エネルギー安全保障上の危機
21世紀に入って以降、現在(2022年3月)ほど日本でエネルギー安全保障上の危機が認識されたことはないだろう。2022年2月末にロシアがウクライナに侵攻し、先進諸国は経済制裁によって対抗しているが、ロシアは世界最大級の天然ガスと原油の輸出国であるため、世界のエネルギー需給への影響は甚大である。既に原油価格は、13年8ヶ月ぶりの高値をつけ、1バレル140米ドルに迫っている(2022年3月7日時点)。欧米ではロシア産原油の禁輸措置まで検討されているという。
そもそも昨年夏から国際的に天然ガスや原油、電力の価格が高騰し、欧米では大きな社会問題となっていた。これは日本にも波及し、政府はガソリンの高騰を抑えるため、1月末から補助金を支給する異例の措置を始めていたが、ウクライナ侵攻を受けて、3月4日にはこの上限を25円に引き上げる追加対策を表明した。またロシアの石油・天然ガス事業である、サハリン1からは米エクソンが、サハリン2からは英シェルが、撤退を表明した結果、関係する日本企業や経済産業省は対応に追われているという。
エネルギーは私的財であり、民間企業によって市場で取引されているにも関わらず、どうして安全保障の対象になるのか?それは、ガソリンや都市ガス、電力が、社会生活や経済産業にとって不可欠であるとともに、その原料(1次エネルギー)は国際的に偏在しているからである。現代のエネルギーの8割は化石燃料であるが、日本には原油も天然ガスも石炭もない1。だからこそ、その安定的な確保は国家的課題であり、政府が大きく関与してきた。2021年10月に岸田文雄内閣が誕生し、担当大臣が置かれるなど「経済安全保障」が強化されているが、エネルギーは食糧とともに経済面の安全保障の伝統的な対象だったのである。
これまでの日本のエネルギー安全保障対策
では、エネルギー安全保障を重視してきた日本は、どのような対策を講じてきたのだろうか?大きな契機となったのは、1970年代の石油危機である。戦後最大のエネルギー安全保障上の危機を受けて日本政府は、産油国との外交関係を強化するとともに、旧石油公団を通して海外の油田開発に関与したり、国内で石油を備蓄したりした。石油を石炭や天然ガスへと多角化することで、エネルギーの中東依存度を下げることも行なった。
とは言えこれらは、化石燃料の大量輸入を前提としており、抜本的な対策としては、エネルギー自給を目指すことが望ましい。その最大の手段が、原子力発電の開発であった。原発にはウランの輸入が必要だが、核燃料サイクルを前提に「準国産」と位置付けられ、エネルギー自給率に加算されてきた。原発は国策とされ、旧科学技術庁の設置や長期計画の策定、税金を基にした立地交付金制度など、政府が民営の発電事業を全面的に支援してきた。
しかし、エネルギー安全保障のための原子力開発は、失敗に終わったと言わざるを得ない。「準国産」の原発を増やしたものの、日本のエネルギー自給率が20%を大きく超えることはなかった(図1)。そして2011年の東京電力福島第一原発事故を受け、国内では計画停電など電力の安定供給上の危機が生じた。これは節電努力などによって乗り切ったが、2013年には全ての原子炉が運転停止し、エネルギー自給率は6%にまで低下した。これまでに10基が再稼働したものの、2020年で11%に過ぎず、危機的状況が続いている。
図1:主要国のエネルギー自給率の推移
再生可能エネルギーによるエネルギー安全保障と脱炭素
では、エネルギー安全保障を抜本的に高めるにはどうすれば良いか?その最大の手段が、再生可能エネルギー(再エネ)の導入である。再エネは「純国産」であり、特に風力や太陽光は、化石燃料と比べて圧倒的に「遍在」しており、半永久的に枯渇することがなく、輸出入の対象にならない。価格高騰もなければ、輸出停止を脅されることもないため、エネルギー安全保障上の価値が極めて高いのである。
