EU Fit for 55:森林バイオエネルギーの持続可能性基準を強化

相川 高信 自然エネルギー財団 上級研究員

2021年8月3日


  2021年7月14日、欧州委員会は、2030年に温室効果ガス55%削減を実現するための政策パッケージ「Fit for 55」を公表した1。2030年の再生可能エネルギーの目標は、最終エネルギー消費ベースで40%に引き上げられ、排出権取引制度の対象業種拡大、国境炭素調整措置の導入、そして2035年までに新車の排出ゼロ化など、野心的な施策が並び、日本はもちろん、世界全体で今後の脱炭素化の動向に影響を与えることが予想される。

 こうした多くのイシューの中で、バイオエネルギー、特に森林由来の木質バイオマス(以下、森林バイオマスと表記)の持続可能性基準の改定は、最も激しい論争になっていたトピックだった。2018年に改正された再生可能エネルギー指令(以下、REDⅡ)で、液体、気体、固体の全てのバイオエネルギーについて、持続可能性基準への適合が義務化され、この2021年7月から完全施行を迎えるというタイミングで、早くも次の改定案(以下、REDⅢ)が示されたことになる。

 日本においても、2019年にFIT制度で用いられるバイオエネルギー燃料について、農業系のものについての持続可能性基準が整理されたところである。しかし、森林由来も含め、木質バイオマス全般についてはあいまいな部分が多く、制度の早急な明確化が求められているところである2。そこで、日本での今後の議論に資することを念頭に、欧州委員会による改正提案を速報的に解説する。

再生可能エネルギー指令(RED)の改正内容

 それでは、Fit for 55の一部として提案されたREDⅢの内容3を見てみよう。

 まずバイオエネルギー全般について、持続可能性基準の適応範囲が大幅に拡大された。第一に、施設の規模について、固体バイオマスを使った発電・熱生産プラントの場合、対象規模が20MW以上から5MW以上に変更された。第二に、GHG削減比率について、REDⅡにおいては、 2021年以降に運転を開始したものを対象に化石燃料比70%の削減を義務付けていたが、REDⅢでは2025年以前に運開した/する全ての施設が対象となった。

 さらに、森林バイオマスを燃料として、熱電併給ではなく発電のみを行うプラントについては、加盟国は、原則として2026年末までに政策的支援を取りやめることが求められることになった。支援を行う場合は、炭素固定・貯蔵を行うものであること(BECCSであること)、もしくは欧州委員会に認可された「公正な移行(Just Transition)計画」に位置づけられたプラントであること、のいずれかの条件を満たす必要がある。
 
固体バイオマスについての持続可能性基準強化の主な内容
 
出典)自然エネルギー財団作成


 前者については、バイオエネルギー利用後のCCSは、植物が光合成により大気中から吸収したCO2を除去・貯蔵できる「ネガティブ・エミッション技術」の一つとして、実質排出ゼロ実現のために期待されているためである。後者については、産炭地での石炭火力発電のバイオマス転換を認めるものだと推測される。以上をまとめると、今後EUにおいては、エネルギー効率が高い熱電併給プラントを支援の基本とし、発電のみのプラントの場合は、脱炭素化の確実な実現に必要な場合に限定的に政策的支援を認めることになる。

 一方でREDⅢでは、建物及び産業部門での再エネ利用の主流化が、新たに項目立てされた(Article 15a、22a)。これにより、バイオエネルギーの利用価値が高いとされる熱利用について、太陽熱・地中熱などの他の再エネ熱の直接利用とともに、上記の持続可能性基準の枠組み内で利用が促進されることが期待される。

森林バイオマスはカスケード利用を徹底

 そして、加盟国は、森林バイオマスのエネルギー利用により、木材市場を不当にゆがめることや、生物多様性を害する影響を最小化することが求められることになった(Article3)。具体的には、森林からのバイオマス燃料の供給については、廃棄物ヒエラルキー4およびカスケード原則を考慮して、製材用・合板用丸太のエネルギー利用を支援してはならない、とされた。

 カスケードの原則は、バイオエネルギー業界ではよく認識されている概念であるが、林業現場では多様なケースがありえることから、丸太の利用そのものを禁止するべきではないという声も強い5。EUは、REDⅢの施行一年以内に、カスケード利用原則をどのように適用し、質の高い丸太のエネルギー利用をどのように避けるか専用の法律を採択するとされたが、「加盟国の特性を十分に考慮しながら」という文言が挿入され、現場の状況を踏まえた制度化が求められている。

生物多様性戦略・森林戦略との関係性

 このようなRED改正の背景として、近年のEUにおける生物多様性戦略や森林戦略が関係している。全ての自然エネルギー開発は、気候変動対策だけではなく、もう一つの地球の重大な危機である生物多様性の保全と調和したものであることが求められており、とりわけバイオエネルギー利用においては重要な論点となっているからである。そのため、2020年5月に発表されたEUの生物多様性戦略6と、Fit for 55の2日後、7月16日に発表された森林戦略7は、REDⅢの森林バイオマスの持続可能性基準強化と密接な関係を持っている。

 まず、生物多様性戦略において、丸太そのもののエネルギー利用は、食用・飼料用にもなるエネルギー作物とともに、EU域内の生産・輸入に関わらず、利用を最小化すべきとされた(2.2.5 Win-win solutions for energy generation)。今回のREDⅢにおける製材・合板用丸太のエネルギー利用の支援停止は、これを受けたものである。

 また、森林戦略においても、国ごとにカスケード利用の原則を担保する政策を求める旨が記載されている(2.2. Ensuring sustainable use of wood-based resources for bioenergy)。

 しかし、森林戦略のポイントは、森林バイオマスのエネルギー利用を制限する点にあるわけではない。むしろ、森林の炭素吸収機能を増大させつつ、マテリアル利用など気候変動対策上これから重要になる木材利用を伸ばしていこうとしている点が重要である。例えば、伐採木材製品による炭素蓄積を評価し、建物のLCA評価などを通じて、建物の木造化・木質化など付加価値の高い利用へのインセンティブを作り出そうとしている。こうして、いわゆるバイオエコノミー全体を成長させることで、その過程で発生する残材や廃棄物をエネルギー利用に振り向け、気候変動対策効果を最大化していこうとしていると言える。

日本への示唆

 本コラムでは、森林バイオマスを中心に、EUの持続可能性基準強化の提案の概要を解説した。特に焦点が当たっているのは、森林から直接持ち出される丸太などである。工場廃材や廃棄物、成長の速い藻類や農業系バイオマスは、また違った議論になることに注意いただきたい。
今回のREDⅢの内容は、熱電併給を中心とした支援やカスケード利用の徹底、石炭火力の削減に繋がる制度設計など、これまで自然エネルギー財団が主張してきた内容と一致するものである。一方で、日本は欧州に比べると、自国の森林資源を十分に活用できていないという課題があるし、再エネ導入の実績・目標ともに、まだ見劣りする水準である。2050年までの実質排出ゼロの実現に向けて、日本でも包括的な政策形成を急ぐ必要がある。

 

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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