エネルギー危機に対する欧州の選択

高橋 洋 都留文科大学 教授

2022年9月13日

 8月末から9月初めにかけて、3年ぶりに欧州への視察に赴いた。ウクライナ戦争を受けた欧州のエネルギー危機の現状と、エネルギー政策の変化を確認するためである。デンマーク、スウェーデン、ベルギー、オランダ、ドイツ(表)を周り、政策当局者や研究者、事業者と意見交換できた。欧州はどのような選択をしようとしているのか、日本はどのような選択をすべきか、考えてみたい。

表:欧州諸国と日本の電源構成とエネルギー自給率(2020年)

出所:IEA, Energy Atlasのデータを基に筆者作成。

欧州による脱ロシア

 欧州のエネルギー危機の本質は、天然ガスを中心とした化石燃料の価格高騰と供給不安である。天然ガス価格は、2021年秋以降、新型コロナ感染症からの経済回復を受けた需給ギャップにより上がり始めていたが、2022年2月末のロシアによるウクライナ侵攻により、一気に高騰した(図)。その後、欧州諸国はロシアからの化石燃料の輸入禁止を進めているため、価格高騰は収まる気配がない。通常は、パイプラインガスの割合が高い欧州のガス価格は、LNG(液化天然ガス)の日本のガス価格よりも安いが、はるかに上回る水準に達している。
 
図:天然ガスの月別価格の推移(2014年1月〜2022年8月)
出所:世界銀行ウェブサイトのデータを基に筆者作成。
 

 欧州による脱ロシアの経済制裁に対して、ロシアは激しい揺さぶりをかけている。まず4月に、ポーランドやブルガリアへの天然ガスの供給を停止し、最近ではドイツへの供給を断続的に止めている。バルト三国などを除く欧州諸国は、長らくエネルギー輸出国としてのロシアを信用し、2021年にはEU加盟国の天然ガス輸入のロシア依存度は46%に達していた。これについて、「冷戦時代も含めてウィンウィンの関係だったのに」という驚きの声が多かった。

 この脱ロシアについて、スウェーデンの研究者は、欧州はウクライナと共にロシアと戦うことを選択したのだと、指摘した。欧州にも、中国やインドのように事を荒立てずにロシアから安い化石燃料を買い続ける選択肢はあったが、それを拒否したのだという。それは、国民から一定程度支持されており、国民の協力を得て節ガスなどを進めている。しかし都市ガス価格や電力価格の高騰に耐えるにも限度があり、政府は極めて難しい舵取りを迫られている。

原子力は復活するか?

 今般の危機の本質は、偏在する化石燃料の脆弱性であるから、エネルギー自給率を高めるため、原子力という選択肢への期待が高まっているのは事実である。既にベルギー政府は、2025年までに脱原発する計画を10年間延期することを発表した。1980年の脱原発の決定後、原発を使い続けてきたスウェーデンでも、新増設の声が上がっているという。但し、両国は元々原子力の電源構成が大きく(表)、ベルギーはウクライナ侵攻がなくとも脱原発の延期は不可避だったという。

 そしてドイツ政府も、9月5日に脱原発の延期を発表した。2022年12月に最後の3基を運転停止し、脱原発を完了する計画だったが、2基について2023年4月まで運転できる状態に待機させておくという。ドイツ国民の大半が脱原発を強く支持してきただけに、筆者はこの判断に強い関心を持っていた。

 このハベック経済気候大臣の発表自体は筆者の帰国後だったが、筆者がベルリンで聞いた情報と概ね合致していた。それは、ロシアによる天然ガスの供給不安から、最大需要を記録する今冬の電力供給に懸念があること、冬に期待できる風力は北部に集中しており、国内の送電網の制約から南部の需給が特に心配であり、南部の原発2基の役割が大きいこと、国民も一定程度延期を支持していること、などであった。とはいえ、FDP(自由民主党)が主張するような、何年も原発を運転する選択肢は、国民の支持が得られず、核燃料にも限りがあるため、難しいとのことだった。