そのようなことは自明であったが、これまで再エネに頼ることは経済効率性の観点から難しかった。水力を除けば、再エネの発電コストは高過ぎたからである。しかし1990年代以降、欧州諸国が政策的に再エネの導入を進めた結果、2010年代以降は風力発電機や太陽光パネルのコスト低減が急速に進み、世界中で再エネが大量導入された(図2)。一方で原子力は減りつつあるため、図2のフランス以外の国では、再エネの発電電力量が原子力のそれを上回っている。
図2:主要国の再生可能エネルギーと原子力の電源ミックスの推移
この傾向は、今後も強まる一方である。国際エネルギー機関(IEA)による世界の電源ミックスの将来予測では2、2019年に26.6%だった再エネは、2050年に87.6%になるという。対照的に原子力は、2019年の10.4%が2050年には7.7%へと低下する。将来の脱炭素電源である水素火力は2.4%、CCS付き火力は1.9%に止まる。要するに電力は圧倒的な再エネ化が進み、電気自動車などの供給源ともなるのである。
欧州諸国が世界に先んじて再エネの導入を進めたのは、一義的には気候変動対策のためであった。と同時にドイツなど石油や天然ガスに恵まれない国にとって、エネルギー安全保障の目的も大きかった。これは、風力発電及び太陽光発電で世界最大の導入量を誇る中国についても当てはまる。米国に対抗して覇権を狙う中国にとって、年々化石燃料の海外依存が高まる(図1)ことは、看過できないのである3。
このように再エネが気候変動対策の現実的な手段となったことが、近年の「脱炭素」の背景にある。2020年秋には米国のバイデン大統領候補が、中国の習近平国家主席が、カーボン・ニュートラル(脱炭素)を宣言し、脱炭素は国際潮流となった。その手段として、各国のエネルギー政策において、ゼロエミッションである再エネの優先順位は高い。2030年の電源ミックスの目標値は、ドイツで80%、スペインで74%、欧州連合で65%、米カリフォルニア州で60%となっている。再エネを中心とした脱炭素は、エネルギー安全保障にも気候変動対策にも寄与する、一石二鳥の手段なのである。
日本の脱炭素戦略とエネルギー安全保障との矛盾
化石燃料に乏しいが再エネに恵まれる日本こそ、エネルギー安全保障のために他国に先駆けて再エネを導入すべきであろう。しかし、これまで日本のエネルギー政策において、再エネの優先順位は低くあり続けた。前述の通り、化石燃料輸入を是認しつつ、原子力開発を進めることが、政府の基本方針であった。その結果、再エネの電源ミックスは、2000年時点で9%(ほぼ全てが水力)とドイツの1.5倍高かったが、瞬く間に追い抜かれてしまった(図2)。
そのような中で、遂に2020年10月に菅義偉前首相は2050年までの脱炭素を宣言した。これも受けて1年後に閣議決定されたのが、第6次エネルギー基本計画である。この中で政府は、2030年の再エネの電源ミックスを36-38%とした(表)。これは旧計画の1.5倍の高さだが、前述の他国の目標と比べれば決して野心的とは言えない。
表:エネルギー基本計画における電源ミックス目標値
その反面、2050年の電源ミックスの参考値では、原子力とCCS付き火力を併せて30-40%、水素・アンモニア火力が10%であり(表)、前述のIEAの予測と比べれば、非再エネの脱炭素電源の割合が著しく高い。CCS付き火力も水素・アンモニアも、その多くが化石燃料生産国からの輸入を前提としている。これらの新たな脱炭素電源は、エネルギー安全保障上プラスにならないにも関わらず、脱炭素戦略における優先順位は高く、矛盾していると言わざるを得ない。
昨年からの国際的な天然ガスや原油の価格高騰について、急激な脱炭素化によって化石燃料への設備投資が抑制されたからだとして、再エネ中心の脱炭素化を牽制する論調が増えている。しかし、だから脱炭素を慎重にすべきというのは、意図的な論理の飛躍である。化石燃料の価格高騰や供給不安は、化石燃料だから必然的に生じるリスクであり、そこから逃れるには再エネ中心の脱炭素化しかない。石油備蓄の放出もガソリン補助金も、エネルギー自給率を高めてくれない。日本こそ、エネルギー安全保障のためにも脱炭素のためにも、再エネの主力化を最優先で加速すべきである。