原発事故から10年に思う

井田 徹治 共同通信社 編集委員

2021年4月5日

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 東京電力福島第1原発からの10年間、それ以前に増してエネルギー問題関連の取材をする機会が多くなった。その中で見えてきたものは、大きく変わる世界のエネルギーを取り巻く姿と、旧態依然とした日本の姿だ。深刻化する気候危機を前に「脱炭素革命」ともいわれる大きなうねりが起こる中で、世界と日本のギャップは広がる一方だ。

顕著な停滞

 世界で最初に建設が始まった高レベル放射性廃棄物の最終処分地「オンカロ」の近くにあるオルキルオト原発3号機の取材をしたのは2013年のことだった。出力160万kWの巨大原発で、建設するのはフランスのアレバ。同社がフランス・フラマンビルに建設中の欧州加圧水型原子炉(EPR)と同型だ。

 外径57メートルという巨大な原子炉建屋の中で、高い天井を見上げながらフィンランドの電力会社TVOの担当者は「原子炉の上部には事故時に炉内を冷やすための散水装置があり、下部には炉心溶融が起きた時にそれを受け止めるコアキャッチャーが4つ設置されている。原子炉建屋や一部の外部電源はテロなどで航空機が衝突しても耐えられる強度で、福島第1原発事故後に行われた欧州連合(EU)によるストレステストでも問題なしとされている」と話してくれた。これを見ただけで「原発事故後の日本の原発の安全基準は世界一厳しい」という原子力村の言説が嘘だと確信した。

 フィンランドでは原発の受容度は高く、規制当局への市民の信頼も厚い。雇用経済省の幹部は「3号機が動けば、フィンランドの年間の電力消費の15%近くをカバーし、電力の海外依存を減らし、エネルギー安全保障に貢献する」と期待を示していた。だが、2009年に予定されていた運転開始は大きく遅れ。建設費用も大幅に膨らんだ。ようやくこの3月になって規制当局の許可を得て、燃料送荷が始まったところだ。遅れを巡ってアレバとTVO間の訴訟にまで発展している。

 16年には、フランスで建設が進む同型炉のフラマンビル原発を取材する機会もあった。アレバが開発し、フランス電力(EDF)が2007年から建設を進めているこの原発は 完成すればフランス59基目の原発となる。この原子炉も、コアキャッチャーなど最先端の安全装備が組み込まれ、原子炉建屋や電源設備は旅客機が突っ込んでも大丈夫な構造になっている。だが、建設費は当初想定の35億ユーロから124億ユーロと日本円にして1兆6千億を超えるまでに膨れあがった。完成予定も12年末からどんどん先延ばしされ、こちらもようやく昨年10月、初装荷燃料の搬入が許可された。送電開始は23年になる予定だ。

 これらの事業の影響でアレバが実質的に破綻したことは記憶に新しい。EDFの経営危機機も続いている。温室効果ガスの排出削減対策強化のため目標年次は25年から35年に先送りされたもののフランスは原発依存度を訳70%から50%にまで低減させる目標を掲げ、再生可能エネルギーの拡大にシフトし始めた。

 米国の原子力子会社、ウェスティングハウスが抱えた巨額の負債が東芝の屋台骨を揺るがし、同社は原発建設から撤退。日立や三菱重工が応札して話題になったフィンランドのオルキルオト4号機の建設計画はストップしたまま。日立は収益性が疑問視されるとして英国の原発建設計画から撤退し、有力な原発輸出先として期待されていたベトナムは原発計画を放棄した。現在、国際的な原発市場はロシアのロスアトムがほぼ席巻し、新規の原発建設は旧ソ連圏と中国に集中している。20年には世界で5基の原発が新たに稼働したが、廃炉になった原発が6基あった。

 一方でこの10年、再生可能エネルギーのコストは急激に下がり、停滞する原発とはうらはらに拡大が続いている。最も安い風力発電のコストは1キロワット時当たり2セント(2.1円)を切るまでになっている。英国の石油大手、BPによると2019年の再生可能エネルギーによる発電量は2.8兆キロワット時で、日本の電力消費量の約3倍近く。世界の総発電量に占める比率は18年の9.3%から10.4%に増加した。発電量でも発電比率でも初めて再生可能エネルギーのそれが原子力を上回ったことは驚くに当たらない。原発と再生可能エネルギーの勝敗はこの10年間で明確なものとなった。

