1. 運用指針改訂の背景
2026年6月5日、経済産業省および国土交通省は、海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に関する法律(以下「海洋再エネ整備法」という)に基づく洋上風力発電事業者の公募制度について、具体的な運用方針を定める「一般海域における占用公募制度の運用指針」(以下「運用指針」という)を改訂した。なお、同法は、2026年4月1日施行の改正前は「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」と題され、一般に「再エネ海域利用法」と呼ばれていた。
2020年11月から2021年12月にかけて実施された第1ラウンドの公募では、秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖及び千葉県銚子市沖の3海域において、三菱商事を代表企業とするコンソーシアムが選定された。しかし、同コンソーシアムは2025年8月、これらの洋上風力発電事業について開発中止を決定した。これを受け、経産省・国交省の「洋上風力合同会議」1では、事業撤退の要因分析と、事業完遂可能性をより重視する公募制度への見直しが進められた。2025年9月以降、同会議では複数回にわたり議論が重ねられ、その後実施されたパブリックコメントの意見も踏まえて、今回の運用指針の改訂に至った。
2. 主な改訂事項
(1) 価格評価の変更(想定供給価格幅の導入と価格点算定方法の見直し)
これまでは、最低供給価格を提案した事業者を基準とした算定式(価格点=(最低供給価格/提案者の供給価格)×120点)により価格評価の点数を決定していた。しかしこの方式では、低価格入札を行うほど他事業者との点差が開きやすく、事業実現性評価(120点満点)での挽回が事実上困難となり、極端な低価格競争を招いていた。
これに対し、新制度では、「安さ」だけでなく「事業を確実に完遂できること」を重視する観点から、従来の供給価格上限額の枠組みを前提に、新たに想定供給価格幅を設定し、価格点の付与方法を見直す仕組みが導入された。供給価格が供給価格上限額から想定供給価格幅を差し引いた額以下である場合には、一律で満点(120点)が付与される。他方、供給価格上限額で入札した場合の価格点は、各公募占用指針において、その時点の事業環境等を踏まえて設定される。なお、制度検討資料では、黎明期である現時点の例として、供給価格上限額での入札に100点を付与し、満点との差を最大20点とする考え方が示されている。
このように、新制度は、低価格入札による過度な点差の発生を抑制し、価格評価だけでなく事業実現性評価によって選定結果が左右され得る制度設計を志向するものとなった。
(2) 事業実現性評価の変更(配点及び採点方法の変更)
図1:事業実現性に関する評価の配点の新旧比較
迅速性評価の配点は20点から10点に引き下げられた。第1ラウンドの撤退要因として、国内サプライチェーンの未整備や特殊施工船の不足等が明らかとなり、過度に短いスケジュールを提案させるインセンティブを弱める必要があったためである。また、これまでは、「5年6か月」などの絶対的な期間を基準として迅速性を評価していたが、新制度では、各公募参加者が適切な予備期間を含めて設定した建設期間を前提に、一定の事業実現性を満たす参加者の中で最短の建設期間を基準とする相対評価へと変更された。
次に、事業計画の実行面の配点は20点から25点に、電力安定供給・サプライチェーン形成の配点も20点から25点に引き上げられた。これにより、具体的な施工計画や工程の適切さに加え、国内産業基盤の確立や部品の安定調達、故障時の復旧体制等、サプライチェーンの強靱性も重視されることとなった。
図2:基礎的な基準による評価と高度な基準による評価に対する配点
さらに、採点方法についても抜本的な見直しが行われた。従前は「トップランナー」から「最低限必要なレベル」の5段階+失格という評価区分で採点していたが、新制度ではこれを廃止し、数百に及ぶチェック項目ごとの積上げ方式に改めた。具体的には、迅速性評価10点を除く110点について、基礎的な基準55点と高度な基準55点を設け、満たした項目数に応じて得点を算出する。基礎的な基準は、公募占用計画に必要な項目が記載されているかを確認するものであるのに対し、高度な基準は、記載内容がどれだけ詳細・具体的で、適切かつ確実かを評価するものである。
