シリーズ 「エネルギー基本計画の論点」(第9回)原子力発電が世界全体で低迷、コスト競争で勝てない

ロマン・ジスラー 自然エネルギー財団 上級研究員

2024年9月27日

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[特設ページ]エネルギー基本計画の論点

 日本政府は次期のエネルギー基本計画の議論において、脱炭素に向けて原子力発電を最大限に活用することに意欲を見せている。しかしながら世界の情勢を分析すると、自然エネルギーが優位にあることがわかる。新設の風力と太陽光のプロジェクトは原子力よりもはるかにコストが低い。世界全体の発電電力量においても、自然エネルギーの拡大スピードが原子力を圧倒している。主要な国・地域の電源構成を見ると、中国、米国、欧州、日本のいずれにおいても、自然エネルギーが原子力を大幅に上回っている状況だ。

新設の風力と太陽光は原子力と比べて3~6倍も安い

 エネルギー分野のコスト分析で定評のあるBloombergNEFが2023年下期の発電方法別のLCOE(均等化発電原価:発電にかかる総コストをもとに算出)を公表している。それによると、陸上風力、太陽光、洋上風力のLCOE基準値(標準的な条件に基づく中央シナリオで推定)は、全世界の平均で原子力と比べて約3~6倍も低い(図1)。このような自然エネルギーのコスト競争力は市場拡大と技術革新がもたらしている。

図1:新設の風力、太陽光、原子力のLCOE基準値(世界平均、2023年下期)

Source: BloombergNEF, Levelized Cost of Electricity 2023-H2 (December 2023) [subscription required].

 全世界の風力の設備容量(陸上と洋上の合計)は2000年から2023年までの間に17GW(ギガワット=100万キロワット)から1017GWへ拡大した1。同様に太陽光の設備容量(集光型太陽熱発電を含む)は1GWから1419GWへ増加している。特に太陽光は2023年の1年間だけで346GWも増加した。風力と太陽光を合わせると2400GWを超える膨大な規模になる。

原子力の発電電力量は自然エネルギーの3分の1に

 英国の非営利組織であるEnergy Institute(エネルギー分野の統計データを発行するBPの出版事業を2023年に買収)の統計によると、全世界の原子力の発電電力量は20年近く前の2006年がピークだった(図2)。一方で自然エネルギーの発電電力量は2023年が最大で、原子力の3.3倍に達した。

図2:自然エネルギーと原子力の発電電力量(全世界、2000~2023年)

TWh:テラワット時(10億キロワット時)
Source: Energy Institute, Statistical Review of World Energy 2024 (June 2024).

 原子力発電は欧州、米国、日本の3地域で拡大してきたが、さまざまな理由で勢いを失っている。日本で2011年に発生した福島第一原子力発電所の事故に加えて、信頼性の低さ、さらに自然エネルギーを中心に新たな発電方法の拡大によって経済性の点で競争が厳しくなったことなどが理由だ。原子力の発電電力量は長期にわたって停滞を続け、中国などで増加したものの世界全体では伸びなかった。

中国、米国、欧州、日本で自然エネルギーが優勢

 IEA(国際エネルギー機関)によると、世界の主要な国・地域では2023年に自然エネルギーの電力の比率が22%(米国)から49%(欧州)の範囲に上昇した(図3)。これに対して原子力の比率は4%(中国)から19%(米国、欧州)にとどまっている。


図3:中国、米国、欧州、日本の電源構成(発電電力量ベース、2023年)

注:欧州はOECD(経済協力開発機構)の加盟国の合計
Source: International Energy Agency, Monthly Electricity Statistics May 2024 (August 2024).

 主要な国のLCOEを見ると、新設の風力と太陽光のコストは蓄電池を併設した場合でも、新設の原子力よりも明らかに低くなっていることがわかる(図4)。中国だけは新設の原子力がコスト競争力を維持している(日本の原子力のコスト分析結果はない)。

図4:主要国における新設の風力、太陽光、原子力のLCOE(2023年下期)

Source: BloombergNEF, Levelized Cost of Electricity 2023-H2 (December 2023) [subscription required].

