政府のエネルギー基本計画の議論の中で、AI(人工知能)の利用拡大に伴う電力需要の増加の可能性が注目を集めている。AIに必要な情報(データ)処理を実行するデータセンターの拡大、情報処理に必要な半導体の増産などを想定したものである。エネルギー基本計画を議論する基本政策分科会(2024年6月6日)において、5つの研究機関による電力需要の見通しが示された(図1)。
図1:国内の電力需要の見通し
この見通しを取りまとめた資源エネルギー庁によると、5つの研究機関のうち、データセンターや半導体工場による需要増の可能性を明示的に考慮したのは3つの機関だった(電中研、 RITE 、デロイト)。各機関の予測を見ると、2050年度の需要見通しには大きな幅がある。低い場合には2022年度の実績とほぼ同水準、高い場合には40%ほど増加する。それほど将来の予測がむずかしいことを示している。
とはいえ過去を振り返れば、AI関連の製品・サービスが飛躍的に拡大しても、それに合わせて電力の需要が大幅に増える可能性は小さい。1990年代の後半から日本でも普及が始まったインターネットが好例である。インターネットは過去20年以上にわたって、全世界の産業構造を変革し、人々のライフスタイルを変えてきた。データセンターや半導体を必要とする点で、インターネットとAIは不可分だ。どちらもIT(情報技術)が人間社会に生み出した新たな変革である。
日本国内では2000年から2005年にかけて、個人のインターネット利用率が大幅に増加した(図2)。1997年に9.2%だった利用率は2000年に37.1%、2005年には70.8%まで一気に上昇した。その後も着実に利用率が上昇するとともに、インターネットを活用した多様なサービスが日常的に使われるようになった。インターネットに接続するパソコンやスマートフォンなどの情報端末が広く普及して、データセンターと半導体の需要は大幅に増加した。
図2:国内のインターネット利用率(個人)
一方で国内の電力消費量(年度別)を見てみると、1990年から2007年にかけて徐々に増加している(図3)。家庭や産業界における電化の進展に合わせて電力消費量は増えてきた。しかしインターネットが拡大した2000年から2005年の増加率は5%に過ぎない。その後は2007年(リーマンショックの前年)をピークに、インターネット関連の製品・サービスの拡大にもかかわらず、省エネの効果もあって電力消費量は減少傾向が続いている。
図3:国内の電力消費量
インターネットが普及しても、むしろ国全体の電力消費量は減っている。いまや国民の大半が仕事でもプライベートでも長時間にわたってインターネットを利用しているにもかかわらずだ。大量の情報端末と膨大な種類のサービスの利用者が増え続ける一方で、電力の需給に問題は生じていない。むしろ大規模な発電所が長期に運転を停止する影響のほうが大きい。
インターネットの普及が国内の電力需要に大きな影響を及ぼさなかった理由はいくつか考えられる。第1にインターネットを支える技術の進化である。たとえば半導体の性能は1年半から2年で2倍に、10年間で100倍に、飛躍的なペースで向上してきた。大量の情報処理を少ない消費電力で実行できるようになった。第2にインターネットによって業務を効率化できる効果がある。企業などで業務時間を短縮できれば、空調や照明、あるいは機器の制御などに必要な電力を節約できる。第3にインターネットもAIも同様だが、必ずしも国内で情報を処理する必要はなく、海外のデータセンターで処理することが可能だ。AIが普及する過程においても、日本の電気料金が高くて、しかも気候変動を促進してしまう火力発電の電力が多い状況のままでは、大半の事業者が海外のデータセンターを利用することになるだろう。
そもそも膨大な量の電力を消費するような技術やサービスが全世界に普及することは考えにくい。新しい技術やサービスはコストと便益のバランスが成り立ってこそ普及していく。今後はAIの普及に伴って、半導体などのハードウエアだけではなく、エネルギーマネジメントを高度に処理するソフトウエアも進化して、大量の情報処理に伴う消費電力をさらに低減できる。GoogleをはじめITの市場をけん引する企業がエネルギーに関して先進的な取り組みを続けているのは、新しい技術・サービスの拡大にエネルギーの効率的な利用が不可欠なためだ。当然ながらコストを過剰に増やさないことも、ビジネスを長く続けるうえで重要である。
もしAIによって大量の電力を消費する時代が来るとすれば、追加の発電コストがほぼゼロの電力を供給できることが前提になる。それは燃料が不要な太陽光、風力、水力、地熱などの自然エネルギーしか実現できない。AIの普及は自然エネルギー100%による電力を全世界にもたらすかもしれない。
日本国内の電力需給の点では、AIの普及が原子力発電の拡大や石炭火力発電の維持を必要とする理由にはならない。最近は核融合による原子力発電に期待する声もあるが、実用化できるのは早くても2040年代以降になる見通しである。AIの普及スピードには間に合わないだろう。発電コストも自然エネルギーと競争できる水準まで下がるかは不明だ。
AIの普及による電力需要を過剰に想定した結果、コストの高い発電設備が運転を続けられなくなって、座礁資産になる恐れがある。その結果、大手の電力会社をはじめ発電事業者の経営を圧迫しかねない。あるいは座礁資産の拡大を避けるために、政策によって自然エネルギーの拡大を遅らせるようなことになれば、世界中で進む脱炭素の流れに乗り遅れてしまう。いずれも日本にとって望ましい状況ではない。
いま日本が目指すべきは、燃料が不要な自然エネルギーを最大限に活用して、可能な限り低コストで大量の電力を供給できる体制を構築することである。AIが将来の産業や生活に不可欠なものになった場合に、求められるのは安価な電力である。喫緊の課題である気候変動の抑制が大前提であることを考え合わせると、温室効果ガスの排出量が少なく、環境負荷の低い電力を優先して拡大すべきだ。AIによる電力需要の拡大を過剰に想定して、原子力発電や石炭火力発電に注力することは、国のエネルギー戦略を誤らせる可能性が大きい。