(3) 認定有効期間終了後の占用継続
認定有効期間終了後の占用継続については、一定の要件を満たす場合に、原則として国土交通大臣が占用許可を付与する方向へと見直された。
これにより、事業者にとっては、認定有効期間終了後の事業継続の見通しが立てやすくなるという意義がある。
(4) 情報の管理に関する事項
従前の制度では、公募占用計画の提出書類において、事業者が取得したデータの管理手法について独立した記載項目は設けられていなかった。
これに対し、新制度では、事業の継続性や、万一の撤退時における円滑な再公募を確保する観点から、公募占用計画の記載事項(海洋再エネ整備法第17条第2項第14号)として、「当該発電設備を設置する海域に関する情報であって、当該発電設備の設置及び維持管理の過程で取得する情報の管理に関する事項」が新たに追加された。
(5) 「公共の利益の増進」又は「やむを得ない事情」による計画変更
新制度では、計画変更の認定に関する考え方も整理された。
まず、「公共の利益の一層の増進に寄与する」と見込まれる場合には、変更の認定を受けることができる。従前も、新たな技術的知見による工事実施方法の変更や、技術革新による発電設備の変更などは例示されていたが、新制度ではこれに加え、「サプライチェーンの強靱化」の観点が明記された。具体的には、変更によって「電力安定供給・サプライチェーン形成」の項目の得点が高くなるような場合が、「公共の利益の増進」に該当し得るものとして整理されている。これにより、国内での産業基盤確立や部品の安定調達に資する計画への見直しが、変更認定の対象となり得る場合として位置づけられた。
また、「やむを得ない事情」による計画変更についても、従前の「風車メーカー側からの契約解除の申出」等に加え、新たに「設計図書と工事施工環境の乖離」による変更が追加された。すなわち、施工事業者側から契約変更等の申出があった場合などに、「施工方法の変更」を行うことが、「やむを得ない事情」として認められることが明文化された。これにより、実際に海域で工事を始める段階で判明した予期せぬ地盤状況の変化等に対し、実態に即した施工計画への変更が認められる基準が明確になり、事業中断リスクの軽減につながると考えられる。
ただし、いずれの変更についても、変更後に公募時の審査・評価結果を下げないよう最大限取り組むことが求められるほか、港湾利用スケジュールの変更等が他の事業者の計画に支障を与える場合には、公募の公平性を損なうため原則として認められない。また、変更の認定に当たっては、必要に応じて学識経験者や第三者委員会の意見を聴取するなど、公平性の確保が図られることとされている。
3. 本改訂が事業者に与える影響
本改訂は、従前のように安さと速さを中心に競う制度から、施工計画、サプライチェーン、維持管理等を含め、原則30年の認定有効期間を前提に、長期にわたり事業を安定的に実施できるかを重視する制度へと、評価の重心を移すものである。その影響は各改訂事項ごとに異なるため、以下、主な改訂事項を整理する。
(1)価格評価の見直しによる影響
価格評価について、供給価格上限額及び想定供給価格幅を設定し、一定水準以下の価格提案には一律で満点を付与する仕組みが導入されたことにより、事業者は、従前のように極端な低価格入札によって競争上の優位を確保する必要性が相対的に低下する。その結果、資材価格の変動、金利、施工リスク等を踏まえた、より現実的な価格設定を行いやすくなると考えられる。
他方で、制度検討資料で示された例のように価格点差が最大20点程度に設定されるとしても、実際に迅速性評価や高度な基準による評価で十分な点差が生じるかは、今後の運用を見極める必要がある。仮にこれらの項目で大きな差がつかない場合には、なお価格点差が選定結果を左右する可能性は残る。
(2)事業実現性評価の見直しによる影響
事業実現性評価については、迅速性評価の配点が引き下げられる一方、事業計画の実行面や電力安定供給・サプライチェーン形成の配点が引き上げられ、また採点方法も、5段階評価から、基礎的な基準及び高度な基準に基づく積上げ方式へと変更された。これにより、事業者には、施工計画、工程管理、資機材調達、故障時対応、維持管理体制等について、より詳細かつ具体的な公募占用計画の策定が求められることとなる。
もっとも、基礎的な基準は、公募占用計画に必要な事項の記載を確認する性格が強いため、十分に準備した事業者間では大きな差がつきにくい可能性がある。そのため、実際の競争上は、迅速性評価10点と高度な基準55点の合計65点で、いかに得点を確保するかが重要になる。
