近年のエネルギー価格の変動や供給不安を背景に、電化は国際的なエネルギー政策の新たな焦点になりつつある。COP31に向けて議長国であるトルコは、世界の最終エネルギー需要に占める電力の割合を、現在の約20%から2035年までに35%へ引き上げる「35% by 2035」の電化目標を掲げた1。これは、これまで化石燃料に依存してきた建物、運輸、産業などの最終需要部門を、自然エネルギー中心の電力利用へ転換していく必要性を示すものである。
この観点から特に重要なのが、建物分野における冷暖房・給湯である。EUでは、冷暖房・給湯分野は、エネルギー需要、エネルギー安全保障、エネルギーコスト、気候政策が交差する領域として、戦略的な政策分野となっている。
本コラムでは、EUの法制度を通じて、建物分野の電化がどのようにエネルギー政策の中核に位置付けられてきたのかを概観する。特に、エネルギー効率、脱炭素化、エネルギー安全保障、エネルギーシステム統合という4つの相互に関連する政策の柱に着目する。この政策転換をたどることで、欧州がガス・石油依存から熱の電化へと移行しつつあること、そしてその経験が日本のエネルギー政策の議論にとっても重要な示唆を持つことを示す。
図1:EUにおける熱分野の電化を支える4つの主要な政策の柱
日本の読者にとって、まず念頭に置くべき出発点がある。欧州の多くの地域では、暖房と給湯は歴史的に、建物内に設置されたガスボイラーや石油ボイラーを熱源とし、各部屋の温水式暖房システムを通じて供給されてきた。このため、化石燃料ボイラーを電気式ヒートポンプに置き換えることは、必ずしも家庭が熱を利用する基本的な仕組みそのものを変えることを意味しない。暖房と給湯という同じ需要を、従来からなじみのあるシステムを通じて供給し続けながら、熱源を化石燃料の燃焼から、より高効率な電気利用技術へと転換することができる場合が多い。
日本の状況はこれとは異なる。住宅の給湯についてはガス給湯器への依存が大きいが、暖房は分散型であり、多くの住宅では個別のルームエアコンを通じてすでに一定程度電化されている。また、業務用建物では、暖房、冷房、給湯のシステムがさらに多様である。したがって、欧州の政策議論を日本にそのまま当てはめることはできない。しかしながら、EUの経験は重要な示唆を持つ。冷暖房・給湯分野を戦略的なエネルギー政策領域として位置付け、残された化石燃料利用を電化することが、コスト低減、エネルギー安全保障、エネルギーシステム全体の効率化にもつながることを示しているからである。
1. 戦略的政策領域としての熱の電化
EU政策において、建物分野のエネルギー需要は極めて重要な位置を占めている。EUでは、建物が最終エネルギー消費の約40%を占め、EUのガス消費の約半分が建物で使用されている。家庭部門では、冷暖房・給湯がエネルギー利用の中心であり、2023年には暖房と給湯だけで家庭部門の最終エネルギー消費の77.6%を占めた。
同時に、EUの建物ストックはエネルギー性能に課題を抱えている。EUの建物の約75%はエネルギー性能が低いとされる一方、改修率は年間約1%にとどまっている。
図2:EU建物分野における冷暖房・給湯の重要性
冷暖房・給湯分野は、電力分野に比べて脱炭素化が遅れている領域である。自然エネルギーの導入は拡大しているものの、2024年時点でEUの冷暖房・給湯分野全体に占める自然エネルギーの割合は26.7%にとどまっている4, 5 。欧州が気候・エネルギー目標を達成するためには、建物における熱利用のあり方を変えることが不可欠である。
このためEUは、冷暖房・給湯分野に対する政策アプローチを徐々に広げてきた。建物のエネルギー効率向上にとどまらず、脱炭素化、エネルギー安全保障、エネルギーシステム統合を含む、より広範な戦略へと発展してきたのである。
この政策の変遷を図3に整理する。
図3:EUにおける冷暖房・給湯分野に関連する政策の変遷
EUにおける建物分野の政策は、当初、建物性能の向上やエネルギー需要削減を中心とする省エネルギー政策として発展してきた。建築物エネルギー性能指令6(EPBD)やエネルギー効率指令7(EED)を通じて、断熱性能、設備効率、改修、熱需要の削減が重視された。再生可能エネルギー指令8(RED)では、冷暖房・給湯分野が電力、輸送と並ぶ主要なエネルギー利用分野として扱われるとともに、2015年のパリ協定やEUの気候中立目標を背景に、建物分野は脱炭素化政策の重要な対象として位置付けられるようになった。
