第6次エネルギー基本計画(案)の評価点と問題点

高橋 洋 都留文科大学 教授

2021年9月22日


 2021年9月22日現在、政府の第6次エネルギー基本計画(案)はパブリック・コメントに付されている。2011年の東京電力福島第一原発事故以降、エネルギー基本計画は2度策定されたが、筆者の評価はいずれに対しても低かった。それは、福島原発事故後の日本の置かれた状況や、エネルギー転換へ進む世界の状況から大きく乖離した、旧態依然とした内容だったからである。しかし今回の新たなエネルギー基本計画については、これまでにない2つの評価点が見られる。

評価点:政治的リーダーシップによる長期方針の明示

 第1に、長期方針が明示されたことである。その長期方針とは、2020年10月に菅義偉首相が宣言した2050年カーボン・ニュートラルであり、今年4月に地球温暖化対策本部決定した、2030年の温室効果ガス排出量の46%削減(2013年比)である。現行の第5次エネルギー基本計画では、2030年の目標は26%削減と他の先進国と比べて低く、2050年の目標は80%削減であったが、ほぼ意識されていなかった。日本もようやく先進国並みの長期目標を掲げ1、再生可能エネルギー(再エネ)の主力電源化・最大限導入の方針が、真の意味で確立されたのである。

 第2に、その政策形成過程は、これまでのように経済産業省の事務局が内々に調整したものでなく、政治的リーダーシップが発揮された結果であった。そもそも経産省の事務局にとって、2050年カーボン・ニュートラルは天から降ってきた難題であった2。これとの整合性が求められる2030年の削減目標について、事前には「どれだけ積み上げても40%」との声があったが、小泉進次郎環境大臣の強い主張の上に、菅首相の「決断力」があって、高めの数値になったという3。その背後には、気候変動政策に前向きなジョー・バイデン米政権からの外交圧力があったとは言え、2012年末の自民党政権への交代以降、初めて政治が明確な方針を示した結果であった。

 早速、この政治決定に対して、達成困難な目標設定は「人気取り」であり、「無責任」との批判の声が上がっている4。確かに、筆者も達成容易だとは思わない。しかし、このような人類全体が直面している、経済社会の構造改革が不可避な長期的課題に対して、官僚による既存業界と相談した積み上げで解決策が見つかるはずがない。直近2回のエネルギー基本計画は、まさに積み上げの結果であったが故に、石炭火力や原子力に重きを置き、日本はエネルギー転換しないと言わんばかりの内容であった。その結果、わずか3年で再エネは大幅な上方修正を、石炭火力は下方修正を余儀なくされたのである。十分な科学的根拠は必要だが、国民の声や国際潮流も踏まえつつ、「再エネ最優先の原則」など、政治が責任を持って長期的方向性を示し、官僚がその達成手段を考える。これが、代議制民主主義における政策決定のあり方であろう。

問題点:旧来の延長線上の各論的内容

 このように筆者は、第6次エネルギー基本計画(案)の決め方を評価しているが、その各論的内容は旧来の政策の延長線上のものが少なくない。

 第1に、2030年の電源構成である。再エネの目標は、既存の22-24%と比べれば、36-38%と増加したものの、これは既にドイツが達成した数値である。スペインの74%、ドイツや欧州連合の65%、米カリフォルニア州の60%などの目標と比べても、決して野心的とは言えない。再エネの2030年の目標が低い反面、必然的に原子力は20-22%、石炭火力は19%と、「野心的」にならざるを得ない。原子力の20-22%は、現存する原発がフル稼働する計算になり、現実的とは言えない上、原発依存度を可能な限り低減するという政府方針にも反する。石炭火力の19%は、2030年までに全廃する(脱石炭火力)先進国が多い中で、46%の削減目標と整合的でない。

 第2に、再エネの目標が低いことと関係するが、再エネを最大限・最優先で導入するための制度改革が十分でない。再エネのような分散型の新規電源を大量導入するには、送電網の開放など競争政策を徹底し、新規参入者を支援することが欠かせない。送電網増強のマスタープランの策定など評価できる点もあるが、火力の出力調整運転に限らない電力システムの「柔軟性」の機動的な拡大、再エネ電力の出力抑制に対する補償や給電順位の改正など、燃料費がゼロの変動性再エネを公正に扱う抜本的な制度改革が求められる。反面、これもその裏返しとなるが、短期的な供給力不足が過度に強調されており、1年前に高値落札が問題になった容量市場を運用し続けるという。これは、老朽火力やベースロード電源の延命につながり、カーボン・ニュートラルや柔軟性に反する恐れがある。

 第3に、2050年に向けた長期戦略として、火力発電を維持する方針が明確化され、その手段としてCCS(炭素回収・貯留)を含む脱炭素火力、その燃料ともなる水素・アンモニアへの期待が高い。確かにエネルギー転換には様々な技術革新が必要であり、筆者もこれら手段への投資を全て否定するつもりはない。しかしこれらは現時点で商用化されているとは言えず、技術面からもコスト面からも極めて不確実性が高い。エネルギーの海外依存を続ける意思表示でもあり、エネルギー安全保障上も問題がある。欧州連合や国際エネルギー機関の将来シナリオを見ても、脱炭素火力に電源構成の数十%を期待するといったものはない。日本のみ、「複数シナリオの重要性」、「あらゆる選択肢を追求」などの掛け声の下で、将来性の低い火力発電や化石燃料輸入産業の延命に繋がらないよう、注意が必要である。

新首相への期待:エネルギー政策の大転換を

 このように、第6次エネルギー基本計画(案)には、変化への期待と旧態依然とした問題点が入り混じっている。それは、前述の通り、突如として政治から長期的方向性が明示されたことに対して、経産省が苦心の末に応じた妥協の産物だからであろう。結果として、長期方針は取り替えたものの、その達成手段は整合的に用意されず、再エネなどに関する妥協的内容と火力や原子力などに関する支援策の折衷に止まったのである。

 2011年の福島原発事故以降、ようやく日本のエネルギー政策が前向きに転換しようという第一歩であるから、それは止むを得ないと言うべきかもしれない。一方で、世界のエネルギー転換の速度は増すばかりであり、再エネ主力化にせよ脱石炭火力にせよ、あるいは国際送電網の建設にせよ電気自動車の導入にせよ、世界は日本を待ってくれない。

 第6次エネルギー基本計画(案)のパブリックコメントの締め切りは10月4日である。その同じ日には、新たな首相が国会で選ばれる予定だという。誰が首相になるにしても、エネルギー政策の大転換が急務であることは変わらない。もはやエネルギー政策は、経済社会の構造改革の柱であり、経産省だけでなく、環境省、農林水産省、国土交通省、さらに地方自治体も関与せざるを得ない横断的課題である。政治的リーダーシップの下、真の意味で「現実的なエネルギー政策」への転換を強く期待したい。

[特設ページ] 「エネルギー基本計画改正案」を問う

  • 1尚、欧州連合の目標は2030年に55%削減(1990年比)、米国の目標は50%削減(2005年比)である。
  • 2今般のエネルギー基本計画の見直しは、2020年10月13日から資源エネルギー庁の基本政策分科会で始まった。この時点では、菅首相のカーボン・ニュートラル宣言はなされていなかったのであり、事務局は旧来の延長線上の改定を想定していたことは、想像に難くない。
  • 3例えば、読売新聞オンライン「温室効果ガス削減、小泉環境相『今まで入っていなかった先頭集団に入った』」2021年4月23日。
  • 4例えば、読売新聞オンライン「環境ポピュリズムの足音が聞こえる」2021年7月20日。

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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