 今冬は、原発2基も含めて乗り切ったとして、来年以降はどうなるのだろうか。当面は、脱炭素のために止めていた石炭火力を活用する1とともに、LNGの輸入で凌ぐという。ドイツの天然ガス輸入は、半分を依存するロシアを始め、全てがパイプラインガスだったが、急遽LNGターミナルを建設している。今年末から運用を始め、来年以降更にターミナルを増やす。パイプラインガスよりは高くなるが、カタールやカナダなど輸入元を拡大しようとしている。

脱化石のための再エネ導入の加速

 ドイツは、脱原発と脱炭素の二兎を追求していたため、かねてより非現実的との批判があった。そのような立場からすれば、石炭火力に頼り、脱原発を延期するのは、妥協であろう。ただそれは、今冬や数年といった短期的な話であり、中長期的に見れば、化石燃料の問題を解決するには、化石燃料からの脱却しかない。脱ロシアの先には脱化石があり、それを最大限加速する手段は、原子力でなく、輸入の必要がなく燃料費がかからない再生可能エネルギー(再エネ)であろう。実際にドイツは、再エネの電源構成目標を高め、2035年にほぼ100%を目指すとしている。

 原子力は、そもそも建設コストが高く、放射性廃棄物の最終処分や核燃料の輸入の問題もある。ウクライナ戦争では、ザポリージャ原発などの攻撃対象としての危険性も顕になった。新増設を明言しているのは、フランスとイギリスだが、両国はかねてより新増設を追求してきたが上手くいかなかった2。更に近年、フランスの原発は故障続きで、夏には熱波によりローヌ川の水位が低下・高温になり、原子炉の冷却に使うことが困難に陥った。これらも欧州の電力価格高騰に寄与しているという3

 従って、まず再エネの導入が最優先という点で、今回訪れた欧州諸国は一致していた。更に、既に風力で過半の電力を供給しているデンマークは、「エネルギー・アイランド構想」を掲げている。これは、北海やバルト海に数GW級の大規模な洋上風力発電を建設し、その「風力島」から周辺各国に海底送電網を繋ぎ、電力を供給する構想だ。変動性の風力は、時間帯によっては大量に電力が余るため、それを水素変換することも含む。要するに、デンマークは再エネ電力やグリーン水素の輸出国の座を狙っており、周辺各国に協力を呼びかけているが、ベルギーやオランダも同様の構想を持っており、競合関係にもあると言う。

 水素は日本でも注目されているが、欧州では再エネ由来のグリーン水素が基本という。それは、今後増える余剰再エネ電力の対策4になるとともに、エネルギー自給にも寄与するからである。デンマークでは水素輸入の計画はないとのことだったが、ドイツの規模になると、国内のグリーン水素だけでは需要を賄えない恐れが高い。そのため、水素需要の半分程度は、北アフリカなどからのグリーン水素の輸入で賄うという。日本での期待が高いブルー水素5については、CCS(炭素の回収・貯留)が必要であり、コスト面からも輸入への期待は低いとのことだった。また水素は、基本的に産業分野で使うのであり、これを燃料とする発電(ゼロエミッション火力)の発想はない。

 今般のエネルギー危機では、ロシアとパイプラインや送電網で繋がっているリスクが認識された。一方で今欧州では、エネルギー危機を集団安全保障によって対処しようとしている。化石燃料が地理的に偏在し、変動性再エネ電力も時間帯によって偏在するため、友好国間をネットワークで繋ぎ、天然ガスや電力を域内で相互融通することは、エネルギー安全保障上極めて有効なのである。

日本の選択:脱化石の加速を

 ウクライナ戦争を受けて、日本もエネルギー危機が叫ばれている。このため、脱炭素よりも火力の維持を優先すべき、原子力の再稼働の加速や新増設まですべきという声が、俄に高まっている。その象徴が、岸田文雄首相による、8月24日の原発の新増設の検討指示だった。しかしながら、欧州とは危機の構図が異なることを、認識すべきである。

 確かに、日本でも化石燃料が高騰している。電源構成の76%が火力であるから、電力も高騰している。化石燃料に依存している限り、エネルギー価格の高騰から逃れられない。その1つの帰結が、年末には3.2兆円に達するというガソリン補助金である。これは、批判が多い再エネの固定価格買取制度の賦課金の負担よりも大きくなるだろう6