 このあとは中国、米国、欧州、日本、それぞれの原子力と自然エネルギーの最新の状況を見ていく。
 

■中国

 中国の原子力産業は原子炉を新設する点では、世界の中で最も活発かつ成果を上げている。2024年9月初めの時点で56基の原子炉(合計容量54GW)が運転中である2。このうち53基は2002年2月から2024年4月までの22年間に運転を開始した。さらに28基(30GW)の原子炉を建設中である。

 BloombergNEFによると、中国における新設の原子力発電のLCOE基準値(補助金なし)は6.2セント/kWh(キロワット時)である(1セントは約1.4円、2024年9月時点)。世界の標準と比べて極めて低い。これは国内の3つの要因によるもので、安い労働コスト、有利な金融事情(資本集中型のプロジェクトでは非常に重要)、そして短い建設期間(平均6年)、を挙げることができる3

 ただし過去20年余りで原子力発電を大幅に拡大したとはいえ、フランスの設備容量(56基、61GW)と比べるとまだ小さい4。中国の電力システムの規模(総発電電力量)がフランスの18倍以上もあることを考えると、原子力発電の影響力は小さい5

 中国における原子力発電の開発状況を見る時には、風力・太陽光と比較すべきである。2020年から2023年までの4年間で、風力と太陽光の発電電力量は原子力の約5~6倍も拡大している(図5)。

図5:中国における原子力、風力、太陽光の発電電力量の増加(2020年と2023年を比較)

Source: Energy Institute, Statistical Review of World Energy 2024 (June 2024).

 さらに原子力と自然エネルギーがもたらす輸出の価値を比較すると、興味深い事実がわかる。2020年以降、中国が国外で建設した原子炉はパキスタンのKanupp-2・3(各1GW)の2基だけで、建設費は約100億米ドルである6。これに対して同じ期間の太陽光発電の輸出額は1600億米ドル近い規模に達している7

■米国

 2024年9月初めの時点で、米国は世界最大の原子力発電の規模を維持している。94基(97GW)が運転中である8

 金融アドバイザリーと資産運用の大手機関Lazardが、米国における発電コストに関するレポートを2024年6月に発行した9。減価償却を完了した既設の原子炉の発電コスト(基本的に燃料費と運転維持費だけ)は3.2セント/kWhと低い状態にあることを明らかにした。

 発電コストの低さには理由がある。米国では安全性をさほど厳しく求めていないことと、原子炉をベースロード・モードで運転して設備利用率を非常に高く保っていることによる(過去10年間の国全体の平均で92~93%)10

 安全性に関しては、個々の原子炉が運転開始当初のレベルを維持する方針をとっている。これに対してフランスでは、常に最高レベルの安全基準に強化し続けることを2006年に法律で規定した(実際には1980年代から実施)。

 米国の原子力発電のコストが3.2セント/kWhというのは驚くべき水準だが、それでも経済性の競争から逃れることはできない。

 Lazardのレポートによると、新設の陸上風力の発電コスト(補助金なし)は2.7セント/kWh、太陽光は2.9セント/kWhで、既設の原子力よりも低い。このほかに既設のコンバインドサイクルガスタービン(CCGT)の発電コストは3.0セント/kWhである11

 米国では2013年から2022年までの10年間に、13基の原子炉(合計10GW)がガスと自然エネルギーとの競争によって、ライセンス期間を残した状態で運転を終了した。

 米国政府は原子力発電をクリーンな電力源と位置づけて、2024年1月1日から既設の原子炉に対して補助金(最大1.5セント/kWh)の交付を開始した12。ただしクリーンかどうかは、使用済み核燃料と放射性廃棄物の問題から議論を呼んでいる。

 一方で新設の原子炉の開発状況を見ると、大規模な原子炉と小型モジュラー炉(SMR:Small Modular Reactor)の双方で困難に直面している。

 米国では最新の大規模な原子炉として、Vogtle-3・4の2基(各1.2GW)が2023年7月と2024年4月に商用運転を開始した。しかし建設期間が当初計画の4~5年を大幅に上回って10年以上も費やす結果になった。Lazardの推定によると、LCOEは19.0セント/kWhにもなり、コストで競争できる状態ではない13

 しかも上記の建設期間には、実際に建設を開始する以前の準備に必要な期間を含んでいない。実際にVogtle-3・4のプロジェクトが始まったのは2000年代の半ばである。原子炉を新設する場所の決定から、原子炉の設計確定(Westinghouse社のAP-1000)、建設と運転のライセンス取得、建築費を含む金融協定の合意、に至るまでに10年近くを要している。

