はじめに
2024年11月、フィラデルフィアで「グリーンビルド国際会議+エキスポ」が開催された。このイベントは、建築業界の未来を描くための重要な場として、例年通り、世界中から18,000人以上の専門家が一堂に会した。今年の主要議題として、脱炭素化、エンボディドカーボン削減、建材のサーキュラリティー、そして自然生態系の保全が特に注目を集めた。さらに、2025年に発表予定のLEED v5(建築物評価システム)の展望も熱心に議論された。
図1.グリーンビルド2024の基調講演:ドン・チードル氏

世界が持続可能性を追求しつつ進化を続ける一方で、日本の建築業界は、この潮流の中でどのような立ち位置にあるのだろうか。エンボディドカーボンの計算がようやく始動した日本では、その意義や実践方法がまだ十分に浸透しているとは言いがたい。一方、EUやアメリカでは、外皮性能の向上や設備負荷の削減に焦点を当てた省エネルギー施策が既に標準化され、建材や建物のサーキュラリティーを重視した国際的な連携が進んでいる。
本コラムでは、グリーンビルド会議で取り上げられた内容を以下の3つの主要テーマに沿って掘り下げ、日本がどのような道を歩んでいくべきかを考える。
- 1. エンボディドカーボン、サーキュラリティ、LEED v5との関係
- 2. 自然全体のエコシステムの保全と建築業界の役割
- 3. Phiusパッシブハウス:建物需要削減とエネルギー変革への展望
1.エンボディドカーボン、サーキュラリティー、LEED v5との関係
脱炭素化への取り組み
脱炭素化は、建築業界が直面する最も重要な課題の一つとして、脱炭素はパリ協定以降、重要なキーワードとして広く用いられてきたが、2024年のグリーンビルドでは特に大きな注目を集めた。会議では、建物のライフサイクル全体を通じた炭素排出削減戦略が議論の中心となった。具体的には、エネルギー効率の向上や自然エネルギーの導入による脱炭素化、低炭素材料の使用によるエンボディドカーボン削減などが、主要課題となっている。建物のライフサイクル全体を通じた視点が強調され、エネルギー削減だけでなく、排出量をkgCO2eで数値化して管理する流れが明確に示された。
図2.展示場で脱炭素効果をアピールするメーカー

エンボディドカーボンの削減とサーキュラリティの実現
建築材料に含まれるエンボディドカーボンの削減は、今後の建築業界における最重要課題だ。大規模木造建築や低炭素コンクリートといった低炭素材料の使用が積極的に推進されており、設計段階で低炭素素材を選択することで、プロジェクト全体のカーボンフットプリントを削減する重要性が繰り返し強調された。具体的に計測・報告可能なツールの導入により、設計者や施工者がより正確に、またより容易にカーボンフットプリントを把握できるようになってきていることで、削減対策が設計・施工の実務のなかで実現される段階に入ったといえる。特に注目すべきは、LEED v4で追加得点として扱われていたWLCA(ホールライフカーボン分析)は、LEED v5ではエンボディドカーボンの計算を必須項目とすると予測されている点だ。この変化は、業界全体の基準を大きく変革し、建築プロジェクトの基準を根本から変える契機となる。
展示会に見る業界の準備
展示会場では、この変化に対応する建材メーカーの取り組みが鮮明であった。低炭素化をアピールする断熱材、鉄材、コンクリートが数多く展示されていて、エンボディドカーボン削減への取り組みが業界全体で加速しつつあることが明らかになった。また、冷媒の漏洩やカーペット、家具といった内装材に関するCO2排出削減が注目されるなど、従来あまり関心が寄せられなかった分野にも焦点が当たるようになっている。建築業界が排出削減を全方位で進めていることを感じさせる動きだ。
サーキュラーエコノミーの進展
「Cradle to Cradle(C2C)」や「Certified Circularity Standard(CCS)」といった製品の循環性に焦点を当てた認証制度が紹介された。製品設計や素材の調達から、循環型システム、パッケージング、素材の健康に至るまで、循環型製品開発のあらゆる側面が評価される。さらに、建物の再利用、建築廃材の再利用やリサイクル可能な設計が実現可能なプロジェクト事例も多数紹介された。特に解体後に再利用できる建材の活用やAIを用いた建設現場での廃棄物管理、さらにBIM技術を活用した解体建材の再利用促進といった革新的な取り組みが業界の注目を集めている。
