シリーズ 「エネルギー基本計画の論点」(第3回)日本の排出削減は「オントラック」なのか

大野 輝之 自然エネルギー財団 常務理事

2024年7月19日

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[特設ページ]エネルギー基本計画の論点

日本はオントラック、他の欧米諸国はディレール?

 今回のエネルギー基本計画改正の議論を開始した5月15日の基本政策分科会で、政府が説明した資料は、その冒頭に日本の排出削減が2050年ネットゼロにむけた順調な減少傾向、オントラックを継続していると記載している。更に、当日の説明で経済産業省の事務局は、他の欧米諸国、EUについて、「日本に比しますと、CO2の削減というところについては、かなりの乖離といいますか、ディレールしている状況というのがうかがえます。」と説明している。

 日本の排出削減がオントラックで他の先進諸国はオントラックではない、という説明は「地球温暖化対策計画」の改定を議論する経済産業省・環境省の合同会議でも行われている。

 排出削減が本当に順調に進んでいるなら、削減対策を強化しなければならないという議論につながりづらい。エネルギー基本計画、地球温暖化対策計画改定の冒頭に政府が示した「オントラック」という認識が正しいものなのかどうかは、今後の政策議論に大きく影響する。実際、合同会議に経済団体から参加している委員は、国の説明を受けて「オントラックにあり先進国の中で優等生と言える」と発言している。

2013年度からの削減傾向だけの議論は一面的

 経済産業省や環境省がオントラックの根拠として示しているのは、2013年度から2022年度までの削減傾向を2050年度まで直線的に延長したグラフである。これに対し、欧州諸国、EUについては1990年からの削減傾向を延長したグラフを示し、「ディレール」、削減が順調ではないとしている。それぞれの国・地域が2030年目標の基準年として設定している年を出発点にしているから公平な比較だ、というのが国の理屈なのかと思う。

 しかし、2013年度からの9年間のトレンドと1990年からの30年以上のトレンドを同列に議論するのは妥当なのだろうか。日本についても欧州諸国について国が作っているような1990年からの削減トレンドを図示すると図1の紫の線のようになる。図の赤い線が国の示す「オントラック」のラインで2050年に排出ゼロになるが、紫の線が示す1990年からの削減トレンドでは、2050年になっても、排出量は全くゼロにならない。

 図1 削減トレンドの比較

出典)国立環境研究所「日本国温室効果ガスインベントリ報告書 2024年」(和文 2024年5月31日修正版)
「表1 我が国の温室効果ガス排出量及び吸収量の推移」を基に自然エネルギー財団作成

 このように削減トレンドは基準年の取り方によって大きく異なる。表1は、G7各国・EUの排出削減実績を1990年比と2013年比で比べたものである(各国資料がそろう2021年で対比)。1990年比で見れば、一番の優等生は47%削減をしている英国で、EU全体でも29%削減である。日本は8%削減に留まり優等生とは言えそうにない。ちなみに2013年比で見ても英国、ドイツの方が日本より削減率が高い。

 表1 G7・EUのGHG排出量削減実績の比較(1990年・2013年比)

注)排出量はLULUCFを除く。日本の目標は「年度」であるが、本表では他国同様に下記出典掲載のデータをそのまま利用している。
出典)排出量データ:UNFCCC “Greenhouse Gas Inventory Data - Detailed data by Party”(2024年7月12日アクセス)目標:各国政府資料を基に自然エネルギー財団作成

 2013年度からの9年間の傾向だけを根拠に2050年カーボンニュートラルまでの削減がオントラックだなどと主張するのは、一面的な議論ではないか。特に次に見るように、2013年度からの削減率が高い理由には、この期間特有の理由があるので、短期トレンドだけに基づき議論はいっそう問題が大きい。

2013年度は原発ゼロ・自然エネ拡大前の年

 日本の削減が本当にオントラックなのかどうかを検証するためには、これまでの削減が何によるものかを解明し、それが今後も継続する傾向にあるかを分析することが必要だ。産業、業務、交通、家庭という各部門の動向についての詳細な検討をすべきだが、ここで特に指摘しておきたいのは、政府が基準年としている2013年度が原発の稼働がゼロになり、自然エネルギーの導入拡大も本格的に始まっていなかった年であり、電力由来の排出量がそれ以前より大幅に増えた年だったということである。

