※本コラムは、2024年9月に発表されたE3Gのドミエン・ヴァンゲネヒテン氏による論考「Mario Draghi’s recipe for competitiveness: decarbonise, invest, industrial policy, and more Europe」を、執筆者の了解のもと日本語で紹介するものである。
欧州委員会委員長ウルズラ・フォン・デア・ライエンが、特別顧問であるマリオ・ドラギ前イタリア首相に、欧州の競争力についての評価をするように依頼してから、ほぼ一年の検討を経て、同氏は、2024年9月9日に、400ページにわたる報告書1を提出した。
主なポイントは以下の通り。
1. 脱炭素化は今や欧州経済の未来の核心である
かつては競争力と脱炭素化が対立する目標とされていたが、現在では脱炭素化は欧州経済の競争力強化における主要なチャンスと認識されている。
化石燃料に依存していることが欧州の競争力の課題の根本原因のひとつであり、脱炭素化はこの問題の解決に寄与する。
2. 欧州の経済的課題は投資によってのみ解決可能である
ドラギの主張は明確である。欧州は未来の繁栄を確保するために投資が不可欠であると指摘し、年間約8,000億ユーロの追加投資が必要だと述べている。EU予算の拡充や公共財への投資の必要性、そして民間資本を引き出す方法を提案している。
ドラギは、生産性向上への投資と持続可能な財政の両立は可能であり、むしろ、生産性やイノベーションへの投資が中期的には良い結果をもたらすと指摘している。
3. 新しい地政学的文脈における国家の役割の強化
ドラギは、EUの外交政策が新自由主義的でルールに基づく自由放任主義的アプローチから、戦略的な欧州の利益を守り、米中対立に対処するための、より国家主導の介入戦略へと移行していることを指摘している。
報告書では、公的機関が主導し、EUのエネルギー政策、産業政策、外交政策の中心に経済的安全保障を据えるべきだと提言している。貿易などの他の政策を、競争力強化だけでなく、レジリエンス、安全保障、戦略的自律性を優先するEUの広範な産業戦略の一部として位置づけるべきとした。ドラギによるEU外交政策のビジョンは、従来のEUドクトリンよりも多国間機関に依存の少ない、国際的な官民協力を促進するための新たな産業パートナーシップを提案している。
4. 欧州の将来の競争力と繁栄を確保するための連携強化
エンリコ・レッタの欧州内部市場の将来に関する報告2に沿って、ドラギは、欧州における政策や規制の断片化が共同の優先課題の進展を妨げていると述べている。
とくに電力網の強化と市場統合の深化に重点を置き、エネルギー転換に向けた運営体制強化の方法を提案した。こうした競争力ガバナンスの枠組みを提案することで、ドラギは、欧州が新たな複数国家間のバリューチェーンを発展させる際に直面していた多くの困難に対処する第一歩を踏み出した。この枠組みにより、欧州の多様な地域の強みや資源を最大限に活用できるようになる。
■ 政治的側面について
この報告書には多くの政策提言が含まれているが、それらを実現するために、複雑な政治状況を乗り越える具体的な政治的解決策は示されていない。
この報告書はフォン・デア・ライエン委員長によって委託され、次期委員会の政治的指針にも影響を与えているため、加盟国が慎重に受け取ることが予想される。レッタの報告とは異なり、ドラギは提言を策定する際に欧州の各国政府との広範な協議を行っていないため、率直な評価が可能となったが、同時にこの報告書は、共通の欧州債務、EU予算の拡張、エネルギーおよび産業政策のさらなる統合に関する長年の国家的な限界に挑戦するものともなっている。
ドイツの保守派など一部の政策立案者はすでに報告書を批判している。
加盟国が報告書の内容に真剣に取り組むかどうかはまだ不透明だが、支持する連携が形成される可能性がある。欧州議会のほとんどの政治グループはこの報告書を支持し、緊急の行動を促す「注意喚起」として位置づけている。産業団体の代表者も特にその核心にある投資議題に対して支持を表明している。
新しい欧州委員会がドラギの提言に基づいて政治的および政策的な議題を形成することを目指す場合、この脆弱な連携を強化し、活性化させるために市民社会を巻き込む必要がある。そのためには、社会的議題の強化、気候レジリエンスの向上、環境の持続可能性に関する他の側面への取り組みなど、報告書の中で十分に発展していない点を委員会の政策議題に組み込むことが求められる。
執筆者:ドミエン・ヴァンゲネヒテン(Domien Vangenechten)は、E3Gベルリンオフィスのクリーンエコノミープログラムリーダー。EUの産業政策、産業の脱炭素化、CCS(二酸化炭素回収・貯留)を専門としている。 |