2016年のEU初の冷暖房戦略9以降、再生可能熱、廃熱利用、電化、地域熱供給などを組み合わせた政策アプローチが強化され、冷暖房・給湯分野を自然エネルギー中心の柔軟なエネルギーシステムに統合する方向性が明確になっていった。
さらに、EUの政策転換を加速させたのが、化石燃料輸入への構造的な依存と価格変動リスクである。EUはエネルギー需要の大きな部分を域外からの輸入に依存しており、2004年時点でもエネルギー輸入依存度は約57%に達していた10。特に2009年には、ロシアからウクライナ経由で欧州に送られるガス供給が約2週間停止し、中東欧を中心に多くの国が大きな影響を受けた。その後、自然エネルギーの導入は大きく拡大したものの、2024年時点でもEUのエネルギー輸入依存度は約57%と低下していない。これは、電力分野での自然エネルギー拡大だけでは、輸送、熱、産業などの最終需要部門に残る輸入化石燃料依存を十分に減らせないことを示している。2022年のロシアによるウクライナ侵攻や、2026年の中東情勢の緊迫化に伴う化石燃料市場の不安定化は、このリスクを改めて浮き彫りにした。このため、EUでは、建物分野に残るガス・石油利用を削減し、域内で拡大する自然エネルギー電力を活用した電化へ移行することが、気候政策だけでなく、エネルギー安全保障とエネルギーコスト安定化の観点からも重要な政策課題となっている。
こうした流れの中で、欧州委員会は2026年に、電化アクションプラン11と新たな冷暖房・給湯戦略4 を公表する予定であり、電化、熱分野、電力系統、投資を一体的に進める政策対応がさらに強化されようとしている。
2. 現在のEU電化政策を支える4つの柱
EUにおける建物分野の電化政策は、エネルギー効率、脱炭素化、エネルギー安全保障、エネルギーシステム統合という、相互に補完し合う4つの柱から捉えることができる。本章では、この4つの柱に沿って、建物分野の電化を形づくる近年の政策動向と目標を整理する。
2.1 エネルギー効率:エネルギー需要とコストの削減
第一の柱は、エネルギー効率である。エネルギー効率の向上は、光熱費の削減に資するとともに、エネルギー需要を抑制し、エネルギー安全保障を強化し、脱炭素化に必要な投資規模を抑えるための基本原則である。2023年に改正されたエネルギー効率指令(EED)は、「エネルギー効率第一」の原則を強化し、2030年までにEUの最終エネルギー消費を2020年比で11.7%削減する拘束力のある目標を定めている。
表1:2023年改正エネルギー効率指令12(EED)の主な内容
※2 エネルギー貧困とは、所得の低さ、エネルギー価格の高さ、住宅・設備のエネルギー性能の低さなどにより、生活に必要な冷暖房、給湯、照明、調理などを十分に利用できない状態を指す。建物や設備の効率改善が進まない場合、将来の燃料価格上昇や炭素価格付けにより、こうした負担がさらに大きくなる可能性がある。
自然エネルギー財団作成
ヒートポンプは、こうしたエネルギー効率目標の達成において重要な役割を果たす。ヒートポンプは、燃料を燃焼させて熱を生み出すのではなく、大気中、地中、水中、あるいは廃熱から熱を取り込み、建物内へ移動させる技術である。そのため、消費する電力1単位に対して、複数単位の有用な熱を供給することができる。この効果は大きく、欧州委員会はヒートポンプを「成熟した技術であり、ガスボイラーに比べておおむね3〜5倍のエネルギー効率を持つ」と説明している13。
ヒートポンプの導入を加速するため、欧州委員会は2025年1月に「ヒートポンプ普及加速プラットフォーム(Heat Pump Accelerator Platform)」14を立ち上げた。また、ある研究15では、2030年までに石油・ガスボイラー3,000万台をヒートポンプに置き換えた場合(REPowerEUで想定されたヒートポンプ導入拡大の規模を踏まえた想定)、建物におけるガス・石油消費を36%削減し、CO2排出量を28%削減できると推計している。同研究はさらに、多くの場合、化石燃料ボイラーからヒートポンプへの転換は暖房費の低減につながり、特に長期的にはその効果が大きいとしている。
2.2 脱炭素化:化石燃料ボイラーからゼロエミッション建物へ
第二の柱は、脱炭素化である。EUの建物分野は、気候中立に向けた道筋と整合していく必要がある。
この転換の中心にあるのが、改正建築物エネルギー性能指令(EPBD)である。同指令は、「ゼロエミッション建物」を新築建物の新たな標準として位置付けている。公的機関が所有する新築建物については2028年1月1日から、すべての新築建物については2030年1月1日から、この基準への適合が求められる。欧州委員会はこれを、建物ストックをオンサイトでの化石燃料由来排出に依存しないものへと移行させる道筋の一部として位置付けている。また、改正指令は加盟国に対し、2025年以降、新規の単独型化石燃料ボイラーへの財政的インセンティブを廃止することも求めている。これは、化石燃料による暖房がもはや長期的な標準ではないことを示す明確なシグナルである。
