シリーズ「電力システム改革の検証と論点」第3回送配電部門の中立化の評価(1):ITOモデルの導入を

高橋 洋 法政大学 社会学部 教授

2024年11月1日

in English

 2012年から13年にかけて開かれた電力システム改革専門委員会において、送配電部門の中立化、即ち、発送電分離の是非は、最大の論点であった。発送電分離は電力自由化の必要条件である一方で、大手電力会社からすれば、自社の組織構造を大きく変えるものであるため、2000年代初頭の電気事業分科会での議論では強硬に反対し、日本では発送電分離を行わないことで決着していた。その議論をやり直した結果、2013年に送配電部門の法的分離が決定されたのである。これに基づき、2020年(東京電力のみ2016年)に法的分離が実施されてから4年以上が経過するが、どのように評価できるだろうか。

送配電部門の中立化の意義

 改めて確認すると、どうして送配電部門の中立化が必要なのか。法定独占時代には、電気事業は発送電一貫体制で運営されてきたが、自由化しても送配電網は引き続き自然独占であり、競争の対象にならない。寧ろ、このボトルネック設備を発電や小売りの新規参入者が公平に利用できるよう、開放させる必要がある。しかし、発送電一貫の大手電力(旧一般電気事業者)に対して、ただ送配電部門の中立化を求めるのは無理がある。このため、競争部門と独占部門(=送配電部門)を構造的に分ける規制改革の手段が、発送電分離である。

 ここで重要なのは、発送電分離が競争促進だけを目的とするのでなく、安定供給にも寄与するということだ。それは例えば、2013年の電力システム改革専門委員会の「報告書」にも明記されていたように、価格メカニズムが適切に働けば、デマンドレスポンスなど「価格による需給調整が柔軟に働く」ようになる。また、「広域化」の手段である地域間連系線の増強についても、独立した送電会社は積極的に投資し、「全国大で需給調整を行う」ことを容易にするだろう。

 この証拠に、欧州の多数の国で所有権分離が実施されてから30年前後が経過するが、停電が増えたわけではないし、発送電一貫体制に戻った国もない。日本の2倍近い比率で再エネを導入しつつ、市場を通して安定供給を維持している。その主役が、独立した送電会社(TSO)である。

 50年以上の間、発送電一貫でやってきた日本の当事者の感覚としては、送電と発電が別会社になることは、受け入れ難いのだろう。欧州でも1990年代には同様の反対論があった。しかし、発送電分離を前提として市場を通した需給調整を行うことが、安定供給に寄与することは、理論的にも実証的にも疑いの余地がない。欧州ではこのような説明が不要だが、日本では未だに発送電分離が安定供給を阻害するとの誤解があるため、強調しておきたい。

法的分離か所有権分離か

 その上で、2013年の「報告書」では、「送配電部門の中立性確保」について、9ページにわたって機能分離と比較しつつ、法的分離を選んだ理由が説明されている。「企業グループ内での資本関係」が残ることから、「十分な行為規制を講じることが必要」とデメリットを指摘しつつ、「送配電設備の開発・保守と運用を一体的に行う」、あるいは「発電部門の要因が送配電会社の財務に直接的な影響を与えない」といったメリットが評価されて、法的分離が選ばれた。

 「報告書」では、所有権分離についてほとんど議論されていないが、それは日本の大手電力が民有であり、政府が資産の売却を命じることが難しいからである。「中立性を実現する最もわかりやすい形態として所有権分離があり得るが、これについては改革の効果を見極め、それが不十分な場合の将来的検討課題とする」と「報告書」に付記された通り、所有権分離は上記のメリットを満たす一方でデメリットを持たない。唯一のデメリットとして財産権の問題はあるものの、規制改革としては最も望ましい形態なのである。

 筆者も、2013年時点での法的分離の選択は妥当であったと考える。法的分離は妥協的手段であるが、「十分な行為規制を講じ」れば、一定の効果が期待できるからである。しかしながら、2023年の初頭には、一般送配電事業者7社による情報漏洩が発覚した1。これは、中立化されたはずの送配電子会社が保有している新電力の顧客情報が、同じグループの小売部門に不正閲覧されていたという、電気事業法違反の事案である。情報遮断は法的分離における行為規制の基本であり、それが継続的かつ大規模に蔑ろにされていた以上、法的分離は不十分であったと断定せざるを得ない。

 従って、今般の送配電部門の中立化の検証において、所有権分離を「検討課題」としてどこまで取り上げるかは、大きな論点になるはずだった。しかし、「送配電の広域化・中立化」を検証した、2024年5月8日の電力・ガス基本政策小委員会の「事務局提出資料」では、中立化に特化したページは全77ページの内10ページに止まり、更にその内所有権分離に触れたのは2ページに過ぎなかった。実際の討議においても、所有権分離の是非はほとんど議論にならなかったのである。それは、資源エネルギー庁の事務局が所有権分離に「慎重」であったとともに、電力・ガス基本政策小委員会の多くの委員の認識も同様だったからだろう。

所有権分離の「課題」?