こうした取り組みは、サーキュラーエコノミーの加速とともに、廃棄物処理コストの削減や資源の有効活用に貢献する。また、LEED v5ではこれらの取り組みがさらに強化され、エンボディドカーボン削減につながる具体的な指針が確立されることが期待されている。
図3.大豆ベースの建材 炭素貯蔵効果のアピール

2.自然全体のエコシステムの保全と建築業界の役割
都市生態系多様性の促進
都市部における生態系の多様性は、気候変動への適応と緩和の両面で重要な役割を果たす。グリーンビルド国際会議では、この視点から都市環境の生態系多様性向上が持続可能な建築プロジェクトの重要な要素として取り上げられた。LEED v5でも、生態系の多様性がもたらす恩恵が特に強調されており、都市緑化や生態系保全が建築設計において優先的な課題とされている。
都市化の進展に伴い、効率性や利便性を重視した開発が、自然の多様性を犠牲にしてきた現状がある。しかし、生態系の多様性を回復することで、都市は単なる人工的な空間ではなく、自然との共生を実現する場として再定義される可能性を秘めている。この取り組みで特に注目すべきは、炭素吸収能力の向上と生態系の回復力強化である。
例えば、在来種の植物を取り入れた都市緑化プロジェクトは、環境への適応力が高く、長期的な炭素固定効果をもたらす。また、多様な生物群が共存することで、急激な気候変動に対する自然の回復力が高まり、都市全体のレジリエンスが高まる。今や都市緑化は単なる景観改善にとどまらず、持続可能な未来を築くための戦略として位置付けられている。
湿地再生プロジェクト:炭素固定の可能性
湿地再生は、生態系保全と炭素固定の両面で重要な役割を果たす。湿地土壌に蓄積される有機物は、長期間にわたり二酸化炭素を吸収・貯蔵する能力を持ち、この特性が湿地再生を気候変動対策として注目される理由の一つとなっている。従来、湿地再生プロジェクトは主に洪水対策や生物多様性の回復が目的とされてきたが、近年では炭素固定の視点が重視されるようになり、湿地の炭素吸収量は森林や草地を上回る可能性があると指摘されている。このことは、近年、ランドスケープデザインが建築プロジェクト全体の重要な要素として再評価される要因の一つとなっている。現時点では、国際的な基準でエンボディドカーボンの正式な算定範囲とはされていないが、これが持続可能な設計の一環として認識され、その取り組みが推奨されるのは、気候変動対策において長期的な価値が期待されているからである。単に目に見える形で評価されるだけではなく、環境全体に貢献する設計としての意義が強調されている。
SITE認証の役割とランドスケープデザインの再評価
LEED認証とともに採用されるSITE認証は、ランドスケープデザインの重要性を再認識させる枠組みとして注目を集めている。この認証は、敷地全体の生態系に与える影響を包括的に評価し、建築プロジェクトが地域の環境と調和する形で設計されることを促進するものだ。これまで、ランドスケープは建築設計の付随的な要素と見なされることが多かったが、SITE認証を通じて、その役割が建物と同等の重要性を持つことが示されつつある。
評価内容には、自然資源の効率的活用や生態系との調和として敷地内の水資源や植生、土壌の活用を最適化する設計、地域特有の生態系を尊重した植栽計画が評価される。このように、SITE認証を取得することで、建築プロジェクト全体が単なる建物設計を超え、自然との共生を追求するものへ再定義される。
3.Phius1パッシブビルディング:建物需要削減とエネルギー変革への展望
エネルギー需要削減の新たな基準
Phiusパッシブビルディングは用途に限らずエネルギー需要を大幅に削減しながら、快適で持続可能な建築を実現する設計基準として、ますます関心を集めている。特にアメリカ東海岸では、公共施設、学校、集合住宅において規模を問わずPhius認証が求められる条例の制定が進みつつある。この潮流の背景には建築業界全体が、建築のエネルギー需要削減の必要性をかつてないほど強く認識し、エネルギー需要削減と自然エネルギーの導入を「両輪の取り組み」として推進するべきだという意識の高まりがある。このアプローチは、単なる省エネルギーの枠を超え、地域社会全体の持続可能性を支える包括的な戦略として確立されつつある。
