グリーン購入法基本方針改定案への自然エネルギー財団の見解グリーンスチールの市場形成に真に貢献する基本方針改定を求めるマスバランス製品の脱炭素性能の明確化を

2024年12月6日

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 鉄鋼業の脱炭素化にむけては、「低炭素な鉄鋼製品」の需要が拡大することで、脱炭素化への大きな投資を支えていく構造を作り出すことが重要だ。政府もGX戦略において、鉄鋼分野での脱炭素化に向けた投資促進や支援策とともに、市場創造を大きな柱として位置づけている。今回のグリーン購入法の基本方針の改定は、GX戦略の一環として、公共が率先して「グリーン」な鉄製品を調達することで、グリーン市場の形成に寄与する狙いがある。これ自体は重要な方向性で、評価すべきである。しかし鉄鋼製品に関する「『環境物品等の調達の推進に関する基本方針』改定案」をみると、この目的に対して不十分な規定と言わざるを得ない。

 今回のグリーン購入に関する改定案は、鉄鋼を使用する物品を公共調達する際には、一般社団法人日本鉄鋼連盟作成のガイドラインに基づく「マスバランス方式を適用したグリーンスチール」(以下、「マスバランス製品」)を積極的に調達すべし、というものである。しかし、現段階では、マスバランス製品であることが環境性能の高さに結びつくかは明確でなく、またその方式についても課題がある。こうした課題を解決しないまま、鉄鋼製品についてグリーン購入法の「基準値1」1としてマスバランス製品を「判断の基準」2に規定することは、時期尚早である。

 問題は、次の点に集約できる。なお、マスバランス製品の課題やその解決方策等についての詳細は、財団レポート「グリーンスチールの市場形成に向けて:マスバランス方式活用の課題と条件」を参照していただきたい。

1.マスバランス製品であるかどうかは、それだけでは環境性能の高さを示す基準にならない

 マスバランス製品は、会社内でのGHG削減プロジェクトによる削減量を集め、その削減量を、会社が発行する証書によって任意の製品に任意の量を割り当てることで、特定の製品の排出量をバーチャルに減らす仕組みである。この方式については、国内外で議論が進行中で3 、課題(主要なものは以下に示す)もある。

 今回の改定案では、マスバランス製品であるということだけで「基準値1」と位置付けている。製品の排出量(カーボンフットプリント、以下「CFP」)の開示は求められるものの、最終的な製品の排出量がどのレベルであるべきという基準は示されていない。製品の販売会社が発行する証書によって、特定の製品の排出量をバーチャルに下げるというスキームを認めたとしても、最終的にその製品のものとされる排出量が、市場の他製品より低いかどうかは、このままではわからない。つまりマスバランス製品であるからといって、優れた環境性能を有するとは限らないのだ。

 したがって、「基準値1」として、マスバランス製品であることを規定しても、環境性能の高い製品を調達するという、グリーン購入法の目標が満たされるとは限らない。

2.製品の実排出(CFP)に基づく低炭素基準なしに、環境性能の高い/低いは示せない

 鉄鋼業の脱炭素化に向けては、①製品ごとのCFPの表示・開示を普及徹底し、②どのレベルが低炭素製品なのかを評価・認定し、③その基準を引上げていく、という王道が、現在のところ、執られてない。マスバランス製品のように、証書を使ってバーチャルに削減を減らす試みを進める前に、実際のGHG排出量をもとに、低炭素製品を排出量等で、格付けする基準を定めるといった、全ての鉄鋼製品の排出量の削減を促進する仕組みを導入すべきである4。そのうえで、マスバランスなど、証書などを用いることが適切かどうかを議論・判断する必要がある。

 日本政府のイニシアティブで、現在世界の鉄鋼関係者は、鉄鋼製品・生産のデータを収集する国際的取組を展開している5。こうした取り組みも中間段階に入っており、それらのリアルな排出データを基にして、何が低炭素製品かという議論がすすめられるべきである。 日本でも、現在まだごく少ない鉄鋼製品の実排出量の表示(環境製品宣言―EPD等による)6を早急に拡大しつつ、どのレベルの製品が低炭素製品と位置付けられるかの検討を進めなくてはならない。

