日本では現在、ドイツのエネルギー転換に関して、激しい批判が繰り広げられている。産業用の電気料金が高いために大企業が他国への移転を余儀なくされている、国内で原子力発電を廃止してから他国の原子力発電の電力を大量に輸入している、といった内容である。ドイツがエネルギー転換の途上でいくつかの課題に直面していることは事実だが、日本での批判は過剰であり不正確である。ドイツの電力消費に占める自然エネルギーの割合は2024年上半期に57%に達している。2030年に80%まで高めるという目標を達成し、コストの高い化石燃料への依存を更に引き下げることで、現在の問題を克服することができる。 日本政府がエネルギー基本計画の議論を進める中で、ドイツの現状に対する偏った見方は不要な懸念を広めることになりかねない。特定の発電技術を推進あるいは阻害する目的とも受け取れる。公平で十分な情報をもとにエネルギー政策を議論すべきである。 |
ドイツの産業用電気料金はEUの平均より少しだけ高い
最初に、ドイツの産業用電気料金の状況を見てみる。重工業を含む大規模な電力の需要家(年間150GWh以上、GWh=100万キロワット時)の電気料金のうち、税を除くと、ドイツと他のEU(欧州連合)加盟国の平均のあいだに大きな開きはない(図1)。
EUの統計担当部局であるEurostatによると、コロナウイルスの感染拡大の影響が出る直前の2019年下期から2023年下期にかけて、大規模な需要家向けの電気料金は税を除くと、ドイツとEUでは同じような変動パターンを示している。2019年下期の5ユーロセント/kWh(キロワット時)前後の状態から、2022年下期に20ユーロセント/kW近くまで急上昇した後に、14ユーロセント/kWh以下に低下した。2023年下期のドイツでは13.8ユーロセント/kWh、EUの他国の平均は12.4ユーロセント/kWhで、その差は1.4ユーロセント/kWhである。
図1:EUとドイツの大規模需要家向け電気料金
ドイツの電気料金で注視すべき第2の点は、EUの他国よりも電気料金の税が高いことである。控除対象外の税(付加価値税など)を加えた価格で比較すると、2023年下期のドイツの電気料金は15.3ユーロセント/kWh、EUの平均は13.4ユーロセント/kWhになっている。それでも1.9ユーロセント/kWhと差は大きくない。税は支払者にとってコストになる一方、国の収入になり、政策によって社会福祉のために再配分される。
ドイツでは2022年7月に再エネ賦課金が廃止されて、電気料金の税が減少した。ただし賦課金が存在していた時でも、重工業の需要家は国際競争力のために賦課金の大半を免除されていた。日本でも同様の対策がとられていて、現在も続いている。
ドイツの産業用電気料金は、最悪の状況を脱したと言えるだろう。電力の取引価格は2022年に最高値を記録したが、2023年に入ると急速に低下した。先物取引の契約状況を見ても、当面は落ち着いた価格が続くものと期待できる(図2)。
図2:ドイツの電力取引価格
2022年の欧州の電力取引価格の高騰は、産業向けの電気料金に強烈な影響を及ぼした。価格高騰の要因はいくつかある。その1つはロシアによるウクライナ侵攻によって、石炭とガスの価格が急上昇したことである(図3)1 。さらにフランスの原子力発電所が数多く運転を停止したこと、干ばつによって水力発電所からの電力供給が減少したこと、加えて炭素価格の上昇(80ユーロ/トン)も影響を与えた2。
図3:ドイツの石炭とガスの燃料コスト(発電ベース)
2023年に入ると、自然エネルギー、特に風力と太陽光が、コストの高い火力発電を代替したことで、状況は大幅に改善した。さらに石炭とガスの価格下落、フランスの原子力発電の回復、炭素価格の低下(69ユーロ/トン、2024年6月)3 も電気料金の低減に貢献した。
ドイツの電力輸入の多くは原子力ではなく自然エネルギー
ドイツは2002年以降で初めて、2023年に電力の輸入量が輸出量を上回った 。輸入量から輸出量を差し引いた純輸入量は9.2TWh(テラワット時=10億キロワット時)だった。国内の電力消費量(発電電力量+輸入量-輸出量)に対して2%に相当する。4