表2:2024年改正建築物エネルギー性能指令16(EPBD)の主な内容
再生可能エネルギー指令は、供給側からこの方向性を補強している。2023年改正指令は、EU全体の拘束力のある再生可能エネルギー目標を2030年までに少なくとも42.5%へ引き上げ、45%の達成を目指すこととしている。建物、冷暖房・給湯、地域熱供給・地域冷房の分野では、ヒートポンプを通じて利用される大気熱や地中熱を含め、再生可能熱の役割が強化されている。
表3:建物分野に関連する2023年改正再生可能エネルギー指令17(RED III)の主な内容
2.3 エネルギー安全保障:輸入化石燃料への依存リスクの低減
第三の柱は、近年ますます重要性を増しているエネルギー安全保障である。この点が特に重要なのは、EUの建物分野が化石燃料需要の大きな需要となっているためである。EUでは、建物が最終エネルギー消費の約40%を占め、EUのガス消費の約半分が建物で使用されている。家庭部門の最終エネルギー消費の約8割は、冷暖房・給湯に関連する。これらの数字は、建物における熱の電化が、単なる気候対策にとどまらないことを示している。家庭部門の大きなエネルギー需要を、自然エネルギー比率が高まりつつある域内産の電力へと移行させることは、輸入化石燃料の価格変動による影響を低減する手段でもある。
こうした輸入依存のコストは、化石燃料市場が混乱するたびに顕在化する。例えば、2026年3月に始まった中東危機の最初の52日間には、欧州委員会の推計によれば、EUは化石燃料輸入に追加で240億ユーロを支出した。危機前の価格であれば同期間の支出は約510億ユーロだったところ、実際には1.47倍の約750億ユーロを支払ったことになる18。
こうした国際的な価格ショックを受け、EUは近年、2022年のREPowerEU19と2026年のAccelerateEU20という二つの戦略を打ち出した。
欧州委員会は2022年、ロシア産化石燃料への依存を低減するための計画としてREPowerEUを発表した。その柱は、省エネルギー、クリーンエネルギーの生産、エネルギー供給の多様化である。熱分野では、これはガス・石油ボイラーをヒートポンプへ置き換えること、また再生可能熱の導入を加速することに重点を置く政策として具体化されている。REPowerEUは、ヒートポンプの導入ペースを倍増させ、ヒートポンプを2027年までに1,000万台に追加導入することを目指している。また、地域熱供給・地域冷房ネットワークにおける大型ヒートポンプの導入加速も掲げている。
2026年4月、欧州委員会は、中東情勢の緊迫化を背景とする化石燃料市場の不安定化とエネルギーコスト上昇に対応するため、AccelerateEUを発表した。同戦略も、エネルギーコストの抑制、エネルギー安全保障、クリーンエネルギー投資、電化を結び付けている。AccelerateEUは、より緊密なEU内の連携、消費者・企業の保護、域内産エネルギーの拡大、エネルギーシステムの強化、エネルギー転換への投資拡大という5つの行動分野を示している。
建物分野の電化にとって特に重要なのは、域内産自然エネルギーの拡大によってヒートポンプなどの電化技術を支える電力供給を強化すること、そして電力料金、系統接続、インフラ整備など、建物を含む各分野で電化を妨げる障壁を取り除くことである。
欧州委員会はさらに、2026年7月に「電化アクションプラン」を、また新たな冷暖房・給湯戦略を発表する予定である。
2.4 エネルギーシステム統合:自然エネルギー電力システムの一部としての建物
第四の柱は、エネルギーシステム統合である。欧州委員会の「エネルギーシステム統合戦略」21は、最終需要部門の脱炭素化に向けた重要な道筋として、電力を直接利用して化石燃料を置き換える「直接的な電化」※を位置付けている。同戦略は、その例として、ヒートポンプ、電気自動車、産業分野の電化を挙げている。
※「直接的な電化」とは、化石燃料を燃焼して得ていた熱や動力を、ヒートポンプ、電気自動車、電気炉など、電力を直接利用する技術に置き換えることを指す。これに対し、水素や合成燃料など、電力を別のエネルギー媒体に変換して利用する場合は「間接的な電化」と呼ばれる。