しかし、高度な基準については、どのような記載や取組が高く評価されるのかが必ずしも具体的に示されていない。そのため、事業者は、評価対象となり得る事項を幅広く想定しながら、公募占用計画を作成する必要があり、準備に要する人的・時間的コストが増大するおそれがある。今後、高度な基準に関する考え方や評価の方向性について十分に示されない場合には、この不確実性が事業者にとって大きな負担となる可能性がある。
また、国内サプライヤーとの連携、国内投資、施工・維持管理の実績等が過度に重視される場合、ローカルコンテンツへの対応が入札参加者にとっての制約要因になり得る。要求項目が多岐にわたるほど、調達や施工、維持管理の選択肢が狭まり、コスト上昇、工期遅延、リスク配分の硬直化を招く可能性がある。そのため、国内産業基盤の形成という政策目的と、入札の競争性・事業実現性との均衡が必要となる。
以上を踏まえると、事業者には、公募段階から施工方法、サプライチェーン、維持管理体制等について、より具体的な事業計画を策定することが求められる。他方で、詳細な計画を早期に求めるほど、長期事業に伴う将来の環境変化にどこまで対応出来るかが課題となる。
(3)認定有効期間終了後の占用継続ルールの見直しによる影響
認定有効期間終了後の占用継続について、一定の要件を満たす場合に原則として占用許可が付与される方向へ見直されたことは、事業者にとって、長期的な事業継続の見通しを立てやすくするという意義を有する。洋上風力発電事業は、初期投資が巨額であり、また運転開始後も長期にわたる維持管理・部品供給体制の構築が必要となるため、更新可能性が高まることは、投資判断や資金調達、サプライチェーン投資の安定性にも資する可能性がある。
(4)情報管理に関する事項の追加による影響
海域に関する情報や、設置・維持管理の過程で取得する情報の管理に関する事項が、公募占用計画の記載事項として新たに明記されたことにより、事業者には、海象・地盤・施工・維持管理等に関するデータを、将来的な事業継続や、万一の撤退時における円滑な再公募も見据えて、適切に整理・保存・管理する体制の整備が求められることとなる。この点は、事業者の実務上の管理負担を増加させる可能性がある一方で、事業継続性や再公募時の円滑性を高めるものでもある。
(5)計画変更ルールの整理による影響
「公共の利益の一層の増進」又は「やむを得ない事情」による計画変更について、サプライチェーン強靱化に資する変更や、設計図書と工事施工環境の乖離に対応する施工方法の変更等が具体例として明示されたことにより、事業者にとっては、どのような場合に計画変更が認められ得るかについての予見可能性が一定程度高まったといえる。特に、実際の施工段階で判明する地盤条件や施工条件の変化に対応しやすくなる点は、事業中断リスクの軽減につながると考えられる。
他方で、変更認定の可否は、最終的には個別具体的事情を踏まえた行政判断に委ねられる。また、変更によって港湾利用スケジュール等が他事業者に支障を与える場合には、公募の公平性確保の観点から認められない可能性がある。そのため、制度上は一定の柔軟性が確保されたものの、認定後の計画変更が広く認められるわけではない。洋上風力発電事業は数十年に及ぶ長期事業であり、資材価格、技術、施工条件等の変化を事前に完全に見通すことは困難である。そのため、今回の運用では、事業完遂可能性を確保しつつ、合理的な計画変更をどこまで認めるかが重要となる。
(6)小括
以上のとおり、本改訂は、価格と迅速性を中心に競う従前の制度から、施工計画、サプライチェーン、維持管理、情報管理、計画変更対応を含め、長期にわたり事業を完遂できるかを重視する制度への転換と位置づけられる。
他方で、事業実現性評価における高度な基準の具現化、サプライチェーン評価の運用、計画変更認定の予見可能性が不十分な場合には、事業者の準備負担が増大し、入札の競争性や事業計画の柔軟性が損なわれるおそれがある。
今後の制度運用では、事業完遂可能性を高めるための詳細な計画評価と、長期事業に不可避な環境変化に対応するための柔軟性との均衡を図ることが重要となる。事業完遂可能性の確保と事業運営の柔軟性との均衡をいかに図るかが、今後の制度運用上の重要な課題となる。
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