 移行期の対策として緊急に、公共調達用の基準が必要という要請に対しては、排出量の開示義務付けは前提として、暫定的であっても、従来製品より低炭素排出であるという排出基準を設けるべきだ。例えば米国での連邦のクリーン購入―バイ クリーン イニシアティブでは、「大幅に低炭素である」とする調達条件の暫定基準として、鉄鋼材の温暖化係数が類似の材料・製品と比較して上位20%(GHG排出が最も低いところから20%までの範囲)という基準値を設けている。データが不十分であっても、何らかの基準を設定することは可能と考える。

3.マスバランス製品のルールについては、課題の検討・議論が必要

 改定案では、マスバランス製品の定義を、「一般社団法人日本鉄鋼連盟作成の『マスバランス方式を適用したグリーンスチールに関するガイドライン』(以下、『鉄連ガイドライン』)の手法に従って削減実績量が証書として付された鉄鋼をいう」としている。業界団体のガイドラインがそのまま基準設定に引用されるというのは、珍しいケースであるが、この鉄連ガイドラインの内容に課題がある。ガイドライン自体について、より公的な機関で、専門家や、需要家を交え、国際的な動向も視野に、オープンに検討・議論し、判断していくことが必要である。

 マスバランス製品は、製品の実排出量から、他から持ってくる排出削減量を差し引くことで、実排出より排出量を下げたことにするのだが、排出削減量を生み出す「削減プロジェクト」が適切かどうか、そしてその算定方法、削減と製品との関連性、割当ての方法など、鉄連ガイドラインの規定では不足である。第三者認証がマスバランス製品の適正さを証すとしているが、認証行為は、前提となるガイドラインに合っているかを示すものであって、ガイドライン自体の内容を補完することはない。以下に主要な課題点を示す。

1)削減プロジェクトの要件についての課題

 削減プロジェクトの要件として、鉄連ガイドラインでは、①組織内であること、②追加性を伴うこと、③削減実績を合理的に算定可能であること、を挙げている。

 ①では、「一貫した体制の下で責任をもって遂行するプロジェクトであるとういう条件を満たせば、経営に一定の支配力を有する子会社/関連会社などの活動を含めることができる。」としている。この場合、削減プロジェクトを行う子会社や関連会社が同一のインベントリ算定に含まれて、内訳と共に開示されるといったことが同時に行われなければ、ダブルカウントを防止するには十分でない。国境を越える場合も予測されることから、対策の検討が必要である。

 ②の追加性も重要なコンセプトで、「GHG削減という目的がなければ実施されない」、「削減による便益がなければ成立しない」プロジェクトであること、と説明されているが、より詳細な基準がなければ判断が難しい。加えて、削減プロジェクトが、組織全体の排出削減の計画のなかに明確に位置付けられていなければ、その削減が、最終的にGHG削減に寄与するかどうかがわからない。そのために、組織全体の削減対策・計画を、拠点ごとに明らかにし、開示していく必要がある。

 ③削減量の算定方法、特にベースラインの設定は課題である。削減プロジェクトは2013年まで遡ることができるとされている。10年を経たプロジェクトで、いつのデータで、何をベースラインとして算定するのか、その後のベースラインの変化をどう捉えるのかによって、結果に大きな違いが生じる。

 しかし「鉄連ガイドライン」には、ベースライン設定を含め、プロジェクト前後の比較をどのように算定するかについて、具体は示されておらず、方法論も含めて第三者認証による検証・認証を受けるとしている。少なくとも、主要な方法について明示されなくては、客観性をもって十分な検討・議論が尽くせない。また、その算定方法・内容についての開示は必須である。

2)削減量の割り当てについての課題

 「鉄連ガイドライン」では、削減プロジェクトから算定された削減量は、組織内でプールされ、同一組織であれば、任意の製品に任意の量を割り当てることができるとしている。削減プロジェクトと物理的に全く関係を持たない製品にも、自社の発行する証書によって削減量を付加できるとするスキームである7。いくつもの、時期もベースラインも異なる多様なプロジェクトによる削減量は、どのように蓄積、管理され、どのように各製品に割り当てられるのだろうか。最終的に、トレーサビリティは十分に確保されるのか、疑問が残る。

