電力の小売市場の全面自由化から8年が経過した。その成果をどう評価すればよいか。
小売り自由化の成果
そもそも電力システム改革における小売自由化の目的は何か? 電力システム改革専門委員会の2013年の「報告書」から引用すれば、市場競争を通じて、「新たなサービス・料金メニューの提供や、低廉な小売価格」を実現することにある。その背景には、2011年の「東日本大震災による原子力発電所の事故やその後の電力需給のひっ迫」があった。この未曾有の危機を受けて、「『電力を選択したい』という国民意識が高まり」、また「節電の実施や計画停電の準備を通じ、多くの需要家が、ピーク時の電力使用量の抑制が大きな経済価値を持つこと」に気づいたのである。
従ってこれを評価するには、新電力など消費者に多様な選択肢が与えられているか、特に新たな料金メニューやデマンドレスポンスなどのサービスが提供されているか、そして低廉な小売価格が実現されているか、を確認する必要がある。
まず小売りサービスの選択肢について、電力・ガス取引監視等委員会(電取委)の「電力取引報」によれば、全販売電力量に占める新電力のシェアは、2024年4月時点で約17.5%であった。家庭等を含む低圧分野に限れば、約23%であった。2016年4月時点で全体におけるシェアは約5.2%、低圧分野では0.1%であったことと比べれば、市場競争は進んでいる。
ただこれらの数値は、残りの82. 5%あるいは77%は、既存の大手電力会社(旧一電)によって占められていることを意味する。これらは「寡占」と言えなくないだろうか。また、新電力のシェアは確かに2016年以降増えてきたが、2021年8月時点の22.6%(全体)、2022年8月時点の27.5%(低圧分野)を境に減少傾向にある。後述の通り、2021年1月には電力スポット価格のスパイクが生じ1、2022年にはウクライナ戦争を受けた化石燃料の国際価格の、そして国内の電力スポット価格の高騰が、1年以上続いたことが、新電力の経営状況を悪化させる一因となり、旧一電(みなし小売電気事業者)への顧客の移動を促したと考えられる。実際に帝国データバンクの調査によれば、2024年3月時点で新電力706社のうち32社が倒産・廃業、87社が撤退、69社が契約停止の状況にある2。
料金メニューについては、完全従量制や節電割引、自然エネルギー100%メニューなど、確かに以前よりは多様化しており3、小売り自由化の成果と評価できるだろう。その実質的な規模やデマンドレスポンスなどの効果、さらに再エネ価値の取引などについては、別途のコラムで検証したい。
小売価格については、2015年から2021年までは概ね横ばいであったが、2022年には継続的に高騰した4。この背景には、前述のウクライナ戦争を受けた化石燃料価格の高騰があるが、これは火力発電依存という電源構成の問題に負うところが大きい。他の先進国も類似した影響を受けており、自由化によって短期的には解決しづらい。限界費用がゼロの自然エネルギーの電源構成の拡大により、中長期的に解決することが求められる。
小売市場における公正競争の不十分さ
現状をこのように整理した上で、やはり最大の問題点は、小売市場において公正な競争環境が十分に整備されていないことであろう。新電力のシェアが減っていること、倒産や撤退した事業者が多いことは、公正競争の結果であれば問題ないが、そうではない可能性が高い。
前述の2021年1月の電力スポット価格のスパイクは、旧一電による前日スポット市場への売り控えが主因であった。電取委の調査によれば、競争上問題ないとの結論になったが、十分に説明が尽くされたとは言い難い。そして2023年初頭に明らかになった電力小売りのカルテルは、独占禁止法違反に該当する5。中部電力などは司法の場で争っているが、中心的役割を果たした関西電力の自主申告に基づき、公正取引委員会(公取委)が数年間にわたって調査した結果である。何らかの競争上の問題があったと考える方が自然だろう6。
