連載コラム 自然エネルギー・アップデート
インド:持続可能な発展を自然エネルギーに託す
小端拓郎 自然エネルギー財団 上級研究員
大林ミカ 自然エネルギー財団 事業局長
自然エネルギー財団は、2017年6月5日から9日にかけてインドを訪問し、電力政策や国際送電網構想についての調査を実施した。また、ここ数年急速に大量導入されている太陽光発電の現場を視察した。今回は、自然エネルギーの躍進により大きく転換されつつあるインドの電力政策の現状について、速報をお届けする。
現在、インドでは、大規模な太陽光の導入が国により主導されている。その規模は、「メガソーラー」を超えて「ギガソーラー」レベルである。まず、2010年にインドでは「国家太陽エネルギー作戦(National Solar Mission)」が打ち出され、2022年3月までに20GW(20百万kW)の事業用太陽光、2GW(2百万kW)の家庭用・ルーフトップソーラーの導入目標が立てられた。政府は固定価格制度を導入し、25年間にわたって、kWhあたり17.9ルピー(約30円)1での買取を行う方針をとった23。当時の太陽光発電の価格や世界の状況を考えると、インドのような途上国にとっては野心的な取組だったといえる。
事業者リスクの排除、インドの自然エネルギー導入を激変させたモディ政権
しかし2014年の現政権の誕生によって状況が一変する。まず、太陽光の目標値が2022年3月までに100GW(1億kW)と、5倍に引き上げられた4 。政府は、この目標のうち60GWを事業用で、40GWをルーフトップで達成するとしている。強力な政策のもとで、インドの自然エネルギーは急増中である(図1・2)。
特徴的なのが、太陽光発電を集中的に開発し、成功例を重ねるための政策「ソーラーパーク」構想5である。「ソーラーパーク」は、地域によっては100MWの規模も認められるが、最低500MW以上、1,000MWまでの規模のウルトラメガ・プロジェクトであり、これに対して、太陽光発電開発事業者の入札募集を行う。発電された電気は、同時に進められている「グリーンコリドー・プロジェクト」で整備される送電網により、地域間を超えて6発電ポテンシャルの高い地域から電力需要の高い地域に送られる計画である。「ソーラーパーク」は、許認可プロセスを迅速化し、すでに造成された土地や、基幹送電線への比較的容易なアクセスなどを用意することで、落札した事業者がすぐに事業に取りかかれるようにしている。
こうやって可能な限り開発事業者のリスクを低減することで、入札といえども、事業安定性が高まっていく。当然、日照や土地の条件などの地域差はあるが、一件のプロジェクト入札では7、同じ好条件で事業効率性を競うことで、発電コストの急速な低下が起きている。特に今年に入ってから、毎月のように「最低価格記録達成」が報道されている。一年半前、2016年1月ラジャスタン州でkWhあたり4.34ルピー(約7円)の落札価格となり、事業の持続性を危ぶむ声が上がったが、2017年2月マディヤ・プラデーシュ州での落札価格は3.30ルピー、4月のアーンドラ・プラデーシュ州では3.15ルピー、さらに5月にはラジャスタン州で2.62ルピーと急落した。そしてわずか一週間後に、再びアーンドラ・プラデーシュ州で2.44ルピー(約4円)の落札価格となった。これは、インドの標準的な石炭発電コストのkWhあたり3.4ルピー8よりはるかに安い。
今回の調査では、国営火力発電公社を始め、中央電力規制委員会、中央電力庁、電力網公社、国営電力取引所などの政府関係機関のほか、自然エネルギーのシンクタンクやNGO、開発事業者と面談したが、印象的だったのは、全員が、現政権が安定的な事業環境を整えたことが、爆発的な太陽光の普及につながったと指摘したことだ。そして、当初は気候変動への懸念という観点からも自然エネルギーの拡大が始まったが、今では純粋に経済的な観点から促進されている、ということも異口同音に聞かれた。
インド政府は、気候変動がインドにもたらす深刻な影響を懸念し、2015年のパリ協定合意においても積極的な役割を果たした。協定のもとで求められる自国が決定する貢献(INDC)については、2005年比で2030年にGDP当たり排出量で33から35%の削減を行う目標を設定している。そのために2030年までに40%の発電容量を非化石電源とするという。2022年までに175GWの自然エネルギー(発電容量)の導入を目指す。内訳は、前述の太陽光発電が100GWのほか、風力60GW、バイオ燃料10GW、小水力5GWである。速やかな政策執行のため、石炭省、鉱山省、新エネルギー・自然エネルギー省、電力省を束ねるゴヤル大臣が任命されている。もちろんこの目標を達成するのは容易ではない。自然エネルギーのシンクタンクからは「2022年までに100GW程度ではないか」という言葉もあったが、同時に「達成は難しいが可能である」という声も多くあった。
送電網を重視するインド
インド政府が、欧州の送電網や電力取引市場の仕組みなど、最新政策を取り入れようとしていることも新鮮な発見だった。自然エネルギーの拡大に不可欠であるというのがその理由だ。インド政府は、2018年を皮切りに、自然エネルギーの系統運用をつかさどる、「再生可能エネルギー予測センター」を全国11箇所に設置する予定だという。スペインの送電会社REE(レッド・エレクトリカ・デ・エスパーニャ、Red Eléctrica de España)の対応と非常によく似た仕組みであり、それを指摘すると、スペインやドイツの系統運用から多くを学んでいるという答えが返ってきた。
さらに、国際送電線を通じた電力貿易にも積極的である。2016年の時点で、ネパール、ブータン、バングラデシュ、ミャンマーと電力取引が行われている。ブータンからは、その高い水力ポテンシャルに投資しつつ、1.45GWの電力を輸入している。ネパール、バングラデシュには、それぞれ、300MW、500MWの電力輸出を行っている。国際電力取引は政府による2国間合意によるものがほとんどだが、多国間での国際連系の議論も進んでいる。2017年1月には、インド、バングラデシュ、ミャンマー、スリランカ、タイ、ブータン、ネパールからなる「ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアティブ」(Bay of Bengal Initiative for Multi-Sectoral Technical and Economic Cooperation, BIMSTEC)において、国際送電網による電力取引で協力することを約束する覚書が定められた9。こういった活動により南アジアと東南アジアの電力網が連結され、アジアの国際送電網はますます繋がっていくことになる。
インドの一人当たりGDPは1,752ドル10であり、まだ貧困が根強く残っている。人口13億人のうち4分の1の人々に電力アクセスがない。一方で、潜在的な電力需要は膨大で、慢性的な電力不足に悩まされている。首都ニューデリーでも、滞在中に停電なしの日はなかったし、毎日、新聞の一面でエネルギー問題が取りあげられていた。
世界で一番汚染されているという大気状況を考えても、急増する電力消費を火力発電所で賄うことは到底不可能である。そして、インド滞在中にちょうど日本の国会で日印原子力協定が通過したのだが、インドでは、面談中もまったく原子力が話題に上らず、今、目の前に興りつつある自然エネルギーへの転換を、どう電力システムに組み込んでいくのかが、皆の主な関心事項だった。
インド政府にとっては、安価で、安全で、安定した電力に成長した自然エネルギーを、すべての国民に届け、持続可能な方法で経済発展を続けることが一番の課題である。インド政府は、この将来の希望を自然エネルギーに託しているのである。
*今回のインド視察については、改めて報告書をまとめる予定である。