2024年上期においては、電力の純輸入量は11.2TWhに増加して、電力消費量に占める比率は4%に上昇した。純輸入量の相手国で最も多いのはフランス(6.3TWh)だが、そのほかの国からの純輸入量も少なくない。
デンマークから4.6TWh、スイスから2.5TWh、ノルウェーから2.4TWh、ベルギーから1.5TWh、オランダから1.1TWh、スウェーデンから1.0TWhの純輸入量を記録した。この6カ国にフランスを加えたドイツへの純輸入量は19.5TWhである。一方でドイツはオーストラリア、ポーランド、ルクセンブルク、チェコに合計で8.2TWhの純輸出量がある。
欧州では国を越える電力取引は市場価格をもとに実施する。最も価格が安い国から最も高い国へ電力が送られる。ただし国際連系線の容量によって取引が制限される場合がある。
電力取引価格はメリットオーダーの原則に基づく結果である。限界費用の低い発電所から順に約定していき、最後の発電所が約定した時点で市場価格が決まる。通常は限界費用がゼロに近い自然エネルギーが最初に電力を供給し、次に原子力、最後に火力発電の順になる。
国際間の電力取引ではコスト効率を優先して、最も効率の良い自然エネルギーの電力から取引される。現在のドイツの電力システムは火力発電の依存度が低い他国と比べて、コスト面で非効率になっている。
2024年上期における、欧州6カ国からドイツへの純輸入量、各国の電源構成、電力取引価格を図4に示す。すべての国の電力取引価格はドイツ(7.0ユーロセント/kWh)よりも低い。ドイツはオランダからも純輸入の状況にあるが、オランダの発電電力量の詳細なデータを十分に入手できないため、図4の対象から除外した。ドイツの純輸入量のうちオランダが占める比率は6%に過ぎず、全体像を把握するうえで支障はない。
図4:国別に見たドイツの電力純輸入量、各国の電源構成、電力取引平均価格(2024年上期)
6カ国のうちフランスだけは、国全体の電力に占める原子力の比率が非常に高い。原子力は68%にのぼるが、自然エネルギーも28%ある。フランスからドイツへの純輸入量は全体の3分の1(35%)に過ぎない。一方でデンマーク、スイス、ノルウェー、スウェーデンの自然エネルギーの比率は65~99%に達する(デンマークとノルウェーは原子力ゼロ)。この4カ国からドイツへの純輸入量は合計で57%になり、フランスを大幅に上回る。
各国の電源構成をもとに、ドイツに対する純輸入量の比率で配分して計算すると、自然エネルギーは59%、原子力は33%、火力(化石燃料)は8%になる(計算から除外したオランダでは2024年上期の原子力の比率は3%)。ドイツの純輸入量の多くが自然エネルギーの電力であるとみなすことができる。
欧州ではLCOE(均等化発電原価)の点で最もコスト競争力が高い新設の電源は陸上風力と太陽光である。限界費用も最も低く、他の電源に負けない。今後さらに導入量が拡大することによって、原子力と火力を置き換えながら、市場価格を引き下げる効果が期待できる。フランスでは、このような市場原理によって、原子力発電所は出力を下げるか、場合によっては一時的に運転を停止せざるを得なくなっている 。5
ドイツは2030年までに、電力消費量に占める自然エネルギーの比率を80%まで高める目標を掲げている。安価な自然エネルギーの電力の比率が高くなることによって、ドイツの電力システムは2030年までにコスト競争力を高めることができる。その結果として、現在のような国際間の電力取引における不利な状況は改善していく。たとえばフランスからの純輸入量が減っていき、以前のようにフランスに対して純輸出国になる可能性もある。
ドイツはエネルギー転換の途上で、いくつかの課題に直面している。しかし自然エネルギーのさらなる拡大によって克服できるだろう。好ましい傾向として、2024年の上期に、電力消費量に占める自然エネルギーの比率が過去最高の57%に達した(図5)。
図5:ドイツの電力消費量と電源構成(%、2024年上期)
よりいっそう自然エネルギーを拡大できれば、コストの高い化石燃料に対する依存度を引き下げることができて、ドイツの経済力を強化できる。加えて国の環境とエネルギー安全保障にも貢献する。世界の市場が脱炭素へ向かう中で、ドイツの産業が強固な地位を確立することにもつながる。