 大規模な原子炉の問題に加えて、SMRでは最先端を行くCarbon Free Power Projectが2023年11月に終了してしまった14。このプロジェクトはNuScale社のVOYGR-6 SMR(432MW:77MW×6基)を建設して、2029年に運転を開始する計画だった。しかし発電コストの想定が12.0セント/kWhまで上昇して、顧客を獲得するには高すぎる状況に陥っていた。

■欧州

 欧州では原子力の発電電力量が長期にわたって低下している。2023年の発電電力量は736TWh(テラワット時=10億キロワット時)で、ピークだった2004年の1122TWhから34%減少した。

 減少の主な要因を挙げると、ドイツが政策によって原子力発電のフェーズアウト(段階的廃止)を実施したこと、フランスで多数の原子炉が安全性強化や保守のために一時的に運転を停止したこと、英国で多数の古い原子炉が運転を終了したこと、そしてウクライナの戦争の影響である。

 欧州全体で電源構成が自然エネルギー中心に移行したことに加えて、原子力発電は安全性の向上を永続的に求められ、運転期間の延長に投資が必要になり(現時点で運転開始から60年以上を経過した原子炉は存在しない)、発電コストが上昇している。たとえばフランスでは、既設の原子炉の発電コストは以前には4.5セント/kWh程度だったが、2023年7月に同国のエネルギー規制委員会が推定したところでは約6.5セント/kWhになっている15

 それでも欧州の原子力発電は米国と違って、化石燃料を利用する火力発電と比べてコストの面で有利である。欧州では天然ガスと一般炭の価格が相対的に高く、カーボンプライシングも導入されている。2024年上期の時点で、ガス火力(CCGT)と石炭火力の標準的な発電コストは、燃料費とカーボンプライシングを合わせて8.5セント/kWhだった。

 このような状況から、欧州の火力発電は衰退している。フランスは2023年に国全体の電力の大半を原子力(63%)と自然エネルギー(28%)で発電しており、火力発電に依存する近隣諸国に対して過去最高の電力輸出を記録した16

 欧州では既設の原子炉は競争力を発揮できているが、EDF社の設計によるEPRをベースにした新設の原子炉は違う状況になっている。

 EPRで建設中の原子炉では、フランスのFlamanville-3 (1.6GW)と英国のHinkley Point C-1・2(各1.6GW)が、ともに大幅なコストの超過と長期の遅延に直面している。

 Flamanville-3は2024年の秋が終わるまでに運転を開始できる見込みだが、当初の計画を12年以上も超過して建設に17年もかかっている17。総コストは当初の54億米ドルから187億米ドルに拡大すると見込まれている18

 一方のHinkley Point Cは2029年から2031年に運転を開始することが2024年1月に明らかになった19。建設期間は10~13年になり、当初の計画と比べて3~6年の遅延になる見通しだ。2基の総コストは344億米ドルの予定が544~614億米ドルに増加することが予想されている。

 新設の原子炉を成功させることに関しては、疑問の声が高まっている。

 フランスは2050年までに6~14基の大規模な原子炉を建設する方針である。現時点で確定しているのは最新のEPR2を採用するPenlyの2基(各1.67GW)だけで、2035年から2037年までに運転を開始する計画だ20。今後の10年間(2034年まで)に、フランスの新たな脱炭素の電源はFlamanville-3を除いて、すべて自然エネルギーで供給することになる。

 EPR2はFlamanville-3の経験をもとに、設計を簡素化したものになる予定である。しかしこれも新しい原子炉の最初の建設プロジェクトになることから、すでに建設期間とコストの点で懸念が生じている。

 英国は2050年の電力需要の25%を原子力でカバーする目標を掲げている(2023年の時点では13%)21。政府が2024年1月に発表した「Civil Nuclear: Roadmap to 2050」では、最大で24GWの開発が必要になると想定している(現時点の開発計画は約6GW)22。この目標を達成するために、2030年から2044年にかけて、5年ごとに3~7GWの原子炉を追加できる投資を確保する方針だ。