 少なくとも、各マスバランス製品について、いつ実施された、どの削減プロジェクトから、どのような算定方法で算定された削減量が付加されているのかを明示する必要がある。削減量の蓄積・管理に関して透明性を保ち、継続的にチェックを受ける体制などの措置が考えられるべきである。

4.まとめ

 脱炭素化に向けた移行期の対策への投資促進のため、グリーン製品の需要を拡大すること、中でも公共部門が率先して調達することが喫緊の課題となっている。しかし、疑問や課題を残したまま拙速に制度構築していくことは、脱炭素化への道筋を阻害することになりかねない。低炭素鉄鋼製品とその公共調達について、以下のような対策を進めていくことが必要である。

  1. 今回の改定案における「共通の判断の基準」として、「削減実績量が付された鉄鋼が使用されていること」と規定し、その定義として備考)3に「一般財団法人日本鉄鋼連盟作成の『マスバランス方式を適用したグリーンスチールに関するガイドライン』の手順に従って削減実績量が証書として付された鉄鋼をいう。」としているが、現段階で、改定案通りに「判断の基準」を規定することは止める。
  2. 低炭素の鉄鋼製品を評価・格付けするため、製品の実排出量(CFP)に基づく評価基準の検討を開始すべきである。検討の後、それを判断の基準として設定し、他の製品よりも排出についての格付けが高い製品を公共調達の対象とする。
  3. CFP基準策定までの間、暫定措置が必要な場合には、排出量(CFP)に係る削減レベルの目安を、現在可能なデータ、知見に基づいて設ける。
  4. 「マスバランス製品」の活用に当たっては、公的な機関が関わる形でガイドラインや判断基準等の検討を行い、現在のガイドラインの課題を解決する形で制度構築を行う。

 公共調達によって先端的な環境製品の市場を牽引していく意義は大きいが、公的資金を投入する対象としてふさわしい環境性能を明確にすることが重要であり、「マスバランス製品」もそうした基準を満たしていくことが求められる。そして、将来的にはマスバランス方式のようなバーチャルな削減に頼るのではなく、実排出が低炭素となる製品が市場を占めるよう、誘導していくことも併せて考慮されるべきである。

  • 1グリーン購入法による公共調達の対象とするかどうかの基準のうち、「基準値1」は、最低限満たすべき基準である「基準値2」より高い環境性能の基準であり、支障のない限り調達を推進していく基準とされる。
  • 2「判断の基準」は、公共調達品であるための基準であり、「基準値1」「基準値2」の具体の内容を示すものである。
  • 3例えば、鉄鋼業界でも、世界鉄鋼連盟は同様のガイドラインを検討中で(Worldsteel guidelines for GHG chain of custody approaches)、その一部は発表されたが、マスバランス方式におけるアロケーション方法等については、検討途中である。また世界の平均気温上昇を1.5℃に抑える目標に向けたイニシアティブであるSBTiもこの方式での削減量を需要家のインベントリに参入することを認めていない。
  • 4低炭素製品の排出には、リサイクル材の使用量が大きく影響するが、その点を考慮した基準の枠組みの検討・提案は国際的には既に数多くあり、例えば、レスポンシブルスチール(国際規格や認証を通じて社会・環境に責任あるネットゼロの鉄鋼生産を目指す非営利団体)では認証基準として導入されている。
  • 52023年のG7で、議長国日本の主導により鉄鋼生産・製品の「グローバル データコレクション フレームワーク」が開始され、2024、2025年には段階的作業のまとめの時期となっている。
  • 62022年11月時点で登録されているEPD付きの鉄鋼建材製品は67件に過ぎない。日本建築学会「建物のLCA設計改訂版」(2024年3月)
  • 7このように排出削減と、削減量を減じて販売される製品との間に物理的な関係がない場合、削減量の連鎖(Chain of Custody)は、マスバランス方式ではなく、ブック&クレームであるという見解もある。

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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