 福島第一原子力発電所事故後、2013年7月に新規制基準が制定された。同年9月、関西電力の大飯原発3・4号機が停止して国内で稼働する原発がなくなり、ほぼ2年間、原発ゼロの期間が続いた。一方、自然エネルギー発電は2012年7月に固定価格買取制度が開始されたが、2013年度にはまだ本格的な導入拡大が始まっていなかった。

 その結果、2013年度の発電電力量の88%は石炭、天然ガス、石油という化石燃料発電が供給したのである。電力の排出係数(1kWhあたりのCO2排出量)は震災前の2010年度の0.413から2013年度には0.570まで跳ね上がり、二酸化炭素排出量は、2010年度から2013年度までの間に100百万トン増加している。

 その後、電力の排出係数は太陽光発電を中心に自然エネルギー発電が急増したこと、また原発の再稼働が一定程度進んだことで改善されてきた。2013年度から2022年度まで二酸化炭素排出量は281百万トン減少しているが、そのうちの100百万トン以上は排出係数の改善によるものだ。この9年間の削減がオントラックのように見えるのは、原発事故による排出係数の急激な上昇とその後の改善という特異な要因があったことを見逃してはならない。

電力脱炭素化の停滞

 電力脱炭素化はこれからの排出削減にとって最も重要な方策であり、2013年度以降の排出削減の大きな割合を担ったことは悪いことではない。しかし、問題は排出係数の改善が停滞傾向にあることだ。

 図2を見ると排出係数は2013年度から2019年度までは低下してきたが、それ以降は横ばいになっている。2022年度はわずかだが2021年度より上昇している。

 その原因のひとつは原発再稼働の停滞だ。原子力発電所の設備利用率は2014年度にゼロになったあと、2019年度に20.6%になったが、それ以降は一進一退を繰り返している。総発電量に占める割合も5~6%に留まっている。政府の目標は2030年度に電力の20~22%を供給することだが、実際の再稼働の動向はまったくオントラックではない。1月1日の能登半島地震は、従来想定されていた原発の避難計画が現実と乖離した不十分なものであることを明らかにした。この問題だけを見ても、再稼働にハードルは一層高くなったのではないか。

図2 使用端CO2排出原単位の推移

(出典)環境省「2022 年度の温室効果ガス排出・吸収量(詳細)」2024年4月12日

 一方、自然エネルギー電源の発電割合は2013年度の10.9%から2022年度の21.7%へと倍増し排出削減のけん引力になってきた。しかし懸念されるのは、自然エネルギー拡大の中心になってきた太陽光発電の導入量が低迷してきていることだ。新規導入量の推移をみると、導入が加速する世界の傾向とは反対に、日本では2020年度に8.7GWあったものが、2022年度は6.7GW、2023年度は6.2GWと減少している(いずれもDCベース)。

 自然エネルギー発電の拡大策については、別のコラムで論じるが、日本の自然エネルギー発電の導入もオントラックなどと言える状況ではない。

石炭火力フェーズアウトをオントラックに進める欧米各国

 本年6月のG7サミットは、2035年までに石炭火力を廃止するという目標で合意した。抜け道になる表現が含まれているが、今後の排出削減に石炭火力を減少させ全廃することが必要だという認識が先進国間で共有された意義は大きい。実際、日本政府が排出削減がオントラックではないという他のG7の国々では、石炭火力の削減が日本よりはるかに順調に進んでいる。

 代表例は英国だ。図3は、英国のエネルギー安全保障・ネットゼロ省(DESNZ)が示す英国の電源別発電量の推移である。石炭火力(図では灰色)は1990年に総発電量の72%を占めていたが、2022年には2%にまで激減している。原子力もガス火力も減っており、増加しているのは黄色と青色で示す自然エネルギー電力である。

 図3 英国における燃料別電力供給量の推移(1990-2022)

(出典)DESNZ ”UK energy in brief 2023” (27 July 2023)

 日本では石炭火力の発電割合が一向に減少していない。2013年度に32.9%を占めていたものが、2022年度にも30.8%のままである。G7の他の国々が2030年、2035年までの石炭火力全廃を明確化する中で、日本だけは全廃の期限を示すことができていない。

 日本の排出削減の現状をもっとリアルに分析し、2030年更には2035年以降の削減への方途を真剣に検討することが必要なのではないか。福島原子力発電所事故後の特別の理由がある短期間のトレンドだけを示して、ことさらに日本の排出削減がオントラックだ、他の先進国よりも優秀だ、などと主張するのは建設的な議論に結びつくことではない。

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外部リンク

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