社団法人日本鉄鋼連盟資料(2025年7月)
- 14https://ghgprotocol.org/project-protocolhttps://ghgprotocol.org/sites/default/files/standards/ghg_project_accounting.pdf
- 15自然エネルギー財団「 GX推進のためのグリーン鉄研究会取りまとめに向けた意見」(2025.1)
- 16神戸製鋼所プレスリリース「KOBELCO グループの製鉄工程におけるCO₂低減ソリューション 第2弾」~高炉工程において世界最高水準のCO₂排出削減効果25%の実機実証に成功~(2023年10月)
- 17神戸製鋼所の100%子会社であるミドレックス・テクノロジー社のidrex Flex™、イタリアのテノバ社、ダニエリ社の共同開発Midrex Flex™のEnegironがすでに実用化されている。
- 18「排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業」により、日本製鉄は広畑で約428億円、八幡・周南で約2,087億円、JFEは倉敷で約1,045億円の補助が決定している。https://2025.hta-hojo.jp/
- 19戦略分野国内生産促進税制によるグリーンスチールの法人税額控除の要件として、普通鋼製造であれば、窒素濃度が0.004パーセント以下、リンの濃度が0.015パーセント以下という基準が設定されている(自動車外板用高級鋼を想定)。不純物に関しての基準は、欧州規格(EN10149高張力自動車用鋼板)ではリンが0.02%以下とされており、米国のASTM規格でも同様である。窒素については明示されていないが0.004%は求められる水準としては十分といえる。建築構造用途では、JIS材は、リンは上記自動車用より基準が緩やかで0.035%以下、加えて硫黄の濃度が0.035%以下といった水準であり。これはEN規格やASTM規格とほぼ同等である。
- 20上記プロセス転換への補助金審査の基本的要件として、「原料の調達計画について、安定調達に向けた取り組みなどが十分考慮された計画」であることがあげられており、各社により冷鉄源の確保体制等は計画されているはずだ。
- 21EPDとは、製品の環境情報をLCA手法により定量的に評価し第三者検証を経て提供する仕組みのこと。
- 222024年12月、日本製鉄は、カナダの鉱山会社と双日との合弁会社を設立し、DRグレードの鉄鉱石を産出するKami鉄鉱石鉱山の権益を取得、開発・操業を行うことを発表。
- 23レスポンシブル・スティールのBRSに対する製品認証のデータによる。
- 24「日本鉄鋼連盟が推進する低排出鋼材、世界基準と乖離:国内外の市民団体が反対声明」(2025年6月)