逆行する政策

 これらの世界の流れと逆行しているとしか思えないものが、日本のエネルギー政策だ。

 原発事故後の固定価格買い取り制度の導入などにより拡大したとは言え、再生可能エネルギーが当発電量に占める比率も、22~24%という30年度の供給目標も欧州諸国には遠く及ばない。多くの国や日本を含めた各国の企業が再生可能エネルギー100%目標を掲げる中、2050年の脱炭素を宣言したはずの日本の再生可能エネルギー比率の「参考値」が2050年50~60%と聞いて、耳を疑ったのは筆者だけではないだろう。

 そして原子力は依然として「確立した脱炭素電源として、安全性を大前提に一定規模の活用を目指す」と位置づけられ、電力会社は巨額の投資を続けている。現在、見直し中の30年度のエネルギーミックスの中でも20%程度を担わせる方向で検討が進んでいる。

 脱炭素実現の観点から真っ先に廃止すべきだとされる石炭火力への依存も依然として続き、1990年には10%だった発電比率は今では30%を超え、先進7カ国(G7)の中では最高になった。「35年の脱炭素電源の実現」を掲げる米国のバイデン政権の誕生で、G7の中で石炭の全廃を打ち出していないのは日本、ただ一国となった。G7に30年の脱石炭を求める国連事務総長の意向もあって、今年、英国でのG7サミットで石炭依存から抜け出せない日本が厳しい立場に立たされることは確実だ。

 日本は急拡大する太陽光発電や風力発電でのビジネスチャンスを完全に失い、残されものは原子力と石炭火力という負け組の技術のみ。国内の原発や新たな石炭火力発電所の建設に投資を続けることで、着々と国内に座礁資産を積み重ねている。

 「原発が止まれば電力価格が高くなり、二酸化炭素の排出も増えるので、そのうち、原子力への支持は回復するはずだ」―。こんな言説が事故直後の原子力村から聞こえてきた。だがこの楽観的な予想は外れたようだ。二酸化炭素排出量は減少傾向が続き、世論調査をすれば未だに脱原発を求める意見が大多数を占め続けている。逆に原子力関連の不祥事は相次ぎ、信頼回復にはほど遠い。さしたる議論もなく「東京電力には原発を運転する的確性がある」として柏崎刈羽原発の再稼働を認めた原子力規制委員会の見解を物の見事に裏切ったのが、テロ対策の不備を長期間、放置してきた東京電力のずさんな安全管理だった。東電の姿勢が問われるのは当然だが、これを見逃してきた規制委の対応も厳しく問われなければならない。

問われるもの

 この10年間、原子力関係者が市民の信頼を回復したというにはほど遠い。この国の原子力にとって重要な高レベル放射性廃棄物問題に関する原子力発電環境整備機構や原子力損害賠償・廃炉等支援機構という組織のトップに、原子力村の重鎮として事故までの原子力政策を推進してきた人物が座り続けていることを考えても、信頼回復などできるはずもないだろう。

 原発事故10年を機に、メディアに身を置くものを含めてすべての関係者が問わなければならない重要な問題は「なぜ、日本ではこうまでに民意とかけ離れた、非民主的なエネルギー政策が温存され続けるのか」という問いだ。今、この時にも、日本の将来だけでなく地球の未来にも関連するエネルギー政策やエネルギーミックス、それを基礎にして決められる30年の温室効果ガスの排出削減目標が、関係省庁と一部の政治家、大企業関係者の水面下での議論で決められようとしている。このままでは将来世代に国庫の赤字に加え、環境破壊と巨大な座礁資産という負債をも残すことになる。それは二重、三重の不正義だ。

 福島原発事故後の10年が問うているもの。それは日本の民主主義の姿だ。市民や世論の力によってそれを正すことが、悲惨な原発事故を起こしてしまったわれわれ現行世代にとっての大きな責任である。

[特設ページ] 福島第一原子力発電所事故から10年とこれから

外部リンク

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