企業が抱く不安、政府による自然エネルギー導入量とコストの見通し

石田 雅也 自然エネルギー財団 シニアマネージャー(ビジネス連携)

2021年9月21日


 脱炭素に取り組む企業にとって最大の課題は、2050年に向けて自然エネルギーの電力を安く、しかも十分な量を安定して調達できるか、という点にある。現在は多くの企業が2030年までに調達する自然エネルギー電力の目標を決めて、具体的な調達計画を策定・実行する段階に入っている。政府がエネルギー基本計画の見直しにあたって、2030年度の自然エネルギー電力の導入目標を現行の22~24%から36~38%に大幅に引き上げたことは大きな前進と言える。欧米の先進国には及ばないものの、従来の目標に比べれば、先行きに期待が持てる状況になってきた。ただし問題は、その実現可能性にある。

 政府が「野心的水準を含めた」と前置きして公表した2030年度の自然エネルギー電力の導入見通しは3300~3500億kWh(キロワット時)である(図1-1)。実際にこれだけの自然エネルギー電力が供給可能になれば、企業が2030年度の時点で必要とする量は十分に満たせる。政府は企業や自治体など法人の電力需要について、省エネの推進により2030年度に約6500~6600億kWh(産業・業務・運輸部門の合計)まで削減できると見込んでいる(図1-2)。発電電力量では約7000~7100億kWhに相当する。かりに自然エネルギー電力を法人だけに限定して供給すると、発電電力量で3300~3500億kWhあれば、およそ半数の法人で自然エネルギー電力を100%利用できる。あるいはすべての法人が自然エネルギー電力を50%程度の比率で調達できる。大半の企業にとって、2030年度の自然エネルギー電力の導入目標を達成するには十分な量と考えられる。

図1-1.政府による2030年度の自然エネルギー電力の導入見通し
GW:100万キロワット、kWh:キロワット時、カッコ内は発電電力量(単位は億kWh)
出典:資源エネルギー庁「2030年におけるエネルギー需給の見通し参考資料」(2021年8月4日)

図1-2.政府による2030年度の電力需要の見通し(部門別)
出典:資源エネルギー庁「2030年におけるエネルギー需給の見通し参考資料」(2021年8月4日)

 ところが政府の示した2030年度の自然エネルギーの導入見通しには、目標を達成するまでのロードマップ(工程表)が伴っていない。企業が中長期の目標を設定する時には、実行計画の元になるロードマップを作成するのが通例である。そうしなければ、目標達成に向けて企業全体で効果的な対策を実行することがむずかしくなってしまう。厳しい競争環境の中で勝ち抜くために、企業は毎年の結果をもとに実行計画を修正しながら目標達成の確率を高めていく。そのような方法論がエネルギー基本計画には欠けている。政府は2030年度までのロードマップを早急に策定したうえで、国を挙げて可能な限りの施策を迅速に実行していく必要がある。

太陽光と風力は火力や原子力より安くなる試算だが...

 自然エネルギー電力の利用拡大に取り組む企業にとって、もうひとつ不安な点はコストの問題だ。現状では日本における自然エネルギー電力の価格は通常の電気料金よりも割高で、大量に購入するとコストが増加して収益に影響を及ぼしてしまう。今後の利用拡大に向けて、自然エネルギー電力のコスト低減が求められる。

 政府はエネルギー基本計画の見直しと並行して、電源別の発電コストを試算した。2030年に運転開始する電源の発電コストでは、ベストケースの場合に太陽光(事業用)が1kWhあたり8.2円で最も安くなる結果になった。次いで太陽光(住宅)が8.7円、ガスコジェネ(熱電併給)が9.5円、陸上風力が9.9円である。一方、LNG(液化天然ガス)火力は10.7円、原子力は11.7円、石炭火力は13.6円で、いずれも10円を上回った。条件によってコストが変動するとはいえ、総じて太陽光と陸上風力が火力や原子力と同等以下になることを示している(図2上の表)。この試算結果も自然エネルギーの電力を利用したい企業にとっては朗報である。