建物分野において、電化は単に化石燃料利用を置き換えることだけを意味しない。ヒートポンプは、建物の熱需要を電力システムに結び付ける機能を持つと考えることができる。蓄熱、スマート制御、ダイナミック料金、デマンドレスポンスと組み合わせることで、電力消費をピーク時間帯からずらし、自然エネルギー電力をより有効に活用することが可能となる。ヒートポンプ普及加速プラットフォームのコスト削減に関するレポート22も、ヒートポンプを柔軟性と相互運用性を備えたシステムによりよく統合することで、消費者のコストとシステム全体のコストの双方を削減できると強調している。
自然エネルギー電力の拡大に伴い、こうしたより広いシステム統合上の役割は一層重要になっている。2024年には、EUの総電力消費に占める自然エネルギーの割合は47.5%に達した一方で、最終エネルギー消費に占める電力の割合はなお23%にとどまっている11。欧州委員会は、2030年までに最終エネルギー消費に占める電力比率を32%とする参照指標を示しており、7月公表予定の「電化アクションプラン」により建物、輸送、産業分野において、費用対効果が高く、エネルギーシステムに適した電化を加速するとしている。
図4:エネルギーシステム統合におけるヒートポンプの役割
冷房も、以前に比べて政策上の重要性を増している。これまでEUの冷暖房政策は、主に冬季の暖房需要、化石ガス利用、ボイラーの置き換えを中心に展開されてきた。しかし、夏季の高温化や熱波の頻発により、特に都市部では、クリーンで高効率な冷房の重要性が高まっている。これは、エネルギー安全保障上の新たな課題でもある。冷房は、熱ストレスが高まる時期に市民、労働者、企業を守る役割を果たす。一方で、非効率な空調機器の普及は、夏季の電力ピークを押し上げ、電力システムに追加的な負荷を与えるおそれがある。
そのため、グリーンな冷房政策には二つの意味がある。第一に、熱波へのレジリエンスを高めることである。第二に、ピーク需要とシステムコストを押し上げる非効率な冷房技術へのロックインを回避することである。
3. エネルギー危機を捉えた電化政策の推進
EUのアプローチで近年重要性を増しているのが、産業競争力の視点である。ヒートポンプの普及を単なる建物分野における化石燃料利用の削減策にとどめず、クリーンテック産業戦略の一部としても位置付けている。ネットゼロ産業法24は、戦略的ネットゼロ技術に基づくEU域内の製造能力を拡大することを目的とし、2030年までに年間導入需要の少なくとも40%に近づく、またはそれを達成する域内製造能力を確保することを目安としている。ヒートポンプは、この主要なネットゼロ技術に含まれている。
この背景には、エネルギー安全保障と産業政策を切り離さずに捉える考え方がある。ヒートポンプの導入拡大は、建物分野に残るガス・石油利用を削減するとともに、欧州域内の製造基盤、サプライチェーン、施工人材、技術革新を強化・推進するという政策課題でもある。そのためには、安定的に拡大する市場を形成し、企業が製造能力や人材育成に投資しやすい環境を整える必要がある。ヒートポンプ普及加速プラットフォームなどの近年の取り組みは、初期費用、電力価格、施工能力、許認可、消費者の信頼確保といった実施上の課題を解決し、ネットゼロ技術の導入拡大と産業基盤の強化を結び付けようとする動きとして位置付けられる。
この点は日本にとっても重要である。日本のエネルギー自給率は、2024年に東日本大震災以降で最高水準となったが、16.4%にとどまっている25。一方で、日本にはすでに、ヒートポンプ、空調、圧縮機、電子機器に関する強い産業基盤がある。暖房、冷房、給湯を含む熱分野は、発電や輸送分野の電化に比べて政策上の注目が限られてきたが、建物分野の電化に向けた国内市場の強化は、化石燃料依存の低減、脱炭素化を推進しながら産業基盤の強みを活かし、製品イノベーションの促進、成長する国際市場における日本企業の位置付け強化につなげていける可能性がある。
EUの経験から得られる重要な示唆は、エネルギー危機が電化政策を加速させる契機となったことに加え、熱、電力、建物、産業政策を横断的に捉える必要性である。熱の電化を進めるには、ボイラーからヒートポンプへの機器転換にとどまらず、自然エネルギー中心の電力拡大、建物の省エネルギー、電力系統の柔軟性、消費者保護、産業競争力を結び付けた政策設計が求められる。こうした分野横断的な視点は、日本が今後、熱分野の脱炭素化とエネルギー安全保障を同時に進めるうえでも重要である。
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