Phius認証の取得プロセスには、以下の要件が含まれる。
- ・意匠設計段階での高断熱・高気密の導入
- 設計段階から外皮性能が最優先事項とされる。断熱材の選定や配置、窓の性能、接合部の処理に至るまで、熱損失を最小限に抑えるための綿密な設計が求められる。
- ・外皮コミッショニングと気密検査の義務化
- 第三者による検証が施工前、施工中、竣工後のすべての段階で実施され、断熱性能、気密性能、設備性能が設計通りであることが確認される。このプロセスは、エネルギー需要削減を確実なものにするための重要な手段となっている。特記すべきは日本では個人住宅レベルでの実施しかされていない気密検査(ブロワードアテスト)の実施が規模・用途を問わず必須とされている点である。この検査により、設計値通りの性能が確保されているかを検証する。
図4.GreenBuild 2024開催地近郊のPhius認証集合住宅:Hamilton Passive House

地産地消型エネルギーシステムへの貢献
Phiusパッシブビルディングの魅力は、建物単体のエネルギー効率化にとどまらず、自然エネルギーとの統合にある。太陽光発電や蓄電池を建物設計に組み込むことで、地産地消型エネルギーモデルが実現可能となり、エネルギーの輸送ロスの削減や地域経済の活性化にも寄与する。
また、Phiusパッシブハウスの高断熱・高気密設計は空調負荷を大幅に削減し、ピーク時のエネルギー需要を抑えることが可能だ。この結果、自然エネルギーの安定的な利用が実現し、電力供給網全体の効率化が図られる。
まとめ
2024年の「グリーンビルド国際会議+エキスポ」は、建築業界が直面する課題と可能性を提示する場として、大きな意義を持つイベントとなった。エンボディドカーボン削減とサーキュラリティの推進、生態系保全への取り組み、そしてPhiusパッシブビルディングを中心としたエネルギー需要削減の可能性が浮き彫りにされたことで、持続可能な建築への道筋が、より具体的かつ明確になった。
一方、日本ではこれらの取り組みはまだ端緒についたばかりである。建物のエネルギー需要削減に関しても、断熱性能の向上は進みつつあるものの、依然として十分とは言えない。さらに、エネルギー消費に大きな影響を与える気密性能については、いまだに現場での議論が少なく、実践の普及も限定的である。また、エンボディドカーボンという概念の認知は広がりつつあるものの、設計や施工の現場での実践が十分に浸透しているとは言い難い。
今後もアメリカでの動向は注視することが重要である。気候変動対策に消極的とされた前回のトランプ政権下でも、業界全体が力強く邁進してきた事実が示すように、アメリカでは政治的な支持が得られなくても自主的に発展を続ける市場のダイナミズムが存在する。建築業界の影響力は極めて大きく、気候変動対策を推進する原動力となる可能性を秘めている。この点において、日本もまたこのグローバルな潮流に呼応し、地域特有の課題に適応した持続可能なソリューションを模索する必要がある。
2025年には、ロサンゼルスで次回のグリーンビルド会議が予定されている。近年、気候変動による影響が深刻化する中、2025年初頭に発生したロサンゼルスの大規模な山火事もその一因として温暖化が指摘されている。こうした危機は建築業界に対し、カーボンニュートラルの推進や、気候変動に適応したレジリエントな都市・建築の実現が強く求められている。グリーンビルド会議は、技術革新の場であると同時に、建築業界が未来の地球を形作る主役として果たすべき責任が、改めて問われる場となることは間違いない。
- 1Phius(フィウス) は、米国パッシブビルディング協会の略称である。ドイツのパッシブハウス協会から派生し、米国の多様な気候区分や建築環境に適応した、非住宅を含む独自のパッシブハウス基準を策定する団体
[インフォパック] 米国におけるエンボディド カーボン削減対策(2024年11月29日)