 目標の達成には海外の企業の参画が必要になるが、適切なパートナーを見つけることは簡単ではない。原子炉を供給できる事業者は少なくなっていて、米国、中国、フランス、ロシア、韓国などに限られている。

 ロシアによるウクライナ侵攻、中国との外交的な緊張関係を考えると、英国政府が信頼できる選択肢として米国、フランス、韓国が残る。このうちフランスのEDF社は英国で実績がある。Financial Timesが2024年5月に報じたところによると、Wylfa原子力発電所に新設する原子炉に関して、韓国電力公社(KEPCO)が英国政府と初期段階の話し合いを実施した23。EDFとKEPCOの両社ともに財政的な負担が大きくなるため、政府による支援が必要になる。

 新設のプロジェクトとしては、現在建設中のHinkley Point Cと同様にEPRを採用するSizewell Cがある。2024年5月に原子力発電のサイトライセンス(建設の前段階の認可)を取得した24。最終的な投資判断は2025年になる見込みで、その時点でコストやスケジュールの見通しが明らかになるだろう。

 原子力発電で忘れてならないことは、運転を終了した原子炉の廃炉、使用済み核燃料と放射性廃棄物の処分、を含むバックエンドの対策の進展である。

 フィンランドのOlkiluotoにおいて、事業者のPosivaが2024年8月末に最終処分場の試運転を開始したと発表した25。数カ月にわたる試運転では、使用済み核燃料を使わずに最終処分をテストする。試運転で安全性を確認したうえで、使用済み核燃料の最終処分を開始する予定である(開始日は未発表)。このレベルまで対策が進んでいる国はほかにない。

 フィンランドと同様に廃棄物の地層処分施設の建設計画が進んでいるのは、フランスとスウェーデンの2カ国だけである。フランスでは2023年1月に、Cigéoと呼ぶプロジェクトの申請が国の原子力安全機関に提出された。2027年にも建設を開始できる見込みで、2035年から2040年の稼働を予定している26。スウェーデンでは2022年1月に、Forsmark処分場の建設を国が認可した27。2020年代のうちに建設を開始して、その後10年程度で稼働を見込んでいる28

 欧州連合は2022年に、持続可能な経済活動を分類したタクソノミーの中で、原子力発電を推進するためには2050年までに地層処分場を運転する具体的な計画を策定するように求めた。

 欧州以外では、米国と日本を含めて、最終処分に関する進展は見られない。

■日本

 日本は原子力発電の市場が特に混沌として不確実だ。福島第一原子力発電所の事故から13年以上が経過して、33基ある既設の原子炉(合計33GW)のうち、21基が現在も稼働していない(図6)。原子炉の再稼働にはコストと時間がかかるうえに、国民の反対もある。

図6:日本の原子力発電の状況(2024年8月13日時点)

Source: Japan Atomic Industrial Forum, Current Status of Nuclear Power Plants in Japan (August 2024)

 IEAによると、2023年度(2023年4月1日~2024年3月31日)に日本で再稼働した12基の原子炉を合わせて、国全体の発電電力量の8%を供給するにとどまった29。2030年度に国が掲げる原子力発電の目標20~22%の達成は困難な状況だ。

 日本の原子力発電の今後を考えるうえで重要な課題の1つは、既設と新設の原子炉のコストに関して最新のデータがないことである。LCOEの分析を得意とするBloombergNEFでさえ、日本の原子力発電のコストを推定できていない。このような状況では、今後の電力セクターの方向性を具体的に決めるための建設的な議論がむずかしくなる。

 日本政府は次期のエネルギー基本計画に向けて、発電コストを検証するワーキンググループの活動を開始した。原子力発電のコスト分析は、米国、フランス、英国など先進国の状況を参考に最新のデータに基づいて実施すべきである。その結果、太陽光と陸上風力が新設の原子炉よりもコスト競争力があり、さらに既設の投資回収済みの原子炉と比べても対抗できることが明らかになるだろう。

 新しい事実とデータをもとに、日本政府は2040年度の原子力発電の目標を現実的に設定する必要がある。原子力に対して過大な目標を設定してしまうと、最も効率的な脱炭素技術である自然エネルギーの導入量を過小評価して、2050年のカーボンニュートラルの目標達成を危うくするおそれがある。

 

外部リンク

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