 一方で、日本の供給不安は限定的である。化石燃料については、サハリン2の懸念はあるものの、日本は年限を切った脱ロシアに加わっておらず、輸入は滞っていない。電力については、今年に入り需給ひっ迫が続いているが、自然現象に由来する突発的なものであり、ウクライナ戦争とは関係ない。東京電力管内の3月17日の停電の主因は、地震による火力発電所の大量停止であり、6月末の需給ひっ迫注意報の主因は、史上初の猛暑日による需要増であった。注意報が初めて発令された6月27日には、東電管内の最大需要は52.5GWであったのに対し7、8月2日の年間最大需要は59.3GWであったが、需給ひっ迫にならなかった。要するに、絶対的な供給力は足りている上、電力の需給ひっ迫は基本的に東電管内に限った話である。気候の変化により、季節外れの需要増が起きやすくなっているとすれば、それこそ脱炭素を急がなければならない。

 にも関わらず、原発の新増設が必要とすれば、東電管内に建設するのだろうか。しかし、原発の新増設は十年以上後に実現するかどうかも分からない話であり、危機対応としては効果がない。供給力不足だとしても、リードタイムが短い電源にすべきだろう。また、今後も火力が必要だとして、ブルー水素やグレー水素の輸入と利用が期待を集めているが、ゼロエミッション火力はエネルギー自給率を高めてくれない8

  もちろん、天然ガスや電力の安定供給に努めている方々には敬意を表したいし、脱ロシアに加わらないことを批判しているわけではない。日本にはエネルギーの集団安全保障の仕組みがない以上、自国で防衛するしかない。また現実に再エネの電源構成が20%に止まる以上、今すぐ火力発電をゼロにもできない。だからこそ、欧州と比べて余裕がある日本は、計画的かつ速やかに化石燃料から脱却し、エネルギー自給率を高めるべき(表)だろう。

  短期的には、価格高騰対策の観点からも、スマートな省エネ・節電を強化すべきである。このためには、市場メカニズムの機能やスマートメーターなどDXの活用が欠かせない。中長期的には、いや今すぐに、脱化石を急ぐべきであり、その主役は再エネ以外に考えられない。多くの屋根への太陽光の設置、大規模な洋上風力の導入と長距離送電網の増強、更にEVを含む蓄電池の活用を進めた方が、低コストで速やかにエネルギー自給率を高められるし、需給安定化にも寄与するだろう。

  脱炭素を急いだから、今回の危機が起きたのではない。表の通り、日本は脱炭素にもエネルギー自立にも大きく遅れている。残念ながら、今回のロシアの選択は、外交の専門家も国際政治学者も予測できなかった。脱炭素から脱化石へと急がなければ、このような危機はまた起きるだろう。欧州以上に化石燃料の輸入に依存する日本こそ、エネルギー自立のためにも脱炭素のためにも、電力の再エネ化による脱化石を最優先で進めるべきである。

  • 1ドイツは産炭国であり、現在でも石炭消費の半分程度を自給している。
  • 22019年には日立製作所が、コスト高を理由に英アングルシー島の原発計画から撤退した。フランスでは、フラマンヴィル原発3号機の建設が延期に延期を重ね、建設コストが増大している。
  • 32021年には、欧州で全般的に風況が悪くなり、風力の出力が落ちたことも、電力価格高騰の一因とされる。
  • 4上記の水素変換により、余剰電力を有効利用するとともに、水素は貯蔵が容易であるため、エネルギーシステムの柔軟性を提供してくれる。
  • 5化石燃料の改質で水素を生成し、排出される二酸化炭素をCCSで処理したものが、ブルー水素である。CCSを付けない場合は、グレー水素となり、脱炭素と言えない。
  • 6資源エネルギー庁の資料によれば、2021年度に想定される賦課金負担は約2.7兆円である。
  • 76月の最大需要は例年45GW程度であるため、6月には火力発電の計画停止が多く、事前に用意していた供給力の余裕がなくなった(午前9時台に使用率96%)。
  • 82021年末のCOP26グラスゴー会議で、岸田首相が「化石賞」を受賞したのは、ゼロエミッション火力の推進の発言が批判されたからであった。

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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