小売りカルテルだけではない。2023年3月には、一般送配電事業者による情報漏洩という電気事業法違反も明らかになった7。旧一電の小売部門は、競合他社の顧客情報という通常得られない情報を、独立したはずのグループ会社から日常的に不正閲覧していたのである。これは、法的分離による送配電事業の中立化が機能していなかったことを示唆している。2024年1月には、公取委が旧一電の発電部門による卸取引の競争上の問題点を公表したが8、旧一電は今でも発送電一貫的に運営されていると見た方が自然であり、新電力は構造的に不利な立場に置かれていると考えるべきだろう。
自由化された以上、競争力に劣る小売事業者が退出を迫られるのは当然である。しかし、競争の前提となる市場環境が整備されていなければ、公正とは言えない。市場を開放しただけでは、旧独占事業者が新規参入者に対して圧倒的優位にあるのであり、それを是正する競争政策が不可欠である。これは政府の責任であるが、公取委が摘発したカルテルの案件を電取委は把握していなかったように、規制当局による競争監視は十分とは言えない。
このように、公正な競争環境の整備は電力システム改革の本質であり、小売市場についてもこの点の抜本的な強化が不可欠である。具体的には、カルテルや不正閲覧といった違法行為の厳罰化、他の競争阻害行為に対する規制強化が急務である。電取委は、近年卸売における内外無差別の確保を進めているが、これも強化・加速が必要である。これらの前提となる電取委の権限強化や監視体制の拡充も重要である。
その他の課題:規制料金制度、電力補助金
最後に、小売市場の競争環境に関連する2つの論点に触れたい。
第1に、規制料金制度の是非である。家庭を中心とした低圧分野では、2016年の全面自由化後も規制料金メニューが残されている。これは、消費者保護の観点からの経過措置であり、旧一電は値上げする際には電取委の料金審査を受ける必要がある上、燃料費調整額には上限が設定されている。通常は自由料金より割高になるものであり、いずれ廃止されるべきである。また2022年の価格高騰の局面では、上限のある規制料金が自由料金より安くなる逆転現象が生じたことから、市場競争を歪めるとして今すぐ廃止すべきという意見もある。
一方で、本稿で見てきた小売市場の競争環境に鑑みれば、廃止は時期尚早ではないか。図の通り、2024年4月時点でも自由料金に切り替えた低圧の需要家は半数前後に止まり、その比率は漸増してきたが、2022年以降は停滞傾向にある。料金の逆転現象は確かに問題であるが、異例の価格高騰に対して消費者保護の装置が作動したと考えることもできる。まずは、公正な競争環境の確保を優先すべきだろう。
第2の論点は、2023年1月から始まった電力補助金の是非である。経済産業省は、2022年の電気料金の高騰を受けた「激変緩和措置」として、小売事業者経由で補助金を支給してきた9。物価高騰対策の一環であり、経済的に困窮する家庭などを救済する一定の社会的意義があることは確かであろう。しかし、速やかに廃止すべきである。
その理由は、節電など需要家の合理的な対応を阻害するからである。電気料金が高いのは、火力発電の燃料費が高いからであり、化石燃料のリスクに対する市場シグナルでもある。本来、電気料金が上がることで、節電努力や太陽光パネルの導入が促されるはずだが、人為的に下げることでこれらが阻害される。そもそも電力補助金の原資は国民の税金であり、ばら撒きに繋がりかねず、一度始めれば政治的な思惑で廃止が難しくなる。今回も、当初は2023年9月使用分までとされていたが一度延長され、2024年5月使用分まででようやく廃止されたと思っていたら、わずか1ヶ月で再開が表明された。
これら2つの論点も、公正な競争環境という小売自由化の前提が整っていないことと関係する。その結果、消費者の多様な選択肢が提供されず、それを踏まえた合理的な消費行動が適切に発揮されていない。それは中長期的に電気料金の負担の増大ももたらすだろう。政府は、電力システム改革の本旨に立ち返り、消費者の視線に立つ形で競争政策を強化すべきである。