 そうすると、所有権分離について、安定供給上の課題はないが、財産権が課題となることは理解する。しかし、上記の「事務局提出資料」では、それ以外に2つの「課題」が指摘されている。

 第1に、「グループ一体で実現している迅速な災害対応が低下するおそれがある」という。これは、台風による停電時などに大手電力の小売部門の職員が送配電部門を応援できなくなることを指しているようだが、そもそも欧州では、そのような応援は送配電の中立性の観点から許されていない。送電網の復旧については、送電会社が自らの保守要員で対応するのが原則であり、それは託送料金で賄うべきものである。応援が必要なら他の送配電会社が行えばよく2、小売部門が競合他社の顧客情報を閲覧する理由にはならない。

 第2に、「グループ一体としての資金調達に支障が生ずるおそれがある」という。これは、送配電部門が切り離されることで、グループ全体として安定的な収入が減り、原子力発電などに対する大型投資が難しくなることを指しているのだろう。法的分離の下で、送配電子会社からの配当をグループとして期待するのは問題ない。しかし、本来、法定独占の送配電部門は、大きな利益が期待できる性質の事業ではない。それがなければ支障が生じる発電投資というのは、そもそも無理がある。また、送配電部門を売却(所有権分離)すれば、売却益が得られる。それを原資として発電事業を拡大しても良い。実際に欧州のE.ONや Vattenfall Europeは、所有権分離することで事業ポートフォリオを整理してきた。

 要するに、これら2つの「課題」はいずれも所有権分離を否定する理由にならない。「目的と効果を比較衡量しつつ、慎重に考える」というが、所有権分離のメリットを前向きに検討した形跡はなく、最初から「慎重に考え」ていたのであろう。

法的分離ではなく、ITOの導入を

 残るのは、財産権を盾に当事者が所有権分離に反対するという理由である。財産権は尊重されなければならない。これについて参考になるのが、日本と同様に大手電力が民有であるドイツの事例である。

 ドイツでは、発送電一貫の大手電力が民有であったため、自由化に当たってまず2000年前後に法的分離が実施された。大手電力4社は自社の名前を冠した送電子会社を設置したが、これだけでは送電網は十分に中立化されなかった3。2009年に欧州委員会から送電部門の更なる中立化を促されたことで、大手電力4社の内2社(E.ONとVattenfall Europe)は所有権分離を選択した。残りの2社(RWEとEnBW)が選択したのが、ITO(Independent Transmission Operator)モデルである。

 発送電分離の一形態であるITOモデルとは、表面的には法的分離と同様で、大手電力による送電部門の所有を許容する。その上に厳しい行為規制を課すことで、所有権分離に匹敵する中立性の確保を求める。例えば、RWEの送電子会社だったRWE Transportnetz Stromは、2009年にAmprionへ社名を変更し、本社所在地をRWEの本社があるエッセンからドルトムントへ移した。2024年8月時点で、Amprionの株式の25.1%はRWEが所有しているが、親会社からの中立を社内的に担保する専門の役職者を置くことが義務付けられ、情報遮断を含む行為規制が徹底されている(詳細はコラム送配電部門の中立化の評価(2):欧州ITOモデルが目指す姿を参照のこと)。その結果、ITOの社員は親会社への帰属意識はほとんどないという。要するに、財産権は尊重するが、送電部門の中立性も十分に確保されなければならないということだ。

 ドイツの規制当局に話を聞くと、送配電の中立化の観点からも安定供給の観点からも、所有権分離モデルでもITOモデルでも構わないという。法的分離<ITOモデル≒所有権分離モデルということであり、法的分離のレベルでは、要するに日本の一般送配電事業者の状況では、TSOのライセンスは付与されない。E.ONやRWEといった大手電力は、必ずしも賛成だったわけではないが、経営判断として所有権分離かITOかを選択してきたのであり、ドイツではそれを原因として災害対応が低下した事実も資金調達に支障が生じた事実もない。

 このように考えれば、今回の送配電部門の中立化に関する検証は、十分であったとは言い難い。所有権分離あるいはITOという重要な選択肢を、最初から排除していた印象である。資源エネルギー庁としては、情報漏洩事案に対して、まずは情報システムの物理分割や内部統制の強化といった対応で十分と判断したのだろうが、カルテル事件など日本の競争環境の現状を踏まえれば、電力システム改革の背骨が揺らいでいると言わざるを得ない。所有権分離が難しいというのなら、少なくともITOモデルを導入すべきである。その議論すらなされていない現状は、電力の安定供給にとっても大きな問題なのである。

  • 1経済産業省「関西電力送配電株式会社、関西電力株式会社、九州電力送配電株式会社、九州電力株式会社及び中国電力ネットワーク株式会社に対して業務改善命令を発出しました」、「一般送配電事業者の情報漏えい事案に関し、業務改善勧告を行いました」2023年4月17日。その後、北陸電力や東京電力でも情報漏洩が発覚した。
  • 22024年の能登半島地震においては、各地の一般送配電事業者が「災害時連携計画」に基づいて、応援を派遣したという。
  • 3ドイツでは、歴史的に送電部門と配電部門が分離されており、送電4社に対して、配電部門は800社に上る各地域に根差した小規模事業者が担当してきた。そのため、送配電部門の中立化は、まず送電部門に対して厳しく求められる。配電部門については、所有権分離やITOモデルが義務ではないが、情報遮断などは求められる。
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シリーズ「電力システム改革の検証と論点」

外部リンク

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