図2.政府による2030年の電源別の発電コスト試算結果
出典:発電コスト検証ワーキンググループ「発電コスト検証に関する取りまとめ(案)」(2021年8月3日)

 しかしコストの面でも不安を感じさせる要因がある。政府は別のシナリオをもとに算出した結果も同時に提示した(図2下の棒グラフ)。これを見ると、太陽光や陸上風力の発電コストはLNG火力よりも高くなる。さらに発電コストの検証を担当した専門家が参考値として、「限界コスト」を試算して発表した。2030年の時点で電源構成を目標どおりに実現できた場合を想定して、そのうえで各電源から1kWhの電力を追加するのに必要なコストを算出したものである。例えば太陽光や風力の電力を追加すると、LNG火力による需給調整が必要になり、その分のコストを太陽光や風力に上乗せする、といった考え方で限界コストを計算している。同様の理由で原子力の限界コストも増える。このほか地域ごとに電力の供給量が需要を上回る状況を想定して、太陽光と風力の出力抑制を見込んだ。結果として、太陽光と風力の限界コストは大幅に上昇することになる(図3)。

図3.電源別の発電コスト(青、図2の棒グラフの値)と限界コスト(黄)の試算結果
出典:発電コスト検証ワーキンググループ「発電コスト検証に関する取りまとめ(案)」(2021年8月3日)

 一定の条件を設定して試算した限界コストだが、この結果だけを取り上げて自然エネルギー電力のコストが高くなることを強調する報道も見られる。電力を利用する企業にとっては、太陽光や風力のコストが実際に火力や原子力よりも安くなるのかどうか判断しにくい状況だ。

 限界コストの試算にあたっては、太陽光と風力に不利に働く条件がいくつか設定されている。第1に原子力の発電量を2030年までに国全体の20~22%に引き上げたうえで、それ以降も原子力の電力を常に安定した状態で供給し続ける。太陽光や風力よりも原子力を優先させる現行の給電ルールを維持することが前提になっている。しかし2030年に原子力の比率が20~22%になっている可能性は極めて低い。第2に太陽光や風力を中心にした分散型システムによる需給調整の効果を考慮していない。需給状況に応じて実施するデマンドレスポンスも想定していない。

 海外では過去の実績データや天気予報のデータをもとに、太陽光や風力の発電量を予測して、それに合わせて電力の需要をシフトさせる取り組みも進んでいる。今後はIT(情報技術)やAI(人工知能)を活用した柔軟性のある電力システムが主流になっていくにもかかわらず、日本では2030年以降も原子力に依存した旧来の電力システムをベースにエネルギー政策を推進しようとしている。本来は主力電源と位置づける太陽光や風力の限界コストを最小限に抑えることを前提に、そのために必要な条件を洗い出し、政策を立案・実行すべきである。そうすれば企業が安心して自然エネルギー電力の調達計画を策定できて、毎年の調達を着実に進めることが可能になる。

 世界の主要国が脱炭素に向かう中、日本国内で自然エネルギー電力を安価に十分に利用できる状況を作らなければ、日本の産業競争力がますます低下してしまう。国内と海外の多くの企業が求めているのは、持続性のある自然エネルギーで発電した電力であり、原子力による電力ではない。どちらも温室効果ガスを排出しない電源とはいえ、原子力には安全性と放射性廃棄物の問題が長期にわたって残る。EU(欧州連合)や英国政府は、原子力を持続可能な投資対象とみなさない方針を打ち出している。脱炭素を推進するうえで、原子力を削減して自然エネルギーを増加させることは、企業の競争力、ひいては国全体の産業競争力を強化することにつながる。電力システムの柔軟性が高まり、大規模な発電所の事故やトラブルによる停電のリスクも低下する。

 今こそエネルギー基本計画において、自然エネルギーの導入拡大とコスト低減を最大限に実現する野心的な戦略を打ち出すことにより、官民一体となって脱炭素を推進し、気候変動の抑制と経済・産業の発展を両立させる「グリーン成長」につなげていく必要がある。

 

[特設ページ] 「エネルギー基本計画改正案」を問う

外部リンク

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